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ジャン・ボードリヤール氏がパリの自宅で亡くなった。「湾岸戦争は起こらなかった」という文章はある種のスキャンダルになったが、パリで、「その戦争をこれで見ていた」というテレビを置いた自宅リビングルームでインタビューした際の、優しく親切な話しぶりを昨日のことのように思い出す。
ボードリヤールといえば「商品の記号化」とか、「シミュラークル」といった言葉づかいがすぐ浮かぶが、インタビューしてみて思ったのは、彼も構造主義以降の時代に忠実に生きた反=歴史主義者ではないのか、ということだった。
「われわれの現実は生きている今の時間であり、歴史的時間は別次元に存在する。われわれから切り離された歴史的時間を認識する作業には困難が伴う。だから否定論者に道徳的非難を浴びせるだけでは、溝を埋めることはできない」とボードリヤール氏は言った。
またこうも言っている。湾岸戦争のように遠隔地で起きている戦争や、見知らぬ研究室の中で行われているクローン実験なども、同時代の出来事でありながら、われわれから切り離され、実体をつかむことができないバーチャル・リアリティーになってしまった、と。だからそこには道徳的な、あるいは情緒的な言葉が届かない。
こうした異次元世界の「バーチャルなもの」によって、逆にわれわれの現実が動かされているのだ。これは歴史によってはかることのできない“異常事態”だ。人が人に働きかける昔ながらのやり方は廃れ、今やインターネット上の人格や、コンピューターが発する指令が世界を動かそうとしているのだ。
こうした世界に多くの者は違和感を感じるだろう。そしてその違和感の絶対的表現者として21世紀のテロリストは現れたのではないだろうか。テロリズムとは、歴史を自分たちの側に引き戻そうとする者たちの半ば絶望的な表現−−自爆テロによるなら、行為そのものは残るが、肉体は消え去るしかないのだから−−といえるだろう。最近のボードリヤール氏は、そんなことを考えていたように思うのだ。
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