アサヒ ペンタックス Sシリーズ 博物館

少しずつUPします。ながーい目でお願いします。

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レンズ収蔵品第84番は、タクマー 300mm f4 後期型の後期型(笑)です。

初期型との違いは、最小絞り値が32となり、距離表示などの字体がSP型以降のタイプに変わったという点です。このレンズが販売された頃には、すでにSP型も発売されていたので、それにあわせての変更でしょう。フィルターサイズが82ミリのレンズキャップも新型です、旧型の黒いAOCOバージョンのキャップは初期型と共用でしたが、ASAHI PENTAXキャップの82ミリは、このレンズ専用です。また、直後には、スーパー タクマー 300mm f4も発売されましたので、このレンズはある程度ディスカウントされて販売、というか、売り切られたものと思われます。

ボクもスーパー タクマーから、SMCタクマーに移行する時期にカメラ店にて、そのようなレンズを購入した経験がありますよ。今では、当たり前の値引き販売ですが、当時のカメラ店では、まず行われない行為でした。しかし、型落ちの商品は、安く購入できるチャンスもありました。

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レンズ収蔵品第83番は、タクマー300mm f4の後期型の前期型です。S2オリジナル〜S2スーパー、SVの前期あたりに販売されたレンズです。4群4枚構成に変更、ローレット(注1)部分はグッタペルカでしょうか、硬質ゴム製です。この部分が劣化して、取り去られているレンズも見かけます。

初期型レンズ同様、フィルターサイズ82mmの大型レンズですので、当時のボディーには負担になっていたと思います。

振り回してたら、ポロッと取れた!なんて事故もあったと思いますよ。何しろ、当時のボデイーは、この重いレンズを、小さなビス4本だけで支えていたのですから。大型レンズ、手持ちでは、必ずレンズを持つクセをつけないといけませんが、ストラップで肩にかけるときは要注意です。当時のボディーでは、やらないほうが良いでしょう。

最小絞り値はf22。距離表示は、SP型が発売される前の字体です。この時代の他のタクマー同様、最初期型では、白一色での距離表示で、赤外指標もありませんでした。

注1:ローレットというのは、金属部品に刻まれた、スベリ止めのギザギザ模様(表面の凹凸)のことだそうで、正確にはグッタペルカのローレットは存在しない、のです。

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そろそろ始めんかい!といわれ続けて、ついに重い腰を上げました(笑)、ご無沙汰いたしました。推力1/4にて発進!です。

すでに展示済みのタクマー 300ミリ f4 初期型の前期型を収蔵いたしました。絞りの中間表示の・と、その部位のクリックストップがありません。

三群三枚のシンプルなレンズ構成。もともと製造数の少ないレンズですが、この絞り表示の型はほとんど見かけません。

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ご無沙汰しております。大地震から1年以上たちました。おかげさまで、家の修理は細かい部分を含めてほぼ完了し、現在、庭部分の修理、日常的手入れ、除染活動などを同時進行で行っています。

最近、ヤフオクでやっとPENTAX Ds2のジャンクボディー(滅多に出品されず)を入手しましたので、本日修理してみました。故障箇所は2箇所、地震で防湿庫からこぼれ落ちて割れた液晶モニターと、AE−Lボタンが反応しないのでこの部分も修理します。
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まず分解。金属製のSシリーズと違い、プラボディーのカメラは、たわませてからはめ込む部分もあるので、やっかいです。

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割れた液晶モニター(左)とジャンクから取り出したモニター。以前はハンダ付けだったフレキシブルも今は、コネクターでの接続なので簡単に取れちゃいます。

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AE−Lボタンが反応しなかったのは、画面中央のスイッチ部分が折れてブラブラしているためでした。スイッチ部分は液晶と共通部品なので、アッセンブリー交換。でもメインスイッチが両面テープで固定されており慎重に剥さないといけません。

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修理後、ネジを最低限取り付けて、ちゃんと動くかテストしましたが、電源が入っても、直ぐに切れてししまうトラブル発生です。画面中央にある、Ds2の鬼門の裏蓋開閉センサー用マイクロスイッチのレバー(細くて弱い)を折ってしまったようで(写真の状態、本来は右横に細い棒が出ています)、また分解し、面倒なので、押し込んだままの状態で固定しちゃいます。このスイッチは、分解時ストロボの高圧からLSIを保護するためにあるのでしょうか?そしてまた組あげてテスト。今度は完璧に作動しました。

今後は試し撮りを重ねて、細部の調整をしていこうと思います。すぐにジャンクが見つかり、直せるよ、と思っていたDs2。ジャンクが出なくて、だいぶ前に中古のボディーを購入してしまいました。おかげで、2台体制となりました。でもエネループが足りないので買ってこなきゃ。

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3月11日は、那須での田舎暮らし前に自営していた動物病院の手術日なので、東京にいました。。地震発生時オペ中でしたが、53年間の人生のなかで一番大きく、且つ長時間の揺れを経験しました。遠方の地震での揺れ方でしたので、はじめは、とうとう東海沖地震が発生したのか、と思いましたが、看護師のワンセグにて発生場所、そして那須が震度6強というのを知りました。

手術中でしたので、すぐに家族に連絡するわけにもいかず、オペ終了後には電話等はすべて繋がらない状態となっていました。幸い家族からの発信履歴が数着あり、無事と推定されましたので、一安心できました。電車はまったく動かず、車も下り方面は一時間で100メートルも動けない大渋滞でしたので、当日は、2駅離れたおばの家に徒歩で移動して泊まりました。翌日、昼から行動開始して、連れ合いに古河まで迎えにきてもらい、なんとか那須まで帰ることが出来ました。

家自体は、まったく問題ありませんでしたが、中はメチャクチャでしたので、早速復元作業にはいりました。収蔵品関連では、殆どが元に戻りそうですが、それなりに時間が掛かりそうです。完全に破壊されたアイテムは、当館唯一のデジ一眼のペンタックスDS2の液晶画面やじゃばら部品など数点に留まりました。ロフトに置いてあった、100万円の巨大レンズがアルミのトランクごと一階に落ちてましたが、中身は無事でした。というわけで、まだまだ家の復元作業が続いておりますので、当博物館はしばらく休館させていただきます。

今回の東日本大震災で、犠牲になられた方々にお悔やみ申し上げます。また、被災された方々には、微力ながら復興のお手伝いをいただきたく思います。

              
                旭はまた昇る。ですよ!

追記:皆様応援ありがとうございます。2枚目の写真は、復元を終えたリビングです。画面奥のスピーカーは50圓△襪里任垢、地震後にはなぜか天地が逆になっていました。どのような動きをしたのでしょうか?

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