アサヒ ペンタックス Sシリーズ 博物館

少しずつUPします。ながーい目でお願いします。

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ご無沙汰しております。大地震から1年以上たちました。おかげさまで、家の修理は細かい部分を含めてほぼ完了し、現在、庭部分の修理、日常的手入れ、除染活動などを同時進行で行っています。

最近、ヤフオクでやっとPENTAX Ds2のジャンクボディー(滅多に出品されず)を入手しましたので、本日修理してみました。故障箇所は2箇所、地震で防湿庫からこぼれ落ちて割れた液晶モニターと、AE−Lボタンが反応しないのでこの部分も修理します。
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まず分解。金属製のSシリーズと違い、プラボディーのカメラは、たわませてからはめ込む部分もあるので、やっかいです。

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割れた液晶モニター(左)とジャンクから取り出したモニター。以前はハンダ付けだったフレキシブルも今は、コネクターでの接続なので簡単に取れちゃいます。

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AE−Lボタンが反応しなかったのは、画面中央のスイッチ部分が折れてブラブラしているためでした。スイッチ部分は液晶と共通部品なので、アッセンブリー交換。でもメインスイッチが両面テープで固定されており慎重に剥さないといけません。

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修理後、ネジを最低限取り付けて、ちゃんと動くかテストしましたが、電源が入っても、直ぐに切れてししまうトラブル発生です。画面中央にある、Ds2の鬼門の裏蓋開閉センサー用マイクロスイッチのレバー(細くて弱い)を折ってしまったようで(写真の状態、本来は右横に細い棒が出ています)、また分解し、面倒なので、押し込んだままの状態で固定しちゃいます。このスイッチは、分解時ストロボの高圧からLSIを保護するためにあるのでしょうか?そしてまた組あげてテスト。今度は完璧に作動しました。

今後は試し撮りを重ねて、細部の調整をしていこうと思います。すぐにジャンクが見つかり、直せるよ、と思っていたDs2。ジャンクが出なくて、だいぶ前に中古のボディーを購入してしまいました。おかげで、2台体制となりました。でもエネループが足りないので買ってこなきゃ。

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3月11日は、那須での田舎暮らし前に自営していた動物病院の手術日なので、東京にいました。。地震発生時オペ中でしたが、53年間の人生のなかで一番大きく、且つ長時間の揺れを経験しました。遠方の地震での揺れ方でしたので、はじめは、とうとう東海沖地震が発生したのか、と思いましたが、看護師のワンセグにて発生場所、そして那須が震度6強というのを知りました。

手術中でしたので、すぐに家族に連絡するわけにもいかず、オペ終了後には電話等はすべて繋がらない状態となっていました。幸い家族からの発信履歴が数着あり、無事と推定されましたので、一安心できました。電車はまったく動かず、車も下り方面は一時間で100メートルも動けない大渋滞でしたので、当日は、2駅離れたおばの家に徒歩で移動して泊まりました。翌日、昼から行動開始して、連れ合いに古河まで迎えにきてもらい、なんとか那須まで帰ることが出来ました。

家自体は、まったく問題ありませんでしたが、中はメチャクチャでしたので、早速復元作業にはいりました。収蔵品関連では、殆どが元に戻りそうですが、それなりに時間が掛かりそうです。完全に破壊されたアイテムは、当館唯一のデジ一眼のペンタックスDS2の液晶画面やじゃばら部品など数点に留まりました。ロフトに置いてあった、100万円の巨大レンズがアルミのトランクごと一階に落ちてましたが、中身は無事でした。というわけで、まだまだ家の復元作業が続いておりますので、当博物館はしばらく休館させていただきます。

今回の東日本大震災で、犠牲になられた方々にお悔やみ申し上げます。また、被災された方々には、微力ながら復興のお手伝いをいただきたく思います。

              
                旭はまた昇る。ですよ!

追記:皆様応援ありがとうございます。2枚目の写真は、復元を終えたリビングです。画面奥のスピーカーは50圓△襪里任垢、地震後にはなぜか天地が逆になっていました。どのような動きをしたのでしょうか?

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先日、来訪者の方より、初期の8枚玉タクマー 50mmf1.4の絞り開放時の描写についてお問い合わせがありました。早速試してみたかったのですが、一昨日大雨・昨日強風と、とても撮影できる状態ではなく、やっと本日穏やかに晴れましたので、当博物館唯一のデジ一眼である、ペンタックスDS2を持ち出して、実写してみました。

撮影に使用したレンズは、初期型でも最初期型のシリアル76万台のレンズを使用しました。f1.4開放での撮影ですので、ND4フィルターを併用しました。全て、JPEG,4M、☆☆です。

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ほぼ無限遠での撮影です、ピントは中央の木のてっぺんに合わせています。レンズには厳しい条件ですが、とくに破綻のない描写です。

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うちのおてんばムスメです。カメラを向けるとすぐに擦り寄ってくるので、ピントが目に合ってるのか自信ないです。近距離、中央の画質は問題なさそうです。トータル2Mの制限にかかりましたので、この写真だけサイズダウンしてあります。

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最短距離での撮影です。撮影に使用した、最初期型8枚玉タクマーを、初期型タクマー、シリアル113台代で撮影しました。コントラスト差が激しい部分では滲みがみられますが、ぼやけた絵ではないです。

どうでしょう、御参考になりましたでしょうか。

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代表的なスーパータクマーの初期型には、6桁の製造番号が与えられていました。旭光学も、SP型があそこまでヒットするとは思っていなかったのでしょうか?6桁ではすぐに番号が足りなくなり、早い段階で製造番号は、7桁に移行しましたから。

今回の展示品は、追加収蔵された、スーパータクマー 105mmf2.8の最初期型です。製造番号7桁の初期型タクマー105mmf2.8との違いは、赤外指標が無いということです。スーパータクマーで赤外指標を持たないレンズを、105mm以外は見たことがありませんが、実態はどうなのでしょうか?

ペンタックスで、赤外指標を初めて採用したレンズは、ボクの知る限りでは、プリセット絞りのタクマー135mm f3.5(1957〜)の最初期型です。しかし、その後のタクマー135mmでは表示は無くなり、オートタクマー(1959〜)の時代も同様で、プリセットのタクマー135mm f3.5の後期型(1961〜)で再び見られるようになりました。理由を知りたいところです。

追記:その後、いろいろな知見を収集し、赤外指標を持たないスーパータクマーを何種か収蔵いたしました。具体的には、55mm f1.8、f2とこの105mm f2.8で、スーパータクマー105mm f2.8に限り、60万・70万・80万・90万代の空き番号を与えられ、玉数も多いようです。

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今回の展示は、オート タクマー 105mm f2.8ですが、この個体をみて違いを指摘できる人は、かなりのSシリーズ通でしょう。

展示済(右側)のレンズと何処が違うかといいますと・・・

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そうです、絞り値f5.6の刻印が、ナナメになっていることです。たいした違いではありませんが、これ、あまり見かけませんし、ほか部分の字体も違いがあるようです。ただ、これらの違いは、旭光学が意図的に指示したことではなく、下請けの彫刻工場(こうば)の母字型の違いであろうと思います。まあ新年早々、これだけのことでした。

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もう一つ、2つのオートタクマー105mmレンズ、距離指標は同じ無限遠ですが、レンズ先端の長さが違います。常識的には、レンズの繰り出し量が違うのか?と考えてしまいますが、この時期のタクマーレンズは、レンズ銘盤で前玉とフィルター枠両方を固定する仕組みになっていて、銘盤を緩めますと、レンズ先端のフィルター枠も、クルクルと回すことができるようになります、と言うか、なっちゃいます。出荷時には、この部分の長さは決まっていたのでしょうが、アフターでいじられると、長短バラバラになる、と言う訳です。もちろん、前玉からフイルム面までの距離は皆同じですよ、あくまでも、フィルター枠が伸び縮みするだけです。

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