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アシモモ〜のブログ
日記に近い感じで日常生活を綴っています。

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ゆっくり長く走るというLSD(Long、Slow、Distanceの略。麻薬ではありません。)の実践として益城町方面に出向いたとき、道路の真ん中に鎮座している、猫伏石(ねこぼくいし)という邪魔な石を発見しました。場所は、九州自動車道・益城熊本空港ICの近くの住宅街の真ん中です。

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イメージ 2路地に入り込んでしまって若干道に迷っているときに、たまたま猫伏石に行き着きました。

道路の真ん中の邪魔な位置にあるにせよ、妙に風景になじんでいますし、大木も生えていることから歴史的な存在であることも伺えたので、LSD中の休憩をとることとして、石の周囲を観察してみました。


概略以下のとおりの、由来書きがありました。
イメージ 3〇加藤清正に親を殺された横手五郎という剛力の男が、親の仇を討つため、清正による熊本城築城のとき人夫として雇われた。

〇五郎は、清正の命により城の土台となる大きな石を探しに行き、木山川を西原村河原まで遡ったところでやっと見つけた。

〇横手五郎はその石を猫伏に包んで背中に背負って熊本へ戻ろうとしたが、あまりにも大きくて重いため猫伏が耐えられず、府内古閑まで来たところで破れてしまった。
※ 猫伏(ねこぼく、ねこぶく):農家が農作物の乾燥等で使う、藁で編んだ3m四方程度の敷物。

〇横手五郎は小さな石を両手に抱え、大きな石をその場に残して熊本へ帰ってしまった。

〇残された石は途方もなく大きい石なので、誰も動かすことができずに現在に至る。

イメージ 4なるほど、確かに大きな石があります。

相当の年数を重ねたと思われる大木が数本生えていて、木の根元には祠があります。祠の中には枯れていない花が供えられていることから、日常的に手入れされている様子が伺えます。木の根元に置かれている靴の趣旨は不明です。アシモモ〜のシューズではありません。猫伏石の周囲だけ、住宅街とは思えない雰囲気が漂っています。


イメージ 5石の傍らには道路標識が設置され、石の存在を認めた上で、共存していく姿勢が感じられます。

石には若干の擦った跡がありますから、腕の悪いドライバーが車体を石にぶつけてしまったこともあったのでしょう。この道路標識の位置からすると、ひょっとすると石の保全にも役立つ位置にあるのかもしれません。



確かに巨大な石ではありますが、この程度の石ならどこにでもあるでしょうし、本当に邪魔で、本当に破壊しようと思ったならば、破砕機をもってきて石を砕いて除去することもできたでしょう。穴をあけてダイナマイトを詰めて爆破することもできましょう。

しかし、そうしなかったのは、この石の存在が周辺住民に受け入れられていて、それなりに大事にされているからだと思われます。このような、地元の歴史に根差した名所・旧跡があるということは誇らしいことだと思います。
大型連休中、東京に帰省した機会を利用して、ジョギングで湾岸エリアを流して、開発の状況などを観察してきました。ダイナミックに街並みが変わりつつある様子であり、東京オリンピックに向けておおいに楽しみであるとともに、その成功を祈るばかりです。

〇晴海5丁目の東京五輪選手村の建設現場の状況
晴海5丁目では東京オリンピックの選手村となるマンションの建設工事が最盛期を迎えていました。
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一部が完成したマンションもちらほらとみられるようになりました。こちらは17階建てのマンションです。選手村として利用された後は、内装を改めて新築として販売されると聞いています。億ションもあると報じられていましたが、こちらは何だか普通のマンションだなあという感想を持ちました
イメージ 10イメージ 11マンションが文字どおり「林立」している建設現場です。オリンピックまでに多数のマンションが建設される計画ですが、52階建てのタワーマンションはオリンピックの後に建設されるといいます。



(左)晴海の西側の埋立島である豊海町からも建設ラッシュの様子が分かります。一番右手の建物は臨港消防署の新しい建物。その隣には一部完成したマンションが見えます。こちらも、やはり普通のマンションだなあという印象です。
イメージ 12イメージ 13(右)晴海の東側の埋立島である豊洲の「ぐるり公園」の遊歩道からも晴海のオリンピック選手村の状況がよく見えます。本当に多くのマンションが建ってしまいました。将来、マンション群が朽ち果てたら「東京軍艦島」などと称されるのでしょうか。まあ、そのころにはアシモモ〜は鬼籍に入っているとは思いますが。


〇選手村の周辺でも開発が進む
選手村の周辺地域でも開発が行われています。オリンピックと連動しているわけではないと思われますが、街の景観が早いスピードで変わっています。
イメージ 2イメージ 4晴海三丁目交差点の角地にあった晴海パークビルの旧館と新館は取り壊され、更地になっていました。跡地に何ができるのか楽しみです。つまらないマンションやオフィスビルではなく、商店や飲食店がたくさん入った楽しい場所になると嬉しいです。



勝どき東地区の再開発の状況も見てきました。環状2号線を走ると様子がよく分かります。
イメージ 3イメージ 5かつてあった月島倉庫等の倉庫群は完全に取り壊され更地となり、マンション建設の準備が進んでいます。画像の一番手前のところには、58階建てのタワーマンションが建設されます。


〇築地市場だった場所の現状
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(左)環状2号線を走っていくと、築地市場だった場所を迂回するあたりから市場跡地の現状が見えます。建物はすっかり取り払われて更地になりました。築地市場から豊洲市場への移転が遅れたために環状2号線の工事も遅れ、道路が迂回する形になってしまっているので、一日も早く計画通りに開通することを祈念します。
イメージ 14イメージ 15(右)新大橋通の青果門があったあたりからの眺めです。環状2号線から見える更地を反対側から眺める形になります。遠方には勝どきや晴海のタワーマンションがちらほらと見えます。

市場が移転した直後はなんだかんだと騒いでいましたが、半年もすればもうすっかり騒ぎも収まって、豊洲市場は観光客で大賑わいですから、問題でもない事柄を大げさに煽るマスコミと、それに踊らされる大衆の関係性について考察する格好の材料でありましょう


〇その他の湾岸エリアの状況
(左)勝どき橋から墨田川の河口方向を撮影。環状2号線が走っている築地大橋が見え、その右手には築地市場の建物が取り壊された跡地が見えます。晴れていると青と白のコントラストが素晴らしいと思います。
イメージ 16イメージ 17(右)夜の黎明橋から朝潮運河の河口方面を眺めると、周辺のマンションの灯りが水面に映って美しいです。風が全くないと、水面に移る灯りが鏡のように反射されるのですが、多少とも風が吹くと、反射した灯りが乱れてしまいます。それはそれで美しいものです。



豊洲から晴海方面を眺めると、お決まりのアングルで、晴海地区のタワーマンションが写ります。販売用の広告ような写真になってしまった…。
イメージ 8イメージ 7一番右のタワーマンションは、パークタワー晴海。どうやら完成したようです。もうすぐ入居が始まるのではないでしょうか。


〇レインボーブリッジの競演 〜素敵なのはどちら?〜
豊海水産埠頭と豊洲ぐるり公園からレインボーブリッジを眺めてきました。
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(左)が豊海水産埠頭からのレインボーブリッジで、(右)が豊洲ぐるり公園からのレインボーブリッジです。どちらが素敵でしょうか。
イメージ 18イメージ 19撮影日が異なるので、豊洲から撮影した方が晴れている分、ポイントが高いでしょうか。しかし、豊海水産埠頭からは真正面にレインボーブリッジが見え点はポイントが高かろうと思います。アシモモ〜としては、やはり豊海水産埠頭の方に軍配を上げたいと思います。豊海の方が穴場なので、景色を独り占めする雰囲気をも味わえるのが決め手でしょうか。
本日をもって「平成」が終わります
最近は何でもかんでも「平成最期の〇〇」と銘打ったものが多く、辟易としていたところですが、アシモモ〜も悪ノリしてみることにしました


〇豊肥本線の「平成駅」は控えめな駅
豊肥本線に「平成」という駅があります。熊本から豊肥本線の列車に乗ると、最初の駅です。
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駅の真上を平成大通りの陸橋が通っている、何の変哲もない駅です。「平成」などという名称でなければ、訪問することはなかったでしょう。
イメージ 2イメージ 3駅の入口には「平成駅」と書かれた立派な看板が掲げられています。心なしか誇らしげに見えます。その看板の隣には、「昭和タクシー」というタクシー会社の看板が掲げられています。昭和と平成が仲良く同居しているのが素晴らしいことだと思われます。「令和」とも仲良くやっていけるでしょうか。
イメージ 4イメージ 5

豊肥本線は単線の路線ですが、平成駅では上下列車が交換できるようになっています。直線区間なのでなかなかの景観です。他方で、住宅地が線路の近くまで迫っているので、電車の写真を撮ろうと思うと意外と骨が折れます。


〇地名にも「平成」
平成という地名にもなっているので、「平成」を冠したマンションもありました。平成一番館とは、ずいぶんと大きく出たものです。平成地区は昭和55年に開発が始まった住宅地で、平成2年に完成しました。平成になってから完成したので「平成」と名付けられたようです。
イメージ 6イメージ 7そうこうしているうちに、熊本駅方面から肥後大津行きの電車がやってきました。火の国と言うくらいですから、やはり赤が似合います。


〇上下電車の交換
水前寺方面から熊本行きの電車もやってきて、平成駅ですれ違いが行われました。普通、電車は左側通行だと思いますが、ここでの電車の行き違いでは右側通行になっています。すなわち、画面左が水前寺方面で、水前寺方面に向かう肥後大津行きが右側の線路を使用しています。
イメージ 8イメージ 9

右が1番のりばがある本線で、左が2番のりばのある待避線となっています。ここでは、下りの肥後大津方面行き列車が1番のりばに入線し、上りの熊本方面行きの列車が2番のりばに入線することになっています。この結果、平成駅でのみ右側通行が行われているようです。右側走行をした熊本行き電車が来ましたので、「平成」の看板を入れ込んで撮影しました。



特に何の節目ということでもないと思いますが、「平成」最後の記事は「平成」関連のものをぶつけて、世間の悪ノリに便乗してしまいました。明日からは「令和」になりますが、とくに浮かれたりすることなく、淡々と生きていきたいと思います。

九州〜沖縄の空の旅

〇熊本から那覇へのフライトでの眺め

ポンドツーリストを利用して宮古島に行く道中、飛行機は努めて窓側を取り、美しい風景を目に焼き付けました。晴天に恵まれたならば、九州本土の街並み、山並み、どこまでも青い海が見え、沖縄ゾーンに入るとライトブルーの美しい海が見えます。


阿蘇くまもと空港を飛び立つをすぐに左ターンして進路を南に取ります。
イメージ 2イメージ 3ちょうど熊本上空でターンを終えたので、金峰山と島原湾の向こうには雲仙の山々が見えました。少々霧がかかってみますが、普賢岳の頂上も確認することができます。地図と見比べてみると、おもしろいと思います。


次は、不知火や宇土半島が見えてきました。
イメージ 4イメージ 5先日訪問した永尾神社もこの画像のどこかに写っています。平野部は畑や住宅地が広がっていますが、宇土半島は山がちで緑が多いのがよく分かります。


こちらは八代の市街地と、八代海の対岸には天草の島々です。この画像のどこかに、当ブログ常連様の「じーおっぺ様」宅も写っていますね!
イメージ 6イメージ 7このように見てみると、八代の市街地化が進んでいること、八代港は巨大な港であること、山間部との境界線が明瞭であることが分かります。



トカラ列島の上空を沖縄に向けてフライトし、鹿児島県を後にすると沖縄県の島が見えてきました。
イメージ 8イメージ 9右から順に、伊平屋島(いへやじま)、野甫島(のほじま)、具志川島、伊是名島、屋那覇島です。こういった島にもいつか行ってみたいものです。


沖縄本島に近づいてきました。沖縄本島の東岸を南下し、ターンして北上しながら空港にアプローチしていきます。南下する際に金武湾が見えました。
イメージ 10イメージ 11濃い青と鮮やかな明るい青の対比が素晴らしいと思います。




〇那覇空港の離発着の様子
那覇空港に着陸する様子を撮影しました。那覇の街並みを一望しつつ、着陸する様子は迫力があります。海の美しさが際立っていました。

那覇空港から宮古島へのフライトで離陸する様子を撮影しました。離陸後すぐに左旋回します。沖縄の街並みや青々した海がよく見えます。


〇宮古島に着陸
イメージ 12那覇から宮古島へのフライトは貧弱なプロペラ機ではなく、立派なジェット機でしたので、揺れが少なく、快適なフライトでした。個人的にはプロペラ機でヨロヨロしながら飛んでいくのが好きではあります。



宮古空港に着陸するときの様子を撮影しました。
宮古島に広がる色とりどりの畑がモザイクのようで美しく、来間島と宮古島を結ぶ来間大橋、怪しいまでにライトブルーの海がよく見えました。
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〇夕刻のフライト
那覇と熊本の間は、1日1往復しかフライトがありません。夕方に那覇から熊本に帰ろうとする場合、どうしても本数の多い那覇〜福岡便を利用する他に手段はありません。福岡から熊本に戻るのも結構な時間がかかります。中途半端に近いのでフライトが限定的なのが痛いところです。

しかし、そんな憂鬱を吹き飛ばす絶景に遭遇しました。夕暮れ時のフライトだったので、夕日に照らされた雲海がどこまでも広がっていました。
イメージ 14イメージ 15そして、段々と夜の闇が迫ってきます。夕暮れの時間と夜の闇の境目が見えました。
2月24日(日)のブログに記したとおり、2月17日(日)に開催された熊本城マラソンには東京からMTN氏が来熊されました。前日の土曜日の朝一番の便で到着され、月曜日の夕方の便で東京にお帰りになりました。

土曜日はマラソン大会の受付を済ませる必要がありましたが、それ以外には特段の予定もありませんでしたので、土曜日と月曜日の大半は熊本を案内することができました。

始めて来熊されたお客様をお連れするに当たり、熊本県の魅力を最大限に知っていただくことを最大の目的に掲げ、ご案内先を検討しました。

〇熊本グルメ
熊本に到着されて最初の昼食は、味千ラーメンの本店にお連れしました。熊本ラーメンは是非味わってほしいと考え、数あるお店の中から味千ラーメンを選択しました。
イメージ 1イメージ 2この選択にはおそらく賛否両論があろうかと思います。しかし、県庁のルフィ像を愛でるといった動線や、その後の行程の関係で、味千ラーメン本店が一番都合が良かったのです。

アシモモ〜は味千ラーメン本店の味は好きなのですが、異論を唱える方も相当いらっしゃることは認識しています。

その他、熊本名物の馬刺し、いきなり団子、味噌天神饅頭(←渋いところを攻めました)あか牛ステーキ、海の幸を堪能していただくことができました。心残りなのが、辛子レンコンを食べていただくことができなかった点です。短い滞在期間中、巡り合わせが悪く、辛子レンコンを食べる機会を設けられませんでした。

〇熊本城
マラソンの受付を済ませた後は、熊本城を案内しました。今なお再建途上の熊本城ではありますが、そのような姿であっても是非見てみたいとMTN氏のたっての希望でした。
イメージ 3イメージ 4崩れた石垣の石を並べて一つずつ番号を付して管理している様子や、加藤神社の入口から眺める立派な宇土櫓は、MTN氏の関心を大いに引き付けた様子でした。
イメージ 5イメージ 6加藤神社の境内からは、再建途上の天守閣の様子を眺め、その複雑かつ堅固な構造に舌を巻きました。城彩苑では、天草名産のウニをふんだんに用いた「うにコロッケ」を試食。MTN氏と一致した結論は、ウニはウニのまま食べたほうが美味い、でした。



〇田原坂
熊本城を見物した後、多少の時間があったので田原坂までドライブをしました。昨年末に訪れたことがあるので、小慣れた案内が可能でした。官軍と薩軍の壮絶な戦いについて、地形を見ながら説明して差し上げました。


〇阿蘇
マラソンの翌日は、痛い脚を引きずりながら、阿蘇方面に繰り出しました。まずは俵山峠の展望所に向かい、阿蘇の壮大な地形について説明しました。巨大なカルデラの様子がよく分かる点では、俵山峠展望所は大変優れています。
イメージ 7イメージ 8その後、道の駅「あそ望の郷」に向かい、あか牛やソフトクリームを堪能しつつ、阿蘇山の雄大な山並みを鑑賞しました。
イメージ 9イメージ 10白川水源はアシモモ〜としても初めて訪れる場所でした。荘厳な神社の境内に水源地があり、その怪しいまでに青く透明な水に時を忘れました。白川水源の水はこのまま飲むことができます。柔らかく、ミネラル分を感じられる水でした。

中岳の火口方面にも向かいました。2月のこの時期は火山活動が活発になっていたので、火口付近まで近づくことができませんでした。立入禁止の表示にランプが点灯していました。
イメージ 11イメージ 12阿蘇山ロープウェーのりばの建物は解体作業中で、寂寥感溢れる光景でした。これもまた、激しい火山活動がもたらす現実でありますから、見ていただく価値はあったものと考えます。

飛行機まで時間があったので、アシモモ〜がイチオシの米塚をご案内し、その優美な姿に感嘆していただくとともに、その成り立ちや伝説についてもご説明申し上げました。
イメージ 13イメージ 14その後、大観峰までドライブして、涅槃像をご覧いただきました。ここで時間切れとなりましたので、空港に向かい、MTN氏は東京へとお帰りになりました。



限られた時間で、代表的な熊本の観光地を効率的に回れたのではないかと考えています。しかし、どうしても地元の人の知識には追いつきませんので、もっと案内すべき場所があったのではないかとも感じています。

また、もっと時間があったならば、さらに深い熊本の魅力を案内することもできたと思います。次なる来訪者のために、そういったスポットに関する「引き出し」を豊富にする努力を怠ってはいけないと痛感した次第です。

おすすめスポットなどがあれば、こっそりと教えていただけると幸いです

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