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「麻生さんのおうちを見にいこう」のどかな企画に警察暴力―関係者に聞いた現場の真実
26日夕刻に行われた渋谷駅前から麻生太郎首相のお宅見学に行くという、ごく平穏な企画は、警察に「無届けのデモ」と見なされた結果、3名の逮捕者を出すという異常事態に発展してしまいました。しかしこの企画は本当に逮捕に相当するようなものだったのでしょうか?現場の様子を伝える、雨宮処凛さんらの証言を紹介します。…以下、こちらを参照 渋谷警察署は、その筋じゃ“実績”の多い署として知られているんじゃないでしょうか。 数年前のサウンドデモ事件が有名ですが、私が実際に参加者としてその場に居合わせたのは、たしか04年7月のイラク反戦デモのときだったか。場所は明治通りの宮下公園入口あたり。自分の前を普通に歩いていたデモ参加者が、ワケ分からんうちに警察に組み敷かれて「ホラ公妨だ持ってけ持ってけ!」と手足を掴まれて文字通り持っていかれそうになっていました。私も含め周りの数人が反射的に覆いかぶさって、機動隊と引っ張り合いに。炎天下、汗と埃と怒号のなかでもみくちゃになりながら、もう何が何だか分からない。助けようとした数名も含めていつの間にか4人の逮捕者が出てたんですが、自分が逮捕されていてもおかしくない状況だったので他人事ではありません。http://x5.nobody.jp/bin/ll?062899800.gif この動画を見ると、「麻生さんの家を見に行こう」と呼びかけていた若者の横から、私服警官がいきなり接触。若者が反射的に肩に手をかけるや「おっ、よしっ、よっしゃよっしゃやるぞ!」などと叫びながら、あっという間に若者を取り囲んで組み敷いている。“転び公妨”どころか誰も転んですらいないのに、いつの間にか「公妨だ公妨だ!」の怒号とともに逮捕。これで公務執行妨害が成立するなら、どんな人物だろうと普通に街を歩いてさえいれば逮捕可能でしょう。 道交法に従って公道を歩きながら、誰かの家の前に集まろうとする行為は逮捕に値するんでしょうか。たとえば和歌山カレー事件の当時、容疑者の自宅周辺にただ群がっていただけの野次馬は、誰か逮捕されたんでしょうか。平和的に呼びかけていただけの若者を、このような手段で逮捕までする必要性はあったんでしょうか。 上記記事を読んでも、参加者らは「無届けデモ」にならないよう警察の要請におとなしく従っていたようです。「無届けデモだから逮捕は当然」などと分かったつもりで息巻いている人には、記事中にある参加者らの証言をよく読んでいただきたい。 そういえば仕事でニュージーランド大使館(渋谷区神山町)を訪れたとき、大使館員から「ここの庭は麻生さんの土地なんですよ」と聞かされたことがある。麻生邸はあの隣だったのか。今度行ったとき、よく見てこよう。
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【核大国アメリカとの友好をうたうポスター。ちなみにМИРは、ミールと読み、ロシア語で平和の意味です。ソビエトは人一倍核兵器を配備していましたが、その一方で、核の恐怖に絶えず怯え、悩んでいました。そんな相反する行動がしばしばアメリカへの過剰な友好表明となったのかもしれません。どちらにせよ、日本の知ったかぶり核武装論者には、理解できない世界でしょう。(画像は、渋谷の古書店で見つけたソビエト時代の絵葉書より転載)】 麻生太郎さん。 福田首相辞任を受けての総裁選では、圧倒的な支持率で当選。 次期首相は、もはや確実でしょう。 さて、以前家内のお母さんは、麻生さんのことを“ヤギ”と呼んだことがあります。 “ヤギ”とはメーメーうるさいけど中身のないことばかり言う人への皮肉。 中央アジアでは、ダラシないくせに態度だけはエラそうな警察官へのあてつけによく使われます。 家内のお母さんが、こんな辛らつな表現を使ったのには理由があります。 麻生さんが“核武装を議論する必要もある”と言う趣旨の発言をしたニュースを聞いたからです。 この発言が、具体的にはどのようなものであったかは、詳しく知りません。 ただ、テレビでは、自民党重鎮の麻生さんが核武装の話題に踏み込んだとエラク大騒ぎしたことは覚えています。 たまたま孫に会いに日本に来ていたお母さんは、このニュースを聞いて、驚き、呆れたのでした。 『この人は、核武装の意味や大変さを知っているのかしら?まるで、ヤギね。』 こう呟くと、ウトウトする孫をベッドに運びながら、冷ややかに嘲笑したのでした。 ヤギではないですが、アメリカにも似た言葉があることを最近読んだ雑誌で知りました。 “Chicken-Hawk(チキン・ホーク)”と言うのがそれで、Hawk(鷹)の真似をするChicken(ニワトリ)。 転じて、『戦争経験もない軍事オタクが、知ったかぶりの強硬な発言をする』ことなのだそうです。 もし、お母さんがアメリカ人だったら、麻生さんをヤギでなく、チキンと呼んだかもしれません。 さて、67歳の麻生さんとお母さんは、ほぼ同世代。 しかし、“核兵器”に関しては、お母さんは、麻生さん含め、そこいらの日本人など及びもつかない知識と経験を持っています。 何故なら、家内のお母さんは、人生の多くを核大国ソビエトで生きたから。 さらに、“核兵器銀座”中央アジアの核兵器関連施設に勤務していたからです。 はっきり言って、そんじょそこいらの“チキン核武装論者”とは、比較にもなりません。 プロとアマチュア、はたまたジャイアント馬場とエマニエル坊やぐらいの違いがあるでしょう。 多くの日本人は、中央アジアにシルクロードの名に相応しい雄大でロマンチックなイメージを持ちます。 しかし、実際は、東西の交差路として、戦いと対立を繰り返した血なまぐさい地でもあります。 特にソビエトがこの地域を支配してからは、対立の規模は、最大限に達しました。 同じ共産国家なれど、路線の違いで、ソビエトは、隣国の中国と深刻な対立状態に入ったからです。 加えて、この地域にウランが産出し、核兵器の製造に最適であったことも不運でした。 そんなこんなで、中央アジアは、瞬く間に中国、ソビエトの核軍備競争の最前線となったのでした。 多数の核兵器が中央アジアで製造され、実験され、配備されました。 この爪あとは、今も高濃度の放射性物質残留やそれに伴う健康被害の形で残り、中央アジアの人々の暗い記憶として刻まれています。 お母さんは、そんな最前線のひとつ、中国国境に近い、核兵器工場で従業員の健康を検査する医師として勤務していたようです。 “。。。。ようです。”とあいまいな書き方をしたのは、今もお母さんは、当時のことをすべて話してはくれないからです。 国家機密がなのか、それとも悪い思い出でもあるのか、いつ聞いても、言葉を濁します。 それでも、ポツリポツリと話すエピソードには、“核兵器を持つ恐ろしさ”の重みを感じます。 (中央アジアや旧ソビエトにおける核兵器譚は枚挙に暇がありません。それに関する過去記事をTBしました。よろしければ過去のTB記事をどうぞ。。。) ここで面白いことがあります。 お母さんの核兵器への批判は、いわゆる平和主義者の核兵器反対!みたいな単純な理論ではないことです。 お母さんの核兵器への視線は、いわゆる核武装論者の核武装こそ日本のあるべき姿みたいな幼児的理屈でないことです。 核兵器は作るより、作った後のほうがはるかに大変と考えているなど、まさに経験者としての意見なのです。 一例を挙げてみましょう。 お母さんの専門は内科でした。 放射能汚染による工場勤務者の健康被害調査のためでしょう。 ところが、実際は、心療科みたいな仕事が実に多かったとのこと。 精神的に参ってしまう人の診察に忙殺される日々だったそうです。 そこには、恐怖の兵器に携わる人々がいかに心理的ストレスを抱えていたかを示唆しています。 また、これはキルギスでない別の地域の話ですが、日々核ミサイルの発射ボタンの前に座るミサイル将校は、想像を絶する緊張の連続で多くの人が精神のバランスを危うくしたと聞きます。 冷戦の“鉄のカーテン”で西側には知られませんでしたが、精神に起きた深刻な症状で大きなミスも起こりかねない状況に陥ったことすらあったそうです。 戦略ロケット軍と呼ばれた核兵器部隊は、当時のソビエトの花形、同国きってのエリート軍人の集まり。 並みの軍人とは訳が違います。 しかし、強靭な肉体、精神を持った彼らですら、そんな状態に陥ったのです。 一方、核兵器は、重要な兵器ゆえに施設や工場は、常に厳重な監視下におかれていました。 さらに、兵器としての有用性を確認するテストも定期的に行われました。 これらの作業には凄まじいコストと人手がかかっていたことは言うまでもありません。 お母さんが勤務した施設も同様で、特に対立国の中国に近い地域のせいか、警備は尋常ではありませんでした。 バカバカしいほどの数の警備兵、セキュリティのチェックを受けて、仕事に向かいながら、これらの警備コストは、どれだけのお金がかかるのだろうと考えたことは一度や二度ではないとのことでした。 結局他国を脅かすはずだった核兵器は、無数のコストと人的損害を生みました。 そして、他国でなく、ソビエト自身の崩壊を奏でる葬送曲の一因となったのです。 暴言癖やばら撒き政策が心配される麻生さん。 これはこれで、懸念材料。 それでも、問題だらけの日本を浮揚させてくれるなら、いいでしょう。 しかし、、、、、 中央アジアの小国に住む老婆にさえ馬鹿にされるアマチュア的な核武装見解を見ると、僕は、やはり、“ああ、この人アカンワ。”と感じてしまうのです。。。
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辞任したしもういいかとも思うけど、他のブログでは「正しいことを言った」「言葉狩りだ」などと中山氏を擁護する意見もけっこう多い。ダメ押ししておきます。 <中山国交相>「日教組ぶっこわす」宮崎での発言要旨
日教組については、いろいろ言いたいことがある。大臣になって一番大事な仕事は、美しい古里と、安心・安全で住むことができる国土を子や孫たちにバトンタッチすること。今の日本を子供たちにこんな状態でバトンタッチしていいか。そういう強い気持ちがある。さまざまな犯罪が起こっている。あるいは親殺しとか。それは教育に問題があった。特に日教組。何より問題なのは「内心の自由に立ち入らない」と言って、道徳教育に反対する。何とか日教組を解体しなければいかんと思っている。小泉さん流に言えば「日教組をぶっこわす」。この運動の先頭に立つ思いでいる(以下略) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080927-00000106-mai-pol 「ごね得」「単一民族」は論外として、こだわりがあるらしい日教組に関する持論も、何ら具体的なデータに裏付けられたものはないようです。 すでに日教組の組織率と学力テストの成績とは相関関係がないことがいくつかのメディアで指摘されていますが、それを追及されると「私は日教組が強い、と言ったんだよね。組織率が高くてもノンポリもいらっしゃって、あんまり組合活動に一生懸命じゃない方もいらっしゃいますから」だって。 つまり「強さ=組織率」ではない、と言いたいらしい。じゃあ何をもって「日教組が強いところ」と言っているのかといえば、その指標となるデータは何もなく、単なる印象論のようです。なんだこりゃ。こんな行き当たりばったりの個人的な印象論で、大臣として何かを主張しようとしてたのか。なんともテキトーだ。 「さまざまな犯罪が起こっている。あるいは親殺しとか。それは教育に問題があった。特に日教組」という発言にしても同様。 「とくに日教組による教育に問題があった」ので「親殺しとかさまざまな犯罪が起こっている」という論理の元となるデータが何ら示されていませんが、たとえばこんなのがある。 残念ながら戦前のデータは残っていないようですが、昭和31年(1956年)には134人が尊属殺(うち9割以上は自分の親殺し)で検挙されています。1970年代にかけて漸減し、その後は30〜75人の間で推移している。これは14歳以上の統計なので、このうち1956年の時点で日教組(1947年発足)のもとで義務教育を1年でも受けた可能性があるのは、14歳〜22歳前後ということになります。1965年以降の統計で出てくる「未成年の親殺し」が親殺し全体の4分の1〜5分の1以下であることを見ても、134人のうち大半は日教組発足以前の教育を受けた世代と考えて差し支えないでしょう。そしてその後は親殺しによる検挙人数が急激に下がっていることからも、「日教組による教育」と「親殺しをはじめとしたさまざまな犯罪」にはほぼ相関関係はない、あるいは逆相関の関係にある可能性すらうかがえます。 この手の粗雑な人物がぶち上げる論は、すぐに「戦後教育が悪い」「日教組が悪い」という単純な方向に傾きがちですね。さまざまな要素を踏まえた複雑な思考が、あんまり得意じゃない人なんでしょう。 しかし普通に考えれば、そもそも学校教育だけが社会の風潮にそこまで影響を及ぼしていると考えるのは、あまりにも過大評価というもんでしょう。 要するにこの人の言っていることのうち、客観的事実やデータなどで真偽が判定可能な部分についてはほぼ全て誤っており、後に残るのは主観に基づく印象論にすぎないということになります。 中山氏は誤った認識と印象論のみに基づいて確信的に特定の集団を誹謗中傷したのであって、言葉の背後にある信念が大臣として不適格。軽はずみな失言や言葉尻だけが、文脈を無視して槍玉に挙げられる「言葉狩り」とは性格が全く異なります。http://x5.nobody.jp/bin/ll?062899800.gif 「水差された」自民議員怒り…中山国交相は辞任後も持論
相次ぐ問題発言で辞任に追い込まれた中山国土交通相は、28日の最後の記者会見でも、日教組をめぐる一連の発言について「撤回しない」と開き直った / なおも「(日教組には)子供をダメにしようという闘争方針で活動している人がいる」などと“持論”を展開。近く予想される総選挙に向け、地元に戻っていた自民党議員らからも「完全に水を差された」と怒りの声が上がった(以下略) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080928-00000031-yom-pol 「子供をダメにしようという闘争方針で活動している人がいる」などと本気で考えているとすれば、この人は完全に冷静な思考を失っています。自分とは考えの違う人のやっていることが、自分には「子どもをダメにする」と映ることはありうるでしょうが、子どもを意図的にダメにしようと活動している教員などいるわけがない。 中山氏がそうであるように、誰もが主観的には日本の教育を良くしようと活動しているわけです。双方とも「自分が正しい」と考えているからこそ対立が起きるのにもかかわらず、この人の世界観は「世界征服を企む悪の組織と、それに立ち向かう正義のヒーロー」の類から一歩も出ていないと言えるでしょう。 敵対する者を善意のかけらもない悪意の塊として描く「悪魔化」は、なんら建設的な議論を生みません。 「教育に関心を持ってもらうきっかけになればいい」などと嘯く同氏。誤った言説がその出発点になってはならないと思います。 [[attached(1,center)]]
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自民党は、9月22日に総裁選挙の投開票の結果、麻生太郎元外務大臣を選出しました。国会は、9月25日に開会して、首班指名の選挙で麻生太郎元外務大臣を選出しました。 麻生太郎氏は、同日から閣僚の人事を決めました。麻生太郎氏は、住民向けの補正予算を成立させて、衆議院解散を狙っています。 国会は、後期高齢者医療制度や年金資格の洩れ、汚染米の転売、アメリカの証券会社のリーマンブラザーズの経営破綻による株価の不安、ガソリンの暫定税率の再引き上げ、日雇い派遣の禁止など様々な問題を抱えています。 自民党や公明党の連立政治が、これらの問題を噴出するほど破綻しています。民主党と社民党、日本共産党、国民新党は、安倍、福田両政権から引き継いだ麻生政権の下で様々な問題を審議を求めています。麻生政権が、万が一衆議院解散をした場合、野党は、自民党と公明党の連立政治を辞めさせるよりましな政府を作るべきです。民主党や社民党、国民新党は、可能な限り候補者を調整して一つにまとめています。日本共産党は、地方で絞っていますが都市部で全候補者を立てる予定です。 野党が、ばらつきがある中で今の連立政治をやめさせるために住民の関心のある問題に基づいたマニフェストを明らかにして、よりましな政府の実現のために全力を傾注すべきです。 DIE LINKE: Oskar Lafontaine zu aktuellen Initiativen |

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[[attached(1,center)]] 9/29 TBS系『News23』野中広務氏インタビューより一部抜粋 (冒頭、8/24 TBS『時事放談』より映像挿入 「(麻生氏の総理就任は)日本の不幸だと思っている。私個人としても、麻生総裁になったら、私は生命を賭けて国民に分かるようにしますよ」との野中発言)
http://x5.nobody.jp/bin/ll?062899800.gif --麻生総理の所信表明演説の感想は。 野中 私が一番引っかかったのはやはり、明治初めから今日に至るまでの59代の総理の118年に及ぶ歴史を最初に持ってきたこと。 (「私の前に58人の総理が列しておいでです。118年になんなんとする憲政の大河があります」という麻生発言のこと) 明治維新から日清日露戦争、満州事変をはじめ、満州国の建国、中国との不幸な戦い−−。これらの延長として多くの国々に戦いを進めた、東条内閣を始めとする当時の内閣をも是として、その延長線上で自らは内閣総理大臣に立っているということになる。頭の中ではおじいさんである吉田茂のことを言いたかったんだろうが、そうは言わず、明治以来の総理と歴史について述べたというのは、彼の今までにおける度々の失言の裏付けがまだ残っているということ。そして彼のおごりが残って、この最初の文章になったのではないかな。 (「日本は強くあらねばなりません。強い日本とは難局に挑んで動じず…」という所信表明での麻生発言を聞いて) 野中 ぼくね、小学校のときにね、戦争に向かう日本の子どもに、そんな教えを校長が訓示で言ったのを覚えている。「必ず勝つんだ」と。それを思い出しました。 --中山大臣の辞任について。 野中 就任のときにね、成田の問題が国土交通大臣の所管とはいえね、あれは本当に聞くに堪えないことを大臣として発言したわけで、「間違っていた」ということで即刻罷免するのが総理の決断だと思う. --麻生氏は敵だった? 野中 そうですね。自分の今までの歩みを振り返って、一国の総理で失言癖の多い人ですから。いきなり中山君の失言でつまずいたわけですから、これから慎重な上にも慎重に、そして今の日本をどうするのか、燃えたぎるような気持ちを具体的な政策も含めて披露してほしい。 --麻生氏のことを鼻もちならないと感じるか 野中 天敵ですよ。天敵です。でも選ばれて国民の先頭に立つ内閣総理大臣になったんですから。(民主党代表の)小沢さんと比べればまだましですよ。日本の国のためにね。総理となった以上は責任が重いわけですから、この国の舵取りのために謙虚に過去を振り返り、足元を見つめ、惨憺たる日本の状況を見て歩いてほしい。 --政治的な接点はなかった? 野中 ありません。 --にもかかわらず「麻生許さじ」と思う理由は? 野中 やはり祖父である吉田茂さんを常に、会合の席では「そのとき吉田茂はこう言った」とか、吉田さんの例を出す。「俺は華麗な一族だ」ということだろう。 下々の苦労を何も見ないで育ってきた人ですから、目線が下に行くということがない。だから自分が農村地帯にもう一度行ってみて、別荘に行くのでなしに数日間暮らして、せせらぎの音を聞きながら庶民がどんな暮らしをしているか、山や河が田畑とともにいかに荒れてしまっているか、そこを見て、小泉さんが粉々にしてしまった日本を本当に再生するためのスタートにしてもらいたい。 --引退を表明した小泉元総理について。 野中 小泉さんは、歌舞伎役者みたいに踊りが上手だった。そして短い言葉で国民にアピールするのがうまかった。国民はそれで騙されたんですよ、あのかっこよさに。自分たちの国が潰されかけているのも知らずに、自民党員もあの踊りに狂ってしまったんですよ。だからもうここまできたら、その崩れたボロを一つずつ拾い上げて、小泉さんは傷つくばかりだからここでぱっと辞める。それは小泉さんとしての生き方なのだろうと私は評価していた。ところが次男を四代目で出すって言うんでしょ。それなら「改革」を言える人ではなかった。ごまかし政治家で、口だけしゃべって、あとは一部の学者で、アメリカの市場原理に踊らされた、自分の欲にかかわった人たちに踊らされた総理にすぎなかったということになりますよ。 --どんな政界再編を望むか。 野中 武力を行使したり、武力を増強したり、そういうことに国民の血税を使うのではなく、国民生活が安定するために税金を使っていかなければいけないし、もう戦争のね、あの悲惨さを知った人たちは私たちを最後にいないんだ。 タカ派、ハト派ということでなしに、過去の歴史を直視して将来を見誤らない平和国家を作る、そういうグループが結集してほしいですよ。
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