11月中旬、九州本土から西に約50㎞沖合にある宇久島に行きました。宇久島は、行政区画上は長崎県佐世保市に属し、面積は約25平方キロメートル、周囲は約40㎞、人口は約2,500人の島です。
佐世保から高速船で島に向かいました。鯨瀬ターミナルから九州商船の高速船「シークイーン」が就航しています。
あいにくの天候でしたが、ターミナルの隣の埠頭から海上自衛隊の船が出航する様子が見えました。
ターミナルには展望デッキが設けられていて、離島航路に就航する船舶の様子を眺めることができます。
こちらが、今回お世話になった九州商船の「シークイーン」。小柄ながらも快適な速度で海上を飛ばしていきます。船内は、ごろ寝ができる座敷スペースと快適な座席が用意されています。多少の画像の乱れはありましたが、しっかりと放映されていました。
佐世保港から外洋に出ると波が高くなり、窓ガラスには波しぶきが打ち付けるようになりました。しかし、気持ち悪くなる程の揺れは起きず、高速船の本領発揮といったところでしょうか。
島のほぼ中央に位置する城ヶ岳は標高が259mで、島で一番高い地点です。ここの展望台からは、島の四方の景色が眺められます。
五島列島の島々も、反対側の島の北側も、景色に風情があります。都会じみてない島の様子に心打たれるとともに、このような場所が癒しの空間になるのだと思いました。
島の北端方面は海が広がり、ただただ雄大な景色でした。南西方面に目を転ずれば、宇久島のすぐ沖合に位置する寺島が見えました。城ヶ岳の山頂には、昭和18年に海軍基地が建設され、島民が建設資材を運ぶ等の勤労奉仕をしたといいます。今は海軍基地の痕跡はなく、絶景を望む展望台と、巨大なアンテナだけが静かに存在していました。
帰路は高速船の便が無かったので、野母商船のカーフェリー「太古」で博多に向かいました。博多まで4時間のクルーズです。
宇久平港には平家盛像がありました。壇ノ浦の合戦後の1187年(文治3年)に宇久島に上陸し、領主になったといいます。その後200年にわたり、平家が宇久島を中心に五島一帯を勢力下に置いたといいます。
宇久島には短時間しか滞在できませんでしたが、景色が素晴らしく、またゆっくりと時間を取って訪問してみたいと思いました。
フェリーは行く生月島(いきつきしま)あたりまではかなり飛ばしましたが、その後は速度を緩めて航行していました。出航して1時間もすると、生月島が見えてきました。平戸島の北西に位置する島で、平成3年(1991年)に生月大橋が開通し、平戸島と結ばれています。
フェリーは生月島と平戸島を結ぶ生月大橋の真下を航行します!立派な橋がだんだんと迫ってくる際にはワクワクしました。
本当に橋の真下を通過しました。瀬戸内海の方では、橋の下を通過するときに橋げたに引っ掛けてしまった貨物船がいましたが、こちらは余裕で通航しました。
生月大橋を後にする頃には、もう夕暮れの気配が漂ってきました。夕日に照らされる橋も風情があります。実際は、甲板の上はあまりにも風が強く、日没の時間を見計らって、一瞬だけ甲板に繰り出したのでした。それでも、こんな素晴らしい夕暮れの景色に遭遇したのでラッキーだったと思われます。
その後、船は暗くなったころに博多港に無事に到着し、アシモモ〜は熊本への帰路につきました。
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