道草

とある懐疑主義者のブログ。

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 石原慎太郎と香取慎吾がスマステで対談しているのを見た。話題は石原慎太郎が製作した「俺は、君のためにこそ死ににいく」という映画についてであった。この映画作りに挑んだ石原慎太郎の動機は非情に分かりやすいもので、「特攻隊として勇ましく死んでいった戦時中の若者の生き方に比べ、自分のことしか考えられていない現代の若者はなってない!」というところであろう。

 実際、対談の中で石原は「最近の若者は自分の周り5メートルあたりのことしか考えられていない」と発言していた。僕は呆れてこの番組を視聴していた。相変わらず石原慎太郎の思考は短絡的だ。いつの時代においても、年寄りは若者を怯える。何故なら若者は、自分たちが従ってきた価値観や道徳を覆していくからだ。そして溌剌としている。そこに自分の生き方を否定されるかのような錯覚を感じてしまう。

 死が近づき、自分自身の生産能力は低下の一途を辿る。人間としての生理機能も衰えてくる。そのような老人にとって、自分の生き方を否定されることほど恐ろしいことはない。せめて自分の教訓を説教したい。しかし若者は聞く耳を持つどころか、全く異なるスタンスで青春を謳歌している。石原はそれが許せないのだ。「NEATだとフリーターだと、勝手な生き方をするな。国民なら勤労の義務をまっとうせよ。俺たちは国家のためにあんなにも辛い時代を耐えていたんだ!」

 石原は弱い。弱すぎる。石原慎太郎という人物を見つめれば、コンプレックスが噴出してくるに違いない。彼はアイデンティティを完全に国家に投影してしまった。そういう生き方もあっていいだろう。しかし、まずは自分の弱さを自覚しなければならない。自分の弱さ故に、国家なんていう概念を持出す人は、それこそ「自分のまわり5メートルあたりのことしか考えられていない」人ではないか。そして石原のような人こそが、若者をして戦争へと向かわせるのだ。

 まずは、「自分のまわり5メートルあたりのこと」をしっかり考えられることが大事だと僕は思う。美しい国とか、そんなことを考える前に、自分自身をしっかり確立させることの方が大事だ。そしてその先に「国家」なんてものは見えてこないと僕は思う。「俺は、君のような者のために死なされた」そんな映画が必要だ。


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