青い君と銀の笛♪

2014年も心身のストレスフリーをモットーに、、!♪

追憶、、。

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針への目覚、、♪

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<写真:ビッグアップル<NYの呼称>にお疲れカエル、、私みたいじゃん♬>


何処から見ても健康そうにみえるという、自称「見かけ倒し」の私、、。
最近、ちょっと疲れやすく、スタミナが無いのが分かる。
ただそれだけで、何処も悪くはないのですが漢方薬でも、、と考えている。

気持ちは相当若手なのに、最近、身体がそれについてイカンのであります。
冬嫌いの私、寒い間は冬ごもりをするのが習いの熊同様、動きたくな〜い。
こういうとき漢方薬で元気を貰おうかなというのが我がアイデア、、。
実は乳癌以降、漢方薬もずっとご無沙汰しているんです。

癌治療を終えてはや10年、そろそろ漢方薬を身体に入れても良いでしょう。
東洋医学はバリバリに信じている。
「信じるものこそ救われる」って云いますでしょう、
私には漢方薬、鍼灸はすんなりと心身に入り、良く効くんです。

信じるようになった原因は,,もちろんあるんです。
こちらに来る前、ですから若かりし頃ですね。

走ることは嫌いなのに、お付き合いしていた彼と1度だけ義理ジョギングをした。
翌日、足がムクッと腫れていた。
ジョギングで足が疲れてるのだろうとべつに気にもしなかった。
日に日に足の腫れが引くのではなく、反対にムクムクムックリ酷くなって来た。
お洒落な靴はムリムリ、押し込んだって履けません、ゾウの足です。
はじめて、ゲッ!こりゃイカンぞい!ですよ。
母に見せたら日頃おしとやかな母さえもあからさまにギョッ!とした様子。
19歳の時から私はぎっくり腰の女王なので、医者の薦めで夏冬関係なく、
スカートは滅多に履かず、いつもおズボンで颯爽と、、。
なので、両親と云えどわたスのおみ足には早々とお目にかかれんのでした。

早速、ぎっくり腰でいつもお世話になるお医者様に行きました。
いろいろ、お薬を貰ったり湿布薬を貰ったりしてそれらを毎日使用。
1日が過ぎ2日が去り3日も4日も足の腫れが引いた風には見えず、
反対に日々、これでもかぁ〜これでもかぁ〜とおみ足は育ってムックリ象之助。

当時、何をするにもキラキラと気持ちだけは輝いておりました若きアチ助にとっては
それはもう涙、涙の辛い日々でした。。。
パンパンに腫れた足を眺めて、毎日お菓子をやけ食いしていた。

お医者様も次々にお薬を出されるのですが、
私の胃がお菓子とお薬にギヴアップしているらしく
ムカムカチクチクと胃も痛む。

でね、お付き合いしていた彼が責任を感じていたのでしょう
何処からか仕入れて来たあるお坊様の鍼治療のはなし。
彼が聞いた情報ではただの坊さんじゃないらしく、中国へ渡って40年間の修行。
そのついでと云ってはなんですが鍼灸治療をも会得されたと云う。

私も両親も足の腫れを見るにつけ藁をも掴む思いで、なんとかしなくてはと
なんでも試そうという精神状態。是非にもとお坊様に無理を頼んで早速のアポ獲得。

お坊様は中国から帰国後、何年も鍼灸治療に専念されていたらしく
全国からこの老齢の彼を頼って病人が大勢集まっていた。

病院での最新医療機械を使った健康診断による検査ではいつも
「異常なし」の結果が出ていた私。
このとき、医者が解らなかった身体の状態が判明しました。

まず、このお坊様の初診はといいますと、、
暗室のような診察室には丁度壁と天井が接点となる一角に
ひとつだけ明るいはだか電球がともされていた。
足の腫れで来たのにも拘らず、チラリと足を一瞥しただけで
「着ているものを全て脱いでその灯りを背にこちらに向きなさい」という。
若き女性ですからね「エッ!足と何の関係があるのかしら?」と
チョットたじろいだのは当然です。

それでも云われた通りに灯りとお坊様の間に一糸まとわずの私が立ちました。
古式レントゲンかいな?と、お坊様がナニを見透かされたのかは私には解らないけれど、前上半身にマジックのようなものでチョンチョンと印を付け、後ろ向きになっても同様。
足にも黒いマジックの点点がついた。

その後、浴衣のようなものを着て本堂のようなところヘと導かれた。
此処は畳敷きでずらりとお布団がしいてあり、
それぞれの布団に針の刺さった人間があちこちに横になっている。
小説にでも出てくるようなちょっと異様な不気味な風景でした。
云われるままに、私もおずおずとお布団にうつ伏せになると
お坊様がチクリチクリ感じるか感じないか程度で鍼治療開始。
「そのまま、45分間眠っておれば良いから、、」と、また暗室に消えた。ドロン!

背中にも針が打たれていたようですが足に打たれた針がググ〜〜ング〜ンと
神経を刺激している不思議な感覚が伝わって来た。

そのままウトウトしたのでしょう、起こされて、洋服に着替えてふと気がつけば
タラ〜〜ン!みごとに足の腫れは引いていたんです。マジシャンか?

このとき、このお坊さんの暗室で注意を受けました。
私の内臓全ての機能は標準以下ということで、働きが鈍い訳ですね。
「健康診断で機能が鈍いと云われたことがないですよ」と反発すると
こういうことは病院の診察グラフには出ないヨ、とお坊様はカラカラと笑った。

でね、走ることや縄跳びは生涯避けた方がよろしいぞ、、と教えられました。

当時を追憶するに、1週間も医者に通っても足の腫れはどんどん悪くなり
ゾウの足のようパンパンに張れ上がった我がおみ足、靴もはけない状態でした。
藁を掴んで訪れた鍼治療。
たった一度の鍼治療で、元の頼りなげな細いおみ足に戻りました。

鍼の効用、それに西洋医学で見えないことが東洋医学で解ると云う不思議な経験。
私が東洋医学を信じるのは当然のことと云えますね、、☆


お知らせ:2月22日「月末決算クイズ」です。お見逃しなくね,,ウッヒ♪♡

は〜〜い、
今日はアッちゃんが一生忘れられない「The 記念日」で〜す、、。


さぁ〜、、、、、、、何でしょうか、、、?


ヒント1;かくれんぼに負けた記念すべき日なので〜〜す。
ヒント2:どの国に行ってもこのアッと驚くゲームは絶対的に存在しま〜〜す。


★サッ!、、、答えが出た方は記事を読む前に「解答コメント」をどうぞ!


あのぉ〜〜、、、ご褒美は、、あるんでしょうかぁ〜?

甘えんじゃないッ!、、、と云いたいけれど、、、、アッちゃんは優しいからサッ、、
最後にチョコッとね、、ご褒美を、、、、お楽しみにね♪


           
それではですね、「The 記念日」になったその特別の日を披露いたしましょう。

わ〜〜い、、、パチパッ!、、、、拍手は要らない!、、、、ぱッ!、、不発、、、


           ーーーー★☆★ーーーー


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<写真:ロスにあるユニヴァーサル映画のセットです。可愛いいでしょう♪>


*マンハッタンから2時間半の地/コネチカットのド田舎に
サマーハウスがありました。
マンハッタンを出て郊外にはいると1時間半はクネクネとカーブと坂道がコンビの道。
何回も往復するうちに馴れて怖いことなんかぜ〜んぜんありません。が、
この上がり下りの激しいクネクネ道では事故が起こり易くみんな慎重運転。
スピード狂のアッちゃんもこの道では大人しく規定スピードを守り安全運転。
此処を通り過ぎると片側4車線で合計8車線の広いハイウェイーに入る。

その日、ハイウェィーに入ると、どうやら新舗装したらしくいつになくスムーズ、
全ての車が滑るように静かに流れる。タイヤもさぞかし嬉しかったろう、、。
車中ではアッちゃんの好みのミュージックがガンガン鳴り響き、
この世の憂さをぶっ飛ばし身も心も、ついでに車さえも音楽に乗りまして
バンバンズンズンスピードが上がる。

身体も頭も音楽に踊り揺れ、この世は天国、わたしだけが運転手!みたいな、、ネ
車は嬉しそうにドンドン他の車を追い越し切り離し、、、爽快最高地上の喜び!
とはいっても、ご存知、樹木の影に「鬼」がソッとジッと忍耐強くかくれんぼ。
人種が変われどコノ「鬼」は、世界中何処に行っても同じゲームを繰り返す。
<ここまでくればお判りでしょう、、、>

音楽に身も心も委ねてはいても、ときどきは廻りの状況を伺いながらの運転。
益々音楽に乗り、気分は殿上人、、相当ハイなアッちゃん、、、♪
チラリ!と見たバックミラーに、、いつの間にやら何処からか現れいでたる
パトカー、チカチカキラキラと派手に赤い光りを放ち真後ろにピッタリ!

「ん、なんだ?」音楽に浮かれた超暢気トンボのアッちゃん全然驚きません。
アラッ!かくれんぼの好きな鬼が出来てどうしたんだッ?、、、ってね
<経験が無いッスから「鬼」がどうでるか、何も知らないのでね、、悠長なもの>

ああ、そうか、キラキラ派手な「鬼」は先を急いでんだねッ!
わたしを追い越したいんだナッ、、ってね、本気で相手を思い遣る
親切なアッちゃんは2車線目に速やかに動いて道を譲りましたヨ、、。すると、
チカチカキラキラ車も2車線目に続き、またピタッ!とくっつき虫。
ほんじゃ3車線へ、パトカーは矢張り3車線へとピタリ!
ひつこい鬼だなぁ〜「親切もこれが最後だぞぉ〜!」と4車線目へ譲ると、
キラキラ星が矢張りピタリ!とアッちゃんのアウディーに続く、<???←我が脳内>

この瞬間の「???脳内マーク」で初めてチカチカキラキラ星の狙いが分ったんです。
嘘のような話しですけど、ホントにその瞬間まで何も理解していなかったんです。
<神経質で自称頭脳明晰な??割りにはトロイ、、超トロ、、、やね、、>

やっとこさ「アッ!そうか、スピード違反かッ!、、」てね、オイショッ!と停車。
<そういや他の車は速度を守りアッちゃんを意識的に避けてたなぁ〜、、孤独!>

「鬼」が開口一番のたまうには、狙いをつけた時から暢気トンボが停車するまで
 要した時間は記録の約15分だと。「敵」もさるもの根気よく追いかけましたネ。
<考えてみると、15分間もの間、追跡と思わぬ人間の脳内構造も凄い!、、超人的>
<サイレンがなかったんで、相手が急いでいるんだとばかり、、譲り合い精神旺盛>

鬼「君はドライブが相当好きなんだね、、」<嫌みな鬼は必死で苦笑いを隠してた>。
アッ「なにか?、」<皮肉な奴!と思ったけどわたし好みの顔だったので、、許す>
鬼「此処は60マイルが限度ですが君はどれくらいの速度を出していたか知っている?」
アッ「ご免なさい、90ぐらい、、」免許証&ほか書類を全部差し出した。
鬼「100超えてましたよ、、これは車の説明書だから要りません」<苦笑の鬼>
アッ「アッそう。ハハハハハ♪、」<全々悪いと思ってい無い態度>
鬼「厳密には102マイルでしたからね、免許証没収になるスピードですよ、、、」
アッ「お気に入りの音楽を聴いていたので、、聴いてみます?」<知人との会話>
鬼「いえ結構です、また今度」鬼は紙に何かを書きながら頭を振り振り苦笑い。
アッ「そう?今日を逃したらまたのチャンスは無いですよ、、」<友人との会話>
鬼「そう願いますね」ニッコリと免許証と紙を手渡されたアッちゃん。
アッ「ん?、、、、」
優しい鬼「没収にならないギリギリの85にしたから、ニッ」<もう親友です>
アッ「ありがとう。で、これをどうするんですか、、?」
優しい鬼「150ドルのチェックをこの住所へ送って下さい」
アッ「150ドルもぉ〜?、高いのねぇ〜、、」<そろそろ我がままが出てきました>
優しい鬼「没収よりは良いでしょう?、、、」苦笑しっぱなし。
アッ「そりゃそうかも知んないけど、、、」<不服そう>
優しい鬼「じゃっ!この先、気をつけて!」<優しい鬼は最敬礼!して退散!>
アッ「もちろん!サンキュー」<好い男でスた♪>

マッ、こんな具合でね、生まれて初めてスピード違反のチケットを貰ったって訳。
大枚150ドル、チャッリン!、、と消えにけり、、。

「鬼」に捕まったアッちゃん、それが去年の今日(8月19日)でした。

主人も友人も呆れて、その後大笑いされました。
皆が云うには奇跡に近い処置だった、、、、んだと。
「ふ〜〜ん」と、知らないということは幸せなもんですね。

家も私のアウディーも売却した今は、一人でド田舎へとドライブすることも無く、
主人の車で居眠り、鬼とのかくれんぼゲームにはもう縁がなくなったアッちゃん。
主人はホッ!としているみたい。

たぶん、あの「優しい鬼」もホッ!していることでしょう、、ハハハハハ♪

       
       ーーーー皆さん、速度を守り安全運転でね!ーーーー


*それでは、お待ちかねの本日のご褒美は、、、、、


アッちゃん自前のコメントを差し上げま〜〜す、がっはっはっ♪

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「ツツジ」の里、、。

ん、ちわぁ〜〜〜♪
今日は相当長めの文章になりますのでね、完読なすった方には
最後に素晴らしいご褒美があります←<モノで釣る、長文にはこの手!>
*Hey You!ズル無しよ、文章は上から下へと順々に読んで行こう、、ネ!

皆さんはローラーコースター/日本での呼称はジェットコースターが好きですか?
キャァ〜〜!恐いぃ〜ギャァ〜〜!と、高いところから真っ逆さまに谷へ落ち、
また、性懲りもなくカッカッカッカァーーと天に向かって登り詰め、、
おお、高かぁ〜い♪と思ったとたんに、またキャァ〜〜!キャァ〜〜!の繰り返し。

誰に遠慮気兼ねなく絶叫!絶叫!絶叫!もひとつオマケに、☆ー絶叫!!!ー☆
喉がヒリヒリする程絶叫出来るローラーコースターがアッちゃんは大好きなんですヨ。
それも一番前に陣取ってね、上がったり下がったり、、ギャッ〜〜〜ァ!

先日はマジメな文で谷間へとご同行して頂きましたのでね、
本日は皆さまの切なるご「期待」に応じましてですね<誰や、余計な期待したんわッ!>
私共々、機嫌良く明るい空に向かってですね、浮上いたしましょう。
人生をすねていらっしゃるあなた、<キョトキョト、誰や?、あッ、あんさん!>
それでは、みんなで一緒に楽しく山のぼりぃ〜〜。

わ〜〜い、、パチパチパチッ!、、、、ファイト〜!、、、パチッ!

★高2の時、ツツジを見に姫路方面の山中へ親友Y子と二人して1泊2日の旅に出た。

どこで仕入れて来た情報なのか、Y子が山一面にツツジが咲いて見事な眺めだという。
「ほんじゃ!」と早速両親に嘆願書提出、許可を得て「やったぁ〜!」サァ出発!
電車とバスを乗り継、また乗り継ぎ、またまた乗り継ぎを繰り返し、
時にはおにぎりをパクパクかじりながらテクテク歩いて、
世捨て人のように随分人里離れたところまで行った。山奥に旅館はなく
「民宿」というところに初めて泊まった私達二人の冒険?旅行だった。

現代のようにウェブサイトで検索ポンッ!、、ジャァ〜〜ン、、♪、、と
綺麗な写真が出て一目で内容が分かる、というような秘密兵器がまだなかった頃。

Y子が旅行社から1枚のパンフレットを取り寄せたところ、
家の形が辛うじて見えるが、民宿の内容はサッパリ分らない山景色ばかりの写真。
二人で目を凝らして見つめたパンフレット。へぇ〜〜これが、民宿「ツツジ」かぁ〜、、
「可愛い!良い良い!」ってね、手をたたいて、、、悠長なものでした。
「素敵!な旅になるわよ、、♪」なんてね、世間知らずの夢見る乙女二人。

民宿「ツツジ」に着いてみると、文字通りしわくちゃのお爺さんお婆さんの経営。
家の形があるというだけで、ぼろぼろのあばら屋。食事は信じられない程まずく、
家の中は家畜と何かがスえた様な独特の臭いが混ざり、クサイのなんのって、
嘘のような話しですが二人ともしばらく鼻で息をするのを止めまして、
金魚みたいに口でパクパク呼吸していたんです。女学生の知恵、
そうすると少なくとも臭いはしませんからね、、<なんならお試し下さ〜い!>

不自然な呼吸法、「箸がこけても、、」の年頃、ゲラゲラと何をしてもおかしくて、
笑っている間に「臭い」に馴れたというか「服従」したというか、、。

お風呂は五右衛門風呂。見たことも入ったこともなく、どうして使うのかさえも知らず、
いっとき五右衛門風呂パズルを二人して楽しんでいた。

若いということは素晴らしいことですね。甘やかされ我がまま放題の都会育ち二人。
「ツツジの」里では違う意味でとっても自由で開放感一杯でした。
今にも倒れそうなぼろぼろの田舎家で、変な家畜の臭いも食事の不味さも全てが
お笑いの種になり、ナンとも面白可笑しく楽しかったんです♪

五右衛門風呂にも入り、すり切れた酸っぱい臭いのするよれよれのゆかたを着て、
「何だか乞食みたいだね、、」って、またゲラゲラとお腹を抑えて笑い転げた。

外は真っ暗で何も見えやしない。ソロソロ寝ッかとせんべい布団を引っ張り出してみたら
四角いような甲羅の固そうなネズミ色の虫が4〜5匹ワサワサっと畳の上に奔ったんです。
「ギャァ〜〜!!!、助けてぇ〜!!!」しばらくの間、狂気的悲鳴のオンパレードでした。
静まりかえった山奥の田舎がまるで道頓堀界隈の賑やかさに匹敵する程の騒々しさ。

ギシギシ階段の音がして、「どうしたぁ〜?」とお爺さんが
矢張り私達とお揃いのよれよれのゆかたを着て、階段の上がり口にペッタンコと座り
実に迷惑そうな様子で、私達が指差す虫を見て、、、

「ああ、これはジョロ虫じゃ。触ったらアカンぞぉ、、」ってさ。
「エッ!いやだぁ〜、、毒があるんですかぁ〜?」
「んにゃ、毒はないけんど臭いんじゃッ」
「えぇ〜、臭いんですかぁ〜〜、、、」ってね私達はもう笑ってました。
「どんな臭いがするんですかぁ〜?、クスクス、、」
「触ってみろ、、」とクンクン鼻を鳴らしていたお爺さん。
「そう簡単に云われたく無いよねッ」ってね二人で顔を見合わせてはまた大笑い。
「虫はな〜んもせん。あんたら、もう寝なよ」と階段をギシギシ下りて行きました。

顔面を歩かれたら大変だとタオルで顔を覆い電気を煌煌とつけて横になっていただけ。
うつつとするとカサコソとジョロ虫が動く音がして目が覚める、、
これの繰り返しで夜が明けて仕舞い、太陽を見たときは嬉しかったですよ。

お婆さんに聞くと、あの家畜とスえた凄い臭いがジョロ虫殿の臭いだったらしい。
ジョロ虫の臭いが身体中に移ったようで、不味い食事も当然欲しくは無く、
そそくさと豪邸「ツツジ」の宿を逃げ出しました。

ツツジ観賞は要らん!、真っ直ぐお家に帰ってお風呂に入リた〜いの一心だった。

バスの時間にはまだ2時間あるということで、てくてく歩き、ヒッチハイク。
<ヒッチハイクが可能な時代でした>、
ピカピカに磨いた運転席の男性一人だけの車に乗せてもらった。
<女性ドライバーか男性一人だけの車なら安全と思っていましたから、、>

運転する男性は、ちょっと陰気な感じで、私達は後部座席へ座りました。
「何処か最寄りの国鉄の駅までお願い出来ますか?」
「駅までで良いの?」
「ハイ」
「どこから来たの?」
「大阪です」
「行く当てもないから、大阪まで送ってやるよ」
「、、、、」<矢張り危険だったかなってね、チョット不安になりました二人>

そうこうしているうちにスピードがどんどんエスカレートして、細い山道で
カーブなんかはキキキキキッ!、、って凄い音がして私達二人はあっちへこっちへと
後部座席でイモ転がしの状態であっちへゴロゴロこっちへゴロゴロしてたんですよ。

初めは「これはやばいナッ!」なんて二人して顔を見合わせて
イザというときの為に鞄の中から武器になるようなものをと
手探りで探すんですが、そんなもの持っていませんよね、、。
幸いコカコーラの空瓶を鞄に入れてあったので、取り出しましてね、
イザとなればこれでゴツンと殴ろうかと、、、、防衛準備良し!

そんな状態で神経は相当緊張しているのに緊張すればする程神経とは反対に、
イモ転がしの状態がおかしくて、クスクス笑いはじめてしまいました。
それが却って良かったんでしょうか、スピードが緩くなッたので、
「もう此処で良いです!」ッてネ、キツネや狸に山中で出会う方が好ましいと
比較的意地悪に大声で頼んでみました。

「ゴメン!」てね、随分素直に謝られて、世間を知らないうぶな高校生に
己の悲しい運命をですね、ポツポツ話し出したんですこの男性が、、、

どうやら婚約破棄を言い渡されたらしく、失恋の痛手の真っ只中。
自殺でもしてやろうと愛車をぶっ飛ばしていたら、
にっくき女の卵二個が山中でヒッチハイク。逆恨みというものでしょうが、
彼にとっては「カモが嬉しそうにネギ背負って」飛び込んで来たようなものだったでしょう。

惚れたの振ったのなんて「大人世界の小説」のような出来事と考えていた私達、
若い身空で無理心中はイヤですからね、口から出任せ、二人で慰め役ですよ。
それでも、彼は非情な婚約者を考えるとまたムシャクシャするのでしょうか
アクセルをバンバン踏んで超スピード復活、私達は後部でまたイモに戻る。
転がるイモ達の必死の慰めに、ふと気持が落ち着くと、自制する、、、。
とまあこんな具合の繰り返しで、とうとう我らが都会、大阪まで送ってくれました。

育ち盛りの二人、その日は結局朝から何も食べずじまい。
空腹と慰め疲れで相当不機嫌になっていた。山中じゃなく賑やかな地元大阪、
我らが庭に戻った安堵から、二人とも薄情で突き放すような
「死にたきゃ一人でどうぞ、、」みたいな気分でお礼もほどほどに車から飛び出しました。

当時27歳だったあのおじさん、無事にお家に帰ったかどうかは私達は知りません。

現在は、ヒッチハイクなんて考えるだけでも恐ろしい世の中、
何事もなかったからよかったものの、世間知らずの高校生二人、
随分危険な橋を渡ったものだと、いま思えばゾッとする。
幸いにも双方の両親は知らない筈です、、。

若く無謀ではあったけれど、疑うということを知らなかった私達、
あの頃の悠長で優しかった世の中が懐かしい気もします。

目的の山一面に咲くツツジは見逃したものの「ツツジ」の里を語る時、
夜通し奔り回った臭いジョロ虫と自殺志願の男性はなくてはならないサブジェクト。
思い出すたびに私達はあの頃に戻り性懲りもなくまた笑い転げてしまう。

笑い転げる人間がもう乙女では無いという部分だけがチョット寂しいかな、、。

ふぅ〜〜、、ご苦労さまでした。

は〜〜い、完読の御褒美はこれ↓、、、お貸ししますのでね、、、
自前で冷たいおビールを一本、、、シュッワァ〜!☆、、とどうぞ、、、♪


イメージ 1

思うに、、、
子供時代は遥か彼方で化石と化し、乙女の頃も霞がかかったほどに遠くへ去り、
大人になって久し〜〜い今日この頃、ふと過去を振り向けば思い出が一杯こっぱい。
その中には良い思い出もあればヤな思い出もある。

良い思い出は月日と共に色彩を増し「素晴らしい思い出」となって心の深淵に残る。
ヤな思い出はといえば月日が経つにつれ怒りや憎しみ悲しみが薄れ、
苦い思い出そのものが「成長への教訓」という名にかたちを変えて、
これもまた良き思い出となって心に残る。

だからこそ、人間は前を向いて生きて行けるのかもしれません。

*何となく接点を感じ、いつも訪問させて頂く「女性釣り師ー堀江ママさん」が、
「蟻」に関する幼い頃の思い出をチョコッと書いて居られた。

それには、、、
= ☆ーーーーー小学生の頃の夏休みの日記に
  ”きょうは スイカに集まる蟻を見ていました” って 書いた。 
  すると、母に もうちょっと変化のあるような 
  動きがある事を書きなさいって 言われたので、
  ”運ぶ専門の蟻”と”連絡係の蟻” がいるようですって書いたら、
  呆れられましたーーーーー☆ =

ママさんのこの可愛いい日記はリンリンと私の記憶を呼び起こし、
子供時代(小1)の忘れられない思い出へと、引き戻してくれました。

             ーーー★☆★ーーー

どうしようもなくお転婆で、どうしようもなく勝ち気な女の子のお話ぃ〜、、。

アリの習性って知っていますか?
アリンコ達は道の真ん中では決してはびこらない、ウロウロしない。
目立つことが嫌いで、歩くときは何かに沿って目的に向かって歩く。
遠回りであっても、もと来た道を脇目もふれずに戻って行く。
とはいえ、仲間に会うとホイホイホイッと短い挨拶はして行くようです、、。
団結心が強く、己の役目を絶対的に果たす一心不乱の働き者。
というのが、これから話す思い出話し、、、
好奇心旺盛な女の子のアリンコ観察から仕入れたその時の印象でした。

イメージ 1



ある日、庭の飛び石の廻りで
アリンコ達が交通渋滞を起こしているのに気がついた女の子。
「ん?、、なんだ?、、」とその飛び石に近づくとアリンコがウッジョウジョ。
大人になった今は、思い出すだけで身体中がシカシカ痒くなる程の数でした。

飛び石の廻りには直径5ミリ強の穴が2つ在って、アリンコは出入りに忙しい。
穴の周囲は乾いた土でプックリと、丸い砦を築いたかのように高く盛ってあった。
ジッと見ていると、アリンコ達はその穴から出て来ては
2〜3メートル先の樹の茂みへと早足で長蛇の大名行列。
茂みから帰って来るときはなにかをかつぎ、引っさげて汗だく<?>で戻って来る。
この大名行列はアッチャ行きとコッチャ行きがあって、それでも規律は守られていた。
「何だか面白いニャ!、、」とアリンコ探検しようと決めました女の子。

細い棒で行列を邪魔すると、そのあたりにいたアリンコはサッと全員集合、
見え見えに歯向かう攻撃姿勢。
それぞれが後ろ足で踏ん張り、細い2本の腕をボクサーのように’振り回し
女の子にパンチ!でも喰らわそかッ、、、、というジェスチャー。
「アリのクセして生意気だぞっ!」と今度は棒切れで穴をほじくり始めた女の子。
穴の廻りにサーッと素早く集まってきました労働者諸君のアリンコ達が、、。

歯向かうアリンコを撲殺し、今度はスコップで穴をズンズン掘り起こしました。
もちろん負傷、瀕死のアリンコは数えられない程だったでしょう。
ズンズン掘削が進むうち、見えてきました穴の奥、神秘のアリンコ帝国が、、。
そこには真っ白い艶のある卵らしきモノがコッポリ山になってましてね、
ひとつを取り上げますとね、白くて透明感があり、しっとりした感触で
真ん中がちょっとくびれていてひょうたん型、長さ2ミリ程のものでした。
陽に透かしてみると其の中にちいさな黒い点がすけて見えました。

「ワッ!アリの赤ちゃんだ!」と学校へ持って行くことを決めた女の子。
小さい子供の手はあんな小さいモノを掴めるんですね。
大人の手では到底素手で掴めることが出来ない程の小さいアリンコの卵でした。

クラスメート全員に1個づつと先生にもひとつ上げようと
マッチ箱の中に大事に入れて、「明日が早く来ないかナッ!」ってね、
随分の興奮状態で夕飯もそそくさと終らせたのを覚えている。

翌朝、母が細長いネット(ミカン等が入ったネットの袋みたいなもの)へ
卵の入ったマッチ箱を入れてくれましてね、学校への道々、
みんなの驚く顔と先生の笑顔を浮かべながらなんだかとても嬉しくて
いつもの様に大きく手を振り学校へとマーチした女の子。

早く先生やみんなに話したくて、先生が教室に入って来るなり手を上げて
意気揚々とアリンコたまごっちの説明。
先生の廻りにクラス中が集まり、先生が持つマッチ箱をみんなで凝視。
みんなのキラキラした目は、私の誇り、冒険のたまものととても嬉しかった。

「さぁ〜、開けるぞぉ〜、、」ってね先生がそろりそろりとマッチ箱を開けました。
小さな頭がこっつんこっつん当たりながら覗き込んだマッチ箱。

ギョッ!!!、、エッ!、、、アッ!、、ナッ、、ナント!

カラッポ!、、、、、、、マッチ箱はもぬけのから、スッキリ空き家でした。

「な〜〜んや!ないやんか!」ってね、みんなに冷たい目で見られて
女の子の笑顔は消え、血の気が引くような寒い気分で涙がじゅわぁ〜〜、、、
勝ち気な女の子は泣かないように、負けないようにとグッと頑張ったんですが、、、
ポロポロ涙が出て、無性に悔しかったんです。

先生が「アッちゃん、今日も手を振って学校へ来たんじゃないのか?」ってね。

昔の先生方は子供一人一人の「習性」をよくご存知でした。
子供の頃、学校へ行く道、帰る道大きく手を振って歩くのが私のクセでした。

先生は「アリさんは勉強が嫌いなんだよ。だから逃げたんだよ」ってね
私達は素直な子供でした。そうだそうだとみんなで頷きなぐさめ合ったのです。

学校の帰り道、半数以上のクラスメートがボランティアー。
皆で手分けして、女の子の朝来た道をくまなくキョロキョロとお喋りしながら
小さい白いものを見つけては屈んではつまみ上げ、、、の繰り返し。
振り落とされて仕舞った白い小さなアリンコの卵を探しながら帰ったんです。
道の何処かでたまごっちは待っててくれるだろう、、、、なんてネ、悠長な
嘘のような思い込みも、幼い子供達が持つ「夢」という名のワクワクする遊びでした。

もちろんのこと、ひとつも見つけられずにガッカリして家に帰り、
ランドセルも背負ったまま、無惨に壊されたアリンコの砦へと庭に出てみると、
アリンコ軍団で大賑わいだった飛び石の辺りには、
1匹のアリンコさえももう見つけられることが無く、ショック!でした。
大人の気持で表すならば「悄然」と云う言葉がピッタリの一瞬でした。
子供心にとても悲しくて、飛んでもないことをして仕舞ったと辛くて涙がポロッポロ。

その何とも云えぬ悲しさは1週間程続いたように記憶しています。
いつも元気過ぎる娘の萎れた様子に、両親は余程心配していたのでしょう、
その間、我がままを叱られることも無く、
私の好物ばかりが夕膳に並べられていましたから、、、。

子供の頃に好きだった昆虫達、子供時代が過ぎてしまうと
見ることはおろか、ましてや触るのはもっての他。
虫は天敵とばかりに見かければパチンっと抹殺してしまうことが多い。
しかしながら、アリンコだけは子供だったあの日から今日に至るまで、
1匹たりとも殺したことは無いんです。<あの日に随分殺しましたからね>。

「罪の意識」?、、、そうですねぇ〜、、、、
   子供心に根をつけたアリンコ意識なんでしょうネ、、、☆★☆

、、、と、まぁ〜こんなことをね、、、
訪問先のママさんの記事から、懐かしく思い出した訳なんですヨ。

誰にでもあるでしょう、忘れられない「子供時代の思い出」が、、。
楽しく嬉しい思い出ならば尚更のこととして、たとえそれが
苦く悲しい淋しく辛い思い出であったとしても、時が経てば
ノスタルジックな思い出は美しくそして微笑ましい己の軌跡。
大切にしたいものですネ、、。

         ** 完読ご苦労さまでした。感謝感謝 **

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