反・麻生太郎ブロガー同盟

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失言・疑惑

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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/72/a2/mig_21fishhead/folder/1577657/img_1577657_44608822_0?20081003100709

【核大国アメリカとの友好をうたうポスター。ちなみにМИРは、ミールと読み、ロシア語で平和の意味です。ソビエトは人一倍核兵器を配備していましたが、その一方で、核の恐怖に絶えず怯え、悩んでいました。そんな相反する行動がしばしばアメリカへの過剰な友好表明となったのかもしれません。どちらにせよ、日本の知ったかぶり核武装論者には、理解できない世界でしょう。(画像は、渋谷の古書店で見つけたソビエト時代の絵葉書より転載)】

麻生太郎さん。

福田首相辞任を受けての総裁選では、圧倒的な支持率で当選。
次期首相は、もはや確実でしょう。

さて、以前家内のお母さんは、麻生さんのことを“ヤギ”と呼んだことがあります。

“ヤギ”とはメーメーうるさいけど中身のないことばかり言う人への皮肉。
中央アジアでは、ダラシないくせに態度だけはエラそうな警察官へのあてつけによく使われます。

家内のお母さんが、こんな辛らつな表現を使ったのには理由があります。
麻生さんが“核武装を議論する必要もある”と言う趣旨の発言をしたニュースを聞いたからです。

この発言が、具体的にはどのようなものであったかは、詳しく知りません。

ただ、テレビでは、自民党重鎮の麻生さんが核武装の話題に踏み込んだとエラク大騒ぎしたことは覚えています。

たまたま孫に会いに日本に来ていたお母さんは、このニュースを聞いて、驚き、呆れたのでした。

『この人は、核武装の意味や大変さを知っているのかしら?まるで、ヤギね。』

こう呟くと、ウトウトする孫をベッドに運びながら、冷ややかに嘲笑したのでした。

ヤギではないですが、アメリカにも似た言葉があることを最近読んだ雑誌で知りました。

“Chicken-Hawk(チキン・ホーク)”と言うのがそれで、Hawk(鷹)の真似をするChicken(ニワトリ)。
転じて、『戦争経験もない軍事オタクが、知ったかぶりの強硬な発言をする』ことなのだそうです。

もし、お母さんがアメリカ人だったら、麻生さんをヤギでなく、チキンと呼んだかもしれません。

さて、67歳の麻生さんとお母さんは、ほぼ同世代。

しかし、“核兵器”に関しては、お母さんは、麻生さん含め、そこいらの日本人など及びもつかない知識と経験を持っています。

何故なら、家内のお母さんは、人生の多くを核大国ソビエトで生きたから。
さらに、“核兵器銀座”中央アジアの核兵器関連施設に勤務していたからです。

はっきり言って、そんじょそこいらの“チキン核武装論者”とは、比較にもなりません。
プロとアマチュア、はたまたジャイアント馬場とエマニエル坊やぐらいの違いがあるでしょう。

多くの日本人は、中央アジアにシルクロードの名に相応しい雄大でロマンチックなイメージを持ちます。
しかし、実際は、東西の交差路として、戦いと対立を繰り返した血なまぐさい地でもあります。

特にソビエトがこの地域を支配してからは、対立の規模は、最大限に達しました。

同じ共産国家なれど、路線の違いで、ソビエトは、隣国の中国と深刻な対立状態に入ったからです。
加えて、この地域にウランが産出し、核兵器の製造に最適であったことも不運でした。

そんなこんなで、中央アジアは、瞬く間に中国、ソビエトの核軍備競争の最前線となったのでした。

多数の核兵器が中央アジアで製造され、実験され、配備されました。

この爪あとは、今も高濃度の放射性物質残留やそれに伴う健康被害の形で残り、中央アジアの人々の暗い記憶として刻まれています。

お母さんは、そんな最前線のひとつ、中国国境に近い、核兵器工場で従業員の健康を検査する医師として勤務していたようです。
“。。。。ようです。”とあいまいな書き方をしたのは、今もお母さんは、当時のことをすべて話してはくれないからです。

国家機密がなのか、それとも悪い思い出でもあるのか、いつ聞いても、言葉を濁します。

それでも、ポツリポツリと話すエピソードには、“核兵器を持つ恐ろしさ”の重みを感じます。

(中央アジアや旧ソビエトにおける核兵器譚は枚挙に暇がありません。それに関する過去記事をTBしました。よろしければ過去のTB記事をどうぞ。。。)

ここで面白いことがあります。

お母さんの核兵器への批判は、いわゆる平和主義者の核兵器反対!みたいな単純な理論ではないことです。
お母さんの核兵器への視線は、いわゆる核武装論者の核武装こそ日本のあるべき姿みたいな幼児的理屈でないことです。

核兵器は作るより、作った後のほうがはるかに大変と考えているなど、まさに経験者としての意見なのです。

一例を挙げてみましょう。

お母さんの専門は内科でした。
放射能汚染による工場勤務者の健康被害調査のためでしょう。

ところが、実際は、心療科みたいな仕事が実に多かったとのこと。
精神的に参ってしまう人の診察に忙殺される日々だったそうです。

そこには、恐怖の兵器に携わる人々がいかに心理的ストレスを抱えていたかを示唆しています。

また、これはキルギスでない別の地域の話ですが、日々核ミサイルの発射ボタンの前に座るミサイル将校は、想像を絶する緊張の連続で多くの人が精神のバランスを危うくしたと聞きます。

冷戦の“鉄のカーテン”で西側には知られませんでしたが、精神に起きた深刻な症状で大きなミスも起こりかねない状況に陥ったことすらあったそうです。

戦略ロケット軍と呼ばれた核兵器部隊は、当時のソビエトの花形、同国きってのエリート軍人の集まり。
並みの軍人とは訳が違います。

しかし、強靭な肉体、精神を持った彼らですら、そんな状態に陥ったのです。

一方、核兵器は、重要な兵器ゆえに施設や工場は、常に厳重な監視下におかれていました。
さらに、兵器としての有用性を確認するテストも定期的に行われました。

これらの作業には凄まじいコストと人手がかかっていたことは言うまでもありません。

お母さんが勤務した施設も同様で、特に対立国の中国に近い地域のせいか、警備は尋常ではありませんでした。

バカバカしいほどの数の警備兵、セキュリティのチェックを受けて、仕事に向かいながら、これらの警備コストは、どれだけのお金がかかるのだろうと考えたことは一度や二度ではないとのことでした。

結局他国を脅かすはずだった核兵器は、無数のコストと人的損害を生みました。
そして、他国でなく、ソビエト自身の崩壊を奏でる葬送曲の一因となったのです。

暴言癖やばら撒き政策が心配される麻生さん。

これはこれで、懸念材料。
それでも、問題だらけの日本を浮揚させてくれるなら、いいでしょう。

しかし、、、、、

中央アジアの小国に住む老婆にさえ馬鹿にされるアマチュア的な核武装見解を見ると、僕は、やはり、“ああ、この人アカンワ。”と感じてしまうのです。。。




転載元転載元: シルクロードから嫁が来た!!

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/50/7b/jinne_lou/folder/707687/img_707687_56783430_1?20081003132734

辞任したしもういいかとも思うけど、他のブログでは「正しいことを言った」「言葉狩りだ」などと中山氏を擁護する意見もけっこう多い。ダメ押ししておきます。


<中山国交相>「日教組ぶっこわす」宮崎での発言要旨

 日教組については、いろいろ言いたいことがある。大臣になって一番大事な仕事は、美しい古里と、安心・安全で住むことができる国土を子や孫たちにバトンタッチすること。今の日本を子供たちにこんな状態でバトンタッチしていいか。そういう強い気持ちがある。さまざまな犯罪が起こっている。あるいは親殺しとか。それは教育に問題があった。特に日教組。何より問題なのは「内心の自由に立ち入らない」と言って、道徳教育に反対する。何とか日教組を解体しなければいかんと思っている。小泉さん流に言えば「日教組をぶっこわす」。この運動の先頭に立つ思いでいる(以下略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080927-00000106-mai-pol


「ごね得」「単一民族」は論外として、こだわりがあるらしい日教組に関する持論も、何ら具体的なデータに裏付けられたものはないようです。
すでに日教組の組織率と学力テストの成績とは相関関係がないことがいくつかのメディアで指摘されていますが、それを追及されると「私は日教組が強い、と言ったんだよね。組織率が高くてもノンポリもいらっしゃって、あんまり組合活動に一生懸命じゃない方もいらっしゃいますから」だって。
つまり「強さ=組織率」ではない、と言いたいらしい。じゃあ何をもって「日教組が強いところ」と言っているのかといえば、その指標となるデータは何もなく、単なる印象論のようです。なんだこりゃ。こんな行き当たりばったりの個人的な印象論で、大臣として何かを主張しようとしてたのか。なんともテキトーだ。

「さまざまな犯罪が起こっている。あるいは親殺しとか。それは教育に問題があった。特に日教組」という発言にしても同様。
「とくに日教組による教育に問題があった」ので「親殺しとかさまざまな犯罪が起こっている」という論理の元となるデータが何ら示されていませんが、たとえばこんなのがある。



残念ながら戦前のデータは残っていないようですが、昭和31年(1956年)には134人が尊属殺(うち9割以上は自分の親殺し)で検挙されています。1970年代にかけて漸減し、その後は30〜75人の間で推移している。これは14歳以上の統計なので、このうち1956年の時点で日教組(1947年発足)のもとで義務教育を1年でも受けた可能性があるのは、14歳〜22歳前後ということになります。1965年以降の統計で出てくる「未成年の親殺し」が親殺し全体の4分の1〜5分の1以下であることを見ても、134人のうち大半は日教組発足以前の教育を受けた世代と考えて差し支えないでしょう。そしてその後は親殺しによる検挙人数が急激に下がっていることからも、「日教組による教育」と「親殺しをはじめとしたさまざまな犯罪」にはほぼ相関関係はない、あるいは逆相関の関係にある可能性すらうかがえます。

少年による殺人事件は終戦直後から60年代にかけてが圧倒的に多いですが、戦前も現代と比べれば件数・人口比ともに多い。
少年による殺人統計

戦前の少年による異常犯罪にも、すさまじいものがあります。
少年の異常犯罪
中山式に言えば、「教育勅語」や「戦前の教育」が悪かった、ということになりそうです。


この手の粗雑な人物がぶち上げる論は、すぐに「戦後教育が悪い」「日教組が悪い」という単純な方向に傾きがちですね。さまざまな要素を踏まえた複雑な思考が、あんまり得意じゃない人なんでしょう。
しかし普通に考えれば、そもそも学校教育だけが社会の風潮にそこまで影響を及ぼしていると考えるのは、あまりにも過大評価というもんでしょう。


こんなのもありました。
戦前の教員汚職事件
昔も今も、やってることは変わりませんな。
いつの時代だって教育なんかとは関係なく“道徳は乱れて”いるのです。


要するにこの人の言っていることのうち、客観的事実やデータなどで真偽が判定可能な部分についてはほぼ全て誤っており、後に残るのは主観に基づく印象論にすぎないということになります。
中山氏は誤った認識と印象論のみに基づいて確信的に特定の集団を誹謗中傷したのであって、言葉の背後にある信念が大臣として不適格。軽はずみな失言や言葉尻だけが、文脈を無視して槍玉に挙げられる「言葉狩り」とは性格が全く異なります。http://x5.nobody.jp/bin/ll?062899800.gif



「水差された」自民議員怒り…中山国交相は辞任後も持論


 相次ぐ問題発言で辞任に追い込まれた中山国土交通相は、28日の最後の記者会見でも、日教組をめぐる一連の発言について「撤回しない」と開き直った / なおも「(日教組には)子供をダメにしようという闘争方針で活動している人がいる」などと“持論”を展開。近く予想される総選挙に向け、地元に戻っていた自民党議員らからも「完全に水を差された」と怒りの声が上がった(以下略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080928-00000031-yom-pol


「子供をダメにしようという闘争方針で活動している人がいる」などと本気で考えているとすれば、この人は完全に冷静な思考を失っています。自分とは考えの違う人のやっていることが、自分には「子どもをダメにする」と映ることはありうるでしょうが、子どもを意図的にダメにしようと活動している教員などいるわけがない。
中山氏がそうであるように、誰もが主観的には日本の教育を良くしようと活動しているわけです。双方とも「自分が正しい」と考えているからこそ対立が起きるのにもかかわらず、この人の世界観は「世界征服を企む悪の組織と、それに立ち向かう正義のヒーロー」の類から一歩も出ていないと言えるでしょう。
敵対する者を善意のかけらもない悪意の塊として描く「悪魔化」は、なんら建設的な議論を生みません。

「教育に関心を持ってもらうきっかけになればいい」などと嘯く同氏。誤った言説がその出発点になってはならないと思います。

[[attached(1,center)]]

転載元転載元: 半哲学的談笑

云いたい放題のハチャメチャ放言大臣、その真相は?


まず渦中の中山成彬という男の横顔を洗ってみよう。

大蔵省(現財務省)官僚出身。自民党公認で国会議員に当選。現在当選6回を誇る。国交相に就任する前は清和研(町村派)の事務総長を務めていた。中山国交相は最タカ派議員で文教族に属している。政界での人脈関係は森元首相の直系と云われている。また妻の恭子は拉致問題担当補佐官でもある。

この男の経歴から察するならば、今回の放言騒動は十分に考えられるところである。さして突拍子なことでもあるまい。

しかし、政局的な思惑で意図的に騒動を企図したとなると、様相は大分違ってくる。

麻生内閣がスタートした直後、各報道機関が一斉に麻生新内閣支持率を発表。その結果、自民党が想定していた数値よりはるかに低いものとなった。政界で流布されていた11月2日投票という既定スケジュールに異変が生じてきたのである。

早速、町村派オーナーである森元首相が「11月2日投票は白紙だ。麻生内閣の実績を積み上げ、投票は来年4月にするべきだ」と主張。11月2日投票の流れをけん制した。

当初、福田自民党は任期満了選挙を予定していたとみられていた。しかし一向に支持率が上昇しない福田内閣に焦った自民党執行部は先月、窮余の策として内閣改造を決断。だがその策も、内閣支持率上昇に結びつくことにはならず、最後の方法として自民党・公明党は、内閣交代という荒療治を断行することと、自民党総裁選を華々しく行うことによって自民党支持の世論操作をおこない、短期間での衆院解散=総選挙という日程を決めた。

メディアを動員したこの作戦、一時は成功したかに見えたが所詮は接ぎ木細工に過ぎない”麻生圧勝”の三文芝居。国民には通用するはずもない。

結果は40%台を低迷する新内閣支持率。この支持率、森内閣に次ぐ低支持率となった。

総裁選と麻生内閣のスタートによって人気回復→衆院選勝利を目論んでいた自民党執行部は大慌てとなっていった。当然解散・総選挙スケジュールを変更しなくてはならない。このままでは本当に与野党逆転し政権交代になりかねないと自民・公明は不安にかられたはずである。ところが政界は11月2日投票というスケジュールに向かってひた走っているではないか。これにブレーキをかけ、予定変更することは容易ではない。

そこで考えた起死回生の奇策こそ、今回の中山放言騒動ではないだろうか。案の定、与党内から中山更迭の意見が集中。解散日程も霧の中と化しつつある。

転載元転載元: 空のはてに十字星、きらめく星のこの夜に


広大な敷地に洋館が立つ麻生太郎首相の自宅=26日、東京都渋谷区で、本社ヘリ「あさづる」から

(東京新聞)
【社会】
別世界 『麻生御殿』 渋谷一等地 高台の洋館
2008年9月29日 14時00分
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008092990140027.html
引用開始

 麻生太郎首相の誕生で、どうしても気になるのが、連日のようにテレビで映し出される豪華な自宅だ。皇族とも縁戚(えんせき)関係を持つ超セレブであることは分かっていても、「麻生御殿」の威容には圧倒される。中山成彬前国土交通相の辞任で早くも政局が揺れる中、周辺をルポしてみた。 (小川慎一)

 麻生邸がある渋谷区神山(かみやま)町は、南側に接する松濤(しょうとう)とならぶ都内きっての高級住宅街だ。その中でも高台のてっぺんにある麻生邸は約二千四百平方メートルの広大な敷地に木造三階建ての洋館がそびえ、ひときわ威容を誇る。

 近くの不動産業者は「渋谷の地価は下がったとはいえ、あのあたりは一坪(三・三平方メートル)当たり八百万円ぐらい」という。実勢価格では、土地だけで五十億円を超える計算だ。もともとは隣接する弟の「麻生」社長泰(ゆたか)氏の土地と合わせ五千平方メートルを超える大豪邸だった。

 麻生邸前の通りには、ほぼ百メートルおきに警察官が配置される警戒ぶり。記者が麻生邸前に到着すると、早速、五、六人の警察官に囲まれ、社名や連絡先、取材目的から取材時間までこと細かに聴取された。

 坂道を下って、近くの商店街へ。精肉店を営む男性(64)は「太郎さんの父親の麻生太賀吉さんが生きていたころは、最高級の肉を届けていたもんだ」と振り返る。店主によると、当時は麻生邸にお手伝いさんやコックがいて、フランス料理のフルコースを作ることもあったそうだ。

 「ローストビーフを焼いて、宮家や財界の人らがパーティーをやっていたよ。軽井沢の別荘に行くからと、大量に注文を受けたこともあった」

 だが太賀吉氏の死後は「あまり注文もなくなった」と店主は寂しそう。「太郎さんは選挙区が渋谷じゃないし、総理大臣になってもあまりピンとこない。警察官が増えたから、バイクで配達しても中身をチェックされるのかなあ」と笑う。

 理髪店を営む男性は「(麻生首相の祖父の)吉田茂元首相が娘や孫に会いに来るときは通りが通行止めになり、パトカーが先導した。もともと高台の人たちは商店街には縁のない人たち」と話す。

 二十九日午後、麻生首相は衆参両院の本会議で所信表明演説を行うが、わずか五日間で国交相が問題発言の責任を取り辞任し、国会は波乱含み。麻生邸近くに住む主婦(54)は「大臣が失言で辞めるなんて幸先が悪い。総理自身も失言が多い方だから、政権が終わるときには『失言内閣』とか言われたりしてね。早く選挙をしてほしいですよ」と話す。

 通学途中だった渋谷区の男子大学生(21)は「麻生邸が渋谷の高級住宅地にあるなんて知らなかった。漫画も財布を気にせずに買えるんだろうなあ。うらやましい」と笑っていた。

引用終了

転載元転載元: おばあちゃんの鐘馗(しょうき)さま



麻生内閣全く期待どころか、打倒してやる!と叫ぶ前に「失言」のオンパレードで自壊するのを許さずにこんな内閣ふざけるな!打倒しよう!



佐藤国家公安委員長、献金疑惑を釈明 「事前運動」発言もポロリ


9月25日8時46分配信 産経新聞

 麻生内閣で国家公安委員長として初入閣した佐藤勉氏は25日未明、警察庁で開かれた就任会見で、4年前に日本歯科医師連盟(日歯連)の献金隠し事件に絡み、東京地検特捜部の捜査対象となったことについて「法的に問題なかった」と釈明した。また、事故米の不正転売事件に関連して「私も今、選挙運動ということで農家などを訪れている」などと述べ、公職選挙法が禁じている事前運動を行っていると受け取れる発言をした。

 佐藤氏の“事前運動”発言は、「私も今、選挙運動ということで農家などを訪れると、この件(事故米不正転売)については本当に真剣に考えてくれという話がある」というもの。会見直後、広報を通じて「『政治活動』の言い間違いだった」と訂正した。

 佐藤氏は厚生労働政務官だった13年、日歯連が自民党の政治資金団体「国民政治協会」(国政協)へ献金した後、同党から500万円を受け取った。特捜部はこの事実を把握したが、最終的に立件は見送られた。献金については後に返金した。

 さらに佐藤氏は平成8年、12年の衆院選挙で、陣営から選挙違反による逮捕者を出している。

 この点についての認識を問われた佐藤氏は「反省すべき点多々あった。その後は、厳正に選挙活動にあたっている」と説明。

 「選挙違反を取り締まる警察の指導を担当する立場の者として、模範となるような選挙運動を、今後はしていきたい」と述べた。

 会見での一問一答は次の通り。

 ――4年前の日歯連事件にからみ献金を返金した理由は

 「法的な問題が、ないということだと思います。ただ、献金でいろんな疑惑を招くのであれば、返した方がよろしいだろうとの自分の判断で、事務所の者に命じて、変な誤解を受けないようにという意味でお返しした」

 ――国政協経由でなく、直接日歯連からも献金を受け、収支報告書に記載せず後で修正したが

 「(国政協の)ほかの献金については、私の認識の違いというか、献金を受け取ったが、献金としての扱いをしなかったということで、後で修正した。決して変な感覚で修正したわけではない」

 ――当初は、民主党議員が告発したわけだが、その後国民が参加する検察審査会が不起訴不当との議決をしていることについてはどのように考えるか

 「民主党から訴えられ、戸惑ったが、法を犯したつもりはないので、正々堂々と(献金を)お返ししたり、収支報告書を修正した」

 ――平成8年、12年の衆院選挙で陣営から逮捕者を出しているが、国家公安委員長としてどのように考えているか

 「陣営から選挙違反を出したことについては、反省すべき点が多々あった。その後の選挙については、厳正に選挙違反のない選挙運動を徹底し、選挙活動に当たっている。こういう立場になったわけで、その反省も含めて、これからも活動に気をつけていく。(国家公安委員長にふさわしい)模範となるような選挙をしていく」

転載元転載元: たたかうユニオンへ!

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