『ところどころ 富所、ときどき 富所。』

よしもと芸人 群馬県出身 群馬住みます芸人 アンカンミンカン 富所哲平のブログ

覚書

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また覚書。
独り言みたいなもの。


産まれたばかりサルに、お祝いの意味も込めて、外国の王室で産まれた王女の名前を付けました。

サルだから???

王室への失礼にあたるのではと、動物園にクレームがきました。
擁護の意見もきて、騒ぎになって、真面目ぶった顔でワイドショーもあおりました。

実際のクレームの温度がどうだったかはわかりませんが、ワイドショーが伝えるクレームのニュアンスは、通常業務に支障が出るレベルの重たいものでした。
それ見て、たくさんの視聴者が、バカがいるなぁ、平和だなぁって思ったと思います。

プロレスですよね、これは。

プロレスなニュースはたしかにおもしろいけど、
(現にこうして、僕も話題にしているわけで、)
やっぱりその無駄の時間を、難しいけど大事なニュースを、少しでもわかる人が増えるようにゆっくり丁寧に解説するような番組があってもいいように思う。
それが国営放送の役割なのか、一日のどこかしらの時間は全局が共通してそれををやらねばならないとか。
むしろ強制であっていいと思うし、そこに差し当たって問題となる自由は、むしろこの先に用意されているべき。

過程での批判が、遠い先にある肝心の目的を忘れさせる。

「真面目な日本人のいいところでもあるかもしれませんが、もう少しユーモアを持って寛容でいいですよね。」ってコメントがあったけど、プロレスなニュースにこの扱いはほんとにユーモアがない。
こんなもんをニュースとして扱うことがノーユーモア。
バカですよ、失礼になるわけない。時間の無駄。ぐらいでちょうどいい。

よその国の王室への失礼を気にする暇があったら、自国でもっと気にすることあるでしょ、
と最もらしいことを言ってみる。

「シャーロット」っていうコンビ名の芸人がいたらこんな時に便乗してチャンスの一つでもつかめていたかななんて。

とにかく時間つぶしにはちょうどいい、酒のつまみにはちょっと軽い、そんなニュース。

特徴・個性。

書庫・覚書。久しぶりの投稿です。


ラッスンゴレライも、つまるところそういうことだと思うんですけど、
秀でた一芸が、プラスで求められております。

たくさんいる中で、こいつじゃなきゃ、おまえらである理由っていうのが、
向こうさんからしたら必要で、

同じような商品が並んでたら安い方を選ぶでしょ。量が多い方を選ぶでしょ。
(本人らは自分たちを同じような商品とは必ずしも思ってないし、実際にそうでないにしても、良くわからない場合も含めてそう思えてしまう。)

それがあって初めて一度もしくは数度のチャンスを手にすることができるという。

じゃあその一芸っていうのを作ったらいいって話ですが、
それがまた単純・簡単ではないところが難しいところなんですが。

ボールに乗りながら縄跳びとかできるんですよ。
でもこれ、引きが全然ない。
いや引きを作れてない?

オードリーの春日さんが、フィンスイミングで日本代表に。
元々、売れてる方なのでアレですが、すごいこと。

行き着くところ、なんの世界にいても自己分析。
自分を知ることが大事。
長い人生において、一番長い時間を共にするのは、親でも、兄弟でも、恋人でもなく、自分。
一番会話をしなければならないのは自分。

さて僕はなにができる?
名刺が新しくなりました。
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HPのアドレスが載りました
仕事の依頼で、マネージャーの連絡先が載りました

明日から、儲けまくります!

この名刺、結構、喜ばれます。
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開くと楽しい☆

そんなみどり市で今日はこれに参加してきました!
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まさにタイトル通りに「お得」なイベントです。

ちょっとまじめな話になるんですが、
先日、我々アンカンミンカンは富岡製糸場の解説員養成講座を受講してきました。
これは、富岡製糸場を訪れる観光客相手に製糸場のガイドをする人間を育てるための講座です。
一生懸命、丸二日間、講座りました。

というのもこの講座で学んだ成果を基に、それぞれが自分なりのガイドを組み立て、それを試験で実践して、その試験を受かって初めて、晴れてガイドデビューできるっていうものなんです。

台本があって、それを覚えてうまくやるっていうものではないんです。

僕が思うに、
このシステムを取ることのメリット・面白いところは、
学びのモチベーションが全然違うんですよ。
自分で頑張らないと誰も助けてくれないから。あとで恥をかきたくないから。
そもそもやる気のある人しか来てないんですけど。
とにかく一生懸命、吸収しようとします!
で、学びのモチベーション高くして吸収しようと頑張ってみると、意外となんでも面白いんですよ。
富岡製糸場なんかもそうで、へ〜、なるほど〜、の連続でした。
みんなが真剣にメモメモしてました。
20歳そこそこの女の子も、60過ぎのおじいちゃんも、30を越えた売れないお笑い芸人も。

そして、これが最大のメリットかなと、狙いなのかな、と自分なんかは思ってるんですが、結果的に、それぞれのオリジナリティーあふれるガイドが富岡製糸場の観光資源の一つになる、という。

話がそれましたけど、この経験を通して。
俺、富岡で何やってんだ?
だったんですよ、良い意味でね。
地元の大間々・みどり市の観光大使やってるけど、ここまでしっかり向き合ったことあるか?

富岡製糸場のガイド台本を作りつつ、そんな思いに耽っているところに飛び込んできたのがこの「早起きは三文の得 散策」のチラシでした。

長くなりました。
一言、参加してよかったです。

皆様も良ければぜひ^^

余談ですが、その解説員養成講座の全行程終了したところの質問コーナーで、
「台本をよこせばいいじゃないか!?」という、今さらな質問を、スタートからほぼほぼ全速力の怒りで抗議してる人がいたんですが、
思慮が足りないのもそうだし、いきなり怒りが全速力なのもそうだし(自分以外の価値観が世の中にあることを知らない)、何より全員の貴重な時間を、あとで個人的に聞きなさいよ、それがみんなの総意で、私が代表で質問します体で10分も15分も奪っているのが個人的には一番にクズでした。他にもやべーのがいたんですが、そんな彼らも富岡製糸場のガイドをしたいって意思はあって、そこには敬意を払いたいと思うので、複雑だなと。
まあまとまりませんが、とにかくいろんな人がいるよねって結論で。

いつもブログご訪問ありがとうございます。
あんまりリアクションもなくて、書いてて寂しい思いのあるブログなんですが、そもそもこんなもの自己満足なんで頑張ります。
それでもコメントとか、全部、全部、ありがとうございます!!!
今まで以上に2015年は正直に書きたいと思ってます。
そして本音はもちろん、たくさんの人に読んでもらいたいです

あおいのこと 2

陣痛はきたのに、ほとんど寝れずの付きっきり二泊の入院で産まれず。
そして不妊治療からお世話になった病院を去り、帝王切開を視野に入れて大きい病院に転院。
転院後、「終わったらすぐ帰ってくるからね!」と約束し、僕は仕事で東京へ向かい嫁どころは午後一番から陣痛促進剤を投入。
それでも今日のところはまだ産まれないだろうという疲労からくる根拠のない予想
しかし残念ながらその予想は裏切られ、
僕に立ち会ってもらいたいと群馬での出産決めた嫁どころだったが、出産が始まったその時、僕は東京だった
 
転院してから休む間もなく再開された出産。
妊娠リミットの予定日越え2週間内での自然分娩を目指すとなるとしょうがないハイペースでの促進剤の投入。
激しい痛み。
痛む嫁どころの隣には看護実習生が二人。
「嫁どころさんのお産を最後までお手伝いさせて頂きます!」
本来なら僕がやるはずの、嫁どころの隣でサポートするポジションを見事に全うしてくれた頼もしい二人。
定時であがるまで。
腰をさすったり、声をかけたり、水を飲ませたり、肛門をテニスボールでギュッと押してくれたり。
様々なサポートを頑張ってくれた二人。
定時であがるまで。
最後ってのは勤務時間の最後にかかってたんだね〜。
 
陣痛促進剤MAX100中の95まで一気に進みだす
止めどなく襲いかかってくる死ねる痛み。
僕の母と妹が隣に寄り添ってくれてはいるが、やれることは多くはない。
そしてなぜか死ねる痛みにも関わらず、一向に下りてこないあおい。
 
東京駅のホームで僕の母からの電話を受け取る。
ここで初めて、切迫した群馬の状況を知ることになる。
嫁どころはもう痛みには耐えられないから帝王切開で産みたいと言っていて。
先生は本人の意思次第でまだ頑張っても構わないと言っていて。
切るか、まだ戦うか、これは二人で決めることで、母は何とも言えないし何も決めれないと。
 
この決断が目の前に提示されて、なんとなく帝王切開が良くないと思えてしまったのは、自然分娩と帝王切開が選択肢として二つ提示されたから。
選べるなら、自然で産めるにこしたことはない。
嫁どころが、電話の向こうで「許して。ごめんなさい。帝王切開で産ませてください。」とうわ言の様に繰り返したのも手伝って、
僕がここで励ますことで自然分娩に踏みとどまれるなら、いくらでも僕は鬼になろうと思った。
頑張れ!ここまで頑張ってきたんだから、もうちょっと。せめて俺が行くまで。頑張れ!とにかくファイト!もう頑張れないとか言わないの、まだ頑張れるよ!…etc
いま思えばまるで説得力のない無責任なエール。
嫁どころがもう少し元気ならば、お産は会議室でどうたらが出そうなほど。
ノックアウト寸前の嫁どころが僕に勝てるわけもなく、とにもかくにも僕が到着するまで辛抱してもらうことに。
 
だがしかし30分ごとに母から、妹から、かかってくる電話。
いまどこ?見てられないよ。つらそう。心が折れてる。励ましてあげて。もういいんじゃない?
なぜに僕は帝王切開をダメと言っているんだろう?帝王切開の何がダメなんだろう?ここまでして自然分娩にこだわる必要があるのか?
確かにあの時あの場には、帝王切開を良しとはしない空気が存在していた。
空っぽのエールを送ることしかできない自分の無力感にもただただ泣きそうで。
帝王切開を許さないことで生まれる葛藤のすべてを、僕がお産に立ち会うためってことに預けて、難しいことを考えるのをやめた。
 
東京から高崎駅まで新幹線。
高崎駅から電車で前橋駅。
そこから徒歩でFM群馬。
そして嫁の戦う病院まで車。
とてもじゃないけどそこまで待たせられないどうしよう。
 
そんな僕に最速をくれたのはファンの方だった。
東京まで僕らを応援に来てくれて、さらにはこの切迫した状況を見かねてありがたい提案を。
新幹線を途中で降りて、熊谷から桐生まで車で直接向かうことで、2時間近くの時間短縮。
そうして僕が到着したとき、嫁どころはもちろん、母も妹も励まし続けることに疲労していて。
本当にあと少し遅れていたら、全員の心が折れて、傷付け合って、取り返しのつかない事態になってしまっていたかもしれない。
到着した僕は、嫁どころと話し合って、帝王切開をお願いすることにした。
二人で、しっかり苦しんで、しっかり考えて、しっかり選んだ帝王切開。
これが僕たち二人のお産。
 
11月12日22時22分。
あおいが誕生した。
 
母子ともに無事ということがどれだけありがたいことなのか。
心地よい疲労の中で、
誰に対してなのかわからない漠然とした大きな大きな感謝があった。

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あおいのこと 1

あおいが生まれて2ヶ月。

毎日、悪戦苦闘してるところ、俺、とみどこ〜ろ♪

あおいというのは、
つむじが3つ、
座り抱っこは許さない、
酸っぱい匂いのホコリの塊をいつも手の中に握りしめている、
そんなすこぶる可愛い僕の愛娘のこと。

その笑顔で、その存在で、すべてが報われる。

あおいは2014年11月12日の22時22分に産まれた。
産まれたというと、いかにも授かったという印象が強いけど、この場合の産まれたはこの世に生を受けたという意味でしかない。
産んだ。正確に言うなら産んだ。もちろん嫁どころが。
本当に難産だったと思う。

思い返すと、そもそもの出産予定日は10月28日の群馬県民の日。
嘘。
ほんとは10月30日。
群馬住みます芸人の子どもが群馬県民の日に産まれたらニュースだよねっていう大人の打算。
そして迎えた群馬県民の日は、願い虚しくただの休日になった。
お産もなかったわけだけど、残念ながら仕事も無かった。
本当の予定日の10月30日にも何の変化もなく、初産あるあるでやっぱり遅れる。
あおい、早く出ておいで〜。

その間にも、日増しに大きくなっていく嫁どころのお腹。
胎児の推定体重は4000グラム。
胎児の頭の大きさから弾き出される推定体重。
僕も嫁どころも産まれたときは時は頭でっかちのビッグベビー。
お産は遺伝。もうしょうがない。あとはできるだけ早く産むだけ。

早く出てきて〜。
大人の打算で予想した次なる出産候補日は11月1日。
パパとママの出会いはそもそもパチンコ屋でのアルバイト。
出るか確率変動、1のゾロ目。
がしかし、あえなく過ぎる。

僕たちの「出ておいでー」の声に、腹を突き破らんばかりの大きな胎動で応えるあおい。
出したい気持ちと、それを嘲笑うかのように踊るあおい。
予定日を過ぎれば過ぎるほど、期待を追い越して、どんどん不安が駆け抜けていく。

さらに遅れる予定日に、止まらない母胎内でのあおいの成長。
先生いわく、この時のあおいは迷子になっちゃってたそう。
出口が一つの一方通行路で迷子になっちゃうあおいはよっぽどのおてんばなのかな。
「早く出ておいで〜、早く会いたいよ〜」って声は、毎日、かけ続けてたんだけどな。

そして気づけば11月10日。
陣痛がやってきた、で入院。
不安は消えて、嫁どころには母の覚悟が生まれる。
「わたし、頑張って産むから!」
出産は流行りのソフロロジー。痛みと向き合い、痛みを受け入れ、痛くないお産を。
必要とされるのは本人のリラックスと僕のサポート。そのために学んだ腰のマッサージ。
陣痛と破水が順番通りに訪れる。教本通り!
マッサージ。マッサージ。痛みを逃がすマッサージ。
「大丈夫だからね!」の声かけ!
しかし、お産、進まず。
痛みは逃げないのに、陣痛は逃げる。
なんと思わぬアクシデント発生。
胎内では、大きな頭で破水した穴を塞いでいるというあおいのおてんば。
それによって、出ていく羊水よりも補給される羊水が多くなり、依然として胎内環境がよろしいそう。
なので本人も出てくる気が起きない。
そうしてあおいが胎内プールでプカプカしてる間に二晩経過でほとんど眠れずの入院生活が終了。
スタート4センチだった子宮口。ゴールは10センチなのに1ミリも進まずの4センチのまま。
あれだけ痛くて1ミリも進まず。
教本通りだったのは最初だけ。
ここから僕らの大変なお産が始まる。

11月10日に入院したことで、11月11日も意識した。
1が4つ並んでのポッキーベビー。
さらにこの11月11日は、アダルト女優のあおいそらの誕生日。
あおいの一致はまだしも、実は男の子が産まれたら「空(そら)」にしようって。
なので運命めいたものを感じててっきり11月11日に出てくるもんだと。
でも出てこなかった。

あれよあれよで2泊3日の水泳合宿を終え、妊娠リミットの予定日越え2週間が迫る。
そこを越える前に出さなきゃならない。
それなので帝王切開を視野に入れて、なんと病院移動。
不妊治療、おめでた、そこからの「とつきとおか」、ずっと嫁どころの背中を押してきてくれた産婦人科をあとにした

この時点の疲労がとにかく凄かった。
寝れない。退院、移動してまた入院。今日明日中には帝王切開!?
全然、順調に事が進んでなかった。
安産のために、妊娠してる間の食事とか散歩とか頑張って、結果、体重を1キロも増やすことなく迎えた嫁どころのお産がこんな感じ。
あんまりだなって思った。

11月12日。
僕は前橋でラジオ生放送。そのあとは半年に一度あるかないかの東京仕事。
病院移動したばかりだし、今まで全然出てこなかったし、なんとなく今日は大丈夫だろうって思っていた。
今回、僕に立ち会わせてくれようと、実家の東京には帰らず、困難を承知で選んでくれたの群馬出産だったわけだが。

ウマレル。スグカエレ。

連絡をもらったのは東京ドームの前だった。
なんとまあ間の悪い。
果たして間に合うのか。
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