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ただいま正午過ぎ。学校の夏休みのお昼は少しのんびりとしています。小さなラジオのスイッチを入れると、NHKラジオから「昼の憩い」のテーマミュージックが流れてきます。それに続いて「ふるさと通信員」の方からの季節の風景にかかわるお話。このときのバックミュージックもテーマミュージックと同様、昭和20年代からひとつも変わることなく続いていますね。 |
HAIKU
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大雨洪水警報がこの地域に発表され、さらに隣接県の鉄道も不通となる。南に隣接する市域には、夕方の一時間に60ミリを越える豪雨が降ったとか。わが市の東部丘陵地域の一部には住民に対する避難勧告。その後、避難勧告の地域は次々に拡大。土砂崩れあり。テレビ画面には、そんな情報が次々とテロップで流れていた。 |
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あのとき、日本列島には五月雨(さみだれ)が降っていた。中国地方攻略の任にあたっていた秀吉は、毛利方の備中高松城を取り囲んで、兵糧を遮断すべく水攻めをしていた。秀吉にせき止められた川は、降雨による増水で城の周囲をあっという間に湖にしてしまい、城は孤立した。秀吉は城主清水宗治の降伏は時間の問題と考え、主君信長に中国方面への出陣を要請。それに応えて信長は光秀に秀吉支援を命じる。 |
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実家の前の急傾斜地をコンクリートで固める工事をしたのは、呉地方でも豪雨災害が増加しはじめた平成17年の夏の頃のことだった。その夏、夜になると実家の古い母屋の天井裏に鼠がさ走る音がするようになった。そこの草木をすべて伐採したうえでコンクリートで固めてしまったせいで鼠が逃げてきたのじゃないかと、母が言った。あとで調べてみると、他にも理由があった。父は自分で育てたサツマイモを冷蔵庫の上に大量に置いていた。いくつかのイモの表面の皮には鼠にかじられた痕があり、これも鼠を誘い込むに十分な理由だった。 |
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20年前の鉄筋コンクリート校舎の公立高校の教室には冷暖房装置など何もなかった。わが国の学校の校舎の窓は大きくて、冬は燦々と冬日が入り、窓を閉めれば45人(今は40人学級が標準)の人いきれでそれなりに温かった。学校にストーブがなかったことで、ユーモラスな悲劇もあった。2月の受験期に大学の受験会場で、まさかそこに暖房器具があるとは思いもよらず、腰掛けと勘違いしてストーブに腰をおろした生徒がいた。スカートを少し焦がしただけで助かったと言ってはいたが。 |



