ギャラリーan瓶沖縄探訪

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ガマ…壕のある岳

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沖縄県南部の八重瀬町→平成18年1月1日に東風平町と具志頭村が合併し生まれた町です。


八重瀬の名に決まったのは、

八は、末広がりで

幸せが幾重にも重なり、

瀬が物事に出会う意味・…ということらしい。

・地理的に分かりやすい、(八重瀬岳をめざす…と理解していいかも知れません)

・遺跡・史跡・自然・桜がある八重瀬岳は、アピール力がある。

・身近な存在であり、知名度も高く、響きがいい

東風平町と具志頭村の両町村にまたがる八重瀬岳がシンボル的存在であることのようです。



八重瀬岳は、沖縄戦の激戦地で多くの住民が地上戦へ巻き込まれていきました。

八重瀬岳を越えると糸満の喜屋武岬へと続く戦争中の避難経路です。

沖縄各地には、ガマと呼ばれる自然壕が数多くあります。

八重瀬岳にも幾つもあり住民の避難壕、日本軍の病院壕・倉庫壕として使われました。

住民は、もちろん兵隊や学徒は、戦争が激しくなる1945年6月初めには、

軍から解散命令が出されるものの何処へという当てもなくガマや亀甲墓を逃げ込んだり

追い立てられたりをくりかえし隠れ場所を捜し求め逃げつづけ食糧も水もなくなっていったそうです。

その間には、家族の死や尊いたくさんの人の死を目撃し、体験したのです。




二度とこの地で戦争を起こさせてはいけない。地球の何処でも起こってほしくない。
紛争に巻き込まれ泣いている人があっては、いけないのです。

 命どぅ宝…命こそが尊い宝   県民の願いです。

 
 八重瀬の名に寄せる人々の思い 幾重にも重なった人々の繁栄と末広がりのある町
  −町役場発行紙より引用−−

※東風平町 当時の人口9000人のうち4741人・具志頭村  2700人 戦没

※当時の県民人口594800人   沖縄県戦没者 122228人
             
              一般住民    94000人
              軍 人      28228人      
  −沖縄県平和祈念資料館資料−

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