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世界遺産 平泉
旅というほどではなく、日帰りです。
世界遺産になるとは、思ってもいないウン十年前に、行ったことがありましたが、
世界遺産になって、お土産物屋さんやレストハウスがたくさん出来てました。
一関の駅の構内にあった中尊寺・金色堂の工芸菓子
見事ですね。
毛越寺門前
昔の毛越寺伽藍の復元図。
昔はこうでしたよってこと。
毛越寺浄土庭園
ほとんど戦や火事で焼けてしまって、今は遺跡のみですが、素晴らしいですね
毛越寺境内の能楽堂で、延年の舞が行われていました。
延年の舞とは鎌倉時代に盛んになった寺社芸能
能に影響を与えたといわれています。
中尊寺
中尊寺能楽堂では、中尊寺の僧侶たちによる能:田村が演じられていました。
中尊寺では、僧侶の修行の一環として能を伝えているのです。
中尊寺独特の能です。
金色堂は撮影禁止なので、写真無です。
ゴールデンウイーク中とあって、観光客も大勢いましたが、昨年・一昨年ほどの人出ではないということでした。
ウン十年前に行ったときは、人は見当たらなかったので、やっぱり、世界遺産になると違いますね。
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旅
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奈良観光なのですが、宿泊は滋賀県大津プリンスホテル。
到着は夜だったので、わかりませんでしたが、
朝、カーテンをあけてみると、窓の外は琵琶湖。 残念ながら、曇っていましたが、晴れていたら素敵でしょうね。
朝はバイキング、よくある物ですが、とても美味しくいただきました。 今日は、薬師寺、法隆寺を観光。 薬師寺
薬師寺は、天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、さらに文武天皇の御世に至り、飛鳥の地において堂与の完成を見ました。
その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移された。
右側の覆いがかけられているのが東塔
南門の仁王像
薬師寺金堂 この中に国宝 薬師三尊像が安置されています。
西塔 昭和56年に復興されたもの。
国宝の東塔は解体修理のため、姿を見る事はできませんでした。(>_<)
解体修理現場を見学できるように検討中。
大講堂
法隆寺
法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築。
聖徳太子が建立された寺院。ユネスコの世界文化遺産のリストに日本で初めて登録されました。
法隆寺五重塔
法隆寺金堂
この建物のなかには、金銅釈迦三尊像や金銅薬師如来坐像など。
そして有名な壁画、再現壁画ですがパネルに描かれています。
行信僧都という高僧が聖徳太子の遺徳を偲んで739年に建てた上宮王院の中心となる建物が夢殿。
2日では、奈良は回りきれません。
行けなかった寺院がたくさんあり、すぐにでもまた行きたい気持ち。
高校生の時の修学旅行を思い出して、懐かしくもありました。
今度は、ゆっくり一人旅で来たい。
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奈良公園、鹿がお出迎え。
南大門の仁王像(阿形)、左の(吽形)は逆光でうまくうつりませんでした。(>_<)
東大寺大仏殿
あまりにも有名な東大寺の大仏様
広目天像(金堂西北隅)
フラッシュは禁止なので、肝心の顔が写っていません。
必ずどなたでもくぐれますという説明がありましたが、、、、
東大寺2月堂 お水取りの時間まであと30分。
お水取り
3月12日、後夜の咒師作法の中で(13日午前1時)、咒師は蓮松明という松明に照らされながら5人の練行衆とともに南側の石段を下りて閼伽井屋(あかいや 別名・若狭井)へ向かう。 大勢の参拝者の見守る中、雅楽も奏され、おごそかに行列が進む。途中小さな神社に立ち寄り法要を営んでから数人の童子と閼伽井屋に入り香水をくむ。香水は閼伽桶とよばれる桶に入れられ榊を飾った担い台に載せられ内陣に運ばれる。香水は須弥壇下の香水壺に蓄えられ、本尊に供えられたり、供花の水として用いられたりする。 この水は、若狭の遠敷明神(おにゅうみょうじん)が神々の参集に遅れたお詫びとして二月堂本尊に献じられたと伝えられ、今でも遠敷明神の神宮寺であった若狭小浜市の若狭神宮寺では今もこの井戸に水を送る「お水送り」(3月2日)の行事が行われている。 東大寺修二会は752年(天平勝宝4年)始められて以来、現在まで一度も途絶えることなく今日まで伝えられている、 昔々の修学旅行以来の東大寺。
でも、思い出しましたよ。
あの時は若かったわ〜!
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久しぶりの旅行。
格安ツアーなので、急ぎ旅です。
朝7時56分のこだまに乗って、名古屋へ。
各駅停車のこだま 乗ってる時間長い!(>_<)
格安ツアーなので、しょうがない。
名古屋から長谷寺まで、1時間半位。
やっと長谷寺着きました。
花の御寺なのですが、今の時期、花は無!
仁王門の左右にある仁王様
長谷寺はこの回廊が有名、案内してくださった若い御坊様。
本堂に ご本尊 十一面観世音菩薩が安置されています。 長谷寺でいただいたお菓子とお茶。
先日皇后様がお見えになり、お煎茶を所望された時のお話を伺いました。
皇后様がお通りになる敷石などはすべてはがして、清掃。
お茶をお出しする僧侶30名くらいで、保健所の検査を受け、お茶の入れ方から、学び直し、最終的に5名が選ばれて、皇后様にお茶をお出ししたそうです。
お茶の出がらしも宮内庁に送って、検査したそうです。
大変ですねぇ!
観光客は、私たちの団体だけでしたので、のんびりといっても、次の時間が迫っているので、足早にバスに乗り込みました。 |
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葵丘
当時小原建設会長小原守さんは、「何か地元のためにできること」と考えた。
環境問題がいわれ始めたころで、設計を担当した長男の葵丘倶楽部の常務理事・小原淳さんは「建築の模範になるものを」と、太陽光を有効的に使う設計を採用。 南側をガラス張りにし、冬は太陽光の暖かさを蓄熱して、夏は暑さを遮断。 断熱材を使うなどし、エネルギーコストは通常の半分にした。 「葵丘」は、中国の春秋時代、各国の領主が山東省の葵丘に集まり
黄河の平和利用について話し合ったことを「葵丘会議」と呼ばれたことから名付けられた。 守さんと親交があった岡崎市の三州葵市民の画家・荻太郎さんの作品約50点を収蔵。常設展示していることでも知られる。 同施設は鉄筋コンクリート5階建て延べ2,250平方メートル。
ミーティングルーム、ギャラリー、ホールがあり、一般にも貸し出している。 建設会社が建てた会館だけあって、とても居心地のよい建物。 環境にも配慮した設計は、未来の建物のお手本にもなるでしょう。
建築物の説明、もっと聞いておけばよかったと、思いました。
荻太郎画伯の作品が、館内にたくさん展示されていて、ファンの方にはたまらないでしょうね。 恥ずかしながら、愛知県出身の荻太郎のこと、あまり知らなかったのですが、とても有名な方なのです。
入館料 300円
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