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私が信頼を寄せる数少ない政治家の一人に水島広子さんがいます。
水島さんは夏の総選挙で小泉劇場に巻き込まれ、残念ながら
落選してしまいました。その彼女は現在アメリカにいって
アティテューディナル・ヒーリング(以下AH)の勉強を学び、
日本に普及しようとしています。
AHとは、一言でいえば、ものごとに対する姿勢(Attitude)を変えることによって心の安らぎを得る、というやり方です。恐怖や不安、罪悪感という感情にとらわれて「敵」のいる人生を過ごしていくのか、それとも、こういった感情を手放して他者とのつながりを感じながら生きるのか、という選択は、個人の力で自由にできるという信念がその根底にあります。(水島さんのブログより)
そして、水島さんが初当選したときから、私はずっと彼女のメルマガを
配信してもらっていたのですが、今回のメルマガでAHについて、
若干ふれていて、その考え方や手法が今後の参考になると思いまして、
水島さんの承認を得て、ここに転載させてもらいます。
以下水島さんからのメルマガの転載。
アティテューディナル・ヒーリング・センターでの私の活動は1月から本格的に始めることになりますが、まず、私がなぜアティテューディナル・ヒーリング(AH)に興味を持ったのか、という背景を少々述べさせていただきたいと思います。
政治活動の中で、私のテーマは往々にして「不安」でした。 不安は、社会の中でいろいろなマイナスを作り出しています。たとえば、社会の仕組みに変化を起こすことができないのは、不安によるところが大きいものです。夫婦別姓を認めると家族の絆が壊れるのではないか? というのは、まさに典型的な例でしょう。これは私の専門である「対人関係療法」が扱う問題領域の一つでもあるのですが、人間は、何らかの変化を乗り越えようとするとき、新しい環境に関して強い不安を感じる傾向があります。この不安が、変化をしようとする人の足を引っ張ることになります。
また、不安は、人に「与える」ことにもブレーキをかけます。「自分も苦しいのに、人のことどころではない」と思っている人は多いものです。実際には、客観的に見てもっと「苦しそう」な人の方が他人に惜しみなく与えていることもあり、主観的な「苦しさ」が問題だということがわかります。
「老後の心配」という不安も、特に日本では大きな社会的テーマです。老後が心配だから、と、亀が手足を引っ込めてしまうように、何もできなくなってしまうのです。確かに、ころころと言い分が変わる政府のありさまを見ていると、手足を引っ込めたくなる気持ちもわからないではないですが、それでは、政府をもっと誠実なものに変えることもできません。
不安と双子のような関係にあるのが「罪悪感」です。罪悪感も、社会のいろいろな面を支配しています。特に、働く母親などは典型的な被害者でしょう。子育てによって職場に迷惑をかけているという罪悪感、仕事のために良い母親でいられないという罪悪感、子どもの世話を頼んでいろいろな人を巻き込んでしまう罪悪感・・・、と、一日中罪悪感を抱いているような人も少なくありません。罪悪感が何を生むか、というと、プラスのことは生まれません。罪悪感は仕事の生産性を落とし、対人関係をゆがめ、子どもと一緒にいても「心ここにあらず」になってしまいます。
AHでも、「今このときを生きる」ということを大切にしていますが、特に子育てにおいては、「今」が一番大切です。子どもの将来のために、と、子どもには目もくれずに仕事に明け暮れたり子どもに過度な要求をしたり、というふうにしてしまうと、結局は「今」の子どもをネグレクト(育児放棄)してしまう、という皮肉な結果になってしまいます。罪悪感ばかり抱いてしまうと、子どもと一緒にいても、心のかなりの部分が自分を責めることに使われてしまいますから、子どものために使われる心の量がそれだけ少なくなってしまいます。
罪悪感というのは、他人との関係の中で生まれることが多く、本人の自覚と十分なコミュニケーションによってかなりの程度克服できる、と私は思ってきましたが、不安についてはそんなに簡単なものでもありません。「だって老後がこれだけ心配なのだから、不安になって当たり前でしょう?」と言われてしまうと、それもそうだと思ってしまいます。このような不安を自然なこととして認めた上で、不安に飲み込まれてしまわないよう、できるだけの客観視につとめる、というのが、一言で言えば、現実的な精神医学のアプローチです。
でも、もう少し確固たる価値観を作り出すことはできないのだろうか、ということを私はずっと考えてきました。特にここのところの日本では、弱者を見つけてバッシングしたり、政治がますますおかしなことになったり、と、ますます豊かな精神性からは遠ざかっているように思えます。そんな中、たとえば、老後を不安に思うことで人生の質が上がるのか、と言えば、決してそんなことはありません。むしろ、将来にばかり目が向いてしまって現在がおろそかになってしまう、というのは、子育ての場合と同じです。将来の保障もない上に、今このときまで不愉快な気持ちですごさなければならないという必要性はないのではないでしょうか。
この疑問に答えを出してくれるのがAHです。不安や罪悪感を手放すことの重要性を教えてくれるものです。誤解しないでいただきたいのは、不安を手放すと言っても、決して、投げやりに刹那的な生き方をしようと言っているのでもないし、現実から逃避するような価値観にしがみこうとしているものでもないということです。
以上、水島さんからのメルマガでした。
ちょっと長くなってしまいましたが、概略は分かっていただけたのでは
ないかと思います。不安と罪悪感は誰もが持っています。
(小泉Pはどうだか知りませんが)
その不安と罪悪感を前向きに受け止めた上で開放する。その手助けとなる
のがAHだということです。直接政治的な話とは関係ありませんが、
こうした考え方を政治に生かしてもらいと思っています。
実際、水島さん自体政治活動で往々にしてテーマが不安だったと言います。
そうです。今の不安、自分の将来への不安、子供の将来への不安。
不安を解決(軽減)させるのが政治の重要なテーマであることは
間違いありません。こうした考えを持ち、理解し、実行できる
水島さんのような政治家を少しでも多く当選させるのが、
私たち市民にできる政治活動なのかも知れません。
私の更新は恐らくこれが今年最後になります。
皆さん、お付き合いくださいましてありがとうございます。
来年こそはよい政治が行なわれる一年になることを(することを)
祈っています。みなさん、来年も宜しくおねがいします。
よいお年をお迎えください。
(*)このブログでは小泉首相のことを小泉Pと呼んでいます。
P=Producerであり、Prime ministerではありません。
最近ではPochiの略じゃないかと思いはじめています。
PS.現在「小泉P」と呼ぶ会を発足し、参加者を募集中です。
皆さんもぜひ参加してください。参加は簡単です。
自分のブログなどで小泉首相を書くときに「小泉P」と置き換えるだけ。
アンチ小泉の方はぜひ、参加して欲しいと思います。
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