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平和憲法を、考える

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梅雨空に『九条守れ』の女性デモ
 
 
この句が、政治的だと、さいたま市の三橋公民館が
 
掲載を拒否しました。
 
詳しくはこちらをご覧ください
 
こんなことが、いよいよ日本でも始まっているのですね…
 
これは明らかに言論の自由に対する統制の始まりです。
 
しかも、俳句と言う最も庶民的な文化の中で起こったのです。
 
この調子でいけば、川柳はほとんど公的な場から
 
撤退せざるを得ないでしょう。
 
何故なら川柳は、武器を持たない庶民の
 
唯一の抵抗手段だからです。
 
しかも、憲法尊守義務を課されている公務員が
 
憲法守れの国民の声に異議を唱えることの方が
 
大問題なのそれが処罰されない
 
こんなことが許されていいのでしょうか???
 
もはや日本の官僚は、憲法無視の時代に入ったのでしょうか??
 
昔私が公務員になる時には、憲法尊守の宣誓をしたものです。
 
今の公務員は、憲法尊守を言うほうが間違っていると
 
考えているのでしょうか??
 
もはやさいたま市は、無法地帯です。
 
日本国は、憲法を基本法とする法治国家でした。
 
ところが、その憲法を守らなくてもよいという公務員が存在する
 
国となってしまいました。
 
とんでもない国になりつつあります。
 
近代民主主義国家は、憲法をその根幹に据えた
 
法治国家です。
 
この根幹が崩れようとしているのです。
 
行政(官僚)の恣意的な政治が横行する国になるのでしょうか??
 
そこで私も俳句を10句
 
 
早々と 憲法捨てる  雷雨かな
 
公務員 憲法捨てる  草いきれ
 
さいたま市 法の支配を 流す夏
 
さいたま市 自由無くなり 雷雨来る
 
さいたま市 ファシズム来る  夏の雲
 
この一歩 ファシズムへの 夏となる
 
さいたま市  憲法無視の  夏迎え
 
文化とは 自由な言葉 青葉かな
 
夏空に 憲法守れの デモが行く
 
戦争の 道を歩むや 暑き夏
 
 
手塚治虫『戦争はごめんだ』

ぼくのマンガ人生=ぼくの戦争体験!

これだけは断じて殺されても

翻せない主義がある!


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戦争というのは、兵隊が戦って死んでゆく、という単純なものではありません。

歴史の上で何回も戦争は繰り返され、

そのたびに多くの子どもたちが犠牲になってきました。

いまも世界中で沢山の子どもたちが、大人たちの争いの中で傷つき、

手足を奪われ、両親や兄弟と引き離され、命も未来も踏みにじられています。

その現実から目を逸らさないこと。

「関係ないじゃん」とそっぽを向かないこと。

平和な世界を望むなら、まずそこからはじめなければなりません。

戦争:手塚治虫のメッセージ:TezukaOsamu.net(JP) 手塚治虫 公式サイト


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晴耕雨読様より
http://sun.ap.teacup.com/souun/14816.html#readmore

「ぼくのマンガ人生: ぼくの戦争体験」手塚治虫


watanabe 氏のツイートより。

晴耕雨読

手塚治虫:

私にはただひとつ、これだけは断じて殺されても翻せない主義がある。

それは戦争はごめんだ、ということだ

戦争というのは、兵隊が戦って死んでゆく、という単純なものではありません

歴史の上で何回も戦争は繰り返され、そのたびに多くの子どもたちが犠牲になってきました。

いまも世界中で沢山の子どもたちが、大人たちの争いの中で傷つき、手足を奪われ、両親や兄弟と引き離され、命も未来も踏みにじられています

その現実から目を逸らさないこと。

「関係ないじゃん」とそっぽを向かないこと。

平和な世界を望むなら、まずそこからはじめなければなりません

焼夷弾は、ばらまくときには一つの大きな束で、落ちていく途中でパッと傘のように開きます。

すると30ぐらいの小さな焼夷弾がそこからバッと飛び出して、地上に降りそそぐのです。

遠くのほうから聞いていると、ザッという夕立が来ているような音がします

そんな音が聞こえるときはまだ距離が離れていいるからいいのです。

これがすぐ頭の上になると、キューンというガラスを引っかいたような音に変わるのです。

その音がしたとたんに、下で聞いている人間は焼夷弾にやられるのです

その日は「ああ、B29が来たな」と思ったとたんに、「キューン」という音がしました。

ぼくは、「おれはもうおしまいだ!」と思って、監視哨の上で頭をかかえてうずくまりました

すると、ぼくのすぐ横を焼夷弾が落ちていき、ぼくがうずくまっている横の屋根に大穴があいて、焼夷弾が突き抜けていったのです。

下はたちまち火の海です

当時は防空演習といって、焼夷弾が落ちて来たら、隣組と言いますか、近所の人たちでバケツリレーをして、火を消す訓練をしていました。

ほんとうにばかばかしい訓練です。

しかし、そんなものはまったく用をなさない。

とにかく瞬間的にあたりは火の海になりました

焼夷弾はひじょうに小さな筒ですが、何百メートルも上から落とされますから、その加速度たるやたいへんなもので、防空壕の屋根を突き抜けて下に落ちてしまいます。

そこで爆発するのです人の頭の上から足まで突き抜けてしまうぐらいのすさまじい勢いです。

あたりにぼくの仲間とか、工員の人たちが死んでいます。

ぼくは逆上して、火を消すことも忘れ、一散に工場を駆け抜けて淀川の堤防へ出ました

淀川の堤防は避難所になっていて、空襲警報があるとその陰に隠れるということになっていました。

それで、多くの人が淀川の堤防に避難してきていました。

ところが、その堤防をめがけて無差別の何トン爆弾というやつが落ちたのです。

避難した人たちはひとたまりもありません。

ぼくが堤防に駆けあがると、死体の山です。

ウシもたくさん死んでいました。

淀川の堤防で食糧増産のために、牧場の代わりに、ウシを飼っていたのです

上流のほうにある淀川大橋にも直撃弾が当たりました。

だから、大橋の下に逃げこんだ人たちがひとたまりもなくやられてしまった

大阪の方向や、阪神沿線を見ると、まっ暗の雲の下が赤く光っています。

それもふつうの赤ではありません。

ちょっと形容しがたい赤なのです。

赤いイルミネーションのようです

それを見ているうちに、現実の世界ではないのではないか、もしかしたら夢を見ているのではないか、あるいはぼくはもう死んでしまって、地獄なのではないかという気が一瞬したのです。

そのくらい恐ろしい光景でした

「ぼくのマンガ人生: ぼくの戦争体験」手塚治虫・著/岩波書店 より
戦争:手塚治虫のメッセージ:TezukaOsamu.net(JP) 手塚治虫 公式サイト

晴耕雨読様より
http://sun.ap.teacup.com/souun/14816.html#readmore

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やなせたかし【戦争そのもが悪】正義の戦いそのももは存在しない。アンパンマンの原点は戦争体験。
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『はだしのゲン』反戦争、反原爆のバイブル『戦争に行く前に読むべきだった』 イラク戦争元米兵!!

忌野清志郎、政治に無関心でいいなんて言っていると…君の息子なんかが/戦争に行っちゃう/わけよ…-

忌野清志郎、戦争は嫌だせベイビー!軍隊を持ったら戦いたくなる。そして平和憲法を忘れてしまう!必読拡散

蛭子能収氏…手出せば倍返しされる!集団的自衛権…日本は、戦争を避けるための国際的な仕組みを…漫画家

イスラエルは、なぜ私たちの子供を殺すのか【ガザ発】少女は血まみれで瞳孔が開き=田中龍作氏、決死の取材

なかにし礼、平和憲法は“300万人の死者の血と涙”によって得たもの!日本が各国に運動すべき憲法!
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sohnandae Twitter→Twitter


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転載元転載元: 日々物語

    本澤二郎の「日本の風景」(1694)

<ポツダム宣言で無条件降伏した69年前を忘れるな>
 日本人の健忘症は海外から懸念の目で見られている。そのことさえも忘却する日本人である。69年前の7月26日、日本は米英中ソの連合国からボツダム宣言を受諾するよう要求された。無条件降伏である。即座に受諾していれば、原爆投下もなかった。ソ連参戦による婦女子の惨状もなかった。結局、8月15日に昭和天皇が、ラジオ放送で無条件降伏をしたことを国民に告げた。9月2日に東京湾のミズーリ艦上で受諾調印をした。これが日本の戦後の政治経済路線を規定している。この事実を決して忘れてはならない。踏み外すと隣国や国際社会から非難を浴びて孤立する。今の安倍・自公政権は、その渦中に置かれている。


<軍国主義勢力の永久追放>
 ポツダム宣言は13カ条あるが、大事な点は軍国主義とそれを支持・支援する軍国勢力の永久追放である。
 ドイツにおけるナチス勢力の追放に相当するもので、当たり前すぎる重要な無条件降伏の条件である。安倍の靖国参拝は、まさにこの要件を否定するものだ。北京・ソウル・ワシントンどころか、世界各国がこれに強く反発した。安倍の信頼は、もはや喪失してしまっている。
 日本国民は、当時の歴史を正確に教えられていない。ポツダム宣言の内容を教科書は触れていない。改めて13カ条を確認すべきだろう。
<軍需産業もNO>
 戦争産業も禁じ、それを守ると受け入れた日本政府である。武器弾薬の製造を禁じているのだが、これも破っている。それを製造し、それを大々的に輸出する。安倍・自公政権はこれを強行している。
 これまたポツダム宣言違反である。安倍の「戦後レジームの脱却」とは、いうなればポツダム宣言を放棄・破棄するとの意であろう。これは深刻なことで、アジア諸国と広く国際社会への挑戦である。波紋を投げかけて当然なのだ。
<平和政府樹立>
 平和政府の樹立も約束した。したがって改憲軍拡を目指す自公政権は、論外なのである。安倍・自公内閣は、積極的平和主義の名のもとに、戦争法体制そのものの、特定秘密保護法と集団的自衛権行使を強行した。
 米連邦議会調査局が「国家主義者・国粋主義者」と決めつけた安倍と、平和主義を掲げてきた公明党による連立に、隣国も戸惑いを見せている。平和国家・日本はこの1年で、すっかり変貌してしまった。
<民主主義の復活強化>
 こうした一連の極右に向かう変貌は、民主主義を否定することで可能なのだ。
 民意を反映していない。売国奴政権が今の自公政権である。
 ポツダム宣言は、平和政府の樹立を求めている。これにも違反している。

 ポツダム体制への挑戦というと、最初が岸内閣、次いで中曽根内閣、そして安倍・自公内閣である。

 日本国憲法は、このポツダム宣言の精神を昇華させたものである。世界に冠たる平和憲法である。その骨格は9条だ。安倍・自公内閣は、この9条形骸化を大々的に推進している。
 アジア・国際社会への挑戦である。孤立する日本を象徴している。この悪しき潮流を阻止する責任が、主権者の責務である。
                     2014年7月23日記

転載元転載元: 天地の超常現象

主張

「君が代」強制

心のなかの自由を侵すな


 卒業式シーズンを迎えました。4月からは入学式も始まります。子どもたちの門出をみんなで祝う式にしたいものです。ところが、その門出に暗い影をおとしているのが「日の丸・君が代」の強制です。教職員への強制が強まるばかりでなく、一部では子どもたちに大声で「君が代」を歌えという強制も起きています。内心の自由を踏みにじる強制は許されません。

子どもの声量まで報告

 大阪府では、教職員が「君が代」を歌っているか、校長らが口元をチェックし報告するよう府教委が求めています。式の最中に子どもそっちのけで、校長が教職員の口元を監視して回るのですから、こんな異常なことはありません。
 重大なのは、こうした強制が、子どもたちにまで及ぶ事態が一部で起きていることです。
 北海道では、道教委が、卒業・入学式で子どもたちの「君が代」を歌う声量を「歌っている」「おおむね歌っている」「あまり歌っていない」「ほとんど歌っていない」の4段階で校長に報告させています。そして斉唱の状況が不十分だとして、昨年7月に道立学校長や市町村の教育長に「国歌は校歌などふだん斉唱している他の歌と同様、式のなかで実際に歌唱されるよう指導すること」との通知を出しました。これは子どもたちに大きな声で「君が代」を歌うことを強制するものです。
 歌うことは極めてその人の気持ちにかかわります。歌を無理やり歌わせることは、人の心を土足で踏みにじるようなものです。子どもを人間として育てる教育の場でしてはならないことです。
 しかも「日の丸・君が代」は侵略戦争に突き進んだ日本のシンボルでした。「君が代」の歌詞は天皇の世が未来永(えい)劫(ごう)続くようにという意味で、「国民主権にふさわしくない」などさまざまな意見があります。歌いたくないと思う子どもがいても不思議ではありません。
 1999年に「日の丸・君が代」を国旗・国歌に法律で定めたときにも、多くの国民の反対がありました。そのときの国会審議で政府は、法制化しても国民には強制はしないと答弁しています。にもかかわらず「君が代」を大声で歌えと強制するのは、憲法や子どもの権利条約が保障する思想・良心や信教の自由、表現の自由、子どもの意見表明権を侵すものです。
 本来、卒業式や入学式は各学校で自主的に内容を決めておこなわれるべきものです。以前は、卒業生と在校生が対面する形で卒業式を実施するなど、各学校で創意工夫をしてきました。子どもが実行委員会をつくって取り組んできたところもあります。
 ところが「日の丸・君が代」の強制が強まるに伴って、こうした式を実施することが不可能になってきています。「日の丸・君が代」をすべてに優先し、式次第や「日の丸」の位置、会場の設営形式を細かく押し付け、子どもの作品を飾ることもできなくするなどして、式を台無しにしているのです。

成長確かめ合う式を

 卒業式は最後の授業として一人ひとりの成長を確かめ合う場、入学式は最初の授業として希望をともにする場です。強制はやめ、子どもたちを中心に保護者・教職員が話し合い、各学校の自主性を生かした実りある式ができるようにしていく必要があります。

転載元転載元: 世界と日本の政治


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