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写真はゆん無料壁紙画像集よりお借りしました
岩下榮次先生に学ばせていただいた、わたくしの「カウンセリング」を憶う時、
まず、一番はじめに浮かんでくるのは、「まかされている」ということである。
すでに、どこまでもわたくしにまかされている、この「わたくし」を尽くさせ
ていただいていくばかりなのだと、わたくしに憶わせてもらえるこの出来事は、
幸福を求めて、迷い、思い悩み、受け入れられずにいた事象さえ、いつしか、
いとおしく、大切なものに憶わせてくださっている。
静かだけれど、厳しく、暖かである。
何があってもいいのだ。
ただ、いま、自分が、どんな気持ちで、どんなありようで、どんなところに
いるのか、ただそのことがわたくしに、しっかりとなぞらせてもらえていたら、
どんな関わりも、どんな味わいも、あるいは、人生のどんな出来事も、
わたくしなりのところでやらせていただけそうな気がしてくる。というか、
それしかないのだ、ということが、わたくしにある意味、覚悟のような、
凛とした気持ちを与えてくれるのだ。
自分以外の方は皆、師である、と考えれば、この世の中には様々な智慧、教え、
学びがあり、わたくしの知らないことは多すぎて、とても学べているとは、
言えないわたくしではあるけれど、
この「自分をなぞらせていただく」という作法、
「ただ聞かせていただくだけである」の姿勢が、
自分自身とむきあうとき、また、自分以外のひとさまにむきあわせていただく
とき、あるいは出来事にむかうわたくしのありように、それまでとは違う光を
与えてくださっているのは確かである。
何があってもいい、どこまでも自分を見させてもらうだけだ、ということが、
いまの私の支えになっていることは、間違いない。
岩下榮次先生は、これをやれば救われるとか、こうしたほうがいいとかそんな
安直なことは、(と、わたくしには憶えている)決して言葉にされなかった。
むしろ、どこまでも、「あなたはいまそこにいらっしゃるのね」と寄り添い続
けてくださった。そのように、ご自身にも添い続けられたようにわたくしには
憶えている。「それぞれにまかされ、まかされつづけているわたくし」として、
ご一緒してくださった。そのことが、どれだけ尊く、わたくしにとっては、
大きな支えであり、力となっていたことを、いま、あらためて、憶わせていた
だいている。
合掌
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2012年09月21日
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