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原子力問題

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倉本聰・福島原発事故を風化させないで欲しい〔2〕

「思いもかけない言葉で傷ついた」
     
 ――倉本さんが主宰する富良野GROUPの舞台『ノクターン―夜想曲』が2015年、全国公演されます。東日本大震災と原発事故で甚大な被害を受けた福島を舞台に、書き下ろした作品です。2013年初演されたということですが、台本を書くにあたり、被災地での取材を重ねられたそうですね。現場の皆さんはすぐに取材に応じてくれるものですか。

 倉本 当然、最初は抵抗を示します。被災地である南相馬やいわきへも何度も足を運び、住民に話をしてもらおうと試みましたが、僕たちの本気度を徐々に理解してもらい、胸襟を開いて話をしてもらうまではかなりの時間を要しました。理詰めで説得するより、誠意を示すしかありません。そのぶん、胸中を吐露してくれた現地の方がたとはいまでも深い付き合いをしています。

 廃炉作業中の福島第一原発(F1)の免震重要棟まで入らせてもらい、取材もしました。2011年の3月11日に事故が起きた際に、F1から逃げ出そうとした人もいれば、決死隊として中に入り、原子炉を冷却するために注水し続けた人たちもいました。いざというときに逃げる人間と身を挺して立ち向かう人間の違いは何か、考えさせられるいい機会でした。

 今度の舞台では、逃げてしまった側のトラウマや罪の意識を描きます。

 舞台のイメージを固めるために、放棄された人気のない町にも足を運びました。空っぽの家を覗くと、ネズミの糞だらけ。田畑ではイノシシによって作物が食い荒らされ、牛が道路を闊歩するなど非日常的な光景が眼前に飛び込んできます。一軒ずつ家屋を眺めながら「この家の持ち主はどれほどのローンを借りたのか」「希望に満ちて生活をしていたのだろうか」「小さい子供がいたんだな」と思いを馳せていると、ドラマは際限なく生まれてきます。

 ――福島で見た光景すべてが脚本家・倉本聰を刺激したということですね。

 倉本 僕は戦後に作家になりましたが、そのころは大岡昇平さんや野間宏さんなど戦地から帰還した作家がたくさんいました。おかしな言い方ですが、戦地の極限状態を体験した彼らに対して、作家として羨ましいと思ったことがあります。一方でいまの時代は人間の死に真正面から向き合い、生について考える機会はめったにありません。

 先日、夢枕獏さんも「自分の『原風景』がないことがコンプレックスだ」と漏らしていました。

 しかし、今度の原発事故の経験は大きかった。これまでに原発を扱ったコンテンツのほとんどがドキュメントタッチによるものでしたが、今後は3・11を経験した世代のつくり手が、フィクションとしての映画や小説を通して福島の悲惨な現状を伝えるようになるのではないでしょうか。

 ――先ほどの話に出た「原発から逃げた人びと」は、具体的にどのような人たちだったのですか。

 倉本 たとえば、避難区域の病院で働いていた看護師さんです。「自主判断に任せる」といわれ、家族を守るために病院を離れざるをえなかった看護師さんは、逃げる前に、寝たきりの患者の枕元に握り飯を二つ置いていったようです。どのような気持ちで、看護師たちは職場を離れたのか。追跡調査してわかったことは、彼ら、彼女らの逃げているあいだの葛藤や苦しみには凄まじいものがあった、ということです。

 震災後、一斉に津波を撮りに飛び出した『福島民友』の記者からも話を聞きました。ある記者はシャッターチャンスを待ちながら津波を撮ろうとした。

 ところが、別の記者が持っていたカメラには津波の写真がまったくない。周りにいた避難した人たちの話では「あの記者がみんなを避難誘導してくれた」というのです。『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』(KADOKAWA・門田隆将著)という本にも書かれていますが、3週間後にこの記者の遺体が見つかるのです。

 ――実際に芝居のモデルになった人たちも舞台を観にいらっしゃるのでしょうか。

 倉本 観てくれたらうれしいけれど、こちらとしては怖いですよ。2013年8月に富良野市で行なわれた「初演」の実験舞台では、被災地の方も含めて全国から来た人に原発事故の不条理さについての舞台を観てもらいました。なかには涙を流しながら観てくれるお客さんもいましたが、「思いもかけない言葉で傷ついた」という声もありましたよ。

 とくに今回、福島では計5回の公演を行ないますが、台詞の端々で被災者の方々を傷つけてしまわないか、すごく神経を使います。

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転載元転載元: ぐう、ちゃんの一言!!

廃炉工程先送り検討 福島第1原発、除染難航
燃料取り出し開始へ 一層効果見える対策必要
高齢者には未体験ゾーンの始まり」 五木寛之氏年
歴史を偽造する、「日本会議」批判? 戦争の歴史学び考えること大切」 
 
メルトダウン事故を起こした福島第一、事故後、4年を迎えるが、復旧のめどが見えない。
このままでは、チェリノブイリと同じく、自然放置され、数百年、否、数千年放置されることになるのではなかろうか?
広大なロシアと違って、狭い日本の国土にとっては、大変な問題と言えよう。
しかも、再稼働によって、再び、原発事故の発生が危惧される中で、日本崩壊にもつながりかねない状況である。
「事故が起きない」という前提だったが、原発建設100年タームの中で、もう、大きな事故、チェリノブイリ、スリーマイル、福島と、3度も過酷事故が発生しているのである
とりわけ、地震・火山国日本で、再び原発事故が起きないと言う保証はなかろう。
福井あるいは九州で事故が発生すれば、日本崩壊の危機すらもたらしかねない。
原発再稼働・推進を目指す安倍政権は、安倍政権が好む「戦前の価値観」で判断すれば、「国賊」に値すると警告しておきたい。
−−−
五木寛之氏が日刊ゲンダイに面白い見解を述べている。氏の主張は、正論と言っておきたい。
−−−
平成天皇が、新年のあいさつで、意味深長な発言をしている。
「戦争の歴史学び考えること大切」との発言であるが、私は、これを、「日本会議」や「安倍政権」に対する批判と理解している。
安倍政権の危険性を示した発言と見るべきであろう。
以上、雑感。
 
☆☆☆

原発事故から丸4年 燃料取り出し開始へ 一層効果見える対策必要

( 2015/01/01 10:22 カテゴリー:主要 ) 福島民報

http://www.minpo.jp/news/detail/2015010120152

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の発生から丸4年を迎える平成27年が始まった。国と東電は福島第一原発の汚染水対策を本格化させるとともに、困難な作業が想定される高線量下の燃料取り出しを開始する。完了まで30〜40年かかる廃炉工程の中、効果が見える一層の対策と着実な作業が求められている
 1日約400トンの地下水が原子炉建屋に流れ込み汚染水となっている。1〜4号機建屋周囲の土を凍らせる凍土遮水壁は3月から凍結運転を予定。建屋への地下水流入を大幅に減らす能力がある。ただ、前例のない大規模工事に実現性を疑問視する専門家もいる
 建屋周辺のサブドレン(井戸)でくみ上げた地下水を浄化して海に流す計画は、汚染水となる地下水の建屋への流入を半減する効果が期待される。だが、漁業関係者らの理解を得られておらず運用時期は不透明だ。
 敷地内の地上タンクに貯蔵された汚染水の浄化に向けた処理では、62種の放射性物質を取り除く多核種除去設備(ALPS)に加え、放射性ストロンチウムの除去装置を稼働し、3月末までの浄化完了を目指す。
 3号機では、27年度前半に使用済み核燃料プールからの燃料取り出しに着手する。昨年12月に完了した4号機と異なり、周辺の放射線量が高いプールから初めての燃料取り出しとなる。作業環境の確保に向けた線量低減やトラブル防止策、遠隔操作での技術開発などが急がれる

☆☆☆

玄海原発使用済み核燃料 九電、乾式貯蔵を検討

2015年01月01日 10時24分  佐賀新聞

http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/141403

 九州電力の瓜生道明社長(65)は31日までに共同通信などのインタビューに応じ、玄海原発(東松浦郡玄海町)の使用済み核燃料について、特殊容器で保管する「乾式貯蔵」への移行を検討していると明らかにした。現在、水を張った冷却プールで貯蔵しているが、再稼働した場合、プールが3年で満杯になる可能性があるため。

 東京電力福島第1原発事故では、津波で電源を失い、余熱を持った使用済み核燃料を冷やすプールが機能しなくなったが、外気で冷やす乾式貯蔵の容器は問題がなかったとされる。瓜生社長は「リスクの少ない貯蔵方式だ。保管にどれくらいのスペースが必要かなどの検討を進めている」と述べた。

 2015年は、川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働に向けた取り組みを着実に進めていくと説明。「福島のような事故を二度と起こさないように安全対策を徹底させている。長く止まっていたのでしっかり総点検して再稼働に備えたい」と語った。

 また、16年にも電力小売りが全面自由化されることには「地域独占の時代は終わり、経営環境が東日本大震災以前に戻ることはない」と強調。情報通信など異業種との連携も視野に入れた今後5年間の中期経営方針を策定中とした。また、海外を含めた九州以外での電力事業の展開も検討するとした。
☆☆☆

推奨より10倍希釈 第1原発の飛散防止剤

(2015年1月1日 福島民友ニュース)

http://www.minyu-net.com/news/news/0101/news7.html

 東京電力福島第1原発のがれき撤去作業で、東電が、放射性物質を含んだほこりやちりが飛散しないように散布する飛散防止剤を、メーカー推奨の濃度より薄めて使っていたことが31日、分かった。
 防止剤は主にアスベストの飛散防止が用途で、メーカーは10倍希釈を推奨していた。これに対し東電は、3号機原子炉建屋のがれき撤去作業で2012(平成24)年8月から約1年間、100倍に希釈して散布した。東電は「燃料プールの水や冷却装置に影響を与えるおそれがあった」としており、100倍に希釈しても有効であることを実証試験で確認したという。
 第1原発では13年8月、作業員らが放射性物質に汚染され、東電は「3号機原子炉建屋のがれき撤去で放射性物質を含むほこりやちりが飛散した可能性が高い」と公表した。東電は再発防止策として防止剤の散布方法を見直し、濃度も100倍から10倍に変更することなどを発表した。ただ、東電は放射性物質を含むほこりやちりの飛散について、現場の状況から、防止剤の濃度より散布範囲に課題があったとみている。 
当方注:
既報
原子力規制委員会は、東電のこの作業に対して厳しい指導を行っている。
福島民報社は、意図的にこの点を報道していないようであり、遺憾と指摘しておきたい。
☆☆☆
廃炉工程先送り検討 福島第1原発、除染難航

2014.12.31 06:07更新 産経新聞

http://www.sankei.com/life/news/141231/lif1412310006-n1.html
http://www.sankei.com/images/news/141231/lif1412310006-n1.jpg

 

 政府と東京電力が、除染が難航する福島第1原発2、3号機の燃料取り出しの工程を先送りするなど、廃炉工程表の全面的な見直しを検討していることが30日、政府関係者への取材で分かった。廃炉で最難関の溶け落ちた燃料(デブリ)の状態も依然不明なため、複数の工法を盛り込む方針も決定。改訂する廃炉工程表は3月までに公表する。工程の改訂は2度目になるが、大幅見直しは原発の廃炉がいかに困難かを浮き彫りにした。(原子力取材班)

 廃炉工程表は平成23年12月につくられ、25年6月には1〜3号機のデブリの取り出しを前倒しするなど、1度改訂している。

 しかしその後、放射性物質の飛散防止のため、1号機の建屋カバーの撤去に時間がかかるなど想定外の事例が続出。1号機の燃料取り出しは、当初の工程から2年遅れて31年度からにすることが既に決定している。

 政府関係者によると、特に3号機の原子炉建屋の除染が難航し、最も早いケースで27年度前半の燃料取り出しの着手が難しくなった。放射線量は当初、毎時100ミリシーベルトを超えており、除染を進めたが、最大で60ミリシーベルトの所もあり、ほとんどの場所で目標値の1ミリシーベルトを達成できなかったという

 このため追加の除染が必要になり、廃炉工程の先送りを検討。さらに2号機は放射線量が最も高く、除染作業の見通しすら立っておらず、29年度後半に着手とする工程も遅らせる見込みだ。

 4号機の燃料取り出しは25年11月から1年かけて無事に終了した。放射線量が低く、建屋内に人が入って作業ができたが、1〜3号機ではロボットなどを使った遠隔作業が中心になる。

 デブリ取り出しについては、現在の工程で格納容器内に水を張って取り出す「冠水工法」が前提となっている。しかし改訂案では、格納容器が破損しているため止水が困難であることを想定し、格納容器を切断し、側面から取り出す工法など複数案を盛り込む方針だ。

 廃炉の完了は30〜40年と幅を持たせて設定しており、全体の計画は後ろ倒しにならないとみられる。

福島第1原発の廃炉工程

 1〜4号機の廃炉を個別にスケジュール化したもので、工程は全体で3期に分かれている。「第1期」は原子炉の安定的な冷却維持が中心だったが、平成25年11月の4号機燃料貯蔵プールからの燃料取り出しから「第2期」に移行した。1〜3号機の燃料の取り出しが終われば第2期は完結。溶け落ちた燃料(デブリ)の取り出しは「第3期」で、建物を解体し更地に戻すまで30〜40年かかる
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史上最大量7万立方メートル「凍土遮水壁」 福島第1原発の汚染水対策「来年が正念場」

2014.12.28 17:00更新 産経新聞

http://www.sankei.com/premium/news/141228/prm1412280006-n1.html

破損している福島第1原発3号機。来年には燃料取り出し作業が始まる=11月中旬、福島県大熊町(宮崎裕士撮影)

 汚染水漏れなどトラブルが相次いだ福島第1原発で来年、東京電力が汚染水を建屋に近づけないように土壌を凍らす大規模な「凍土遮水壁(とうどしゃすいへき)」という前代未聞のチャレンジに挑む今年は同じ工法の「氷の壁」に失敗しただけに、二の舞は絶対に避けたいところだ。汚染水を浄化する設備も準備を整え、汚染水問題は徐々に解決に向かっており、東電関係者は「来年が正念場だ」と意気込んでいる。(原子力取材班)

「燃料取り出し」は成功

 「野戦病院のような状態」と評された福島第1原発はこの1年でかなり姿を変えてきた。

 平成25年に相次いだタンクからの汚染水の漏洩(ろうえい)はほぼなくなった。鋼板をボルトでつなぎ合わせただけの簡易な「フランジ型」のタンクから、継ぎ目を溶接する「溶接型」に変えたほか、パトロールの人数や回数を増やし、管理体制を一変させたことが理由だ。

 今年4月、東電内に廃炉や汚染水対策専門の「福島第一廃炉推進カンパニー」を発足させたことも大きい。福島第2原発所長として東日本大震災時の対応で名を上げた増田尚宏氏をトップに据え、日立や東芝など原子力プラントメーカーから3氏を執行役員として招聘(しょうへい)し、技術の確立に寄与した。

 成功の代表的な好例が、昨年11月から始まった4号機燃料貯蔵プールからの燃料取り出し作業だ。燃料取り出しは、クレーンを使って、深さ11メートルの水を張ったプールの底から、長さ約4メートルの燃料棒を取り出す。

 燃料棒は高い放射線量を出すものもあり、万が一、つかみ損なって床に落としてしまうと放射性物質が飛び散ることにもなりかねなかった

 1体1体慎重にも慎重を期して進められ、1533体の取り出しを終えたのが今年12月。ほとんどトラブルがなかったことに、東電関係者は「模擬試験などを繰り返し、万端な準備を整えたおかげ」と話す。

3号機の燃料取り出しは「難産」か

 燃料取り出しは来年9月ごろから、3号機でも始まる。4号機での成功例に倣いたいところだが、3号機では今年8月、がれき撤去作業中に、燃料交換機を落下させ、約10体の燃料棒が破損したとみられており、この取り出しが課題となる。

 3号機に燃料棒は566体、残る1、2号機にも計1007体ある。ただ1、2号機は放射線量が高いため準備に時間がかかっており、29年度から始まる予定だ。

 福島第1原発でのもう一つの成功例としては、汚染水を浄化させる多核種除去装置「ALPS」(アルプス)の本格稼働に目途が立ったことだ。

 福島第1原発の敷地内には約36万トンの汚染水が、約900基のタンクにためられている。

 ALPSは当初、3系統あり、1系統で1日250トン計750トンの処理が可能。来年3月末までに全量浄化処理させるために、さらに3系統を増やしたほか、廃棄物を少なくさせる高性能のALPSも増設した。

 試運転段階からトラブルが相次いだが、これら7系統のALPSは10月末にすべて稼働を成功させている。

 可搬型のストロンチウム除去装置なども導入し、東電は汚染水問題に万全の態勢で臨んでいる。

失敗した「氷の壁」の二の舞は…

 対照的に、批判を浴びているのが、約5000トンもの汚染水が滞留している2号機のタービン建屋とトレンチ(地下道)の間を凍らせて閉塞(へいそく)する「氷の壁」だ。

 今年4月から凍結を開始したものの、氷やドライアイスなどを投入してもなかなか凍らず、11月に断念。汚染水を抜き取りながら、水中不分離性のセメントを徐々に入れるという工法に移行した。

 凍結管にマイナス40度の冷媒を入れて凍らせるという方法は、「凍土遮水壁」と同じで、「凍土壁は大丈夫か」という声が有識者から寄せられている。

 凍土壁はこれまでにない、大規模なものだ。

 1〜4号機の原子炉建屋を囲むように深さ約30メートル、総延長1500メートルの壁を作る。凍土の量は約7万立方メートルで、過去最大の東京・九段下のトンネル工事(昭和55年)の約4万立方メートルをはるかに上回る。

 政府は「汚染水の抜本的抑制策」とみて、国費を約320億円投じている。今年6月2日に着工し、来年3月までに1550本の凍結管を埋め込む作業が進んでいる。

 ただ安全性はまだ確認されていない。原子力規制委員会が山側での凍土壁着工を認めたものの、海側では認可していない

 地下に埋め込む凍結管と地下の埋設物(ケーブルや配管用トンネルなど)が交差する部分が約170カ所あることが分かり、工事の障害にもなっている。

 施工を担当する鹿島建設は「作業員の訓練を進め、慎重に施工する。ベテランがいるのでミスをすることはない」と強調している。
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歴史を偽造する、「日本会議」批判?

戦争の歴史学び考えること大切」 天皇陛下、戦後70年の新年に思い

2015年1月1日 朝刊 東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015010102000112.html

 天皇陛下は新年に当たっての感想を宮内庁を通じて文書で発表された。今年が戦後七十年に当たることに触れ、多くの人々が亡くなった戦争だと振り返り「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが今、極めて大切なことだと思っています」とつづった。

 昨年相次いだ大雪や大雨、御嶽山(おんたけさん)の噴火による災害の被災者には「家族や家をなくした人々の気持ちを察しています」としたほか、東日本大震災の被災地も「厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます」と思いやった。

 陛下は皇居で一般参賀が行われる二日、皇后さまら皇族方と宮殿のベランダに立ち、あいさつをする。午前は十時十分、十一時、十一時五十分、午後は一時三十分、二時二十分の計五回。参賀者は午前九時三十分から午後二時十分までに皇居正門(二重橋)から入る。

当方注:

これまでの天皇の行動等から、「平和憲法護持」の姿勢を強く打ち出したものと見られ、「安倍政権」や「日本会議」等民族主義Grと大きな乖離があることを示したものであろう。

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ヒトラーが、結果的にドイツ皇帝を排除したように、まさか、「安倍天皇」を作るための画策を「日本会議」や公明党・維新の党が行っているのでは、との疑惑が強まる。

憲法改悪も、「象徴天皇制」を排除する、一つの選択枝しか?
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高齢者には未体験ゾーンの始まり」 五木寛之氏年頭特別寄稿
2015年1月1日 日刊ゲンダイ

http://static.nikkan-gendai.com/img/article/000/156/084/785bdcabd987f3631e42a2c242ced4c120141226171500121_262_262.jpg

五木氏は小説「親鸞」の「完結篇」を出版したばかり/(C)日刊ゲンダイ 拡大する

 新しい時代がはじまろうとしている。
「少子・高齢化社会」の声が高まる一方で、最近、正反対の意見もでてきた。
 六十代を高齢者とみなすのは時代おくれである、という説である。今後、六十五から七十代半ばまでは、高齢者、老人あつかいすべきではないというのだ。
 たしかに周囲を見まわしても、元気な六十代、七十代は増えている。このグループに年金をあたえて、優雅な停年後の生活を保障する余裕は、もうないというわけだ。労働人口の枠をうんとあげて、七十代まで現役で働かせようという声が高まってきている
 七十歳までを「中年」として、高齢者あつかいしない、といわれて、さて、喜ぶべきか、それとも腹を立てるべきか。
「いつまでもお元気ですね」 と、おだてておいて、医療や年金の保障をカットするというのは、たしかに超高齢化社会に対する巧妙なやり方ではある。
 そうか、おれはまだ老人じゃないんだ、世の中がそう認めてくれてるんなら、がんばってもうひと働きするか、と元気づく人も中にはいるかもしれない。
 高齢者、老人をいじめるのではなくて、おだててその気にさせる空気が、次第にひろがりつつあるような気がするのだ
 格差社会における格差とは、経済の問題だけではない。老人にわずかな年金をあたえて、社会のお荷物あつかいするのは、老若格差である。しかし、あなたがたはまだ高齢者じゃありませんよ、とおだてて、最後の労働力の一滴までしぼりつくそうというのは、あこぎにすぎる。「最後の御奉公」という昔の言葉を、ふと思いだしてしまうのだ
高齢者をおだて社会保障予算を削る意図ではないか
 世界の先頭に立つこの国の高齢者対策は、私たちが感じている以上に国外から関心をもたれている。利口な日本人が、この問題をどのようにスマートに解決するか、各国がかたずを飲んで注目しているのだ。中国も、インドも、日本の対応をみつめている。
 六十代、七十代を高齢者あつかいしない、というのは、はたして喜ぶべき風潮だろうか。簡単にいうと、国は面倒をみないよ、ということではないのか
 それだけではない。あなたがたはまだ十分に働ける、もうひとがんばりして世のため人のために勤めなさい、と、おだてつつ、社会保障の予算を削減しようという意図なのではあるまいか
 老人の自立、ということを私は以前から言い続けてきた。国に依存すべきではないが、国民の権利だけは強く主張し、守らなければならない
 歴史はくり返す、といわれるが、必ずしも同じようにくり返されるわけではない。若者をおだてて社会を前進させようというのが、戦後のこれまでの方向だった
いま私たちは、未曽有の体験ゾーンに突入しようとしている。それは老人を「楢山送り」するのではなく、尻を叩いて最後のエネルギーのすべてを吸いつくそうという社会である。
 高齢者も積極的に社会に参加すべきだ、と私は思っている。だが、それは社会的貢献としての活動に残されたエネルギーを注ぐことだ。それを可能にするための保障は、今よりさらに手厚くなされなければならない。未体験の序曲が、いままさにはじまろうとしているのである。
▽いつき・ひろゆき 1932年生まれ。「さらばモスクワ愚連隊」でデビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞。「青春の門・筑豊篇」で吉川英治文学賞、「親鸞」で毎日出版文化賞
当方注:
五木寛之氏は、本質をついた主張をしている。
もともと、社会保障費が「底をついた」原因は、企業の社会保障費負担の削減という目的から、「応能負担」をサボタージュしたことから発生している。
本来、企業が負担すべき「教育費」、「生活費」、社会保障費(労働力の再生産費)等の削減が、S60年代(1985年以降→プラザ合意)から顕著になり、現在の人口減・「労働力不足」を招いている
反面、企業の隠し利益(内部留保)が膨大になり、現在では、日本国家予算の3倍になっているように、企業の社会保障費削減の結果としての「富」が「企業」に蓄積されてきた。
この企業の内部留保は、本来、「社会保障費」等に充当・分担すべき物である。
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2015年は円安がさらに加速 “日本叩き売り”の1年になる
2015年1月1日 日刊ゲンダイ

http://static.nikkan-gendai.com/img/article/000/156/063/f06cdc369231e2da461f640baa2e277820141226164148825_262_262.jpg

黒田日銀は金融政策の舵をどうとるのか/(C)日刊ゲンダイ 拡大する

 黒田日銀の追加緩和で為替は1ドル=120円台を突破。輸入物価が上昇し、庶民は「値上げ地獄」に苦しんでいる。2015年はさらに円安が加速するだろう。
「黒田日銀は、FRBが量的金融緩和を終了するタイミングで、14年10月31日、追加緩和を行った。利ざやを稼ぎたい投機筋に“ドルをジャンジャン買って、円の価値をドンドン下げてくれ”とアピールしたも同然です。恐らく、FRBが利上げに踏み切る15年6月ごろに向けて円安の勢いは止まらないでしょう。98年秋以来、17年ぶりとなる1ドル=140円台まで下落しそうです」(経済評論家・斎藤満氏)
 いまでも物価上昇に賃金アップが追いつかず、労働者の実質賃金は16カ月連続ダウンしている。“ハイパー円安”によって食品や日用品の価格がどんどん上昇していけば、庶民の生活はさらに苦しくなっていく。その結果、個人消費が凍りつき、需要不足が深刻化し、さらなる景気後退を招くのは確実だ。
 しかも、ハイパー円安によって、日本の富も一気に失われていくのだ。1ドル=120円台まで進んだ円安・ドル高は、「実質実効為替レート」で計算すると、「円の実力」は1973年の水準まで落ちている。当時、為替は1ドル=300円だった。
「まだ日本人に実感はないでしょうが、世界は異次元レベルの円安政策を日本の“出血バーゲン”と見ています。いまも中韓両国のファンドや富裕層が日本の不動産を買い漁っていますが、15年は日本の名だたる企業や建物が買収の標的となっていくと思う。
バブル期に日本企業が米国のロックフェラービルやコロンビア映画を買収したように、今度は日本の企業や資産がアジア資本の草刈り場となりかねない。『40年ぶりの円安』が意味するところは、40年かけて積み上げた日本の国富の投げ売りです。安倍首相には『アベノミクスは中韓を喜ばせる政策ですか?』と聞きたくなります」(斎藤満氏=前出)
 15年は日本バーゲンの年になる。

当方注:

今回の円安騒動、125円程度がマックスであろう。
☆☆☆

【上海将棋倒し】「米ドル紙幣だ」まかれた金券に群衆殺到、警察が関連調査 「人の下にさらに人」惨劇の様子明らかに

2015.1.1 19:19更新 産経新聞

http://www.sankei.com/world/news/150101/wor1501010026-n1.html

多数の死傷者が出た外灘の事故現場の階段。負傷者らの血痕はきれいにぬぐい取られており、どこまでしっかり現場検証が行われたのかは不明だ=1日、上海(河崎真澄撮影)

 【上海=河崎真澄】中国上海市で元日の新年カウントダウンのため数万人が集まった観光名所、外灘(バンド)で36人が死亡した将棋倒し事故で、地元警察当局は1日、事故の直前に現場近くの建物の3階から米ドル紙幣に似せた金券をばらまいた人物がおり、それを拾おうとして観光客らが集まって騒ぎになったとの目撃情報について、事故との関連性がないか調査していることを明らかにした。

 外灘を管轄する上海市黄浦区の警察が記者会見で明らかにした。金券は近くのバーで使える無料サービス券だったが、拾った人が口々に「米ドル紙幣だ」などと叫んだため、群衆が殺到したとの情報がある。警察は事故当時、約500人の態勢で警戒を行っていたというが、「あまりにも急に人が集まりすぎた」などと苦しい説明に終始した。

 また、死亡した36人のうち1人は台湾籍の女性だった。負傷者には台湾人とマレーシア人が含まれる。

 中国版のツイッター「微博」には1日、事故現場に居合わせて救助された人たちが、「助け出した人の下にさらに人が横たわっていた」などと、事故のようすを生々しく投稿。「下敷きになった人たちは顔色が青く、自分の周りで5、6人が窒息状態で死んでいるように見えた」という。

 転倒で頭などを打ったほか、血だらけで動けなくなった人の画像もあった。新年を祝うはずだった上海随一の有名観光地は一転、惨劇の現場と化していた。
☆☆☆

Astronomy Picture of the Day

Discover the cosmos!

2015 January 1
http://apod.nasa.gov/apod/image/1501/VelaSNR-3_bigCedic1024.jpg

Vela Supernova Remnant(ほ座超新星残骸=ガム星雲)

Image Credit & Copyright: CEDIC Team - Processing: Wolfgang Leitner

説明:私たちの天の川銀河の平面は、この複雑で美しい空の景色を有しています。星座ヴェラ(帆)の北西の端には伸縮自在のフレームが、ほ座超新星残骸、大質量星の死の爆発から拡大破片の雲の明るい輝くフィラメントを中心に広い10度以上にひろがっています。

ヴェラ残骸を作成した超新星爆発からの光は、約11,000年前に地球に到達した。輝くガスのショックを受けてフィラメントに加えて、宇宙の大災害にも信じられないほど密集し、回転する星のコア、ベラパルサーを、残しています。約800光年離れた、ヴェラ残骸がそう大きく、古い超新星残骸に埋め込まれた、ガム星雲です。

☆☆☆
妻純子の状況:
経管栄養実施中、血糖値高めなるも、安定中。
院長の指示の下、看護師諸君が、丁寧に対応して戴いている、感謝。
長女が、純子の姉を帯同して、見舞い。
長女も、今日、午後には、離北する。
北九州、珍しく、新年から、初冠雪。
安倍政権と、中国のPM2.5を洗い直す年にしたいものである。
・・・・・本日は、これまで・・・・・
 

転載元転載元: 建ちゃんのスペースのブログ



日本が終戦を迎え、今年で七十年。県内のお年寄りの中には国内外で戦争を体験し、当時の記憶を語り継ぐ人がいます。平和の尊さを、年初めから考えてみませんか。

     ◇

 一九四五年八月六日、広島−。当時二十八歳で軍医だった肥田舜太郎(ひだしゅんたろう)さん(98)は、道の真ん中に立つ影に息をのんだ。「遠くから見たときは人間だと思わなかった。近くで見ても人間には見えなかった」


 全身が焦げ、両目も唇も腫れ上がっていた。その人はうめき声を上げながら肥田さんに近づき、倒れた。裸の胸や腰から垂れ下がるぼろ切れは、よく見ると皮膚だった。「脈を取ろうとしたが、皮膚がどこにもなかった。何もできず立ち尽くしていると、ぴくぴくっとけいれんして、動かなくなった」。初めて見た被爆者の死だった。


 原爆投下の瞬間、肥田さんは広島市中心部から約六キロ北の戸坂(へさか)村(現・広島市東区)にいた。自転車を走らせて広島市内に入ると、太田川の川岸が遺体で埋め尽くされていた。その上をはって進み、水を求める人々。燃え上がる火に追われ、子どもが川に転がり込んでいた。


 肥田さんは戸坂村に戻り、けが人の治療を始めた。村の道路や学校の校庭は人であふれ、血や肉の焦げた臭いが漂う。「やけどの処置や止血、縫合が精いっぱい。無力だった」


 一カ月ほどたつと、原爆投下時は広島にいなかった人々に異変が出始めた。肥田さんが最初に気が付いたのは、原爆投下後に広島市に入り、一週間ほど夫を捜し歩いた女性だ。ある日、肌に紫の斑点が出た。やがて吐血し、髪の毛が抜け落ち、そして亡くなった。「何が起きたのか、訳が分からなかった」。内部被ばくの影響が指摘されるのは、ずっと後のことだ。


 肥田さんは終戦後も被爆者の治療を続け、五〇年に東京都内に診療所を開いた。一方、「貧しくても診てもらえる診療所をつくってほしい」という運動が行田市で起きたのがきっかけで、五三年に行田協立診療所を開設。全国から被爆者の患者がやってきた。


 七三年には、県内の被爆者らでつくる県原爆被害者協議会の事務局長に就いた。このころから自身の体験を積極的に語るようになり、国内外で核兵器の廃絶も強く訴えた。


 二〇〇九年に医師を引退した。六十四年間で診た被爆者は約六千人。「直接原爆の光を浴びていなくても、内部被ばくで白血病やがんになる。そうやって苦しんで死んでいく被爆者を多く見てきた。こんな殺し方はほかにない。医者として、これだけは絶対に認められない」と力を込める。


 肥田さんは今も被爆体験を語り続ける。「広島で被爆して診察した医師はみんな死んで、もう私だけ。元気でいる限り、私が話し続けなきゃいけない。放射線の恐ろしさを伝える。それが生き延びた私の役目なんです」 (東京新聞)

転載元転載元: 北海道は素敵です!!


2014年12月28日 18:48

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「健康被害が出たらアンタたちは責任が取れるのかね?」。
藤原保正・大谷(行政)区長は官僚に詰め寄った。=26日、参院会館 写真:筆者=
 総選挙での大勝を受けた安倍政権は、原発事故を力づくで風化させるつもりだ。政府は南相馬市の特定避難勧奨地点を28日付けで解除した。
 特定避難勧奨地点とは警戒区域や計画的避難区域のように面として広がりはなくても、ホットスポットのような高線量の地点。基準は原発事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される地点だ。
 特定勧奨地点に指定されると、避難者は行政から支援を受けることができる。
 南相馬市の一部と伊達市、川内村の一部が指定されていた。伊達市と川内村は放射線量が低減したとしてすでに解除され、南相馬市だけとなっていた。
 21日、南相馬市で政府の現地対策本部による住民説明会で、高木陽介経産副大臣が「28日に解除する」と“宣言”した。一方的だった。
 地元説明会に出席した住民80人が反対一色だったにもかかわらず、だ。
 だまし討ちにもほどがある。26日、参院会館で南相馬市の住民たちが解除の撤回を求めて政府と交渉した。(主催:南相馬・避難勧奨地域の会/南相馬特定避難勧奨地点地区災害対策協議会)
 政府からは内閣府の若手官僚が、わずか2人出席しただけだった。
 内閣府・原子力災害対策本部の清水英路参事官補佐は解除の理由を「線量が20mSv/年以下になったため」と説明した。
 住民たちは猛反論した。「政府は一番低い所を選んで計測しているじゃないか」。政府が計測するのは、除染した直後の庭などだ。山のそばの家庭は除染しても山から放射能が降ってくる。
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言葉巧みに追及をかわす内閣府の清水参事官補佐。冷たい目が印象的だった。=26日、参院会館 写真:筆者=
 そもそも政府が設定した20mSv/年という基準もデタラメだ。原発作業員の被ばく上限が5年間で100mSvだから、政府は住民に原発作業員の上限を押し付けているのだ。
 住民が実際に浴びている放射能は、原発作業員の上限以上ということになる。
 住民の間から「我々は放射線管理区域に住んでいるんだ」の声が相次いだ。
 住民から「なぜ指定を解除したのか?」と追及されると、清水参事官補佐は「20mSv/年以下であれば健康被害はないから」と答えた。
 計測自体がいい加減。しかも放射線管理区域と同じレベルの放射線量の強要。健康に害がないはずはないことは、中学生にでも分かる。
 指定が解除されれば、東電は補償金を払わなくても済むようになる。住民の健康よりも東電。これが政府の姿勢だ。
 住民の一人が「健康被害が出た場合は我々官僚が責任を持ちます、と念書に署名して下さい」と一片の紙を清水参事官補佐に突き出した。
 参事官補佐は「私の一存では署名できない」と拒否した。
 「なぜ署名できないのか? 健康被害が出ないというのであれば、署名できるじゃないか?」会場は一時騒然となった。 
 「解除を撤回しないのか?」
「撤回しません」
 清水参事官補佐は露ほども悪びれることなく拒否した。政府の決定はいつでも正しい ― 若き参事官補佐は官僚の無謬性を体現していた。
 きょう(28日)午前0時をもって南相馬市の142地点の特定避難勧奨地点は指定解除された。政府は福島県から「ホットスポット(※)」を消したのだ。
 ◇

ホットスポットは現に存在するが、政府は認めないという意味。

転載元転載元: あさりのブログ

12月31日 8時06分


アメリカ東部にある古い原発がシェールガスなどで火力発電の発電コストが下がり、採算が合わなくなったとして営業運転を終えることになり、29日、原子炉に制御棒が入れられて40年以上続いた運転を停止しました。
営業運転を終えたのは1972年に稼働を始めたアメリカ東部にある「バーモントヤンキー原発」で、運営する電力会社によりますと29日、原子炉に制御棒が入れられて停止しました。
この原発は東京電力福島第一原子力発電所の1号機などと同じタイプで、福島第一原発の事故を契機に地元の州政府などが安全性への疑問から停止を強く求めても、一貫して営業運転を続けてきました。
運転を終えた理由について、電力会社はシェールガスの生産などで火力発電の発電コストが下がるなか、安全基準を満たすうえで必要な設備投資がかさみ、採算が合わなくなったためだとしていて「運転停止は経済的な判断だ」と説明しています。
原発では今後、廃炉に向けた作業が始まりますが、すべての作業が終わるのは61年後の2075年ごろになるということです。
アメリカは世界最大の原発大国で古い原発が少なくなく、ここ数年は採算の悪化を理由に5つの原発の廃炉が決まり、稼働中の原子炉は99基となっています。

転載元転載元: あさりのブログ


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