大江健三郎の雑文が時々「定義集」という題目で朝日新聞に掲載される(07'12.18)。
ひどい悪文である。
日本語としてなっていない。
一度、英語に翻訳しなければななぬような表現は止めてもらいたい。
今日はElliotの荒地の話しがあったが、日本の荒地グループの詩を読んだことがあるのか。
古今、新古今あたりを読み直したらどうか。
現代詩は、中身のないことに難解な空虚な言葉をもてあそぶことではない。
現代の思想が、古今新古今の手法で表現できなければ、新しい表現を探ることことが
あってもよい。
戦争反対は、防人の歌でも大木敦夫の戦争詩でも藤田の絵でよく伝えている。
サルトルやカミユの小説をよめば、戦争が概念ではなく、よりおおく個人の問題であることがわかる。
だから、愛国とか国防とかを大義名分にして、日の丸君が代を強制して、罰則を持って弾圧すのは間違いである。この限りでは、大江の日ごろの主張は正しい。願はくはより良い日本語を使って主張して欲しい、
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