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11月に先生のお誕生日をお祝いしてからひとつきとすこしたっていました。
ご一緒した研修会が、先生の最期のワークショップになった、と伺いました。
11月いっぱいまでは、いつものように自宅の二階で寝起きされ、
朝、決まった時間に降りてきて、一杯のお茶を飲むのを楽しみに、
規則正しい暮らしをされていたと奥様から伺いました。
先生が旅立たれてから、何度か奥様から、
この朝のひとときが大事になられている先生のお姿を聞かせていただく時、
奥様にとっても、この時間が何よりの大切なひとときであったろう、と、
聞かせていただく私がおります。
最期まで、
「聞かせていただくの拠り所はどこですか!?」と、
問い続け、伝え続けてくださった、岩下榮次先生の言葉はどれも、
まさに、いのちをかけての遺言でした。
いつも、いつも、聞いていただくばかりで、
先生は「聞いてもらえたなぁ」と憶ってくださったことがあったであろうかなぁ、
ちっとも聞いてもらえていないって、なってたんじゃないかなぁ、
何度も、何度も、伝えていただいているのに、
本当に、なかなか、なかなか、実力になってゆかない私です。
11月の研修会の後、
以前、数ヶ月連絡できないでいた私を気遣ってか、
「心配になるから連絡してね。」と、声を届けてくださった先生。
会食では、私を隣に座らせて、ご自分はもうだいぶ食が細くなってきていたにもかかわらず、
あれやこれやといつものように食事を私にすすめては、「袖口のレースが汚れる」と、
父か祖父のような口ぶりで。
12月、食欲がないとお聞きしていたのでお送りしたジュースを、
「美味しい」と言って飲んで下さったと、奥様が教えてくださった。
「『会いたかった』って言ってました」とも・・・。(涙)
有縁のカウンセリングのお仲間の方々とご一緒に先生をお送りしました。
3泊4日の、まるで研修会のようにさえ憶えました。
お通夜、告別式、初七日の法要に加え、
先生のお骨を拾わせていただけるという運びとなり、
私の順番は先生のお孫さんと一緒という、なんとも深いご縁となりました。
帰りの電車に揺られながら、ふと、先生の、
「その人間(ひと)のことばの相(すがた)になられた仏さま」
の言葉が憶われていました。
「私が聞いちゃだめなの!」
「その人間(ひと)にきたことばはその人間(ひと)なの!」
「すでに私のはからいを超えている『この人間(ひと)』と見えないと!」
「私が聞いちゃうだけ、は、捨てて、いのちのままに託されて、あわしてもらって下さい。
どこに座らせてもらえるか、「私が」を無くしてしまえとは言ってない!」
「『なんで?どうして?』がくると聞かせていただけない。」
「とにかく、聞かせていただくに座らせていただきましょうよ。」
先生が、いつも、いつも、伝えてくださろうとしたのは、
お独り、お独りが、どこまでも、どこまでも、かけがえのない存在なのだ、
という事実、そのいとなみに気づいてほしい、という念い(ねがい)であったのだろうか。
電車の中に居合わせた見知らぬお独りお独りが、
なんだか、どこか懐かしく、親しいもののように憶われてきていました。
合掌
カウンセリングの念い(ねがい)とは、
すでにいただいているかけがえのない独りのクライエントと、
かけがえのない独りのカウンセラーともどもの
「その人間(ひと)のことばの相(すがた)になられた仏さま」の
分かちあいでありましょうか。
まことに妙で厳かなできごとと聞かせていただきたい。
(2009.3-4 岩下榮次)
http://www016.upp.so-net.ne.jp/qj8/ (全日本カウンセリング協議会 HP)
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あぁ なんか… 胸やお腹にグッと来ますねぇ…♪ (^_^)
2012/1/6(金) 午後 3:12
いくらか、いくらか、、、わたしに、なぞらせていただけそうです。
2012/1/6(金) 午後 10:01
「つぶやけないの」とお通夜の日に聞かせていただいたいて、
今これを読ませていただいて…。
ことばになれたんですね、と。
これからもきっと、なぞらせていただきつづけるんだろう、と。
そんなのが私に届いています。
[ とくふう ]
2012/1/7(土) 午後 5:23
つぶやく(ツイッター)はやっぱりまだまだ無理のようで、フォローも増やせないです。^^;
どうやら、私にとって先生は、私自身のものの見方、視点に大きく影響を与えて下さった方であり、あのご縁がなかったら、今の自分はないとも言え、何度も何度も伝えてくださっていたのに。いまは、先生が「聞いてもらえたなぁ」になっておいでであっただろうか、と、その事ばかりが気にかかる私のようです。
「これからもきっと、なぞらせていただきつづけるんだろう、と。そんなのが私に届いています。」とのこと。先生の「なぞらせてもらってね」の声が聞こえてきそうです。
2012/1/8(日) 午前 0:54
とくふうさんが旅立たれたと、先日、お母様からのお電話で知りました。言葉がありませんでした。4/8、御釈迦様の生まれた日が四十九日と聞いていたのですが、お悔やみの気持ちをどのように届けたらいいのだろうかというまよいもありました。とくふうさんの好きだったTMNのGetWildを三十数曲集めたアルバムの発売日も近かったので、それを送ろうかとか憶ってみたり。そうこうしていたら、お母様からとくふうさんの遺作の小説をお送りいただきました。キラキラと光るひとひら、ひとひらの桜の花の中に佇むマリア観音のイメージが伝わってきて、桜の香りのお線香と観音像のろうそくをお送りすることに決めました。とくふうさん。岩下先生には会えましたか?寂しさがやってきています。紛れもなく、かけがえのないおひとりでありました。合掌。
2017/4/15(土) 午前 3:19