秋の行方

めぐりには聞こえぬ楽器ほしと思う「ともしび」弾こう屋根に登つて

全体表示

[ リスト ]

祖母

イメージ 1

 祖母は16歳で結婚し、24歳で夫を亡くした。そのたった8年間の結婚生活で、4人の男の子と1人の女の子を産んだ。そのうち2人の男の子は生まれてすぐに逝った。舅姑との同居はその後ずっと続き、戦後に姑が逝き、男孫の私が生まれ、女孫も生まれ、舅が老衰で亡くなるまで、一家を支える家事労働を一手に引き受けて生きた。
 祖母の働く台所には竈(かまど・くど)があり、薪(まき)をくべてその火でご飯を炊いていた。くどの近くには、誰かが四国の金比羅さんに行ってお土産に買ってきたのか、丸金印の煤(すす)けた渋団扇(しぶうちわ)も置いてあった。魚は煙がたくさん出るので、外の七輪で焼いた。くどに薪をくべて火をおこし、あるいは七輪にたどんを入れて火をおこすとき、その渋団扇を使った。くどには大きな縁のついた羽釜(はがま)をかけた。くどの火はすぐには消えず、余熱でご飯はうまく炊けた。炊けた米はお櫃(おひつ)に移し替え、くどに残り火があるときには、後釜(あとがま)に汁物の鍋をかけた。祖母が炊いた米と麦の混ざった麦飯(むぎめし)は、ふっくらと美味しかった。
 掃除ははたき・箒・雑巾を使ってやっていた。北側の縁側の端には五右衛門風呂があり、夕方になると薪をくべて焚いた。燃えて炭になった薪は、炭鋏(すみばさみ)で取り出し、水にジュッと浸けて消炭(けしずみ)にした。熱いものや冷たいものを扱いながら、祖母の手は冬になると次第に荒れて、爪の間には、炭の粉塵もこびりついていた。

  「オマエマデバカニスルカ」と小さき吾(あ)を睨みし祖母をいまに想へり

 祖母は死ぬまで、私をいつもちゃん付けで優しく呼んでくれた。でも、一度だけオマエと言われたことがある。それは、小学生の私が「おばあちゃんの手、汚いね」というようなことを、もしかしたら顔をしかめて言った時のことだった。うからのなかにありながら、祖母の孤独をかいま見たような気がした。

閉じる コメント(14)

顔アイコン

懐かしくて読んでいるうちに涙が出そうになりました。私も親無しでしたから、祖母っ子で自分の祖母が無性に浮かんでなりませんでした。
昔の事を恐ろしい迄に良く記憶されていて、吾々年代の者には痛い程心に沁みる作品でした。大ポチ

2009/12/12(土) 午前 5:59 [ - ]

NHKで放映する上質な単品ドラマ。それを観たような、そんな文章でした。ポチ。

2009/12/12(土) 午前 6:37 [ かんたろう ]

顔アイコン

祖母を思い出しています。
干し柿が思い浮かびます。
一つでも思い出があることは良いですね。。
HUYUKIさんの所で学びますよ、残される人生子供と孫の会話を大事にしていきます。
いつもヒントありがとうございます。ぽち

2009/12/12(土) 午前 11:51  HOSI 

顔アイコン

お祖母さまの身を粉にして働く姿が目に浮かぶようです。
その荒れた手は、ほんとうはどんな勲章よりも立派な「証し」なのですよね。
日々のことどもをつつがなく誂えることの尊さ。
・・・「かあちゃん」達も、たった一言でいいから言葉に出して褒めてもらえると、心がふんわりするんだよなあ。
お祖母さまにぽち

2009/12/12(土) 午後 4:02 ゆあん

素晴らしいおばあさま。24歳で未亡人に
なり、その後の人生推して知るべしですね。
私もキヨノという祖母を尊敬しています。
今の人にはもちろん私にもまねのできない
ことです。キヨノをトラバさせてください。
ポチ

2009/12/12(土) 午後 4:46 [ えこ ]

顔アイコン

高々と見上げるほどの、皇帝ダリアが美しく咲いていますね。
こちらでも、時々見かけますが、その名にふさわしく、威風堂々としていますね。

お祖母さまの御苦労は、若くしてご主人を亡くされてから始まったにですね。
一家を背負って働かれる御様子が、手に取る様に解ります。うからのなかの孤独は寂びしい事ですが、
家族のために働く事に、生き甲斐をお持ちだった事と思います。

2009/12/12(土) 午後 4:52 [ sat*90*16 ]

顔アイコン

私の育ったころの葛飾の我が家を懐かしく思い出しました。炊き上がったご飯はこめびつではなく、おひつに移しました。冬はそれを藁のひつ入れに入れて保温しました。私の家には祖父母父母兄弟従姉まで12人も居ましたから、おひつはその日のうちに
空になり,夕飯は、うどん、や、すいとんでした。

2009/12/12(土) 午後 9:12 [ ろっぺい ]

顔アイコン

私も亡き祖母を思い出しました。
父方の祖母は特に、二人の息子を生んですぐに夫を亡くし、とてつもなく苦労したと聴いておりました。

すごく切ない思い出ですね・・・。
竈のある台所って、どんな匂いがするんだろう・・・と、ふと思いました。

2009/12/13(日) 午前 2:52 晋冶(しんや)

顔アイコン

非常に似た苦い経験を60年ほど前にし、時々おもいだしています。生意気な口をきいて怒られたのですが、切ない思い出です。

2009/12/13(日) 午前 6:22 小町の父さん

顔アイコン

羽釜で炊いたご飯は懐かしい味です。
炭火に水をかけたジュッという音も。。。

2009/12/13(日) 午前 9:09 Deko

顔アイコン

羽釜には食事の後の茶碗や箸を入れて池のそばに浸していました。そして縄の束子で一気に洗うのです。懐かしい昔を思い出しました。

思いの深い文章と歌に☆

2009/12/13(日) 午前 9:46 (bed ^^)

顔アイコン

父母43歳37歳に生まれた私に祖父母の思い出は有りません。
しかし竈や羽釜の記憶は甦ってきました。

2009/12/13(日) 午後 5:26 dfm*q*17

おばあちゃんて とっても優しいんですよね^^
私にもそんな思い出があります。
形見のもらったカーデガンを大切にしています。

2009/12/14(月) 午後 7:43 pur**ink

アバター

素晴らしいおばあさまだったんですね。
交差点などを渡る時に、祖母が手をつないでほしいと手を伸ばしてきたのに
誰かに見られたら恥ずかしいと、その手をふりほどいた思春期の中学生時代の
頃を思い出しました。。。

2009/12/18(金) 午後 4:27 な〜が

開く トラックバック(1)


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事