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マルクス主義・学習講座 労働組合と国家――資本主義国家と闘う労働組合 (10)最終回 丹沢 望
労働者国家を担う労働組合▼レーニンの「4月テーゼ」
4月3日、亡命先のスイスから、途中のドイツ(ロシアと戦争していた)を「封印列車」(列車外に出られないようにされていた)に乗って通過して帰国したレーニンは、ペトログラードのフィンランド駅で歓迎する労働者に向かって次のように演説した。 「強盗的帝国主義戦争は全ヨーロッパにおける内乱の始まりである」 「同志カール・リープクネヒト(ドイツの革命家)の要請に応じて、ドイツの人民が彼らの武器を彼らの資本家的搾取者に向けるときは遠くはないであろう。いつの日か、たとえそれが今日もしくは明日でなくとも、ヨーロッパの帝国主義全体が壊滅する日は来るだろう。諸氏が成し遂げたロシア革命は、それを開始し、新しい時代を開いた。全世界にわたる社会主義世界革命万歳!」 この演説は、ロシアの現段階の革命はブルジョア民主主義革命であると思い込んでいたボルシェビキの労働者を驚かせた。レーニンは、現在進行中のロシア革命は、プロレタリア革命であり、社会主義革命であり、世界革命であることを力説したからだ。 翌日(4日)、レーニンは自らの見解をまとめて党に提出した。これが「4月テーゼ」(「現在の革命におけるプロレタリアートの任務」)である。 この内容は以下のようなものであった。 ①戦争と平和の問題について。 戦争は臨時政府のもとでもいまなお帝国主義的強盗戦争であるから「革命的祖国防衛主義」にいささかでも譲歩することは許されない。資本を倒さなければ、真に民主的な講和で戦争を終わらせることはできない。 ②国家権力の問題について。 「ロシアにおける現在の時期の特異性は、プロレタリアートの自覚と組織性とが不十分なために、ブルジョアジーに権力を渡した革命の初期の段階から、プロレタリアートと貧農層の手中に権力を渡さなければならない革命の第2の段階への過渡ということにある」とした。 二重権力(ブルジョアジーの権力である臨時政府と、プロレタリアートの権力であるソビエトが両立)が革命主体(プロレタリアート)の立ち遅れによって生じたことを指摘し、プロレタリアートの変革を通してソビエトが臨時政府支持政策をやめ、全権力をソビエトに集中させ、プロレタリア独裁(=社会主義革命)を打ち立てるべきだと主張しているのだ。 コミューン型国家としてのソビエト共和国を建設すること、すなわち「警察、軍隊、官僚の廃止(常備軍を廃止し、武装した人民で置き換える)」「官吏はすべて選挙され、いつでも変えることができるものにし、その俸給は熟練労働者の平均賃金を超えないようにする」ことが提案された。 ③「土地、パン」の課題について。 土地国有化と雇農・農民代表ソビエトによる土地の処理、統合された全国的銀行と社会的生産と生産物の分配への労働者代表ソビエトによる統制によって解決する。 ひとことで言えば、「すべての権力をソビエトへ!」のスローガンに集約される。一切はボルシェビキがソビエトのヘゲモニーを握ることにかけられた。 4月テーゼをめぐる党内論争が始まり、4月14日のボルシェビキ・ペトログラード全市協議会で、レーニンの提案が賛成多数で承認された。 レーニンは、革命の最初の段階でロシアの「国家権力はブルジョアジーの手に移った......この段階で、ロシアにおけるブルジョア革命またはブルジョア民主主義革命は終了した」と明言した。そして旧来の公式である労農民主独裁論を捨て去ることを求めた。 労農民主独裁論は、05年ロシア革命の際に、レーニンが「民主主義革命における社会民主党の二つの戦術」で確立したものだ。 それは、ロシアのプロレタリアートは、ブルジョアジーのヘゲモニーを許さず、プロレタリアートと農民全体との同盟である革命的民主主義的独裁のもとでブルジョア民主主義革命を達成し、プロレタリアートは農民の半プロレタリア分子の支持とヨーロッパの社会主義革命の援助を得て社会主義革命を完成させていくというものだった。 しかし2月革命の現実はそれを超えていた。 事実として「労働者・兵士代表ソビエト」の存在によって「プロレタリアートと農民の革命的民主主義的独裁」はすでに達成されていた。 二重権力と言っても、首都ペトログラードでは、権力は事実上、労兵ソビエトの手中にあった。それはパリ・コミューン型国家の特徴を備えていた。 ゆえに問題は、労兵ソビエト内部でプロレタリア的分子が小ブルジョア的分子から分離し、多数派となって主導権を握り、このような組織的闘いを通じて国家権力をブルジョアジーの臨時政府から労兵ソビエトに移行させることだった。これが社会主義革命であり、プロレタリア独裁国家の樹立であった。 この4月テーゼの路線を4月末の社会民主党協議会で確認した。 ▼『帝国主義論』の意義 レーニンの4月テーゼの核心には「帝国主義論」の確立があった。レーニンは第1次世界大戦におけるドイツ社会民主労働党の裏切りと第2インターナショナルの崩壊を教訓として、世界革命の勝利をかけた実践的=理論的な闘いとして帝国主義の研究を進めた。 1916年春に『帝国主義論』は書かれた。 『帝国主義論』は、帝国主義段階におけるプロレタリア革命=世界革命の理論を基礎づける政治的・軍事的・経済的分析であり、「戦争と革命の時代」に生きるプロレタリアートの基本的な時代認識の土台である。 帝国主義論は、帝国主義戦争を不可避とする帝国主義を「死滅しつつある資本主義」「社会主義革命の前夜」と規定している。帝国主義戦争の爆発が世界危機と革命情勢を成熟させることを明らかにした。革命党とプロレタリアートの戦略的任務として帝国主義戦争の内乱への転化、帝国主義の打倒、プロレタリア革命を提起している。 レーニンは、第1次世界大戦において、祖国防衛を掲げて戦争協力に走った第2インター諸政党を批判したが、『帝国主義論』は、彼ら社会排外主義者の祖国擁護派への転落とその経済的基礎を明らかにし、帝国主義戦争の不可避性を論証することを通してカウツキーの超帝国主義論(帝国主義は相互に融和できるとし帝国主義戦争は不可避論に反対した)を粉砕した。 この『帝国主義論』を持って、レーニンは17年2月革命に登場した。 ▼『国家と革命』の意義 『国家と革命』の内容は本学習講座のテーマであり、随所で繰り返し述べてきた。 『国家と革命』は17年2月革命後、10月革命直前の8〜9月にかけて執筆された。 『国家と革命』の意義は国家とは階級対立の非和解性の産物であり、支配階級の階級支配の機関であること、ブルジョア国家とはブルジョアジーの階級独裁にほかならないというマルクス主義国家論の基本点を明らかにした。 そしてプロレタリア革命はブルジョア国家(ブルジョア独裁)を粉砕する暴力革命として貫徹されること、ブルジョア国家を粉砕した労働者階級人民は、プロレタリアートの独裁(徐々に死滅していくように組織された労働者国家=プロレタリア民主主義)という政治形態のもとでの過渡期を経て、共産主義社会へ移行すること、これを開始したロシア革命の実践的・具体的な課題として提起している。 レーニンは、「帝国主義論」とまだ執筆はされていなかったが「国家と革命」の内容をもって、2月革命を迎えたのである。 ▼すべての権力をソビエトへ ボルシェビキが「4月テーゼ」の立場に明確に立った時に、ソビエト主流派のメンシェビキ、社会革命党(エスエル)は路線的動揺を深め、ついにブルジョア臨時政府に入閣した。敵陣営に移行したのだ。 第1回全ロシア労兵ソビエト大会(6月3日〜24日)では、中央執行委のメンバー構成は、メンシェビキ107、社会革命党102、ボルシェビキ35であった。 一切の鍵は、労働組合の下に団結した労働者が、日々の資本および国家との闘いのなかで、革命的政治意識を獲得していくことができるか否かにあった。労働組合の建設が最重要の課題となった。 ▼工場委員会の決定的意義 ボルシェビキは、革命的情勢下で再び合法化された労働組合を、全力を投じて続々と結成した(6月末には140万人が労働組合や工場委員会に組織)。 同時にボルシェビキは、工場単位で「工場委員会」という組織を作り、資本家や政府との闘いを全面的に展開した。労働者が資本家や政府との闘いを直接経験し、そのなかで政治意識を高め、正しい政治的判断ができるようになるには、なんとしても労働組合の中で団結して集団的に闘う必要があったのだ。労働組合という〝るつぼ〟の中でこそ、革命的労働者が育つということを、ロシアの前衛党はしっかりと把握していた。 この闘いにおいて、工場委員会の闘いは特別の重要性を持った。工場委員会は工場の全労働者が参加する組織であり、全国各地で労働組合がない工場や所属する労働組合が日和見主義的な工場でも作られた。2月革命後、街頭闘争から職場に戻った労働者たちは、この工場委員会に結集して、8時間労働制の要求、反動的職員や管理者の追放、労働者や職員の任免権の獲得によって職場での資本との本格的闘いに突入した。 2月革命で帝政は打倒されたが、資本家の支配が打倒・一掃されたわけではない。資本家は、臨時政府と連携してなんとか生き残ろうとしており、労働者階級による職場の支配を絶対認めない立場に立っていた。国営企業も私企業も、労働者による職場支配権の獲得に抵抗し、サボタージュやロックアウトと、革命的労働者の解雇、物資の隠匿、機材の撤去、移転、生産活動の停止などによって、革命的労働者の闘いを解体しようとしていた。 労働者は生産が停止されれば、たちまち生活できなくなるばかりか、餓死の危険に直面する。だから労働者は、自己防衛のためにも、労働者自身の管理の下で生産を継続しようとしたのだ。労働者たちはそれを妨害する資本家たちは打倒されなければならないということを、工場委員会の下での職場の闘いによって強く感じるようになっていった。 工場委員会に結集した労働者はこういう闘いに敵対する資本家や国営企業の管理者と対決しつつ、資本家による職場支配権を容認し、臨時政府の戦争継続政策を支持していたメンシェビキや社会革命党とも闘う必要があるということも認識し始めた。(メンシェビキはブルジョア革命論の立場から資本家の支配を容認していた) 工場委員会は、既成の御用組合やメンシェビキなどの日和見主義的指導下で新たに設立された労働組合による労働者の闘いの抑制と対抗する決定的テコとなった。工場単位での闘争組織として形成された工場委員会は、現場の労働者の政治的・経済的要求をストレートに反映し、各工場の圧倒的多数の労働者の意思を体現して、産別中央指導部の日和見主義的指導をはね返して現場での闘いを戦闘的に展開した。 当初、鉄道、教員、郵便、印刷、銀行などをはじめとする多くの労働組合の中央指導部のかなりの部分はメンシェビキや社会革命党によって占められていた。メンシェビキが、1905年の革命以降、合法的労働運動路線に転換し、17年に至るまで体制内労働組合を一定維持し、17年2月革命以降もその影響力を駆使して新たな労働組合を結成することができたからだ。 だから既成の労働組合にだけ依拠して労働者階級を革命に組織することは困難であった。ボルシェビキはこういう事情を考慮し、工場という現場で労働者を直接的に組織する工場委員会を重視したのであった。 だから工場委員会の闘いは、常に労働組合の中央指導部やソビエト指導部から妨害を受けたが、現場労働者は、職場での闘いの蓄積のなかで資本家や資本家と協力しているソビエトや労働組合中央指導部の反革命性を次第に見抜く力をつけていった。 ▼ペトログラート市工場委員会の第1回協議会 5月30日、元国会会議場であったタブリーダ宮殿で本当の労働者議会が開かれた。ペトログラートの367の工場委員会を代表する568人の労働者が参加した。労働者33万7464人を代表(ペトログラートの全工場労働者は当時46万人)した。この協議会ではボルシェビキが優勢を占めた。この会議で工場委員会が革命運動の重要な一環に位置づけされ、全国的に計画的・系統的に工場委員会運動が展開されるようになる。 主要決議をレーニンが執筆し、ジノビエフが基調報告を行った。 ボルシェビキは05年以降の労働組合の非合法化時代に、非合法の労働運動を必死で展開し、各地・各工場に組織網を形成していた。この労働運動は、帝政を打倒するための労働運動であり、メンシェビキの合法的労働運動とはまったく異なっていた。規模は小規模であったが、このような労働運動勢力が各工場に形成されていたことが、17年2月以降の工場委員会建設に重要な意味を持った。 17年3月〜10月。全国で工場委は2151の企業で創設(全企業9542企業の22・5%、200人以上の企業では68・7%の企業で工場委員会が形成)。実際にはさらに多いといわれており、基本的な工業中心地で労働者統制が実施されていた。 拠点労組、拠点工場の決定性。ボルシェビキはビボルグ地区などをはじめとして各地区に拠点労組や拠点工場を持っていた。それぞれが数千から数万の動員力を持ち、指導部の指示があれば、いつでも直ちに闘争現場に駆けつけた。一工場や一地区での闘争を直ちに全体化し、闘争現場での力関係を労働者に有利に転換するためには、このような拠点工場、拠点労組は決定的な意味を持った。拠点労組を作り出すことは、革命期こそ重要なのだ。 ▼ソビエトの革命化 6月18日、全国で反戦デモが行われ、7月3日、武装労働者と兵士がペトログラートで街頭行動を開始した。これに対して翌4日、臨時政府の軍隊がデモ隊に発砲した。弾圧が激化し、レーニンは地下に潜った(7月事件)。 ボルシェビキは、党と労働組合、工場委員会の密接な結びつきを強化し、革命の主体としての労働者の階級的獲得に力を注いだ。 当初は日和見主義的勢力が主流派であったソビエトも、労働者の工場委員会の下での職場闘争が全国的に発展するなかで、急速に革命化していった。労働者たちは、ソビエト指導部のメンシェビキや社会革命党などが、工場委員会の闘いを妨害する勢力であり、職場闘争を真剣に闘う勢力ではないことを見抜き、資本家の支配を根本的に打倒する決意と戦略を持つボルシェビキを支持していった。 ソビエトの基盤は労働組合であり、工場委員会や労働組合が職場闘争のなかで、国家と対決して闘うことを通じて革命的に鍛えられたことがソビエトを革命化したのだ。ソビエト内部だけで革命派と日和見主義派の力関係を変えることはできなかった。ソビエトの選出母体である工場委員会や労働組合の執行部権力を革命派が圧倒的に掌握することによってしかソビエト内の力関係を変えることができなかったのだ。 ▼コルニーロフの反乱砕く 労働組合は工場内の資本家との闘いだけでなく、戦争継続反対、臨時政府打倒デモ、革命党への弾圧反対デモ、コルニーロフの反乱粉砕などの政治闘争にも積極的に参加し、革命的情勢を切り開いた。 8月、反革命軍はコルニーロフ将軍によって統合され、首都に進撃しようとした。 だが、これを阻止したのも、鉄道労組によるストライキとサボタージュであり、労働者が工場を反革命の襲撃から防衛するために組織した赤衛隊であった。労働組合は労働者階級が政治的・思想的に武装する場所であったばかりでなく、労働組合を反革命勢力の襲撃から守るための武装自衛の場所でもあった。さらに、本格的な反革命軍の攻撃に対してこれを迎え撃つ民兵部隊を送り出すこともできた。労働者の武装は、このような反革命からの武装自衛の闘いを通じて意識的に進められた。 コルニーロフの反乱をボルシェビキが先頭になって粉砕することによって7月反動は力を失い、ボルシェビキの権威は圧倒的に高まった。 こうして工場委員会や労働組合は、10月革命の直前には、全国に職場闘争と反革命との闘いで鍛えあげられた革命的労働者からなる赤衛隊(2万人)を有していた。工場委員会や労働組合は、労働者の武装組織を将来の革命に備えて、武装自衛組織から独自の民兵組織へと発展させる主軸を担った。 他方、革命化したソビエトは兵士ソビエトの下に結集する多数の軍隊を保有していた。これに対して、臨時政府側は首都においては少数の軍隊しか保有していなかった。力関係は革命的蜂起以前に労働者の側に圧倒的に有利なものになっていた。 ▼武装蜂起で臨時政府打倒 9月、レーニンは臨時政府打倒の武装蜂起を提案したが、古参幹部をはじめボルシェビキ中央委員会は直ちには賛成しなかった。しかし、権力掌握の準備は首都ソビエト議長のトロツキーのもとに進められ、10月12日、反革命からのソビエトの防衛という目的で軍事革命委員会が設置された。臨時政府は、ボルシェビキを攻撃したが、24日には首都の重要拠点はすべて革命派の兵士と労働者赤衛隊の手に制圧され、臨時政府は冬宮に孤立した。25日、軍事委員会は臨時政府の打倒を宣言、冬宮はわずかの戦闘の後に陥落した。 その夜開かれた全ロシア労兵ソビエト大会で、ソビエト権力の行動綱領を盛り込んだアピール、「平和についての布告」「土地についての布告」をレーニンの提案によって可決した。レーニン首班、トロツキー外務人民委員の臨時労農政府、人民委員会議が選出された。だから10月革命はほとんど無血で労働者階級が勝利した。階級的な労働運動が全国的に発展すれば、こういう情勢を作り出すことは十分に可能なのだ。 各地でケレンスキー側の反革命軍との内戦が戦われ、革命軍が勝利していった。 ロシア革命は、帝国主義を打倒して初めて労働者階級が国家権力を握った革命であり、帝国主義から社会主義への世界史の過渡期を切り開いた。 ▼労働者国家を担う労働組合 10月革命後に建設された労働者国家は、国内に残存する反革命軍の攻撃と米・日・英などの帝国主義諸国の干渉戦争と対決しながら、社会主義社会の建設を進めるという困難きわまりない任務に直面した。この任務を担ったのも労働組合であった。 労働組合は革命の過程で、工場の管理・経営を自力で担う経験を積み、政治能力・組織能力を持つ大量の労働者を生み出した。こういう能力を持った労働者が大量にいたから、労働者国家の危機を乗り切り、新たな社会の基礎を築くことができた。現場を知り尽くした労働者は企業の幹部を追放した後、ただちに生産計画や人員配置などの企業の運営を担った。 労働組合は全国的組織網を持つ組織として、全国的生産計画の立案や情報の伝達などで有利な位置を占めていた。 ▼軍事面ではどうであったか 革命に参加した大部分の農村出身の兵士たちが10月革命後、農村に戻ったため、反革命軍や外国の干渉軍と対決したのは、革命の過程で工場を防衛する部隊として作られた労働者赤衛隊と民兵および一部の革命的水兵たちであった。 だが、1918年以降激化した数十万人の国内反革命軍との内戦と、重武装の帝国主義干渉軍との革命戦争に勝利するためにはこれでは不十分であり、労農赤軍という新たな正規軍が創設された。 この軍隊の主柱となったのも労働組合であった。労働組合はわずか数カ月で30万人の労働者を赤軍に送り、さらに農村に入って農民を赤軍に組織した。このため19年10月までに300万人の労農赤軍が建設された。労働組合のこのような闘いがあって初めて、ソビエトは内戦と干渉戦争に勝利することができた。 こうした組織活動は労働組合なしには不可能であった(なお、この過程で、全人民を武装する民兵制度はいったん廃止された)。 ▼「労働組合の国家化」 他方、労働者国家の建設の面でも、労働組合は重要な役割を果たした。既成の国家機構を解体したソビエト政府は、「労働組合の国家化」という政策を打ち出した。 この政策は、労働組合が、生産・分配管理や、食糧の調達、労働規律の強化などの本来国家が行うべき事業の責任を取り、国家の経済政策全般を管理する最高国民経済会議の主要メンバーとなるというものであった。 社会主義社会の運営を労働組合に任せる政策。300万人の組合員と、数十万の経験を積んだ活動家を擁する労働組合はこの政策を圧倒的に支持し、革命的情熱に燃えて続々と国家活動に参加し、戦争と内戦で崩壊的危機に瀕した経済の再建に取り組んだ。 この政策は、結果的には当時のロシアの労働者の政治的・文化的水準の問題を原因として、さまざまな経済運営上の混乱をもたらし、その変更を迫られた。だが、労働者国家の建設に多数の労働者が直接参加したことは、労働者が社会の主人公であることを自覚し、国家統治の経験を積む決定的契機となった ▼労働組合の役割の転換 労働者が真に社会の主人公になり、国家活動の一切を担うためには、労働者は経済の管理能力を高め、統治能力を強化することが必要だった。そのためには、労働組合がそうした能力を獲得するための学校と位置づけられた(労働組合は共産主義の学校)。 当面の国家の運営は、労働組合も部分的に参加するが、基本的にはソビエト国家の専門家や官僚に任される。だが、それをそのまま続けるわけではない。できるだけ早い時期に労働者自らが国家を運営できるようにするという観点から、こういう政策が採られた。社会主義社会の管理に参加しつつ管理を学び、労働組合が将来的にすべての国家運営を担当するようにすることが目的だった。 管理の経験を積んだ大量の(人口の1割程度だが)の労働者の形成で、労働者階級は社会主義を建設できる(日本では労働組合への組織労働者は人口の2割程度だが、革命の過程で爆発的に増える)。 レーニンは官僚主義との闘いのためにも、労働組合が大きな役割を果たすという点にも注目していた。 以上のようにロシア革命において労働組合が果たした役割は決定的だ。労働組合に団結し、2月革命以降の闘いで鍛え上げられた労働者階級こそが、10月革命を勝利させ、労働者国家建設の事業を勝利させた主体だったのだ。労働組合に多くの労働者が結集し、革命的政治闘争に積極的に関与することなしにロシア革命を勝利させることは絶対にできなかった。 この勝利の上に労働者階級は労働者国家の指導権を握り、階級そのものを消滅させ、国家を死滅させる過程に入るはずであった。だが、この闘いは未完に終わった。 スターリンが党と官僚の独裁体制を確立し、労働組合を破壊することによって労働者国家を変質させたからだ。それは労働者自己解放の思想を解体し、世界の労働運動、革命運動に破壊的影響を与えた。 このようなスターリン主義の反革命的影響力を今こそ一掃し、末期的危機に直面して絶望的な延命政策としての新自由主義政策を全面展開している資本家と資本家の政府を打ち倒すために、階級的労働運動を復権し、圧倒的に推進しよう。 (終わり)
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参考資料
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安倍内閣の支持率がガタガタだ。 共同通信社が20、21日に行った世論調査で、安倍内閣の支持率は前回5月(49.9%)から2.5ポイント下落し、47.4%となった。不支持率は前回(38.0%)から5.0ポイントも増え、43.0%まで上昇した。いよいよ支持と不支持が拮抗してきた。 不支持の急上昇は安保法案の審議が大きく影響しているのは間違いない。安保法案については、「憲法に違反していると思う」という回答が56.7%に上った。「違反していると思わない」は29.2%だった。 安保法案自体に「反対」も、58.7%で前回(47.6%)から10ポイント以上増えた。一方、「賛成」は27.8%にすぎず、前回(35.4%)から7.6ポイントも減った。中でも、公明党支持層で「反対」が急増している。「反対」が47.2%(前回35.1%)まで上昇し、「賛成」は36.6%(同53.9%)に下落。ついに賛否が逆転した。 参院は自民党だけでは過半数に満たないため、安保法案の審議では、安倍政権は公明党への一層の配慮が必要になる。公明党支持層でも法案への「反対」が「賛成」を上回ったことで、公明党の態度が硬化すれば、安倍首相が苦しめられるのは確実だ。
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新安保法制 集団的自衛権 際限なき「例外」の拡大
安全保障関連法案 を審議する衆院特別委員会は、安倍晋三首相が出席して質疑を続行した。序盤の論戦では、早くも政府の説明にほころびが目立っている。
特に法案の柱である 集団的自衛権 行使容認をめぐり、武力行使の新3要件が歯止めにならないことがあらためて浮き彫りになった。首相は「海外派兵 」を否定し、戦後日本の安保政策の基本方針である専守防衛に「いささかの変更もない」と述べた。
一方で中東・ホルムズ海峡での機雷掃海は「例外」として可能だとし、その他にも例外があることを示唆している。首相の説明が矛盾するのは、憲法9条の解釈を無理やり変えて集団的自衛権行使を容認した昨年7月の閣議決定と、9条の下で堅持してきた安保政策との間で整合性がとれなくなっているからだ。
閣議決定と、それに基づく関連法案は撤回すべきだ。首相は答弁で、海外派兵について「憲法上、一般に許されない」とあらためて否定する一方で、「例外も全く排除していない」と言明した。
その上でホルムズ海峡での機雷掃海以外の例外は「念頭にない」と述べたが、他国領海での米艦防護に含みを持たせた。9条に基づけば海外派兵は許されないが、法案では武力行使の新3要件に該当すれば派兵できることになっている。首相答弁のつじつまが合わないのはこのためだ。
中東での機雷封鎖が、集団的自衛権を行使する「存立危機事態」に当たるかも怪しくなってきた。岸田文雄外相は「軍事的な観点がなく、経済的な観点のみ」では他国軍を後方支援 する「重要影響事態」に該当しないと説明した。
中東の機雷封鎖が経済的観点からのみの影響にとどまるなら、後方支援さえ許されないということだ。当然、より深刻な存立危機事態には当たらず、集団的自衛権による掃海はできないことになる。
首相は審議冒頭、民主党議員の質問中に「早く質問しろよ」とヤジを飛ばしたことについて謝罪した。先週の審議でも、質問されていないことを延々と説明し、注意されたばかりだ。
共同通信社の世論調査では、政府が関連法案を「十分に説明しているとは思わない」との回答が8割を超えた。国会を侮辱するような姿勢を続けるなら、法案への国民の理解は遠のく一方である。
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ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報テロを避ける唯一の方法:日本はイスラエルへの「関与」を今はやめるべきであるhttp://livedoor.blogimg.jp/bilderberg54/imgs/e/1/e12363f9.jpg
アルルの男・ヒロシです。イスラム国が殺害予告した日本人二人の人質事件について簡潔に分析します。 結論から言えば、このことによって、日本は「イスラム原理主義とのテロとの戦い」という「十字軍」の一員に仕立てあげられるということです。このことが、今通常国会の「安保法制審議」に影響を与える。 私がこの可能性に気づいたのは安倍首相のイスラエル訪問の際になぜか、中東歴訪中の共和党ジョン・マケイン米上院軍事委員長とわざわざ面会しているということに気づいたからだ。マケインは米国でも有数のタカ派、反イスラム原理主義派であり、同時に反ロシア、プーチン派である。要するに軍需産業の代理人だ。 (引用開始) 首相、米上院議員と会談…安保協力強化呼びかけ 読売新聞 2015年01月20日 10時38分
【エルサレム=寺口亮一】安倍首相は19日夕(日本時間20日未明)、イスラエル・エルサレムで、同国を訪れているジョン・マケイン米上院軍事委員長(共和党)ら米上院議員7人の訪問を受けた。 首相は「戦火を交えた日米両国が戦後、和解して強固な同盟国となった。今後も連携して、地域と世界の平和と繁栄に貢献していきたい」と述べ、日米の安全保障協力強化を呼びかけた。マケイン氏は、沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題などの米軍再編を進めることが重要だと強調した。 上院軍事委員長は、米軍再編予算の決定などに大きな権限を持っている。 (引用終わり) マケインのツイッターに面会の写真があった。 http://livedoor.blogimg.jp/bilderberg54/imgs/d/3/d37a72b7-s.png さらに、その前にイスラエルの首相のネタニヤフは安倍首相との会談で、「日本もテロの巻き込まれるおそれがある」と指摘していた。 (引用開始) ネタニヤフ氏「日本もテロに巻き込まれる恐れ」 読売新聞 2015年01月19日 19時04分
【エルサレム=寺口亮一】安倍首相は18日午後(日本時間19日未明)、イスラエル・エルサレムで同国のネタニヤフ首相と会談した。
両首相は、ユダヤ人の犠牲者も出たフランスの連続銃撃テロ事件を厳しく非難した上で、テロ対策で連携を強化する方針で一致した。安倍首相は、イスラエルとパレスチナによる中東和平交渉の早期再開をネタニヤフ氏に呼びかけた。 安倍首相は「卑劣なテロは、いかなる理由でも許されない。国際社会と緊密に協力し、テロとの戦いに引き続き取り組む」と表明した。ネタニヤフ氏は「世界的にテロの動きに直面している。日本も巻き込まれる可能性があり、注意しなければいけない」と述べた。 (引用終わり) そして、イスラエル首相の発言の二日後に日本がテロに巻き込まれていることがわかったわけである。偶然にしては出来過ぎである。安倍首相がこれまで発言していた「積極的平和主義」というものの責任をみずから取らされることになった。 イスラム国が人質殺害予告ビデオを公開したタイミングが重要である。この演説は明らかに安部晋三首相の中東歴訪開始後に作成されている。撮影場所がスタジオであるか、実際のシリアの砂漠であるかはどうでもよい。「2億ドルのイスラム国対策支援」をあげていることからも分かる。 イスラエルを支持する文脈での「テロとの戦い」という視点で物事を見る「仮説」をたてることが重要ではないかと思う。イスラエルと戦っているハマスというパレスチナの過激派を作ったのはモサドではないかという話がある。このことの真偽はともかく、ハマス幹部の息子がイスラエルに内通し、イスラエル総保安局シン・ベトに協力していたという本が少し前に話題になった。(『ハマスの息子』)イスラム国にも同様の情報網がイスラエルにはできている可能性は十分にある。
これにネオコン派のマケインが中東で暗躍しているのが非常に気になる。日本は知らない間に、イスラエルとパレスチナの戦いのイスラエル側にたって参加させられることになったのではないか。マケインは戦争を煽るプロフェッショナルで、ロシアとウクライナの対立にもウクライナを焚きつける役割をしていた。 言ってみれば、今の中東地域、イラク、シリアのイスラム国支配地域は、かつての旧満州周辺の馬賊が支配するような軍閥割拠地域であるだろう。そういうところに反シリアのアサド政権の文脈でアメリカが支援したイスラム過激派が紛れ込み、それが「ブローバック」となって、イスラム国が生まれた。
それでもマケインのような過激派は、そうなったらそうなったで、「ならばイスラム国も潰す。別の反アサド勢力を育てるまでだ」というだけだろう。ツイッター上で、ジョン・マケインという政治家は「馬賊の長」だと書いていた人がいたが、言い得て妙だ。おそらくは「アラビアのロレンス伝説」も似たようなものだろう。 ネオコンは世界中に戦争の種をまき散らしている。これとオバマ大統領は戦っている。
イスラエルがリクード政権のネタニヤフという危険なネオコンとつながっている指導者に率いられている今、安倍首相はネタニヤフとの結束をアピールするべきではなかった。これは反ユダヤ主義でもなんでもなく、イスラエルの外交政策、とりわけ、パレスチナへの入植政策が問題であるということだ。そのことを安倍首相は理解していたはずなのに、みずから墓穴をほってしまった。 かくして「テロに屈するな」というスローガンが飛び交うことになる。安倍首相のイスラエル外交が日本をその地獄の淵に引き寄せた、というのが後世の歴史家の適正な評価となるだろう。
私の分析を述べる。安部晋三がイスラエルと組んで日本を「テロとの戦い」に参加させようとしていたかは未だ分からない。安倍は騙されただけかもしれないが、日本をイスラエルの準同盟国にしようとする動きは水面下で進んでいた。 今回の中東歴訪で安倍首相がやろうとしていたことは、イスラエルとの投資協定である。これがもっとも重要なアジェンダだった。
(引用開始)
投資協定の年内締結で一致 日イスラエル首脳会談
日経新聞 2015/1/19 21:08 (2015/1/20 0:14更新) 【エルサレム=坂口幸裕】安倍晋三首相は19日、イスラエル首相府でネタニヤフ首相と会談した。両首相は自由貿易協定(FTA)の締結を視野に、投資協定の年内締結を目指すことで一致した。イスラエルの企業が日本での経済活動を拡大させるため、東京に続いて新たに大阪に貿易事務所を開設すると申し合わせた。 ネタニヤフ首相は投資協定について「今年末までに締結することをターゲットとしよう」と提案。安倍首相も「今年中の妥結を目標として頑張ろう」と応じ、両首脳から担当者に協議を加速するよう指示する方針を確認した。
投資協定を結ぶと、相手国に進出した企業が現地企業並みの待遇を受けられたりするなどの利点がある。投資財産の保護や規制ルールなどが明確になるため、企業が投資しやすくなる。
. 今回、安倍首相には大手電機や食品メーカーなど30社近くが同行するなど、イスラエルへの日本企業の関心は高まっている。同国にはソフトウエアやサイバーセキュリティー、医療などで世界最先端の技術を持つ企業がある。 安倍首相は19日、ネタニヤフ首相との共同記者発表で「経済界同士の相互交流の活発化など両国経済関係の進展を期待する」と述べた。
ネタニヤフ首相は18日の安倍首相との少人数会談でも「投資協定やFTA締結に向けて動きを進めたい」と提唱した。安倍首相は「投資協定を含めてFTAに関しては各国と積極的に進める立場だ」と応じた。
イスラエル政府は4日、日本との経済協力関係を強化する計画を閣議決定した。今後3年間で数十億円規模の投資で集中的に連携を進め、2017年までに日本からの観光客を45%増やす目標も打ち出した。
イスラエル中央統計局によると、13年の日本からの輸入額は11億1千万ドル(1302億円)で自動車や電気機器、化学品が多い。イスラエルから日本への輸出額は7億2千万ドル(844億円)で工学・医療機器や機械・電子機器などが上位を占める。同国の人口は818万人(14年5月時点)だが、1人あたり国内総生産(GDP)は日本と同規模で経済は好調だ。
(引用終わり)
イスラエルとの投資協定を結ぶということは、イスラエルの電子機器などの軍事転用可能な製品を共同研究するということでもある。ここで日米イスラエルの軍需産業が連携しているという構図になってしまう。アラブ諸国はそのように見るはずだ。
日本がイスラエルと連携する理由は何もない。日本にとって中東諸国が重要なのは、中東の資源を日本が輸入し、日本の電力プラントを中東諸国に輸出することにある。UAEのような諸国との連携を深めることは重要でも、いま、ガザ侵攻やパレスチナ国家樹立に反対するイスラエルと連携する理由はない。 その辺のことはいくら外務省がバカでも理解しているはずだ。だから、安倍首相は今回の中東訪問において、イスラエル紙に次のようなイスラエルのリクード政権の入植政策を批判する寄稿を行った。
(引用開始)
安倍首相:「入植政策は国際法違反」イスラエル紙に寄稿
毎日新聞 2015年01月20日 11時04分(最終更新 01月20日 12時12分) 【エルサレム大治朋子】イスラエルを訪問中の安倍晋三首相は地元紙「イディオト・アハロノト」(19日付)に寄稿し、イスラエルが推進するユダヤ人入植(住宅)地の建設について「国際社会が国際法違反とみなす」ものだとして、改めて見直しを求めた。入植地拡大政策はパレスチナとの中東和平交渉再開の大きな障害となっており、改めて「苦言」を呈した形だ。
年明けに起きたパリでのイスラム原理主義派による風刺新聞襲撃事件の後にも、ネタニヤフは、わざわざパリに出かけ、フランスのオランド大統領やドイツのメルケル首相が参加するデモンストレーションに参加している。イスラエルの左派系のハーレツ紙によれば、「オランド大統領はネタニヤフにパリのデモ行進に来るなと伝えていた。ネタニヤフがイベントを利用しフランスのユダヤ人について演説することを懸念していた」ということである。つまり、イスラム原理主義のテロをシオニズムのプロパガンダに使われることを欧州はものすごく嫌がっているということだ。(http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/.premium-1.636557) これにネオコン派のマケインが中東で暗躍しているのが非常に気になる。日本は知らない間に、イスラエルとパレスチナの戦いのイスラエル側にたって参加させられることになったのではないか。マケインは戦争を煽るプロフェッショナルで、ロシアとウクライナの対立にもウクライナを焚きつける役割をしていた。 言ってみれば、今の中東地域、イラク、シリアのイスラム国支配地域は、かつての旧満州周辺の馬賊が支配するような軍閥割拠地域であるだろう。そういうところに反シリアのアサド政権の文脈でアメリカが支援したイスラム過激派が紛れ込み、それが「ブローバック」となって、イスラム国が生まれた。それでもマケインのような過激派は、そうなったらそうなったで、「ならばイスラム国も潰す。別の反アサド勢力を育てるまでだ」というだけだろう。ツイッター上で、ジョン・マケインという政治家は「馬賊の長」だと書いていた人がいたが、言い得て妙だ。おそらくは「アラビアのロレンス伝説」も似たようなものだろう。 ネオコンは世界中に戦争の種をまき散らしている。これとオバマ大統領は戦っている。
イスラエルがリクード政権のネタニヤフという危険なネオコンとつながっている指導者に率いられている今、安倍首相はネタニヤフとの結束をアピールするべきではなかった。これは反ユダヤ主義でもなんでもなく、イスラエルの外交政策、とりわけ、パレスチナへの入植政策が問題であるということだ。そのことを安倍首相は理解していたはずなのに、みずから墓穴をほってしまった。 かくして「テロに屈するな」というスローガンが飛び交うことになる。安倍首相のイスラエル外交が日本をその地獄の淵に引き寄せた、というのが後世の歴史家の適正な評価となるだろう。
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新ベンチャー革命2015年1月22日 No.1047
タイトル:国民はみんな、対日脅迫しているイスラム国の背後に米国某勢力が控えていると疑うべし:日本政府もマスコミも真実を隠していると知れ!
1.安倍首相の中東訪問に合わせて、イスラム国が対日脅迫ビデオをネットに流す
本ブログでは今回の安倍首相の唐突な中東訪問(注1)と2014年1月20日に起きたイスラム国の対日脅迫ビデオ事件(注2)はすべてリンクしているとみています。このシナリオを描いているのは米国戦争屋CIAネオコンとみて間違いないでしょう。
本ブログは米国戦争屋のウォッチをメインテーマとしています。筆者は、16年半に及ぶ米国シンクタンク・SRIインターナショナル勤務の経験を活かして彼らを長年ウォッチしてきて、彼らのクセや行動パターンがよく読めるようになりました。
そして、今年、イスラム過激派を犯人に仕立てる対日偽旗テロ事件が起こることを本ブログ前号(注3)にて予言しました。そしたら、その投稿(No.1046)をネットにアップしたと同時タイミングで、上記、イスラム国による対日脅迫テロ事件が勃発しました。
今回のイスラム国の対日脅迫ビデオは合成であることを日本のテレビ局は公表しました。これは一歩前進と評価できます。このことから、多くの能天気国民も、イスラム国とはいったい何者かと、その正体に疑問を持ち始めるでしょう。
2.イスラム教徒なら、イスラム国という名前を使ってテロはしないはず
今回、対日脅迫を実行しているイスラム国がイスラム教徒ともアラブ人とも無関係であることは、その命名からすぐにわかります。ホンモノのイスラム教徒やイスラム教信者のアラブ人なら、わざわざイスラム国と名乗ってテロをやるはずがないのです。
さて、このイスラム国はイスラム教国・シリアのアサド政権と敵対していますから、かつてのFSA(自由シリア軍)と同系統の反シリア政府軍の組織です。米戦争屋はアサド政権崩壊を狙っていますから、米戦争屋CIAネオコンはFSAを支援してきました。この事実からだけでも、FSAやイスラム国の背後に米戦争屋CIAネオコンが控えているとわかります。また、イスラム国指導者・バグダディと米戦争屋のエージェント・マケイン米上院議員がツーショットで写っている画像がネットにアップされていますから、イスラム国と米戦争屋はつながっているとわかります。
3.シリアで山本美香さんを惨殺したFSAとイスラム国はともに反米アサド政権と敵対している
イスラム国と同系統のFSAは親米(厳密には親・米戦争屋)だったので、日本テレビの依頼でシリアに入国して惨殺された山本美香さんはFSAに護衛されて取材していて、シリア政府軍に狙撃されたことになっています、日本では・・・(注4)。ところが、本ブログでは山本美香さんは実際はFSAに殺されたとみなしています(注5)。この事件は、シリア政府軍が犯人にでっち上げられています。
ちなみに、親・米戦争屋のはずのFSAには米戦争屋の敵であるはずのアルカイダ(9.11事件の犯人に仕立てられている)が混じっていました(注6)。
ところでFSAとイスラム国は対立しているという報道もありますが、彼らの敵はアサド政権下のシリア政府軍であり、所詮、同じ穴のムジナです。
4.イスラム国の人質にされた湯川氏は安倍氏の強行する集団的自衛権導入に利用されている
昨年8月にイスラム国に拉致された湯川さんは今回のイスラム国の対日脅迫に人質として利用されていますが、本ブログでは湯川氏拉致事件発生時から、この事件は、安倍氏の強行する集団的自衛権導入に利用するためと読んでいました(注7)。
このことから、安倍氏は、いずれ、米戦争屋の命令通り集団的自衛権導入を強行させられるはずです、そして自衛隊が米軍の傭兵としてシリア周辺国に派遣され、必要に応じて、米地上軍のシリア侵攻に加担して、戦闘行為をやらされる可能性がいっそう強まりました。
これらはすべて、米戦争屋CIAネオコンおよび米戦争屋ジャパンハンドラー連中の描いたシナリオ通りです。
このシナリオはあまりにミエミエですが、自衛隊員がシリアで犠牲になっても、それは、米戦争屋を利するだけで、われら国民にはなんら関係がありません。第二次世界大戦のときに犠牲になった日本兵には祖国を守るという大義があったのですが、米戦争屋の企むシリア侵攻では自衛隊は米軍の傭兵にされるだけです。まさにエクスペンダブル(使い捨て)そのものです。ちなみに、イスラム国の傭兵も同じで、彼らはイスラム国の背後に米戦争屋が控えていることも知らないでしょう。
5.われら日本国民は全員、イスラム国の背後に米戦争屋が控えていることを知るべき
自衛隊員の犬死を未然に防止するには、とにかく、対日脅迫しているイスラム国の背後に、日本を属国支配する米戦争屋が控えていることを日本国民がみんなしっかり認識することです。すべてはこの認識から始まります。
イスラム国に関する現在の日本のマスコミの報道では、イスラム国の背後に米戦争屋(マケイン米上院議員を含む)が控えていることは国民に伏せられています。この現実を無視したイスラム国報道はまったく無意味です。
われら国民はイスラム国報道に関して、日本政府もマスコミも肝心なことを国民に知らせていないことを認識すべきです、それを知ったら、到底、安倍自民党を支持することはできないはずです。
注1:本ブログNo.1043『パリ・テロ事件の後、安倍首相が唐突に中東訪問:米国某勢力の企むシリア侵攻に安倍首相・日本政府はわれらの血税と自衛隊員を湯水のように提供する気か』2015年1月15日
注2:日経新聞“拘束邦人は湯川・後藤氏 政府判断、「イスラム国」犯行濃厚”2015年1月21日
注3:本ブログNo.1046『シリア侵攻を企む勢力に属する某国首相が日本でもパリ・テロ同様にイスラム過激派テロ(偽旗)が起こるかもしれないと警告、みんな要注意!』2015年1月20日
注4:山本美香
注5:本ブログNo.635『シリア取材の山本美香さん殺害真犯人が自由シリア軍FSAであることが日本国民に知れるとなぜ、まずいのか』 2012年9月2日
注6:本ブログNo.630『日本テレビの依頼でシリア取材して銃殺された日本人女性カメラマンを案内した反政府の自由シリア軍FSAには凶暴なアルカイダが混じっている?』 2012年8月27日
注7:本ブログNo.954『戦場レポーターの故・山本氏に次ぐ湯川氏の拘束事件がシリアで発生:安倍政権の急ぐ集団的自衛権導入(米軍傭兵化)を正当化するための生贄か』 2014年8月19日
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