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雪が消え始めた2月の末のある日
和夫一家は、遅い食事をとっていた。
日曜日は何時もお母さんに負担をさせないために
子供たちが代わりばんこに食事を作るのが
佐々木家の仕来たりとなっていた。
今日は長女の万梨阿の当番だ…
テレビをつけると、通常国会が始まって
その討論会が行われていた。
万梨阿は調理の合間に時々テレビを見ていた。
主な論点は、各党で憲法改正の法案骨子が定まり
何を国民投票に付するか論議されていた。
昨年の総選挙で自民・公明・希望・維新で
国会の80%の議席を占めたのある。
これらの諸党は、改憲で一致して
憲法改正挙国一致救国内閣を組閣し、
粛々と憲法改正発議のための
国会審議を進めていたのである。
この改憲勢力の前に共産・社民・立憲民主党の
3党の発言はことごとく封じられ、マスコミは
官房機密費など利用した連合政権の
会食会に頻繁に招待され、完全に骨抜きになっていた。
マスコミの報道は、大本営発表のように
政府の報道を国民に、これでもかこれでもかと
連日垂れ流していた。
政府に反対する意見の持ち主は、
共謀罪で逮捕され、次々と有罪判決を受けていた。
国民は、この凶暴な警察権力の前に
委縮して政治には無関心を装うようになっていた。
万梨阿は、こんな日常生活に疑問を持っていた。
北朝鮮とアメリカとの対立は、緊張度を高め、
日本列島には大量のミサイルが配備され、
マスコミは核保有の正当性を連日報道していた。
国会でも非核3原則を撤廃し、核保有をすべし
との意見が主流を占めていた。
勿論、日米安保条約は、ますます強固な同盟へと
発展し、自衛隊は、アメリカ軍とともに
アフガンや各地に展開を始め、何名かの
戦死者が報道されていた。
勿論、これらの戦死者は、靖国神社にその御霊が
合祀されたことは言うまでもない。
事実上憲法9条は、その効力が
停止されていたのである。
現実の危機に対処するには、憲法は邪魔だとの
論理が、大手を振って、国会の中を闊歩していたのだ。
改憲諸党の前に、護憲派は、まったく
無力化されてしまった。
多くの国民は、こんな筈ではなかったと、
反省をしたが、まったく後の祭りであった。
国民の生活は日々苦しくなった。
若者の就職先の第1位は、自衛隊であった。
徴兵制度の復活も時間の問題だと
思われるようになった。
軍需産業は、益々栄え、軍需企業に就職する人も
多くなった。
大学では、軍事研究が当たり前になった。
軍事研究をする講座が各大学に開かれ、
多くの生徒が我を争って、講座の前列に
席をとった。また軍事研究のゼミも盛んとなり、
研究室には多くの生徒が集まった。
オリンピックも、国威発揚の場として、
国を挙げて選手強化がなされ、日の丸を背負った
この重圧に耐えられない選手は、
次次と脱落していった。
学校教育では、国歌君が代の斉唱が連日行われ、
国旗の掲揚がなされるときは、直立不動が
強要された。
国を愛する教育の重要性が、とくに強調されていた。
個人の人権よりも、国家が優先される
社会風土になってきたのである。
万梨阿は、何かがおかしいと思った。
それが何なのか良く解らなかった。
ただ、去年の総選挙の結果であることだけは、
明確であった。自分たちの投票行動が、
このような結果を招いたのである。
もし、国民投票で、憲法改正がなされれば、
日本も、北朝鮮のような先軍主義の国に
なりそうである。いや、憲法改正がなされなくても、
個々の法律で、すでに憲法は骨抜きに
されているのである。
緊急事態法では、国民の権利は、大幅に制限され、
無権利状態にされてしまった。
地球温暖化の影響で、各地に災害が起こると、
そのたびにこの法律が発動され、政府の
命令に国民は従うしかなかった。
政府の行政行為を調べると、秘密保護法違反で、
逮捕されることは日常茶飯事となった。
国民の日常生活は、盗聴法などの様々な法律で
監視され、反政府的な相談をしただけで、
共謀罪で逮捕されることも日常茶飯事となった。
あの第2次世界大戦の前と、同じ状況が
作られてしまったのである。
近未来の空想社会ではない。
万梨阿は、選挙の怖さを今更ながら思い返していた。
マスコミに流されて、希望の党に投票したことを
反省したが、いくら反省しても反省しきれないことを
感じた。
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