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アシモモ〜のブログ
日記に近い感じで日常生活を綴っています。

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2019年03月

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〇4460面まで進んだ
イメージ 1キャンディクラッシュは、3月6日(水)に、また30面更新されました。もうすっかり当然のようになってしまいましたが、今回もいたずらに形状を複雑にして、つまらない仕切りを設け、アイディア枯渇そのもののようなデザインでした。それゆえ、今回もロリポップハンマー等のアイテムを浪費させられました。4460面まで進みました

〇順位争いの行方
イメージ 2今週も単独1位をキープしています。先週まで4位だったイギリスのTeme氏がついに台湾のPlayer氏をかわして3位に浮上しました。そして、2位のmiwa氏に肉薄しています。Teme氏が2位になるのも時間の問題でしょう。そうすると、いよいよアシモモ〜との一騎打ちという形になります。受けて立つしかありません。

猫ズは元気に過ごしています。モモヅマ〜が送ってきた写真を中心に、猫ズの様子を掲載します。

〇表情豊かな猫?
イメージ 1
離れて暮らしているのでモモヅマ〜が撮影した画像が猫の様子を知る手掛かりとなります。送られてくる画像は超アップのものもあり、猫ズの表情を知ることができます。この画像は興味津々なときの顔のようです。


ゴマちゃんは相変わらず目つきが悪いですが、元々そのような顔なので、何らかの不満があるというわけではないと思われます。ゴマちゃんのような白黒柄の顔の猫をよく見かけます。たいていの場合は鼻がピンク色なのに対し、ゴマちゃんは鼻まで黒いのが特徴だと思われます。




イメージ 2リンゴちゃんの顔写真はおそらく布団の中で撮影されたものと推察されます。リンゴちゃんの鼻も黒いことが分かります。ボディーの白黒の色の比率が異なりますが、鼻が黒い点が血筋なのでしょう。

リンゴちゃんも目つきが悪く写っていますが、布団の中で眠いところだったものと思われます。


〇箱入り息子?
イメージ 3ゴマちゃんは箱に入るのが好きなようで、何らかの入れ物があるとすぐに入ってしまいます。小さい箱だと箱の枠から無駄肉がはみ出てしまうのが難点です。リンゴちゃんがちょっかいを出しに行っています。本当はリンゴちゃんも箱に入りたいのかもしれません。




〇春眠暁を覚えず?
イメージ 4ゴマちゃんの睡眠ショット。一日の大半を寝て過ごしているので、猫の写真を撮ろうとすると寝ているシーンが多くなります。

うちの猫ズはちょっと寝ている時間が長すぎるのでしょうか。夜は人間と一緒に寝るし、日中もよく寝ています。春がやってきて、人間はいくら寝ても寝足りないところですが、猫ズにとっては四季は関係なく、一年中、常に眠いようです。








〇猫ズの体重測定
さて、気になる体重測定の結果は以下のとおりです。
 
リンゴ 4.7㎏(前月比±0㎏) 最近なかなか減りません。運動不足か。
ゴマ 5.8㎏(前月比±0㎏) 5㎏台を維持。増えてないから良しとしましょう。
平成31年(2019年)3月3日(日)、鹿児島マラソン2019に出場しました。もちろん、フルマラソンです。

〇多くの仲間と参戦
職場の有志3人とともに鹿児島に向かいました。受付を行う必要があったので、前日の3月2日(土)に鹿児島入りし、鹿児島の有名観光地や美味しいものを堪能して過ごしました。その様子については、後日ブログに掲載したいと思います。

夜になったら、当ブログ常連様の「じーおっぺ」様も合流し、皆で居酒屋にて前夜祭を挙行しました。お正月に負傷された「じーおっぺ」様にとって、今回の大会が本格的な復帰戦でしたので(熊本城マラソンでも完走なさっていますが)控えめに、アシモモ〜職場軍団は刹那主義的行動に出て、芋焼酎のボトル1本を空けてしまうという愚行に出ました。

3月2日(土)は午後からあいにくの雨模様となってしまったので、翌日の天気を憂いながら受付を済ませ、大会のゲストによるトークショーを観覧しました。ゲストは、女子バレーの迫田さおり氏(右)、1988年ソウル五輪の日本代表・荒木久美氏(中央)でした。
イメージ 1イメージ 2大会当日の3月3日(日)は、未明に雨が上がり、曇天のコンディションとなりました。雨が降っていないだけでもありがたいことでした。この日、ゴールするまでの間、まるで大会に合わせたかのように雨が降らず、本当に助かりました。

〇スタート前のウキウキ感
スタート地点では、数々のゆるキャラが出迎えてくださいました。熊本みたいに「くまモン」の独り勝ちではなく、群雄割拠といったところでしょうか。
イメージ 3イメージ 4その中でも、「西郷どん」が撮影に応じてくださいました。

寒い中を延々と待たされるのかと危惧しましたが、冷え込みはひどくなく、開会式も割と簡素に行われたので、身体が冷え切ってしまうということはありませんでした。
イメージ 5イメージ 6スタートの号砲の直前に、フライング的に桜島が噴いてしまうというアクシデントがありましたが、鹿児島の方にとってはいつものことのようで、軽いギャグとして受け流しておられました。


イメージ 7パイナップルの被り物をされた方が写り込みましたが、今回の大会では、新たな取り組みとして、アシモモ〜はリラックマの被り物を頭部に装着して走りました。職場の仲間も富士山やスティッチを頭部に装着しての力走しました。全身の着ぐるみも検討しましたが、降雨が予想されたので断念しました。

被り物効果はてきめんで、道中では
・かわいい!
・あ、リラックマだ!
・クマさん!
・くまモン! (←ちがう)
等々、キャーキャー言われて走りました。富士山の被り物を被ったKG氏は「いよっ!日本一!」、スティッチを被ったOTN氏は「かわいい!」等、上々の反応だったようです。


〇鉄分の多い道中
スタート後は南の方へ向かい、だんだんと方角を北向きに変えて鹿児島の中心街を駆け抜けます。途中からは鹿児島市電と並走して走りますので、行き来する市電を間近に見ることができました。
イメージ 8イメージ 9もうほぼ絶滅した湘南色の電車を想起させる塗装の車両や、新型車両にも出会うことができました。もちろん、立ち止まったりせずに走りながら撮影したものです。

熊本の「鶴屋デパート」のような位置づけと理解すればよろしいでしょうか、鹿児島の山形屋の前には鹿児島マラソンを祝う装飾車両が出ていました。もうこれだけで涙が出そうになりました。
イメージ 10イメージ 11城山公園の手前には大きな西郷銅像があり、これを眺めながら、姶良市に向けて進路を取ります。この時点でもう10㎞弱を走っており、そろそろ疲れてくる頃合いでもありました。

10㎞ポイントを通過すると、日豊本線の線路を越える陸橋となります。陸橋の頂に到達したとき、ちょうど貨物列車が通りかかり、先頭の機関車は「ポ、ポ、ポ、ポ」と短く汽笛を鳴らして通過していきました。おそらく、「が・ん・ば・れ」という趣旨ではないだろうかと思います。「ア・イ・シ・テ・ル」のサイン式応援であります。


イメージ 12JR貨物もなかなかやるじゃないかと思っていたら、22.5㎞付近の第7給水所にて、JR九州がやってくれました。臨時列車「鹿児島マラソン2019 日帰り応援列車」がやってきました。

運転手の粋な計らいでしょうか、ローカル線ゆえのおおらかさなのでしょうか、駅でもないところに電車を停車させ、応援してくださいました。こんなばっちりのタイミングで臨時列車の応援を受け、絶妙な位置で撮影ができるなんて、もう興奮度はマックス状態であり、この写真が撮れただけで参加した甲斐があったと思いました。
「鹿児島マラソン2019 日帰り応援列車」の概要
〇鹿児島中央〜重富間を往復
〇鹿児島中央駅10:49発、帰着は13:33分
〇竜ヶ水駅では約10分、重富駅では約1時間半の停車時間を設定
〇旅行代金は大人2,900円(小人2,600円)
〇上記料金には、往復JR券の他、軽食、飲料水、応援グッズ、500円分の買い物券を含む
〇(画像の先頭から)キハ40 8050 + キハ47 8124 + キハ47 9078 の3連で運転

〇苦しく辛い道中
熊本城マラソンから2週間しか経ってない中での再度のフルマラソンということで、十全な準備をして臨んだつもりではありますが、やはり隠れた疲労というものがあったのでしょうか、25㎞を過ぎたあたりから足の疲労感が著しくなってきました。
イメージ 13イメージ 1425㎞過ぎの折り返し点を過ぎてからの道中は、ただひたすら辛く、長い道のりでした。足が言うことを聞かない状態を久しぶりに味わいました。どこが痛いというわけではなく、もう力が入らないのです。
30㎞を過ぎてからは、1㎞毎に立ち止まって屈伸をして態勢を立て直し、次の1㎞を走るという綱渡り状態でした。制限時間内には収まりそうでしたので、何度も「もう歩いてしまおう」と思いましたが、そこは根性で最後まで走り通しました


〇結果や感想
イメージ 15タイムは、ネットタイムで5時間半弱という、平凡な結果に終わりました。熊本城マラソンがかなり楽しく走れたので、鹿児島マラソンでは5時間を切るのではないかという浅はかな考えも脳裏をよぎりましたが、現実はそう甘くはありませんでした。

今回のフルマラソンはあまりにも辛かったですし、やはりフルマラソンは身体に悪いと思うので、もうフルマラソンは引退かなあと思いました。ハーフマラソン程度が一番身体には良いのだと思います。

「じーおっぺ」様は史上最悪の展開だとブログに綴っておられましたが、途中で休憩を入れるという勇気を発揮し、最終的には5時間を切るという結果に収めている点が、やはり数多くのフルマラソンを走られてきた経験と鍛錬の賜物であると思われました。

また、職場の同僚らは、それぞれ底力を発揮し、皆が完走することができました。これで今シーズンのフルマラソン大会は終わったことになり、アシモモ〜の手元には貴重な2個のメダルが残りました。世の中の標準からすればどうということのない記録ではありますが、頑張って走り切った証として、飾りたいと思います。こういった気分を高揚させるものは「断捨離」の対象から除外し、末永く大切にしたいと思います。
イメージ 1ポンドです。与那国島に行ったときの空の旅の様子と、沖縄で味わった美味しいものの数々を取り上げます。

【参考】与那国島をじっくりと一周した
https://blogs.yahoo.co.jp/anmako1976/16140980.html


〇空の旅
熊本から沖縄に行こうとしたら、全日空が一日1往復だけ運行している便を使うのが便利です。今回の旅はこの便を利用しました。搭乗口にくると、なぜだか飛行機の写真を撮ってしまうアシモモ〜のようです。
イメージ 2イメージ 3滑走路からは阿蘇の山々がよく見えました。パイロットは阿蘇の山々に向かって滑走する感じになりますね。なんだかステキ!

機内でうつらうつらしていると、もう沖縄に到着です。窓から眺める那覇の街並みです。
イメージ 4イメージ 5那覇空港では乗り継ぎのために結構な長さの時間をつぶさねばなりません。アシモモ〜は行った先々でご当地モノの本を買うようにしており、今回は沖縄県出身者の珍しい苗字について深い考察を加えた『沖縄苗字のヒミツ』(武智方寛(たけちみちひろ)著、ボーダー新書)を手に入れたようです。苗字という切り口から、沖縄県人の帰属意識や時代ごとにおかれた状況を照らし出すという力作だったようです。
イメージ 6イメージ 7さて、那覇からは可愛らしい琉球エアコミューターのプロペラ機での飛行となります。石垣島経由で与那国島に向かいました。2列×2列のシートで、エンジンのうなる音が旅情を掻き立てます。窓からの景色が素晴らしかったので、動画で撮影しました。どちらも1分程度の動画なので、ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=XAXTZU3sYIs
竹富島の一部を見ながら石垣島にアプローチするところです。


https://www.youtube.com/watch?v=fggV0WXAXe8
着陸する際の風景を撮影。流れゆく石垣島の田園風景と、着陸するまでの様子が見られます。


〇与那国島グルメ
沖縄の名物と言ったらソーキそばも挙がるでしょう。那覇空港での乗り継ぎ町の時間を利用して、ソーキそばをいただきました。豚の角煮が乗っていてボリュームもあって美味しいのですが、アシモモ〜が嫌いな軟骨が入っていたために、アシモモ〜としては減点要素となってしまったようです。
イメージ 8イメージ 9そして沖縄に来たらオリオンビールを飲まないと話が始まりません。こちらは、オリオン印の発泡酒。発泡酒ですがビールと遜色なく美味で、アタシらは十分満足できました。酔えれば何でもいい、というわけではありませんが、たいていの酒は美味しくいただきます。

さて、与那国島では、ヤシガニをいただきました。大きさが分かるようにフリスクを置きました。ヤシガニさんは「かに」という言葉を冠していますが、ヤドカリの仲間です。丸ごと茹でてありまして、カニと比べると若干生臭い香りがします。
イメージ 10イメージ 11殻がとても堅いので、カニを食べるときのようなハサミではなく、ペンチで殻をへし割って食べます。カニと比べると身が少ないですが、カニよりもやや歯ごたえのある身で、うまみが濃縮されたような味わいです。実に美味い。
イメージ 12イメージ 13ヤシガニ自体には毒はありませんが、何でも食べてしまう習性があるので、毒性のものを食べて体内に毒素を溜め込んだヤシガニを食べてしまうと当たるそうです。ですから、信用できるお店で食べるのが一番です。また、ハサミの力が極めて強いので、生きているヤシガニにイタズラをして挟まれたりすると悲劇が起きるようですから注意が必要です。幸い、島めぐりのときにはヤシガニに遭遇することはありませんでした。生息数が減っているようです。

そして、やはり与那国島に来たならば、与那国島の泡盛を飲まなければ、何のために与那国島まで行ったのかという責任問題にもなります。工場を見学したところで作っていた泡盛「どなん」を空にしました。「どなん」とは「与那国」という意味だそうです。
イメージ 14イメージ 15また、店主の勧めで、泡盛に麦飯石を入れて飲みました。こちらは泡盛「舞富名(まいふな)」。角が取れたまろやかな味になって、より一層、美味しくいただけました。あまりにも美味しいので酒が進んでしまい、ホテルの部屋に帰り着くところまでは覚えているのですが、それから先の記憶がありません。でも、美味しくお酒が飲めたので良しとしましょう!
イメージ 1ポンドツーリストの社長のポンドです。

南の島に行ってきました。日本の最西端の島、与那国島です!
今回のゲストはシロクマちゃん。ハイビスカスのお花とともに記念撮影。お察しのとおり、頭の中もお花が咲いています。


〇最西端の地へ
与那国島は沖縄本島から南西へ509㎞、周囲約28㎞、面積約29平方㎞の、日本最西端の島です。その島の西端は西崎(いりざき)といい、まさに日本の最西端ということになります。
イメージ 3イメージ 4岬は公園のように整備されており、与那国島で年間を通じて水揚げされるカジキのモニュメントが迎えてくれます。過去の台風でヒレが破損したそうですが、パテで修理されていました。最西端の碑の脇では灯台が海上交通の安全を見守っています。
イメージ 5
こちらが「日本国最西端之地」碑です。北緯24度27分00秒、東経122度56分04秒です。離島等を含めた場合に、自由に訪問できる日本の端は最西端のこちらだけですから、ありがたさが一層際立つものです。ちなみに、最北端は択捉島、最東端は南鳥島、最南端は沖ノ鳥島にそれぞれ存在しています。いずれも簡単には訪問することができない場所にあります。

与那国島と台湾とはわずか111㎞の距離にあります。(左)この方角に台湾が大きく見えると言います。晴れていてもなかなか見えず、見えたときには大嵐となることが多いらしいです。
イメージ 6イメージ 7(右)台湾の反対側の東側に目を転ずれば、久部良漁港と久部良集落が見えます。この港にフェリーが入港し、カジキが水揚げされるということです。

〇久部良バリ
久部良集落の北方の海岸にある、全長約20m、幅3〜5m、深さ7〜8mの割れ目です。バリとは割れ目のことを言います。かつて、人頭税に苦しんだ島では、人口を制限するために村の妊婦を集めて、このバリを跳ばせたという伝説が残っています。
イメージ 8イメージ 9一帯は、クブラフリシという景勝地でもあり、釣りの適地でもあるそうです。大物が釣れるそうですが、打ち寄せる大波には注意が必要です。
イメージ 10イメージ 11久部良バリの隣には神殿のようにも見える建造物が残されています。これは、かつて製塩工場だった建物の残骸で、台風の被害を受けて廃業し、骨組みだけが残されたものです。


〇比川地区のDr.コトー診療所
島の南側の比川地区には、与那国島で撮影されたテレビドラマ「Dr.コトー診療所」のセットが残されています。モデルになった本当の医師は鹿児島県の下甑島にいらっしゃいましたが、ドラマの撮影は与那国島で行われたのでした。
イメージ 12イメージ 13診療所の面する海岸は比川浜で、真っ白な砂浜とサンゴ礁のエメラルドグリーンの海の対比が素晴らしく美しかったです。この日は気温が25℃程あったので、2月中旬と言えども泳げるのではないかと思われました。


〇泡盛工場の見学(国泉泡盛)
島の中央部に位置する国泉泡盛合名会社の工場見学をさせていただきました。「どなん」で有名な泡盛の会社です。泡盛はタイ米で作られます。(左)蒸しあがったタイ米が上部から投下され、麹と混合するための装置です。
イメージ 14イメージ 15(右)米と麹が混ざれば、こちらのタンクで発酵が行われます。上部の覆いをめくり上げると、よい香りが漂います。

(左)アルコール発酵が進んだならば、こちらの装置を使って蒸留を進めていきます。蒸留の初期段階はアルコール度数の高いものが抽出されるので、花酒用として右手のタンクに蓄えられます。その後、アルコール度数が落ちてくると、通常の泡盛用として左手のタンクに蓄えられます。
イメージ 16イメージ 17(右)最後に左側のタンクに貯蔵されて、瓶に詰められ、出荷となります。

工場見学の後には、泡盛の試飲もさせていただきました。60℃の花酒もいただきました。花酒は泡盛とまったく同じ原料を用いて同じ製法で作られますが、アルコール度数が45度を超えと税法上は泡盛の名乗れないのだそうです。


〇アヤミハビル館
イメージ 18与那国島は、世界最大の蛾と言われるヨナグニサンの生息地としても有名です。与那国方言では、「アヤミハビル」と呼ばれ、その名を冠した博物館が島の中央部、国泉泡盛の近くにあります。「アヤミ」とは「模様のある」、「ハビル」とは「蝶」の意味だそうです。


羽を広げると20㎝前後もある大型の蛾です。最近は生息数が減ってきており、絶滅危惧に至る一歩手前のようです。館内にはサナギが飼育されていて、羽化する日を待っていました。サナギ状態でもピクピク動くので生きていることが確認できました。
イメージ 19イメージ 20
また、アヤミハビル館ではアヤミハビルの生態などを詳しく知ることができるだけでなく、与那国島の独特な生物について、総合的に展示や説明が行われています。その生物の一つがヨナグニシュウダという蛇です。シュウダとは「臭蛇」と書き、危険を感じると噴気音や体を膨らませて威嚇するほか、総排泄孔から悪臭のする分泌物を出すことが由来です。アヤミハビル館ではヨナグニシュウダが飼育されており、観察してみたところ、大変サービス旺盛な蛇だったので、動画で撮影してみました。
→ https://www.youtube.com/watch?v=tv6kptENVlY
※ハ虫類が苦手な方はお止めになった方がいいと思います


〇奇岩を愛でる
島の南東部には2つの奇岩を見ることができます。(左)立神岩(たちがみいわ)は層状の模様が美しい岩です。海鳥の卵を取るために岩に登って下りられなくなった若者が、神に祈りを捧げて眠りについたところ、眼が覚めると無事に戻れていたという伝説があると言います。
イメージ 21イメージ 22(右)軍艦岩と呼ばれるこの岩は、潜水艦のように見えないでしょうか。潜水艦が急速浮上して海面に出てきたような雰囲気の岩です。直角に切り立った岩がどのように形成されたのか興味深いところです。周辺は大物が釣れる釣りのスポットでもあるといいます。

〇島の東端の東崎(あがりざき)
与那国島の東端は東崎(あがりざき)です。こちらにも青い空、青い海、緑の大地との対比が眩しい白亜の灯台が設置されていました。ここからは西表島が見えるといいますが、この日は見えませんでした。
イメージ 23イメージ 24東崎の断崖の下部にはアリシと呼ばれる岩場と海岸が広がっています。海岸部の画像を見るとモヤがかかっているように見えますが、これは打ち寄せる波が霧状になったものです。また、アリシの岩場に打ち寄せる波は激しく、迫力のあるものでしたので、動画を撮影しました。大波が来た後に一瞬現れる虹にご注目!!https://www.youtube.com/watch?v=2wQaQKnSAR8



〇島の各所で馬と戯れる
東崎の周辺は東牧場として馬が放牧されています。岬付近の断崖にも、草原地帯にも、馬が草を食んでいる様子が見られました。
イメージ 25イメージ 26この馬は、与那国馬という、与那国固有の小型馬です。東牧場に放たれている馬は純粋種の与那国馬だそうです。うちのゴマちゃんとリンゴちゃんみたいに、シンクロした格好で草を食んでいました。

島内をドライブしていると路上で馬と出くわすことがありますから、スピードの出し過ぎは禁物です。こちらは南牧場付近で、南牧場の馬は在来種との混血だそうです。のんびりな馬なので、クラクションを鳴らしてもどいてくれません。
イメージ 27イメージ 28東、南ともに、道路上には牧場との境界を示す垣根のようなものがありません。道路上に刻まれた「テキサスゲート」という溝で馬が出ていかないようにできるそうです。


〇ダティクチディで過去に思いを馳せる
正保元年(1644年)尚賢王は琉球の島々に対して海上監視や出入りする船の通報を行うために遠見番所の設置を命じました。番所であるダティクチディに3人の番人を置き、船が現れると1人が早馬で村に駆け「ンネーンネー」と連呼して船の出現を知らせたそうです。番小屋造り作業をグティククイと呼び、毎年旧暦8月に作り替えていました。現在は、小屋造りは行いませんが、この時期に祭事が行われているということです。
イメージ 29イメージ 30ダティグチディは石垣で囲われた小屋だったようで、小屋の内部には祭事場が用意されている他、羅針盤のような石が残されていました。ここで遠くの海上に目をやり、船舶の航行に目を光らせていた17世紀ごろの様子に思いを馳せました。現在も国境の島ということで、島民の安全保障意識は高いと聞きますが、この当時から培われた気質のようなものではないかと想像します。
イメージ 31イメージ 32この付近から鋭いトゲのある草をかき分けて海岸線に向かうと、六畳ビーチに到達します。6畳ほどの狭いビーチということでしょうけれど、その透明度、美しさは段違いです。


〇ティンダバナ
イメージ 33祖納(そない)地区の南西に屏風のようにそそり立つ標高100mの絶壁です。

麓から見上げると、むき出しの岩が大迫力で迫っています。その高さは打ち捨てられた軽トラと対比させるとよく分かると思います。

祖納地区は、町役場が置かれている島で一番の集落です。飲食店なども点在していますので、アシモモ〜も祖納地区の飲食店にお世話になりました。与那国島で出会った珍味は後日ご報告したいと存じます。

ティンダバナは高台ゆえに、眼下には祖納港や祖納地区の家並みが一望にできる、天然の展望台と言えます。アタシらも、遊歩道の柵につかまって、時を忘れて国境の島の集落を眺めました。
イメージ 34イメージ 35
遊歩道沿いの壁面には、八重山出身の詩人・伊波南哲の「讃・與那國島」と題する詩が刻まれています。
イメージ 36讃・與那國島    伊波南哲

 荒潮の息吹きに濡れて
千古の伝説をはらみ
美と力を兼ね備へた
南海の防壁與那國島。

 行雲流水
この美と力を信じ
無限の情熱を秘めて
太平洋の怒涛に拮抗する
南海の防壁與那國島。

 宇良部岳の霊峰
田原川の盡(=尽)きせぬ流れ
麗しき人情の花を咲かせて
巍然とそそり立つ與那國島よ。

 おヽ汝は
黙々として
皇國南海の鎮護に挺身する
沈まざる二十五万噸の航空母艦だ。
            紀元二千六百三年三月
紀元2603年というのは1943年のことですから、太平洋戦争の最中に作られたことになります。碑の一番末尾に注目していただきたいのですが、何やら削り取られている様子が確認できます。ここには当時の町長のお名前が記されていたと言います。「沈まざる25万トンの航空母艦」という表現に象徴されるように、戦意高揚の詩でありますので、終戦直後の時期に、自身に害が及ぶのではないかと考えた当時の町長が削り取ったということです。

イヌガンと呼ばれる岩屋がありました。こちらには以下のような伝説があります。温暖な気候なので、こんな岩陰でも暮らしていけるかもしれないと思いました。
イメージ 2【与那国町教育委員会の碑文】
 大昔、久米島から中山王府への貢納船が出帆した。しかし船は荒天に遭い、与那国島へ漂着した。一行の中に女一人と雄犬一匹が加わっていて、ある夜から男が一人ひとり犬に噛み殺され、犬と女だけが岩屋で同棲するようになった。

  一方、小浜島の漁夫が荒天に遭い、与那国島へ漂着した。女はこの島に猛犬がいることを知らせ、すぐに島を離れるよう忠告するが、男は女の美貌にひかれ、逆に犬を退治した。

 二人は夫婦になり七人の子宝に恵まれるが、ふとしたことから犬の殺害を知った女は、ついに犬の死骸を抱いて命を絶った。

 犬と女が住んでいたところがイヌガンと言われている。

イメージ 37また、与那国島の英雄の一人であるサンアイ・イソバが出生した地と言われる旧跡が残されています。台風の被害で崩れたりもしているそうです。茂みの中にひっそりと碑文が立っていました。サンアイ・イソバは16世紀末頃に与那国島に君臨した女酋長とされ、島人から尊崇を集めたと言われています。



以上、駆け足で与那国島を1周しました。数回に分割しても良い分量ですが、分断すると与那国島の雰囲気が伝わらないので、一気に書き上げることにしました。

次回は、空の旅の様子と沖縄グルメを特集します。

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