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このネタの賞味期限が切れないうちに、さらにいじっておきます。 …小泉改革の結果として「勝ち組」と「負け組」の二極化が進んでいるという批判に対抗するため、小泉首相や猪口少子化相が「待ち組」という言葉を使い始めた(略)「待ち組」は、フリーターやニートなど「挑戦しないで様子をうかがう人」を意味する造語。猪口氏は1月31日の記者会見で、「『負け組』は立派だ。その人たちは戦ったのだから。本当に反省すべきは『待ち組』だ」と述べて、フリーターらの奮起を促した。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060204-00000115-yom-polフリーターに「反省」を迫る猪口氏は、フリーターにどっぷり依存している日本の産業構造についてどう考えているんでしょうか。 ちょっとデータを拾ってみました。 ・05年1月〜3月の全労働者に占める非正規雇用の割合は、前年同期から1.1ポイント上昇して過去最高(最悪)の32.3% ・昨年12月の求人に占めるパート比率を92年と比較すると、16.3%から31.8%にほぼ倍増。 ・小泉内閣発足前の00年平均と比べると、正規職員・従業員が222万人減、非正規の職員・従業員は351万人増。 これらの数字の増加は「挑戦しないで様子をうかがう人」が増えたから、ですか? ちょっとまともに考えれば、そんなのデタラメであることくらい分かるでしょう。コスト削減に血眼になる企業が、正規の従業員からフリーターなど企業側にとって都合の良い非正規雇用者へとシフトを進めたから。そんなこと、誰にでも分かります。 もう10年近く前のデータなので現在はもっと増えていると思いますが、日本の業種別パート労働者比率は次の通り。 スーパー 68.9% コンビニ 80.2% ファミレス 85.4% 旅館・ホテル 33.5% 建物サービス 45.5% その他サービス 51.3% もし仮に全てのフリーターが「反省」して起業したり正社員になったりしたら(そもそも「反省」しようがしまいが正社員になれないからフリーターなんですが)、どういうことになるか猪口さん、考えたことありますか? …そこで企業は人件費を削減するために、正社員を減らしてアルバイトやパートを雇います(略)総労働費用を100とすると、実際に賃金として労働者に払われるのは87.6%で、法定福利費などが12.4%、つまり、アルバイトならこの12%あまりの費用を節約できます。さらに、アルバイトの賃金は時給換算で正社員の69.3%ですし、夏冬のボーナスも支給されませんから、アルバイトの人件費は正社員の6割以下。経営者にとっては嬉しいディスカウントです。 フリーターを槍玉にあげるマスコミは少なくありませんが、とりわけ新聞は熱を入れて彼らを叩いています。でも、新聞記者のみなさんも廉価なファミレスやディスカウントショップ、価格破壊のファーストフードを利用していますよね。それはみんな、フリーターのおかげだということを忘れてもらっては困ります。それどころか、新聞配達員の中にもフリーターはいます/企業が使える人件費は無限ではありません。ひとつのパイを分け合っているのです。フリーターが安月給な分、正社員の給料が多くなる。ということは、全員が正社員になった場合、正社員1人あたりの給与は現行水準より大幅に下がるのです。自分の給料が下がるという犠牲を払ってまでフリーターをやめさせる覚悟が、みなさんにはありますか? パオロ・マッツァリーノ著『反社会学講座』〈フリーターのおかげなのです〉より http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872574605/qid=1139314868/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/503-2520258-8282359事実として、もはや非正規雇用の労働者なしには日本の社会は成り立たなくなっています。この大きな構造を無視して、個々のフリーターの意識を問うことは空しい作業です。猪口氏も日々彼らの恩恵に浴しているはずで、感謝こそすれ「反省」を迫るなどとは筋違いも甚だしい。文句を言うなら産業界にどうぞ。100円ショップも牛丼チェーンも潰す覚悟でよろしく。 文責・jinne_lou
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…経済格差を緩和する役割を担うのが政府による所得再分配だ。高所得者には高めの税率をかけたり、生活が苦しい人を生活保護などの社会保障で助けたりすることで、稼いだ時点の所得が大きく開いていても、稼ぎが少なく苦境に立った人にも目配りする。 その調整の度合いを測る指標が、所得格差を示す「ジニ係数」。格差は1に近いほど激しく、0に近いほど小さい。稼いだ時点の当初所得だと、72年の0.353から02年には0.498と格差が広がっている。こうした格差を、高所得者に対する税率をより高くして、低所得者の税負担を軽くする考え方で緩和してきた。 だが政府は、高所得者の稼ぐ意欲を高めて景気を良くするため、として、70年代には75%だった所得税の最高税率を段階的に引き下げ、99年には37%まで引き下げた。いわば「勝ち組」と言える高所得者にやさしい措置だった。その結果、税による所得の再分配機能は大きく低下し、72年には格差を4.3%緩和する効果があったのが、02年は0.8%まで縮小した(以下略) 2/5付『朝日新聞』より この記事でも分かるように、小泉政権以前から政府は一貫して所得の再分配機能を縮小して、積極的に「格差社会」を作り出してきました。にもかかわらず小泉Pは「格差の拡大は確認されない」などという明白な欺瞞をぬけぬけと主張していましたが、根拠となった内閣府提出のデータは、用いるデータによって全く違う結果になるジニ係数を恣意的に解釈したものにすぎません。 その他のデータを見れば、格差の拡大は歴然。00年と05年を比較すると、生活保護世帯は75万世帯→100万世帯超、教育扶助・就学援助を受ける児童・生徒は8.8%→12.8%、貯蓄ゼロ世帯12.4→23.8%。平均年収133万円とされる非正規雇用者の割合は、95年の20.4%から04年31.4%にまで拡大しています。 小泉Pはその後「格差が出るのは別に悪いこととは思っていない」へと“軌道修正”しました。これらの現状を「悪いこととは思っていない」などと言い放つ人間が、本当に総理なんかやっていていいのだろうか? しかし、彼らの発想の根拠は至極単純。総務相の竹中平蔵は、数年前の著書でこのように述べているそうです。 税制による所得再分配は、貧しい家の子が金持ちの子どもからおもちゃを取り上げるようなもの。社会保障は「集団的なたかりみたいなもの」 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-02-05/2006020502_01_0.htmlこれが「政治家」とされる人間の発言であることに、背筋が寒くなる思いです。 彼が慶応大学教授だった当時に語った言葉は、「小泉改革」のイデオロギーをさらに端的に示しています。 経済格差を認めるか認めないか、現実の問題としてはもう我々に選択肢はないのだと思っています。みんなで平等に貧しくなるか、がんばれる人に引っ張ってもらって少しでも底上げを狙うか。道は後者しかないのです/米国では、一部の成功者が全体を引っ張ることによって、全体がかさ上げされて、人々は満足しているわけです。実質賃金はあまり伸びないけれども、それなりに満足しているのです。 (『日経ビジネス』2000年7月10日号)竹中氏はこのほか「明らかに金持ち優遇税制が必要な時期なのです」ともはっきり述べています。これこそが、新自由主義を基調とする小泉政権の方向性と考えて良いでしょう。 「金持ちを優遇すれば、低所得層もそのおこぼれにあずかれる」という思想を「トリックリング・ダウン・エフェクト」と呼ぶそうですが、一部の金持ちとそれ以外の大多数を入り口の段階から差別する社会を、多くの有権者は本当に望んでいるのでしょうか。ここでは人間個人としての尊厳など全く切り捨てられ、「(社会)全体がかさ上げ」されさえすれば良いとする全体主義すらうかがえます。 このようなメンタリティを持つ政治家たちが語る「官から民へ」などという白々しいスローガンを聞いて怒りを覚えない人たちは、本当にどこまでも従順ないい人なんだなぁと尊敬します。 「小泉改革」とやらへの賛否はさておき、その舵取りをしているのはこうしたメンタリティの連中だということを、まず全ての有権者は認識すべきでしょう。 しかし4日付の朝日新聞の世論調査記事を見る限り、とくに若年層では「格差社会」への抵抗感は少ないらしい。「勝ち組」「負け組」は努力の差だから仕方ない、との意識があるようです。本当にそうだろうか? 猪口少子化相は「待ち組」なる造語を用いて「『負け組』は立派だ。その人たちは戦ったのだから。本当に反省すべきは『待ち組』だ」などと主張していますが、社会構造の二極化を個人の努力の問題に矮小化する姑息な欺瞞です。竹中がいみじくも述べているように「一部の成功者が全体を引っ張ることによって、全体がかさ上げ」される構造を意図的に作り出しているのが「小泉改革」であり、「負け組」はそのような格差の固定化を推進する上で必然的に量産されることになります。「待ち組」に反省を迫るのは、6発中5発に弾が込められている拳銃でロシアン・ルーレットをやれと迫るようなもの。真に反省すべきは、弱者に対して「がんばれる人に引っ張ってもらえ」などと、人間の尊厳を無視した屈辱的な人生を強いようとする彼ら新自由主義者です。 |





