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キルギス旅行シリーズの最終回は、強烈な思い出を残した飲みものや食べ物について記します。
涙が出るくらい本当に強烈な味でした。酸っぱく、腐った牛乳の味がします。次の日にマラソン大会も控えているし、アシモモ〜は元々牛乳が嫌いだし、何か浮いているし、ハエがブンブン飛んでるし・・・ということで、「コレ、本当にちょっと無理です」と運転手さんに告げて、土に帰しました。悪いことに、それをドライブインのお兄さんに見られてしまいました。ホントにゴメンナサイ。
クムスで懲りたのに、性懲りもなく買ってしまったのがこちら、「タン」という飲み物です。道路沿いの看板に何度も登場していたので、きっと地元で人気の乳酸飲料なのだろうと合点したのです。飲むヨーグルトのような。
ところが、「クムス」をもっと酸っぱくして薄くした感じでして、これも本当にごめんなさい、ちょっと無理でした。
マラソンを走っているときに、一緒に走ったキルギス人のルスラン君に聞いてみたところ、クムスもタンも、日常的に飲んでいるとのことでした。「とっても美味しいよ」と言ってましたが。
タンで本当に懲りたのに、またまた性懲りもなく試したのが、ショロという会社の(左)マクシム、(右)チャラップという飲み物。街中の至る所で売られています。ショロ社は、東日本大震災の際に、何トンもの水を日本に送ってくださった、地元の有力企業だそうです。
次は食べ物です。(左)は、オシュ・バザールでも売っていたレピョーシカというパンです。周囲を取り囲んでいる小さいパンは、ボルソックというパン?です。油で揚げてあって、むしろドーナツに近い感じでした。素朴な味わいで美味しかったです。(右)は、「ラグマン」という中央アジア風具だくさんウドンです。こちらも、自宅でも作ってみたいと思うほどに良いお味でした。
(左)は、ガンファンという米料理です。ごはんに肉やトマトや野菜たっぷりのスープをかけたものです。中央アジア風牛丼といったところでしょうか。アシモモ〜はこれが非常に気に入りました。(右)は、マンティという巨大ギョウザというか、肉まんと言うべきでしょうか。グルジア料理の水餃子、「ヒンカリ」と同様のものです。皮の中には肉汁たっぷり入っておりますので、上品に食べずに、手で取って肉汁をこぼさないようにいただきました。
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キルギス旅行記
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このとおり、人でごった返しています。テーマソングは、もちろん、「シルクロードのテーマ」で有名な久保田早紀さんの『異邦人』の2番、「♪市場へ行く人の波に身体を預け〜」そのものです。なお、余談ですが、3rdアルバム「サウダーデ」では、ポルトガルのファド風にアレンジされており、こちらもまた味わい深くて好きです。
市場では野菜、果物、肉、パン、米等々の食品から、衣類、家具、日用雑貨まで何でも売られています。
(左)レピョーシカと呼ばれるこの地域特有のパンです。いろいろな模様があってキレイです。(右)まさにイチゴのシーズンであるらしく、どこを見てもイチゴが山のように積まれています。小ぶりで、いかにも露地栽培した感のあるイチゴでした。こういのをジャムにしたりすれば美味しいんだろうな。
お米も各種取りそろえられておりました。特に、右の赤い米はオズギョン米という米で、炊き込みご飯であるプロフに用いられるものです。他の米よりも高価であるのが伺えます。
(左)屋根付き売り場もあります。こういう所で肉を売ればいいのに、なぜか直射日光が当たるところで肉が売られていました。(右)ドライフルーツが整然と並んでいます。食物繊維が豊富で身体にいいですよね。
(左)豆も実に各種取り揃えております。赤、緑、白、茶、美味しそうです。(右)豆屋さんの傍らには、中国語が書かれた袋が置かれております。やはり国境を接しているだけあって、中国の物産が流入しているのです。
こちらはコーラやファンタ。
ではなくて、蜂蜜です。マラソン大会でもそうでしたが、どっかから拾ってきたペットボトルを再利用してしまうようです。でも、オレンジ色の蜂蜜はファンタの入れ物に、茶色の蜂蜜はコーラの入れ物に詰めるあたりが心憎いです。
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駅舎はモスクワの鉄道駅よりもヨーロッパ風味が抜けたような、質素な感じを受けました。ロシアの地方都市の鉄道駅がこのようなテイストだったかもしれません。散水車が写りこんでしまいました。駅前はタクシーが数台とまっているだけで、閑散としておりました。
が、駅舎を抜けてホームに出た途端、獲物に遭遇しました。バルクチ方面からカザフスタン方面に向かってディーゼル機関車が単機で爆走していきました。あまりに突然のことで、シャッターを切るだけで精一杯で、側面を写しただけの逆光の写真になってしまいました。
気を取り直して駅舎の中です。切符売り場はロシアと同じ方式です。一体どこまで列車が走っているのかと運賃表を見ると・・・、驚くべきことに!モスクワまで列車が出ているではありませんか。運賃は、(おそらく4人用の)寝台が15170ソム(約3万円)、窮屈な寝台が9682ソム(約2万円)でした。モスクワ以外にも、サマラやノヴォシビルスクなどのロシアの都市まで列車が走っておりました。列車に揺られて中央アジアのステップ地帯を行くだなんて、嗚呼、旅情が掻き立てられます。
再びホームです。老婆が歩いているのは、いちおうホームのようです。その向こうに停車中の列車。よくよく見ると、ロシア鉄道のエンブレムがついています。他方で、キルギス鉄道のものらしいエンブレムも付いています。ということは、ロシアとキルギスを行き来している列車に違いありません!旅情が掻き立てられ、胸がいっぱいになりました。そうこうするうちに、放送がかかり、カザフスタン方面から何かやってきました。
時刻表を見たところ、1日数本しか列車は走っていないようでしたので、ディーゼル機関車のみであったとしても、こうやって動いている車両を見ることができたのは稀有なことだと思われます。
青地の塗装に黄色のラインがイカしているし、汚れてくたびれた感じがまたイイ!たまりません。 |
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ホテルから歩いて5分も行くと、国立歴史博物館に着きました。キルギス全土で発掘されたサカ族の青銅器や、突厥の石人など、貴重な展示品もあるようですが、時間の関係で今回は建物を愛でるだけで通過いたしましたorz。
←こちらは、マナス王像。やや古いガイドブックには、2003年にレーニン像が撤去されて「自由の女神像」が建てられた旨書かれているのですが、現在は自由の女神像も無くなり、マナス王像になっておりました。台座にマナスと書いてるので間違いありません。
マナス王は、キルギス人が1000年も前から語り継いでいる英雄叙事詩のヒーローなのだそうです。
→こちらは国立博物館前のアラ・トー広場です。無駄に広い感じです。
軍の日が近いとのことで、アラ・トー広場には、武器及び装備品が並べてありました。ミサイルも陳列してありました、ミサイル好きのアシモモ〜としては激写せざるを得ません。警備の兵士からは近寄るなと注意されましたが、撮影するなとは言われませんでした。可愛らしい軍用車両(右)も陳列されており、ほほ笑ましかったです。
→チュイ大通りです。旧ソ連の都市計画の下に造られた都市なので道路は南北と東西に走り、京都のような碁盤の目状です。ロシアもそうですが、道幅が無駄に広いという印象を強く受けました。この道幅に慣れて東京に帰ると、迫りくる建物に圧迫感を感じます。
←ビシュケクは、山から流れる川を利用して樹木を茂らせており、街全体が公園のようです。こちらは、ビシュケク駅まで延びるエルキンディック大通りです。卓球が流行しているそうで、並木道には卓球台が多く置かれておりました。卓球台には中国語が書かれていたので、中国から流入しているようです。
→こちらはチュイ大通りに面している大統領府です。塀に囲まれてはおりますが、目立って警備をしているという風でもなく、数年前に政変が起きたばかりだとは思えないくらい至って平和な雰囲気が漂っておりました。
←こちらは大統領府の裏にあるパンフィロフ公園です。可愛らしいピンク色の門の前には綿菓子が売られています。この公園にはちょっとした乗り物が設置されている遊園地のようになっておりました。
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5月26日(土)は朝から快晴でした。ホテルの部屋からはイシク・クリ湖と天山山脈が一望できました。
白樺の並木道なんかも整備されており、高原の結婚式場みたいです。アヴロラ・ホテルもなかなかやるな!と一晩たってから思い直しましたが、
こういう妙なオブジェを置いてしまうあたりが、やはりイマイチなのだと思います。
また、標高1600mという、世界第2位の高山湖でもあるのですが、凍らない不凍湖だそうです。それゆえ、「熱い湖」という意味のイシク・クリという名を冠しているのです。
周囲の山々からは湖に100以上の川が流れ込んでいる一方で、流れ出る川が一つもないという驚くべき湖です。流れ込んだ水はどうなるのでしょうか。蒸発だけでまかなえるとは思えないので、湖底から吸収されているのでしょうか。
湖は東西180km、幅30〜70km、周囲700kmで、琵琶湖の9倍くらいの大きさです。「キルギスの海」とも呼ばれているそうです。
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