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アシモモ〜のブログ
日記に近い感じで日常生活を綴っています。

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3月10日(土)16:00に、首都高晴海線が開通しました。画像は首都高ウェブサイトから拝借いたしました。
【参考】首都高のウェブサイト http://www.shutoko.jp/ss/tokyo-smooth/harumi/
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2年近くにわたり、首都高晴海線の工事の進捗を見守ってきました。(左)は2016年9月の画像です。1年半前はまだ橋梁の工事を行っていたのが分かります。それがこんな立派な高速道路に仕上がりました(右)。
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東雲ジャンクションから豊洲を経て晴海まで高速道路がつながったのです。「ゆりかもめ」を跨ぐところが一番標高が高くなっています。料金所は豊洲付近の本線上に設けられていますので、晴海の出入口付近には料金所はありません。
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イメージ 5首都高のウェブサイトの説明によると、臨海部、晴海・豊洲地区から発生する交通需要を湾岸線に誘導する役割を果たすとのことです。豊洲市場が開設された後は、豊洲から首都高を通って新鮮な食品が流通することでしょう。

また、9号深川線と11号台場線のバイパス機能を果たすことを期待されるとの説明がされています。しかし、晴海線がC-1中央環状線に接続しないとバイパス機能は果たせないのではないでしょうか。晴海の先で晴海線が地下に入り、勝鬨橋の南西側を通過してC−1に接続するという計画もあるようですが、具体的に進展する可能性は低いと思われます。


晴海3丁目付近の住民への騒音対策も万全であるそうです。高速の出入り口付近には遮音壁が設けられています。確かに立派な遮音壁が設置されていることが画像からも確認できます。高速道路の出口ができたために、豊洲から晴海に向かってくる有明通りには信号機が1つ増えてしまいました。
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また、高機能舗装が施されていて、舗装の隙間が大きいので騒音が生じにく上に、水はけにも優れていて、降雨時の水しぶきの発生が抑制されるとのことです。

アシモモ〜家は自動車を保有していませんが、レンタカーを借りて走ってみたいと思っています。
1月中旬、浅草見物に行きました。かつて同僚だったTDさん、KWKさんと雷門にて待ち合わせしました。
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向かって右に交番がありますので、待ち合わせの良い目印になりました。雷門はいつ見てもどっしりした構えで、その先に続き仲見世の賑わいを感じて、浮きだった気持ちになります。


仲見世はものすごい人出なので、混雑を避けて、仲見世通りの一本隣のオレンジ通りを散策しました。
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オレンテくん」というゆるキャラが幅を利かせていて、ポストにまで浸食していました。オレンテくんのプロフィールは以下のとおりです。
〇誕生日は平成25年5月22日
〇頭脳線と感情線が一緒になり、手のひらをまっすぐ横に横断している珍しい掌線
〇徳川家康、豊臣秀吉、織田信長と同じ手相で、天下を取る手相


オレンジ通りの周辺は職人の街という風情で、例えば、刷毛のお店がありました。大正時代から続く老舗です。
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フラっと立ち寄ったところ、靴磨き用のブラシ、歯ブラシ、メイク用のブラシ、掃除用ブラシ、鍋用ブラシ等々が並んでいて、その職人技に圧倒されました。歯ブラシは、使い続けるとブラシが短くなり、ナイロン製のそれのように外側に開いたりしないのだそうです。犬やワニもブラシで作れるのです!


昼食は創業70周年を迎えたという老舗の葵丸進で特上天丼をいただきました。
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お値段はなんと2,750円!。久しぶりの浅草でしたので、少々奮発しました。エビ、アナゴといった上等なネタが天丼の具材になっていて、辛すぎる甘すぎない天丼のたれをまとい、サクサク感を残しつつ、油っぽさもなく、まさに特上の天丼でした。


イメージ 9こちらは浅草寺の脇にある木馬亭。この日の主目的は、木馬亭にて行われた仮名手本忠臣蔵の公演でした。江戸時代に創作された仮名手本忠臣蔵を、朗読スタイルで全編通しで演じるという意欲的な公演でした。狭い舞台ゆえに出演された俳優さん達の息遣いや緊張感が手に取るように観客にも伝わり、3時間にも及ぶ長丁場もあっという間でした。

仮名手本忠臣蔵というのは日本史にも出てきますので名前くらいは知っていましたが、幕府の弾圧を避けるために、時代設定を江戸時代から室町時代に変え、更には登場人物の名前も史実のものから変えているといったことは、今回は初めて知り、不勉強を恥じ入りました。


公演終了後はすっかり日が暮れて、浅草寺がライトアップされて美しい姿を見せていました。浅草はスカイツリーに見守られ、新旧の代表選手が共演しているが如き情景でした。
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三越がある銀座4丁目から晴海通りを勝どき橋方面に進んで銀座の喧騒から逃れたあたりに、ひっそりと築地川銀座公園があります。何の変哲もない公園なのですが、今年は戌年ということもあり、何かと取り上げられる機会が増えている模様です。
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こちらの記念碑が犬に関連したものだからです。セラピードッグの草分けであるチロリという犬の記念碑があるのです。概要は以下のとおりです。殺処分のない世の中になると嬉しいです。

〇母犬チロリとその子犬5匹は捨て犬で殺処分寸前だったが、ブルースシンガー大木トオル氏に拾われた(http://toru-oki.x0.com/

〇チロリは片耳が折れ、後ろ足にも障害がある雑種で、もらい手がないので大木氏が飼った

〇末期がんを患うシベリアンハスキーに寄り添うチロリは才能を見出され、訓練の後、セラピードッグ(動物は介在療法)の代表犬として全国で活躍

〇チロリは2006年3月16日永眠

〇この1頭の捨て犬の社会福祉への功績が犬史に残るとともに、日本の動物愛護法に多大な影響をもたらしたということで、記念碑が建立された




イメージ 3東銀座まで来ましたので、腹ごしらえは「矢場とん」と決めました。昨年の名古屋出張の際の「矢場とんチャンス」のときには名物の「わらじとんかつ」を断念した(https://blogs.yahoo.co.jp/anmako1976/15374950.html)ので、今回はそのリベンジを果たすべく、「わらじとんかつ」を注文しました。ソースとミソだれを半々にして2種類の味わいを楽しみました。

そのまま食べた後、カラシ、すりゴマ、一味唐辛子などを合わせていただく。いずれも美味であり甲乙つけ難く、順番に回すのがよろしかろうと思いました。




腹ごしらえが終わった後は、有楽町方面に戻り、東急ハンズに至りました。東急ハンズをただブラブラするのが目的ではなく、今回ばかりは明確な目的があって参ったのです。というのは、静電気除去グッズを早急に入手する必要があったのです。

ドアノブなどの金属を触るたびに不快な静電気の放電に見舞われ、心底困っていました。静電気は短時間で帯電することもあり、金属を触ったときのバチっとくるあの極めて不快な現象を無くすためには金属に触る直前に放電させるしか方法はないのです。

何年か前にペットボトルのお茶の景品で静電気グッズが付いていたこともありましたが、断捨離の一環で捨ててしまいました。断捨離を断行する中で、時として必要なものを捨ててしまうこともありますが、これくらいの失敗で断捨離を否定することはあり得ないというものです。それにしても、東急ハンズの静電気除去グッズは1,000円もしましたから、それなりに痛い出費ということになります。

イメージ 4この除去グッズは放電体にステンレスフェルトを使用しているので、帯電量が多くてもスムーズに静電気を除去できるそうです。

1,000円は高いけれど、静電気対策のためなら仕方ありません。ネット通販で買えばもっと安く手に入りますが、どうしても今すぐに欲しかったのです。

放電すると液晶窓に雷マークが出現する仕組みになっています。電池は使用してないので、面倒な電池交換の作業は不要です。使用したところ、なかなかの優れものではないかとの印象を持っています。

築地・波除神社で初詣

昨年は正月早々からインフルエンザにかかりましたが、今年の正月は健康に過ごすことができました。初詣は、昨年に引き続いて築地の波除神社に参拝しました。
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茅の輪くぐりは、以下の作法どおりに行いました。
〇正面にて一礼、左足から輪をくぐり、右回り
〇正面にて一礼、左足から輪をくぐり、左回り
〇正面にて一礼、左足から輪をくぐり、社殿へ進む



江戸時代には獅子像を担いで練り歩く祭が行われたそうですが、関東大震災で獅子像は破壊されたと言います。平成の世になって、獅子像の再興話が進み、平成2年には雄の「天井大獅子」が、平成14年には雌の「お歯黒獅子」が再興されました。
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天井大獅子は、高さ2.4m、幅3.3m、重さ1トン、お歯黒獅子は、高さ2.15m、幅2.5m、重さ0.7トンとのことです。祭の時にはこれを担いで練り歩くということです。



昨年購入した鯛の縁起物「目出鯛」を納め、同じ縁起物を購入しました。毎年買わなくてもいいのかしら?とも思われましたが、縁起物ですから
新年には換装するのもよろしかろうと思います。
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御朱印もいただきました。昨年のと比較するとスタンプが酉から戌に替わっただけということですが、傾向として、神社の御朱印は簡素というか、質素なのが多いようです。手抜きというわけではないのでしょうけれど。



イメージ 7初詣のお楽しみは「おみくじ」であります。運勢は、「中吉」でした。いろいろなアドバイスが書かれていましたが、ポイントは以下の4点かと思われます。

〇願望:叶うと信じることで願いが現実のものになります
〇健康:普段が健康でも定期的に検査を受けよ
〇仕事:想いを率直に伝えることで思わぬ協力者も
〇学業:様々な情報に惑わされ中途半端に

おみくじには縁起物が同封されていました。今回は「小槌」。大切に財布の中に入れることとしました。
イメージ 1昨年末、あいさつ回り等の用務があって宇都宮方面に行く機会がありました。東武宇都宮駅近くに参りましたので、せっかく宇都宮まで来たのだからということで、昼食はギョウザを食することにしました。








イメージ 2駅前の「さくら餃子」(宇都宮市江野町7−2)にて、ギョウザWランチ(700円)をいただきました。このお店は、この一帯に幅を利かせている様子の「健太餃子」の系列店のようで、店頭には「スタミナ健太」の像が置かれていました。









イメージ 3餃子は、野菜たっぷりで正統派の餃子でした。ジューシーで実に美味しい!ダブルなので10個の餃子が付きましたが、15個くらいは欲しいところでした。



イメージ 4さて、宇都宮まで足を延ばしたのですから、どこか寄りたくなるのが人情というものです。以前から一度訪問したいと願っていた、松尾芭蕉ゆかりの場所があるので、この機会に訪問することにしました。

『おくのほそ道』の中で「室の八島」として取り上げられている、栃木市の大神(おおみわ)神社です。





イメージ 5まさに関東平野という言葉を想起させる田畑が続く風景の中に、突然現れる雑木林の中に神社はありました。参道はひっそりとして、厳かな雰囲気に包まれています。境内は林の中央部にあり、イチョウの巨木に守られるように鎮座しています。








おくのほそ道には、以下のように記されています。
室の八島に詣す。同行曾良がいはく、「この神は木の花咲耶姫の神と申して、富士一体なり。無戸室(うつむろ)に入りて焼きたまふ、誓ひの御中に、火々出見の尊(ほほでみのみこと)生まれたまひしより、室の八島と申す。また煙をよみならはしはべるも、このいはれなり」。はた、このしろといふ魚を禁ず。縁起の旨、世に伝ふこともはべりし。

(大意)
 同伴者の曾良は、「この神社に祭ってあるのは木の花咲耶姫と申して富士山麓の浅間神社と同じ神です。この姫は、一夜で懐妊したために夫の瓊々杵尊(ににぎのみこと)に疑われたために、四方が壁の出入口のない部屋にこもり、尊の実子であれば焼け死ぬことはないとして、身の潔白を証明するために、部屋に火をかけました。そして、無事に炎の中から火々出見の尊(ほほでみのみこと)が誕生なさいました。そこで、竈(八島)のように燃える部屋(室)という意味で、室の八島と呼ぶようになりました。また、室の八島といえば、煙にちなんだ歌を詠む習わしがありますのも、こうした言い伝えによるものです」と解説した。
さらに、この地方では、コノシロという魚を食べるのを禁じている。コノシロを焼くと人体を焼くにおいがすると言われているためらしい。このような由来を物語る話には、世間によく知られているものもある。


イメージ 6相当の歴史のある神社ではありますが、華美に飾ることもなく、素朴な雰囲気の本殿でした。年末でしたので、新年を迎える準備がなされており、初詣の時期には大いに賑わうことでありましょう。









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境内には、松尾芭蕉の歌碑があり、

糸遊に結びつきたる煙哉

の句が彫られていました。ただし、この句は「おくのほそ道」には掲載されておらず、同行した河合曾良による俳諧書留に記されています。「糸遊」はかげろうのことで、「結ぶ」は「糸」の縁語であります。



この神社の祭神である「木の花咲耶姫」には石長姫(いわながひめ)という姉がいたそうで、父の大山津見神(おおやまつみのかみ)は姉妹を瓊々杵尊(ににぎのみこと)の妻として差し出したといいます。しかし、瓊々杵尊(ににぎのみこと)は美人である「木の花咲耶姫だけを選び、不美人である姉の方を返してしまったことから、父神の怒りに触れ、姉の「石」のように長い命ではなく、妹の「花」のような短い命を与えられたという神話が残っているそうです。


また、松尾芭蕉も記しているように、ここでは「煙」にちなんだ歌を詠む習わしがあり、室の八島の煙を詠んだ歌が多数あります。例えば、
〇煙たつ室の八島にあらぬ身はこがれしことぞくやしかりける(大江匡房)
〇いかでかは思いありとも知らすべき室の八島の煙ならでは(藤原実方)
〇暮るる夜は衛士のたく火をそれと見よ室の八島も都ならねば(藤原定家)
〇ながむれば淋しくもあるか煙たつ室の八島の雪の下もえ(源実朝)


この地方では現在もコノシロを食べないのかどうかは承知しませんが、コノシロは「シンコ→コハダ→ナカズミ→コノシロ」と名前を変える出世魚です。しかし、武士は、コノシロに「この城を食う」の意味を重ねて嫌い、絶対に食べなかったということです。また、切腹時には「腹切り魚」として最後に食べた
ともいいます。

少しの時間の訪問でしたが、松尾芭蕉の歩いた地を踏み、当時の様子に思いを馳せることができました。松尾芭蕉と同じ行程で旅をしてみたいと思いまいた。定年後の道楽として企画を温めておくのも良いかもしれません。
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