昨年末、あいさつ回り等の用務があって宇都宮方面に行く機会がありました。東武宇都宮駅近くに参りましたので、せっかく宇都宮まで来たのだからということで、昼食はギョウザを食することにしました。
駅前の「さくら餃子」(宇都宮市江野町7−2)にて、ギョウザWランチ(700円)をいただきました。このお店は、この一帯に幅を利かせている様子の「健太餃子」の系列店のようで、店頭には「スタミナ健太」の像が置かれていました。
餃子は、野菜たっぷりで正統派の餃子でした。ジューシーで実に美味しい!ダブルなので10個の餃子が付きましたが、15個くらいは欲しいところでした。
さて、宇都宮まで足を延ばしたのですから、どこか寄りたくなるのが人情というものです。以前から一度訪問したいと願っていた、松尾芭蕉ゆかりの場所があるので、この機会に訪問することにしました。
『おくのほそ道』の中で「室の八島」として取り上げられている、栃木市の大神(おおみわ)神社です。
まさに関東平野という言葉を想起させる田畑が続く風景の中に、突然現れる雑木林の中に神社はありました。参道はひっそりとして、厳かな雰囲気に包まれています。境内は林の中央部にあり、イチョウの巨木に守られるように鎮座しています。
おくのほそ道には、以下のように記されています。
室の八島に詣す。同行曾良がいはく、「この神は木の花咲耶姫の神と申して、富士一体なり。無戸室(うつむろ)に入りて焼きたまふ、誓ひの御中に、火々出見の尊(ほほでみのみこと)生まれたまひしより、室の八島と申す。また煙をよみならはしはべるも、このいはれなり」。はた、このしろといふ魚を禁ず。縁起の旨、世に伝ふこともはべりし。
(大意)
同伴者の曾良は、「この神社に祭ってあるのは木の花咲耶姫と申して富士山麓の浅間神社と同じ神です。この姫は、一夜で懐妊したために夫の瓊々杵尊(ににぎのみこと)に疑われたために、四方が壁の出入口のない部屋にこもり、尊の実子であれば焼け死ぬことはないとして、身の潔白を証明するために、部屋に火をかけました。そして、無事に炎の中から火々出見の尊(ほほでみのみこと)が誕生なさいました。そこで、竈(八島)のように燃える部屋(室)という意味で、室の八島と呼ぶようになりました。また、室の八島といえば、煙にちなんだ歌を詠む習わしがありますのも、こうした言い伝えによるものです」と解説した。
さらに、この地方では、コノシロという魚を食べるのを禁じている。コノシロを焼くと人体を焼くにおいがすると言われているためらしい。このような由来を物語る話には、世間によく知られているものもある。
相当の歴史のある神社ではありますが、華美に飾ることもなく、素朴な雰囲気の本殿でした。年末でしたので、新年を迎える準備がなされており、初詣の時期には大いに賑わうことでありましょう。
境内には、松尾芭蕉の歌碑があり、
糸遊に結びつきたる煙哉
の句が彫られていました。ただし、この句は「おくのほそ道」には掲載されておらず、同行した河合曾良による俳諧書留に記されています。「糸遊」はかげろうのことで、「結ぶ」は「糸」の縁語であります。
この神社の祭神である「木の花咲耶姫」には石長姫(いわながひめ)という姉がいたそうで、父の大山津見神(おおやまつみのかみ)は姉妹を瓊々杵尊(ににぎのみこと)の妻として差し出したといいます。しかし、瓊々杵尊(ににぎのみこと)は美人である「木の花咲耶姫だけを選び、不美人である姉の方を返してしまったことから、父神の怒りに触れ、姉の「石」のように長い命ではなく、妹の「花」のような短い命を与えられたという神話が残っているそうです。
また、松尾芭蕉も記しているように、ここでは「煙」にちなんだ歌を詠む習わしがあり、室の八島の煙を詠んだ歌が多数あります。例えば、
〇煙たつ室の八島にあらぬ身はこがれしことぞくやしかりける(大江匡房)
〇いかでかは思いありとも知らすべき室の八島の煙ならでは(藤原実方)
〇暮るる夜は衛士のたく火をそれと見よ室の八島も都ならねば(藤原定家)
〇ながむれば淋しくもあるか煙たつ室の八島の雪の下もえ(源実朝)
この地方では現在もコノシロを食べないのかどうかは承知しませんが、コノシロは「シンコ→コハダ→ナカズミ→コノシロ」と名前を変える出世魚です。しかし、武士は、コノシロに「この城を食う」の意味を重ねて嫌い、絶対に食べなかったということです。また、切腹時には「腹切り魚」として最後に食べたともいいます。
少しの時間の訪問でしたが、松尾芭蕉の歩いた地を踏み、当時の様子に思いを馳せることができました。松尾芭蕉と同じ行程で旅をしてみたいと思いまいた。定年後の道楽として企画を温めておくのも良いかもしれません。
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