アサヒ ペンタックス Sシリーズ 博物館

少しずつUPします。ながーい目でお願いします。

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レンズ収蔵品第91番は、テレタクマー 400mmf5.6の後期型です。前期型との違いは最小絞り値がf45になり、指標などの字体も現代風に変えられています。f45まで絞れるので、被写界深度はほぼ倍になり、風景撮影での応用範囲が広がりました。

収蔵品展示にあたっては、当博物館の学芸員が、個々の展示物に相応しい写真やら記事を企画して討議し、OKがでれば展示する、という基本方針で行ってきました。もちろん今般の諸事情により、一人で何役もこなさなければならないので(笑)、じっくりと考察する回もあれば、ぱっと閃きによる回もあります。

しかし、400mmレンズというのは難物で、何をどう書けばよいのか、なかなか思い付きません。400mmレンズで何を撮るべきか!鳥?スポーツ?盗撮?(笑)。

そう言えば、すごーい昔の高校生当時、友人が、とある女優さんのファンクラブで活動していたことがあり、テレビの公開収録がある公会堂やホールに400mmレンズ(当時すでにSMCタクマー)持参でしばしば出かけたっけ。いい写真が撮れたら、クラブの会報に載せるからとか言われて。入場券はファンクラブで取ってくれたのかナ?もう忘れましたが。

そして確か、竣工したばかりのNHKホールで、それもメインカメラ(ホールのほぼ中央)の斜め前の席のことがあり、ばかでかいTVカメラを観察すると、24mm〜400mmのズームレンズで、キヤノン製だったのを思い出しました。当時のTVカメラの撮像板のサイズはどのくらいだったのでしょうか?レンズの大きさは、うちの電子レンジ位だったかナ、TVカメラ自体も洗濯機ぐらいはありましたよ!やぐらを組んで、土管ぐらいに太いローアングル三脚で、5×5席ぐらいは占有してたと思います。

で、満足いく写真が撮れたか?というと、舞台撮影は難しい、という経験を、頂きました〜(笑)。ステージ上は明暗差が極端ですので、フイルムでの撮影は本当に難しい。ただ制約が多いほど、露出は限られるので、シャッタースピードは1/125固定(以下では被写体がブレるし以上では露出不足になる)、絞りはf8(画質を考慮)。これは当時のネオパンSS(ASA100)のうす曇の露出値と同じですので、いくらスポットライトでも露出不足になりますから、ネオパンSSSかトライ-Xの増感現像で対応してました。

そうやって撮ったデビューしたてのアグネスチャンの写真を、高校の写真部員勧誘のポスターにしたなァ。古!

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レンズ収蔵品第90番は、テレタクマー 400mmf5.6の初期型です。焦点距離400mmともなりますと、f5.6でもかなり大型のレンズになり画角も狭いので、注意しないとブレた写真の連発になります。手持ち撮影可能な400mmレンズ、とカタログに書いてはありますが、自信があっても一脚の使用をオススメします。

東京オリンピック(1964)の時に要望されて設計した、とも紹介されていますが、バイブルでは1965年から製造と記されています。オリンピックで使うために製造したと解すのが自然ですが、報道用に先行販売したのでしょうか?

初期型は最小絞りがf22までです。まあ、手持ち撮影で絞り込むことは無いでしょうから、これはこれで良かったのでしょう。しかし、後期型はf45に改良されています。f22では被写界深度が浅すぎて、クレームが寄せられたのでしょうね。f22モデルはあまり見かけませんので、速やかにf45モデルに移行したと思われます。

35ミリフイルムカメラでの400mmレンズは、最も一般的な8倍の双眼鏡と同じ画角です。遠くのモノを覗きたければ、少なくとも400mmが必要ということです。

本日は、青春18キップの最終日、恒例の余りキップ(わざと余るように買ってるというウワサも)でプチ旅行!企画です。目的地は、八重の桜で話題の会津若松です。が、八重の桜繋がりで会津若松へ行くわけではなくて、末廣酒造さんに行くのが目的です。が(しつこい!)、日本酒が目的ではなくて、そこの酒蔵を借りて、展示されているカメラ博物館が目的です。

JR黒磯駅から東北本線に乗って北上、郡山で降りて、磐越西線に乗り換え会津若松へ。東北本線の電車は一列シートの普通車でしたが、磐越西線は、快速会津ライナー1号という、特急列車用の車両です。自由席はたくさん乗車してましたが、最後尾まで行くと空いてましたので、ゆったりとした旅行気分で会津若松到着となりました。

駅からは後学のため、歩きで博物館に向かいます(というか、今日は18キップしか使わない日、バスにも乗らない)。途中とんかつ屋さんで、名物(だとは知らなかった)のソースかつどんを食べました。ボクにはソースが多すぎました、美味しいけど、ソース多すぎ!テーブルにソース?タレ?が置いてあるので、セルフがけが良いのでは?自分的にはソース量三分の一で十分。

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で、酒蔵に到着。完全な市街地です。前には大型バスも停まれる駐車場もあります。団体さんも来るのかな。


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博物館見学のまえに、酒蔵ツアーがあるようなので、見学させていただきました。かわいくて愛嬌のあるおねいさんが、わかり易く説明してくれます。

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6人の少グループだったので、丁寧にディープ(笑)に見学できましたが、団体さんでは大変そうです。

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末廣クラシックカメラ博物館の入り口です。600台のカメラが展示されています。館内は行ってからのお楽しみ、としときましょう。

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会津若松といえば、鶴ヶ城。35年ぶりに登城して参りました。やはりかなり混んでました。桜が咲くまでもう少し、満開時は劇混みでしょうか?16時台の列車の乗り次が悪いので、15時6分の電車に間に合うように巻き(急ぎ)ます。もちろん駅まで歩きです。

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帰りの磐越西線。なぜか運転席に4人もの乗務員が。4+1(どこかのおじさん、笑)で完璧な運行を目指します。でも本当、4人で一斉に指差し確認してましたよ。

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旅行といえばお土産。本日のお土産は、末廣酒造の徳利とぐい呑み。中身のお米のジュースは重いので次回。あと、黒磯駅前の明治屋の温泉饅頭。那須温泉にはいろいろな温泉饅頭がありますが、クラシックタイプとしては、ここのが一番。

たくさん歩いたので、夕食後眠くなり2時間寝たら、復活しました。おまえは子供か!

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レンズ収蔵品第89番、テレ タクマー300mmf6.3の後期型です。レンズ構成、鏡筒の構造等は、前期型と同一、指標だけがSP型ボディーに合わせた、新しいデザインになりました。

現在では、完全に望遠ズームの守備範囲です。でもf6.3のズームなんて、もうないですよね。現在、単焦点レンズは、画質・明るさ・防振などの付加価値、競争でどんどん大型化しています。カメラの方も、実用ISO値がどんどんと上がっています。

天邪鬼のボクは、どうせAFなんだから、f11位の思いっきり暗いレンズ、そのかわり驚くほど小型の超望遠作ればいいのに・・・と思いますがどうでしょう?そのうち、実用ISO値が無限に上がり、レンズがみんな針穴になったりして(笑)。

展示した二本のレンズ、製造番号が101本違いです。以前、続き番号のライカのボディーが売られていました。販売中のカメラやレンズではなんとか実現できそうですが、中古で続き番号に出会うことは、すごいことでしょうね。宝クジのように、続きでレンズ10本ネ、なんて言って買う人がいたら、グレイトですよ!

これで、Sシリーズの300mmレンズは展示完了しました。次回はから、400mmレンズとなります。

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レンズ収蔵品第88番は、テレ タクマー 300mmf6.3の初期型です。

レンズ構成、絞り値など性能面では、後述する後期型と同一ですが、指標の字体がSP型以前の形態です。Sシリーズ前期型ボディー(SV型まで)の最終製造機種は、S2スーパーで、1969年(昭和44年)まで製造されていましたので、このレンズも、1965年から1969年までの製造と思われます。

ここで、旭光学Sシリーズの300mmレンズのおさらいです。タクマー300mmf4初期型は1958〜1962年、後期型は1962〜1965年製造でした。その後は、スーパータクマー300mmf4となり1971年まで製造、最終型であるSMCタクマーは1975年で製造終了しました。これが、主系列で、Sシリーズの300mmは、伝統的にf4で製造されていたわけです。

しかし、スーパータクマー300mmf4の製造期間と同時期、すなわち1965〜1971年にかけてこのテレ タクマー300mmf6.3が製造されました。口径比f6.3は、当時でもかなり暗いレンズで、MF一眼レフには不適当、しかも絞りはプリセット、このレンズはどのような意義があって作られたのでしょうか?300mmは欲しいがf4は高価、もっと安いレンズならば・・・という多数の要望が寄せられた、にしても、f6.3のプリセット絞りでは、魅力半減でしょう。価格にしても、タクマー300mmf4前期型は45000円(現在の価格換算では67万円!)、後期型42000円、スーパータクマー300mmf4は45000円(全てケース込み)に対して、このレンズは24500円と意外と高価でした。

また、当時のカメラ毎日による、カメラ・レンズ白書71年版のテストでも、低評価でしたので、魅力のあるレンズとはとても言いがたい商品でした。あえて利点を探すとすれば、やや軽量である点でしょうか、このテレタクマーは821g、スーパータクマーは1048g(両者実装・すなわち前後キャップ、フード、フィルター1枚付き)ですから。

もうひとつ、バイブル(THE ULTIMATE ASAHI PENTAX Screw Mount Guide)に紹介されているこのレンズには、鏡筒に縦に数字が刻印されていて、筆者の方も詳しくは不明と記されていますが、あの番号はアメリカ軍の所有物を表す記号です。極限状態での使用(山岳写真等も)には完全自動絞りより信頼性がある、ということでしょうか。

追記:最近入手した、「日本のレンズ」(日本カメラ増刊・1967・昭和42年発行の国産レンズ300本を解説)という本によると、このレンズは2代目タクマー f4と併売されていたようで、2代目のタクマー f4の重量1575gに対して、タクマーf6.3は半分の729g(レンズのみ)しかなく、小型・軽量の存在意義があったと思われます。しかし、当時他社の300mmはf5.6で700gが標準でしたので、旭光学のキャッチフレーズである、「小型軽量」を具現化するには、ぜひともスーパータクマー300mm f4の登場が必要でした。

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