田舎に生きる ふつうのオバサンの日常

もうすぐお別れですね 余命を言い渡されたようで張り合いのない日々です。パソコンもオンボロ カメラは行方不明になってしまいました。

北海道新聞 北極星

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 「みのる稲穂に富士と鳩」と始まる日本学校農業クラブ連盟(FFJ)の

がNHKの朝ドラで流れた。

懐かしさがこみ上げ、私も一緒に歌った。

この歌は農業高校に籍を置いた者ならみな知っている。

そこには「農業クラブ」という生徒会と双璧をなす組織があり、

行事のたびにこの歌を歌ったものです。
 
 私が高校生だったのは遠い昔の話ですが、

今でも歌詞がすらすらと口をついて出てきます。

同級生の夫も声を合わせて歌います。

それをあきれた顔で「よく覚えてるね」と言う息子も

同じ高校の同窓生です。

 母校は旭川農業高。あと数年で創立百周年を迎えます。

思えば私は五十周年の年に在学していたのでした。

 私たちの学年は昨年、還暦を記念して同期会を催しました。

卒業以来初めて会う人もいて、

そんなはずはないのに「全然変わってないね」と言い合って、

昔の呼び名で語るうちに、

本当にあの頃に戻る魔法にかかり、

くすぐったいような心地よい時間を過ごしました。

 朝ドラのナレーション風に現役の高校生に伝えます。

 ああ若者よ、農業高校の授業は命の授業だ、

これからの人生の礎になる。

友情を育め、それが一生の宝になる。

自信を持って胸を張り、未来へと進めよ。 
 


ようやく春本番。

これからの季節は本業の米づくりの合間に、

少しばかりの花や野菜を育てることが私の楽しみです。

例年、霜の心配のなくなる六月になってから畑に苗を植えます。
 
 昨年、あれはまだ五月上旬のことでした。

家から遠い通いの田んぼに行くと、

隣の人がもう畑で苗を植えていました。
 
 そこは毎年、いつの間にかトウキビが育っている不思議な畑でした。

トウキビは寒さに弱いのに、こんなに早くに植えていたとは驚きです。

私は用水を飛び越えて話を聞きに行きました。
 
 「こんなに早く植えて大丈夫ですか?

予報では明日の最低気温は三度ですよ」

毎年この時期に植えてるんだ、もっと早く植えたこともあった。

霜にやられることもあるけど全部はやられない。なんとかなるもんだ」

話は更に続きます

「大豆は駄目だぞ。大豆はバカだ。蒔いたらすぐに芽を出す。

そして霜にやられる。だけど小豆は利口だからな。

ちゃんと暖かくなってから芽を出すんだ」
 
 畑の主は何十年もここで農業を営んできた翁です。

お仕事中でなければまだまだ続きを聞きたかった。
 
 経験に裏打ちされたこんな知恵こそが、

インターネットでもたらされる最新の情報よりも、

私には心に残る価値あるものです。 







北極星は 北海道新聞で週に2日だけのローカルページに掲載されるコラムのコーナーです

18人の筆者が交代で書いています

考えてみれば この 農の知恵 が 平成最後の北極星でした

失敗したわ〜平成の思い出とかにすれば良かったわぁ〜

二度と巡り会えないチャンスだったのに迂闊でした

もったいないことした

 


冬はみその仕込みの季節。

毎年色々な人たちのみそ造りのお手伝いをさせてもらっています。
 
 旭川市内の加工場を利用して行うみそ造りは一度に大量にできます

が、人気が高い施設だけに希望の日に利用できないこともあります。

また計画した日に都合がつかず参加できない人は、

みそ造りを諦めてしまう人もいます。
 
 その昔、多くの農家では自宅でみそを造っていました。

今も、そうすればいいのだ。

そのお手伝いがしたい。

作業で大変なのは、煮た大豆をつぶすことでしょうか。

豆をつぶす機械を持って昨年は何軒かのお客さまの台所で、

味噌づくりのお手伝いをさせてもらいました。
 
 このささやかな活動が新聞に載り、切り抜きを大事に大事に持って、

待っていてくれたおかあさん。

一年が過ぎてあのとき仕込んだ味噌は美味しく熟成されたでしょうか。

 また昨年、小さなお子様を交えて和気あいあいと楽しく造った

若きお母さんから「私も豆をつぶす機械を買いました」と

嬉しいメッセージが届きました。

きっとこれから彼女の周りに

みそ造りの仲間が増えていくことでしょう。
 
 みそ造りで難しいことは何もありません。

豊かな食卓のために一年で一日だけ

みそ仕込みの日を設けてはいかがでしょう。
若い頃から思い描いていた

夢がある。60歳になったら会

社員は定年で退職する。農業

者だってその頃には隠居生活

に入って良いのではないか。

農作業からは引退して、悠々

自適に花畑の手入れなどして

過ごす。庭には実のなる木を

植えて、畑では孫の好きな果

物がたわわに実る。子供た

ちとはもちろん別居。たまに

来る孫をめちゃめちゃ甘やか

す。
 
 さて気がつけばあっという

間に60歳。引退どころか年々、

耕作面積は増えるばかり。隠

居生活は夢のまた夢。実のな

る木を植えるには植えたが、

手入れが行き届かず片っ端か

ら枯れた。畑は草にまみれて

哀れ、私にとってストレスの

元でしかない。

 唯一叶った夢は、たまに

来る孫を甘やかしていること

くらいか。
 
 この夏、研修で十勝の紫竹

ガーデンに行った。紫竹昭葉

さんが、土地を買って花や木を

植え始めたのが、なんと63歳

のとき。それから24年、今も昭

葉さんはガーデンで、世界中

から訪れるお客様を花のよ

うな笑顔でもてなししている。

ああ私はまだまだひよっ

こだ。隠居生活の実現は20年

後くらいでよかろう。家族の

ため、社会のためにも、もっ

と働かなくてはいけない。 

 今年も秋がきた。「人生の

秋」も、実り多い季節にした

い。
 
今年、久しぶりにフキを塩漬けにした。

冬期間の嬉しい保存食になる。
 
 農地の周りに山菜はいろいろあるが、

山菜の旬の時季はちょうど農作業の最も忙しい時と重なる。

若い頃は代かきをしている夫のトラクターがあちらを向いた隙に、

近くの沢を駆け下りて大急ぎで蕗やウドを採ったものだ。

今そんなことを企てようものなら、足がもつれて怪我をするのがオチだ。

山菜に向かう思いに、重い体がブレーキをかける。

 父が農業現役の時は、国の施策で増やせ増やせと、

山を削ってまでして水田を造った。

傾斜地の水田はあぜばかり大きくて石が多く、

ところどころに冷たい水が湧き、耕作にはとても苦労した。

しかしあぜにはたくさんの山菜が育っていて、

その時季は通うのが楽しみだった。
 
 今はコメ余りの時代。

条件の悪い水田はあぜを崩して畑への転換が進んでいる。

段々だった水田は、だだっ広い一枚の畑になり、

あぜの山菜も姿を消した。
 

 広い畑の向こう端まではおよそ二百メートル。


畑に転換してから、一度も行ったことがなかった。

昨年犬をお供に連れて初めて、

まき付け前の畑を横切って行ってみた。

驚いたことに、何もないと思っていたその場所には、

行き場をなくした湧き水が現れ、

一面に青々としたフキが育っていた。

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