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8月11日(火)は、旅行の最終日であります。朝イチから砂蒸し温泉に入り、薩摩伝承館で目を保養をした後は、過酷な道中が待っていました。
知林ヶ島「ちりんがしま」とも、「ちりんがじま」とも呼ばれます。島が所属する指宿市としては、どちらも正しいとしています。
島は鹿児島湾(錦江湾)に浮かぶ無人島です。3月〜10月の間、大潮又は中潮の干潮時に砂洲が出現し、島まで歩いて渡ることができます。離島ハンターのOKD氏が、今回の旅行で極めて楽しみにしていた島であります。陸と繋がることにこじつけて、縁結びの島だなどとも言われているようです。台風が来たりすると砂洲がしばらく出現しないともいいますので、人間界の縁とも似ているのかもしれません。
さて、炎天下の中を黙々と島に向かって歩きます。近そうに見えますが800m程あります。足元の悪い中を歩くのでかなりの重労働です。途中でヒトデを発見し、突っついて遊んでみるなどしないと、やってられないくらいの炎天下でした。残念ながら、6月の大雨による土砂崩れで島全体の散策はできませんでした。(←ですから、来年リベンジ訪問したりしないのですかね)
エネルギー基地道の駅の沖合には、JX日鉱日石エネルギー基地が見えました。ウェブサイトによると、735万KLもの石油が備蓄されているとのことです。
奄美の里鹿児島市に入りますと、鹿児島県の本土にありがら、奄美の自然や文化、生活に触れられる名所として知られている「本場大島紬の里 奄美の里」を訪問しました。1万6千坪もの敷地に奄美風庭園が広がり、大島紬の製造工程の見学や、美術館も備えています。
奄美の生活ぶりが再現されています。気になるのは、女性が一生懸命機織りをしている傍らで、男性といったら楽器を奏でて余裕の態度であります。働かない・・・なんてことはないですよね。
上述のとおり、奄美風庭園が広がっています。非常に奥行きがある庭が素晴らしいと思いました。実は、この庭園を写真に収めるのは困難を極めたのです。といいますのは、中国人観光客の団体が押し寄せており、庭園の所で中国人の群れに遭遇してしまったのです。マナーなんてあったものではなく、写真を撮っているところに平気で割り込んでくる、大声でわめく等々。そのような困難を克服して撮った渾身の写真であります。
(左)イヌマキという巨木です。樹齢350年とのことでした。
(右)大島紬の作成過程も見学できました。こちらは蝋人形ではなく、本当の職人のお姉さまです。このような緻密な作業を経て、すばらしい作品が仕上がるのです。
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2015年09月15日
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