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26(土)、キルギス共和国のイシク・クル湖畔で行われた、第1回キルギス国際マラソンに出場しました。
前日に、飛行機とチャーターした車を乗り継いで1日がかりでマラソンのスタート地点でもあるアヴロラ・ホテルに宿泊しました。道中の様子は、改めて書くとして、今回はマラソン大会についてのみ記します。
スタートは午前9時なのに朝食は7時半からだと言われ、そんな直前に食べたら走れないじゃないかと思いましたが、一応ランナーに配慮した食事が出されました。左から、肉入りブリヌイ、おかゆ、人参とリンゴの和えもの。
キルギス人のボランティアは、日本語を話す女性が多く従事されておりました。大変ありがたいことです。
日本キルギス友好議連の衆議院議員や、在キルギス日本国大使の挨拶などの後、いよいよスタートです。スタート地点は緊張に包まれます。予定の9時から少し遅れてスタートの号砲が鳴りました。イシク・クル湖のほとりをひた走り、チョルポン・アタで折り返して同じ道を引き返す42.195kmの道中です。アシモモ〜は、フルマラソン初挑戦、高い気温、標高1600mの高地であることを考え、スローペースで進みます。
10km付近で、なぜか走行ペースが完全に一致したキルギス人との並走が始まりました。彼は片言の英語を話しましたので話をしながら走りました。24歳のキルギス人のルスラン君は、湖畔の東の町カラ・コルで裁判官補佐をしているとのこと。空手を習っているとかで「回し蹴り」「突き」なんて言葉を知っていました。
21キロ付近で折返すと、ハーフマラソンの経験しかないアシモモ〜にとっては未知の世界になりました。さすがに走り続けられなくなり、同じくフルマラソン初挑戦のルスラン君とともに歩いたり走ったりしました。本当にペースが同じなので、途中で飴玉や食糧を交換したり、飲料を分け合ったりして助け合いながら30km付近まで走りました。
こうやって助け合う必要があったのは、補給が貧弱だったからです。約5キロごとに補給ポイントがありましたが、水しか出ず、それもバケツに入った水を、どこから拾ってきたのか分からない使用済みのペットボトルに少しだけ詰めて配っているのです。時には配るボランティアがごくごく飲んでいて、飲みかけのペットボトルを渡されたり・・・。地球の歩き方には水を飲んで下痢になったという話が多数書かれていたので、飲んで大丈夫な水なのか逡巡しましたが、背に腹は代えられず、そんな水でも飲むしかありませんでした。
30km付近にて、ついにアシモモ〜に故障が発生しました。右足のふくらはぎが攣ってしまったのです。路上に倒れこんで、日差しで温まったアスファルト道路で足を温めてマッサージしてもどうにも足が言うことを聞きません。ルスラン君は「お前と一緒にゴールする」と言って待ってくれたのですが、彼は100位以内でゴールする約束があると言っていたので、先に行ってもらいました。
文字どおり「足が前に出ない」状態でした。本当にこんなふうになるなんて思わなかった・・・。足を前に出そうと力を入れると足の色々な個所が攣り、本当に身動きが取れなくなるのです。脳が指令を出しても筋肉が言うことを聞かないのです。苦しんでいる傍らを、リタイア収容車やパトカーが何台も通ります。棄権して乗るように促されましたが、拒否してノタノタと歩きました。この時点で時速5kmペースで走れば完走できると計算したので、このペースを死守しながら休み休み歩きました。ここまで来ると、歩くのも困難だということを身をもって知りました。
↑が文字ばかりなのは、写真がないからです。もう写真を撮っている余裕なんかなかったのです。ノタノタ歩きを始めて35kmを過ぎたころ、少しは足が落ち着いてきて周囲に注意を払う余裕が生まれました。何か横切ったなと思ったら、子犬?でした。草むらからこちらをじっと見つめています。何となく普通の犬とは違う感じがしたのですが、まさかオオカミではないよね??この地域はシベリアオオカミの生息地らしいですが。そして、木々の切れ間からはイシク・クル湖と、ずっと遠方には天山山脈が見えました。
あとは気力だけで歩き続けました。運営さんのいけなかったのは、距離表示がなかったことです。今自分が何km地点まできているのか分からず、それゆえ進行速度が分からず、勘に頼り、信じて歩くしかありませんでした。
ゴール付近では観客が集まっていて声援を送られたりしてしまったので、少し見栄を張って走ってみました。すると、すぐさま足が攣り、みっともないくらいにフラフラしながらのゴールとなりました。25km付近からはほとんど走れなかったので、「完走」というよりも「完歩」という表現の方が正確なような気もしますが、一応制限時間内にゴールまでたどり着いたということで、メダルをいただきました。
記録は、5時間47分33秒。制限時間まであと12分半でした。時速5km戦略が奏功しました。
ゴール後、ルスラン君と再会し、互いのゴールを讃えあいました。ルスラン君はアシモモ〜よりも22分ほど早くゴールしておりました。
マラソン中に、日本・キルギス友好を深め、大会の趣旨にも大いに沿うことができたようです。高い気温、貧弱な補給、高地といった悪条件が重なる中、助け合って走れたのが大きかったと思います。一人で走っていたら、もっと前から歩き出してしまったのではないかと思われてなりません。 |
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2012年05月28日
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