反・麻生太郎ブロガー同盟

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麻生太郎「金脈」研究

 (略)
 さらに本誌が麻生の資産を徹底調査したところ、ひとつの疑惑にブチ当たった。『麻生商事』に売却された駐車場の土地をめぐり、不可解な相続が行われていることが判明したのだ。不動産登記簿に記載されている事実をもとにその遺産相続の経緯を説明しよう。
 麻生太郎が初当選を果たした翌年の'80年12月2日父太賀吉氏が死去する。麻生家では遺産相続が行われ、渋谷区の邸宅と敷地は、太郎と泰氏との間で2分割に相続された。このとき、後に太郎が『麻生商事』に売却した駐車場の土地は、泰氏一人に相続されている。相続が確定し不動産登記されたのは、太賀吉氏が亡くなってから4年も経った'84年12月だった。
 この当時、問題の駐車場の土地の上には麻生セメントの社員寮が建っていたという。その建物は'89年に取り壊され、その後駐車場が整備された。そして遺産相続が確定し登記がなされてから9年もたった、'93年に突然、その土地は太郎と泰氏の共同名義となる。その割合は約80%が太郎、残りが泰氏と、その大部分が太郎のものとなったのだ。この所有権移転の原因として登記簿には相続の『錯誤』と記載された。つまり麻生はこの土地を手に入れるために9年も前に確定した遺産相続をやり直したのだ。
 一度確定した遺産相続をやり直すことなど、許されるのか。専門家に聞いた。
 「そもそも遺産相続は遺言書に基づいて行われるか、遺産分割協議書を作成し、適正に行われるものです。麻生氏の渋谷の土地の相続は、父親が死去して登記するまでに4年もかかっている。遺産分割が十分な時間を割いて行われたのでしょう。ですから9年後には相続をやり直すことは考えられません。それが通るなら親族間の贈与という考え方はなくなってしまいます。相続をやり直したと主張しても、税務上は贈与として扱われ、贈与税の対象となります」(相続、資産を専門とする税理士」である北田朝雪氏)
 麻生が駐車場の土地の共同所有者となった'93年はバブルがはじけて間もなく、地価もさほど下がり始めていない時期。概算ではあるが当時の路線価をもとに贈与税を算出すると、約8億8000万円となる。
 「この支払が行われていないとすれば、登記簿に相続の錯誤と書かれている以上、麻生氏は贈与税を逃れるために相続のやり直しを装ったと見られても仕方がない」(前出、北田氏)
 麻生は'03年に駐車場の持ち分を売却するまでに毎年駐車場収入を得ている。そして'03年に『麻生商事に売却し、さらに多額の所得を計上したのだ。不正な土地取引で得た駐車場から、不正な所得を得る。そうした行為は総理候補に名乗りを上げる政治家として、到底許される行為ではない。
 麻生事務所にこの不透明な土地取引に質したが、期日までに回答は得られなかった。(略)
 【出典】講談社『週刊現代6月21日号』より藤岡雅『麻生太郎「金脈」研究』のうち32ページから33ページの一部から引用

麻生太郎の“就職差別”

 はたして、日本に部落差別はないのだろうか。国政の場であった差別発言を最後に取り上げたい、
 部落出身の元衆議院議員・●●●●の評伝『●●●● ●●●●●』(魚住昭、講談社、2004年)に、●●が政界でどのようにみられていたかが詳述されている。

 永田町ほど差別意識の強い世界はない。彼が政界の出世階段を上がるたびに、それを妬む者たちは陰で●●の出自を問題にした。総裁選(2001年=角岡註)の最中にある有力代義士は私に言った。
「●●というのは総理になれるような種類の人間じゃないんだ」
 自民党代義士の証言によると、総裁選に立候補した元経企庁長官の麻生太郎は党大会の前日に開かれた大勇会(河野グループ)の会合で●●の名前を挙げながら、
「あんな部落出身者を日本の総理にできないわなあ」
 と言い放った。
 麻生事務所は「地元・福岡の炭坑にからむ被差別部落問題についての発言が誤解されて伝わったものだ」と弁明しているが、後に詳しく紹介する●●発言によると、大勇会の議員三人が麻生の差別発言を聞いたと証言しているという。(第十六章 差別の闇)

 2003年9月21日、●●は最後の自民党総務会に臨んだ。議題は党三役人事の承認である。楕円形のテーブルに総裁の小泉や幹事長の山崎拓、政調会長の麻生太郎ら約30人が座っていた。
 午前11時からはじまった総務会は淡々と進み、執行部側から総裁選後の党人事に関する報告が行われた。11時15分、会長の堀内光雄が、
「人事権は総裁にありますが、異議はありますか?」
 と発言すると、出席者たちは、
「異議なし!」
 と応じた。堀内の目の前に座っていた●●が、
「総務会長!」
 と甲高い声をあげたのはそのときだった。
「総務会長、この発言は、私の最後の発言と肝に銘じて申し上げます」
 と断って、山崎拓の女性スキャンダルに触れた後で、政調会長の麻生のほうに顔を向けた。
「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『●●のような部落出身者を日本の総理にできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
 ●●の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。(エピローグ)

 ●●が小泉首相も出席した総務会で差別発言を指弾したにもかかわらず、不幸にも、麻生(福岡8区選出)はその直後、部落差別の担当官庁である総務省の大臣に就任した。泥棒が警察官になるようなもので、これほど不適切な大臣登用はない。
 麻生は後に、衆議院総務委員会でこの問題を追及されたとき、「そのような発言をしたことは全くありません」と事実を否定している。ではなぜ、●●に指弾された総務会の席上で「何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった」のか、不可解である。
 その後、この問題発言は、うやむやになってしまった。しかし、部落出身という理由による総理大臣就任阻止の動きがあったとすれば、未遂ではあるが、有権者の代表である国会議員による”就職差別”である。
 著者の魚住のルポがなければ、麻生の差別発言は公に知られることはなかっただろう。その意味でも部落差別は見えにくい。なくしてきた結果、部落差別は以前より厳しくなくなった。とはいえ、まだ残っている。それは目をそむける者には、決して見えない。
【出典】角岡伸彦『はじめての部落問題』文藝春秋,2005年より103ページから106ページを引用
 *伏せ字はまったけによる。

あくまで、雑誌・書籍からの引用です!

転載元転載元: まったけ館長の『京都亀岡発―甦らせよう藍と蒼い地球―』

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2008/9/24(水) 午前 11:29 [ ハザマ ]


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