藤原航太針灸院

痛み・痺れ・麻痺・自律神経症状の難治例の検証と臨床

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ω2受容体の機能低下に伴う頸腕腰神経叢(胸部含む)より派生する非日常性の持続的筋硬直(持続的筋緊張)及び椎間関節のROM減少に伴うDRG損傷と思しき頸腕腰神経叢の知覚・運動・自律神経系の2次症状は、選択的に脊椎高位を同定した栄養で判定は簡便となる。血管新生によるバイパス増設に伴う産物か、薬物反応で傷んだ機能又は器質的な回復かは未知な部分があるが、治療介入初期の治療反応性の乏しい症例からヒアリングする限り、曲りなりにも治療作用が濃厚な72時間程度は継続している印象からも、細胞栄養の因子は血液であり血流である事を再認識する。

脊髄及び硬膜の栄養血管は、幸いにも神経根近傍を経由する事から、ツールさえ整っていれば栄養は求められる。結果、神経根近傍の小動脈拡張を求む事で変化は伺い知る事ができ、全脊椎高位の脊髄細胞膜に受容体がどのように配置されているかは知らないが、そして知らないが故に包括的な処置になる事も止むを得ない側面もあるが、薬剤性由来の特徴的な四肢対称性を基礎に保有する諸症状に於いて、各々の患側当該部位を段階的にしか処置出来ない事が、結果的に病態鑑別に繋がったと今にして思う。飲めば全身に回らざるを得ず、原因部位の特定が曖昧となる薬物治療と異なる点は、手間は掛かるが選択的に栄養するしかない末梢部の神経叢への手段に由来し見えてきた。

ω2のみに選択的な反応を及ぼす薬物は聞いた事がなく、ω1との併用反応を生む弊害は、脊髄細胞膜のGABA受容体のみならず、脳内広域へ及ぶGABA受容体への栄養も必須だが、患者自身が自覚し表現する身体症状は、脳神経系が絡む脳幹由来が多層を占めてくる理由に、私の立ち位置的なものか、又は身体症状の話をメインにしているからか、又は患者自身が精神症状の併発を自覚していないか、又は精神と言う表現にナーバスになっているからかもしれない。只、広域に渡る弊害は、精神症状も当たり前のように併発する。ベンゾの作用は何かを改めて見れば、それは当たり前のように起きる。

ベンゾ離脱の懸念は、脊髄視床路や脊髄網様体路がお世辞なりにも健全ではない状況に追いやられている状況も伺い知れる。内外刺激因子を鋭敏に、そして修飾し誇張させるのは、各々の当該脊髄路の機能異常により、痛覚閾値、耐痛閾値の低下を生み、又は機能的な脆弱性や機能的な不安定性を生んでいるものと思う。交感神経症状は如何なる信号も患者にネガティブな状態として襲う事になるが、ベンゾ離脱を保有した患者に治療を行う上で最も難解な部分が耐痛閾値が極めて低値な事だろう。それが治療上の障壁となるのは残念ながら事実となる。

ω1が豊富な大脳、小脳、大脳基底核、海馬等の受傷は、治療反応性は悪くなく、回復後も安定性は高く、日常生活時で易負担を及ぼす知覚・運動神経、疲労やストレス、個が保有するストレス耐性等により易変動性の高い自律神経系とは一線を画す。その理由の1つに、脳幹由来とは異なり、内外刺激因子に影響を受け難い為と推測したが、視点を変えれば、投射先の脳幹由来及び視床及び視床下部が余りにも鋭敏に動き続ける為、安定性が高いと見えてしまうのかもしれない。

大脳基底核を単体で取り上げても、線条体や淡蒼球、視床下核、黒質とて、人間が持っている運動にも感情にも反応するだろうし、大脳基底核単独の生き物でもなく、各々がフィードバックしながら平衡する生き物でもあるだろう。例とし、意図的に極めて微細な局所的損傷をネズミやサルに加えた場合でも変化するものが、ベンゾで全てを抑制すれば、如何にそれが多大な影響を全身症状として及ぼす事になるかは分かると思う。

しかし、中枢神経系の研究は、そもそもがノーマンズランドである為、研究者、検証者、基礎医学者、臨床医学者、製薬企業者により見解は全く異なる。神経生理学者、薬学者でも異なるだろうし、現場に出れば1+1を2と書いてマルを貰えるほど甘い世界ではない。人間という生き物は、文字だけで表現出来るほど単純ではない事は幾度となく痛感すると共に、有限の解剖を無限の精神で人間は生きてきた歴史もある。

それは別に構わないのだが、素人目から見ても、現症状が末梢神経系由来か中枢神経系由来かと察知するには、フグの毒を食べた人間がどうなるか、酒を飲み過ぎた人間の性格がどうなるかイメージすれば容易いのではないかと思う。

薬物の凄い点は、選択的に神経伝達物質の濃度を高低出来る事だ。病態解釈が幾ら仮説の域を出ないにも関わらず、薬物を浴びせるとは何事かと批難の声も多く、その批難は私もしているかもしれないが、ここ最近フト思う事は、このような話はお互い様である。だから最近は肯定も批難もしない。選択的にGABAやセロトニン、カテコルアミン、コリン等の濃度を変えられる事は、私の治療では成し遂げられるものでもなく、それは今後も無理だと思う。既存の病態解釈がどうであれ、薬物反応は事実性の高いエピソードを患者は保有する事になるのだから、〇〇病がどうであれ、△△病がどうであれ、ベンゾを飲んで具合の悪くなった人、で病態解釈をすれば良く、別にそれ以上でもそれ以下でもない。

さて、中長期服薬が齎した弊害の1つとなるω2受容体の低迷に伴う全身性の筋硬直に関しての栄養部位(処置部位)を外部から求めるとなると、解剖機能的側面から鑑みても此れくらいしか思い浮かばない。針治療は案外独特で特殊な世界観があり、それが1つは経絡経穴を標榜した取り組みかもしれないが、四肢末梢をメインとする治療は逆行性の軸索反射、根反射で理屈は片付けられる為、その部分は割愛し、実際に生体に異物を侵入した際に生じる生理的現象を読めば、如何に針はストレートなアプローチに適しているかも見えてくる。

「治る」「治らない」の話ではなく、原因部位に対し栄養供給が力価に変化なく容易と言う意味であり、神経細胞の死に具合、傷め具合によっては、幾ら治療介入したところで治らない場合もあるだろう。それはどのような由来を持つ症状でも同様であり、全く反応を示さない症状は重篤である程、また、症状が長期を示した症例程ザラにあるが、外傷その他の受傷歴数十年の脊髄も、服薬歴数十年の脊髄も治療に反応性を持つ症例も多くある為、短期長期の切り分けは治療をしなければ分からない世界になる。

整形領域であれば、組織内の癒着や瘢痕、骨性の易圧迫や易負担、それに伴う神経変性による諸症状となり、その発症エピソードは患者自覚の強い明瞭なものだが、向精神薬由来症例となると、受容体や自己分泌能力を根本とした全身症状に加担してしまう内分泌異常や、脳神経系異常等、それは全身性且つユニークに富む症状を呈する。故に見慣れぬ場合は謎めいた症状に見え、その面倒臭さが「精神病」「心因性」「気のせい」「思春期」等のレッテルに化ける。

ω2が機能低下している場合、ω1の機能低下も確実に併発している印象を受ける。そしてω1の損傷は、投射先の脳幹にエラー信号を送り続ける。その為、常時患者は現在の状態に異常を感じ続ける事になるのだが、残念な事に蓋を閉じたり開いたりする薬物治療では此処から先は回復は成し遂げられない段階であるのも分かる。元々が傷んだ状態である。自分での分泌能力も乏しく、その受け皿が傷んでいれば、更に有害反応も出易いのではないだろうか。

多くの症例は、過去に1~2度の服薬と断薬経験のエピソードを持つ患者が圧倒する。そして多くは、1~2度の服薬と断薬の場合、仮に急速な減~断薬であったとしても何とも無く日常を過ごし続けていた事も教えてくれる。その後、同件か別件はさて置き、再度症状を抱え、向精神薬服薬後に、又は初回同様急速な減〜断薬をした際に異常を覚える。曖昧な表現だが、恐らく、短期単発初期であれば、その多くは受容体や自己分泌能に至る傷は浅いのだろう。しかし、2~3度と繰り返す内に、身体~精神状態に異変を感じ易くなるのは、分泌能や受け皿がエラーを起こしている証拠からなのかもしれない。

そのような状態になると、中枢神経系に及ぶ薬物は全て害反応としか現れないのかもしれない。アルコールやタバコ、ストレスも極端な異常として身体に反応を及ぼすような印象も受ける。中枢神経系に及ぶ薬物は向精神薬のみではなく、その弊害を抑えようと投与されたステロイドやβ遮断薬等も害反応の対象となった症例は幾つもある。先天的のものは分からないが、後天的に生じる化学物質過敏症の類の原因は此れではないかと推測している。

勿論、幾らでも抑制しようと思えば抑制力を高めた薬物はあるだろう。元来、この国は致死量超えの投与で患者が死んだと認めた上でも裁判で負ける位だ。其れくらい病名とは言ったもの勝ちの世界であり、便利に利用され、患者は利用されている。但し、其処までいけば患者の将来は既にない。これらの多大な過去事例からも、そして薬害事例からも、反省や救済はあっても回復を支援する事は案外ない。ハード面では存在したとしても、上記理由から薬物治療が全て害反応にしかならないのであれば存在しない事と同じになる。

特に向精神薬由来症例は医療行為が前提となる為、認める事は面倒臭い事態に自分から足を突っ込んで行く事と同義であり、それならば、今の身体症状に対しても精神症状に対しても、精神病名でも適当に付けて納得させれば済む。それで術者は世間的にも勝て、その行為を国は認める。しかし、それは患者にとっては幸福と言えない。病名を宛がわれ、薬漬けになる事を望む患者は然程いない。病名に依存する事無く、現症状が中枢神経系か、末梢神経系かの切り分けで栄養を求め、そこに少しでも回復の兆しが見えたのならば、その伸びしろに可能性を探り続けるのが患者個人の将来性は最も明るいのではないだろうか。
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前項でも述べた通り、急性症状及び慢性症状は、ベンゾ主体で考えた場合でも、症状内容はω1~2に依存される脱抑制状態で説明は出来るかもしれないが、各種イベントの発生が構築される迄は経時経年と進行する印象を持つ。其処に患者個々の意識下に於いて治療に対しての不信と積極性の剥奪というネガティブが生まれる。只、これは前距腓靭帯の捻挫1つ取り上げても分かる通り、1〜2日で治るものではない。鎮痛は可能だが細胞が健全に機能回復するには相応の時間は掛かる。損傷時のエネルギー次第では数週間から数か月掛かる場合もあるのと同様、数年〜数十年と損傷を示唆した中枢神経系の細胞が1〜2日で平衡を取り戻す事は先ずない。

に常用し症状自覚が無い状態を青信号とした場合、常用量離脱の自覚を経た時から点滅する黄色信号へ変わり、日内日差を生む。その後、日内日差も自覚出来ない程の点灯状態の赤信号に切り替わる。このような経過全ての発症後に訪れるエピソードかもしれないが、向精神薬由来症例に於ける中枢神経系の損傷に関しても同様な印象を受ける。それは一見事前にプログラミングされたかのような症状進行を持ち、且つ何処を黄色信号と読み解くか赤信号と読み解くかは、その時の患者自身は把握する事は出来ず、赤信号に至った時に結果論として知る事になるのが圧倒的である。それを神経変性状態と振り分けるか否かは現時点では乱暴だが、受療タイミングに伴う治療者に向けられるネガティブは此処に由来すると思われる。要は、進行するものは進行する。

治療介入に伴い、初期から全症状が改善する事はなく、個が抱える症状とて、各々の症状の改善速度と安定性は大きく異なる。漠然ではあるが、いつも伝えている事とし、何故患者は受療するに至ったかの動機的感情も踏まえれば、今の状態が進んでいるからである。その進んでいる状態は如何なる治療を以てしても即時的に止められるものではない事は、向精神薬由来問わず如何なる症状でも同じ事が言える。

そのような中でも、数十も抱える中、改善症状が数個でも存在する場合、それは治療反応性が生じている、脳内栄養に寄与出来ている証拠でもある。しかし、抽象的な表現でもあるが受療は早いほうが改善速度は圧倒的に早い事は分かる。個人的な感覚では、脱抑制に伴う間接的な内分泌異常の類に関しては、完全なる回復が見込まれない限り安定しない印象も受ける。また、改めて記載するとベンゾが反応する受容体そのものは、これら脳神経系が密に存在する脳幹部へは直接的に反応を及ぼさず、受容体が存在する部位が回復した事を前提に、投射先の脳幹から分枝する各種脳神経系の機能回復自覚を得られるのではないかと考えられる。

このように推測しなければ、内外問わず入力された大脳皮質を起因とするループに鋭敏な反応性を持つ脳幹由来と思しき諸症状の説明が付き難くもあるからだ。そもそもの状態が中枢神経系のダメージであり、自己制御の出来る末梢神経系ではない事も改めて考えなければならない。腰痛のように姿勢を変化させる事で症状から回避出来るようなものでもない。自ら寝たきりを選んでも、苦しさは変わらないのが中枢神経系損傷の特徴かもしれない。

大切な事は、今の原因が中枢神経系の損傷での発症と把握する事ではないかと思う。今迄も幾つか末梢神経系由来と思しき整形領域疾患と類似性の高い諸症状や、膠原病と類似性の高い症状群は挙げてきたつもりだが、これらの対処的手段、又は類似するからと類似の通常医療では全く的が外れている事が、より一層の不信と症状の長期化を持たせているのではないかと思う。もう少々具体性を持たせれば、例えば迷走神経由来で胃腸機能が低下した場合、原因の解決は迷走神経の回復であり、胃腸に重い軽い、厳しい優しい食事は両者とも無駄になる。

勿論栄養価の高い食事は無駄ではないが、その方法では残念ながら根本的な解決に至らないのも現状である。高血糖、低血糖、ビタミン欠乏等など、栄養摂取の側面で身体症状~精神症状は惹起されるものであり、乏しい場合は補充する事により立ち直る事もあるかもしれないが、それはあくまで自然発症性の中枢神経系損傷の範疇であり、又は今件で言えばベンゾ離脱に伴う強大な交感神経症状の継続によるコルチゾール分泌過多に伴う2次的症状に対しての対応であり、中枢神経系に意図的に反応を及ぼすように作られた化学物質によって齎された損傷は格が違う印象を受ける事は幾度となく書いてきたつもりだが、それが全て食べ物で何とかなるのなら、それは間違いであり極めて遠回りである事は断定する。私のところに来る患者の多くは、以前の状況は知らないが、現在の栄養摂取面に問題点は見当たらない。
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受療タイミングは各々異なる。単剤か多剤か、頓服か否か、全く性格の異なる薬物をカクテルしているか否か、現症状が疼痛性症状か非疼痛性症状か、それは身体症状か精神症状か、又は混合しているか、日内日差を生む程度か、固定しているか等で治療反応性も各々異なるのと同時に、それは治療由来のリバウンドの大小も異なるものだが、同量をステイしたままで生じた離脱症状が濃厚と思える諸症状を抱え、治療累積に伴い症状が改善する理屈は、常用量離脱に至る理由を打ち消す事が出来るからなのではないかと、治療〜ヒアリングから見えてくる。恐らくなのだが、これが正しいとした場合、減~断薬、又は同量を更に継続服薬した場合の耐性獲得に伴う離脱症状憎悪の理屈が紐解けるかもしれず、それは視点を変えれば安定的な薬物からの脱却を見込める要因になるのではないかと思う。

私は数年間、言っている事もやっている事も然程変わらないが、患者は各々薬物に対しての心持ちは異なる。危険性を認識した時点で早期に手放そうと躍起になるが、それが最も不幸な道を辿り易い事は、この現場だけでなく、調べれば幾らでも情報は得られる事が出来ると思う。数年~数十年服薬し、その環境に慣れた中枢神経系は薬物無しでは健全に稼働しない状況になった事は患者は皆知っているはずだ。知っていても尚急ぐのは根底に薬物の危険性を既知しながらも服薬し続けなければならない強いジレンマに苛まれているからだろう。但し、減薬も断薬も目標にしてはならず、都度の身体~精神症状との釣り合いが取れた上での結果としてである事だけは忘れてはならない事だと思う。薬物が引き起こす禁断症状は甘くない。

では、簡単にではあるが最も安定的に推移する同量維持の患者の回復過程を述べてみる。常用量による離脱惹起の一般認識は、耐性獲得による自己分泌能の低下や受容体のダウンレギュレーションと推測され、現検査機器では所見が取れるレベルではない事から仮説の域は出ないが、この話を前提とした場合、治療介入により中枢神経系全般の栄養に伴い、自己分泌能や受容体が回復し、症状が改善したと直結的な判断を下すには少々安易かもしれず、低迷した機能(所見が取れぬ程の微細な器質的損傷含む)が回復した事で、現在服薬している薬物の効きが改善したと思われる結果が幾つかある。その治療反応性を踏まえた上で

1)同量をステイした離脱症状の治療反応性は良く、安定性も高い
2)都度の減薬で発症する急性症状はどうする事も出来ない
3)急性症状(急性的な新規症状含む)が落ち着いた頃を慢性症状(又は既存の症状(改善憎悪問わず))とした場合、この段階を基礎とし治療を累積させる事で治療反応性は明瞭になる

以後1)~3)のループを基礎とし断薬まで運ぶのが一般例となる。力価や作用時間等の性格は若干考慮しなければならないが、薬物毎の陰謀論や個人の感情は関係ない。他、個人が保有する身体症状〜精神症状の内容、及び病名も関係ない。改めて書くが、その薬物はもしかしたら選択的に脳神経伝達物質の濃度を高低させる為、種々受容体を疲弊させ続け、自己分泌能の低下を招き、そこから派生した脳幹由来症状や内分泌異常が起きていたとしても、私が選択的な受容体の回復を求められる訳ではなく、脳全般に栄養供給しか出来ないのであれば、各論的議論は机上のみで良い。

中枢神経系の局所又は複合含め損傷を受けると、当該部位より当該部位に沿った症状が出るとは思うが、個別及び選択的な治療手段は存在せず、交感神経の抑制は脳全般に至り、脊髄細胞膜の受容体の異常から発せられる整形領域と類似性の高い症状群は高位の同定は難しいものではない。これらも含め考えると、治療の意義が見えてくる。

a)中長期的な継続服薬に伴う耐性獲得(常用量離脱の憎悪)を回避し ※又は既に耐性獲得による常用量離脱の状態に対し、薬物の反応性を上げ
b)是非問わず薬物の恩恵受け、身体〜精神症状の安定化を保ちつつ
c)1)〜3)をこなしゼロまで進める

改めて簡単にまとめると、累積治療により「症状が改善する」「症状が改善した」自覚は、「再度薬物が効く身体になってきたから」と考える事も出来る。あくまで、この話は中長期的に同量を継続的に服薬してきた患者の場合であり、私の持つ向精神薬由来症例の大体は、一気断薬で寝たきりか、2度3度と危険な服薬〜断薬を繰り返し、どのような薬物も受け付けない状態になっているかの為、上記例はあくまで参考程度かもしれない。そもそも、症状自覚を抱え継続的に服薬している人間が、症状由来を離脱症状であると把握するのは稀である。

世の中には向精神薬を数か月〜数年〜数十年と服薬している方は沢山いるものの、現症状が常用量離脱の可能性が高いと既知していない方が100%に近い為、このような状態の方へ >>治療に伴い「症状が改善する」とは「薬が再度効く身体になってきたから」 の部分だけは、配慮としての材料には良いのかもしれない。
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今件は脊髄細胞膜に存在するω2受容体に親和性のある化学物質で生じた全身性(その多くは四肢対称性か半側性)の筋硬直について焦点を寄せて述べたが、この理屈は凡ゆる症例にも応用でき、また、交感神経節への処置と共に、脊髄及び硬膜への栄養血管が神経根近傍を経由する解剖的側面を利用する事で、様々な中枢神経系疾患(症状)に対応出来る事も意味する。

普段より述べているベンゾ離脱は中枢神経系症状の枠内の1つである事は常々述べている事で、脳及び脊髄を由来とする疾患及び外傷その他の症状、又は術後後遺症等の類にも幅広い適応を持つ事も可能になるのと同時に、日常的に易発症性の末梢神経系領域への応用も可能となる。

そのような中でも、向精神薬由来による中枢神経系症状が最も患者感情がデリケートに推移するのは、受療時の患者周辺環境にもよるが、文中でも述べた通り、その発端が医療行為を皮切りとしている事と、リスク因子を取り込み続けなければならないジレンマと、危険性を知ったばかりに発生した不安と焦燥と恐怖が急かしてしまうのだろう。

しかし、これも又1つの考え方でしかないのだが、患者側は、それ程ベンゾに囚われる必要はないと思う。数年~数十年と服薬し続け、今にしてネガティブな感情を持っても、今の身体症状〜精神症状が急速に回復する事は先ず無い。治療を介入するとしても、1〜2回で治ると多大な期待もせず、出来る範囲の日常に戻りながら現在のキャパシティを日々確認し、減~断薬を喜ぶのではなく、日常生活の範囲の拡大に喜びを向ける事が大切なのではないかと思う。そうでなければ回復よりも疲弊が先となる。
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