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先週木曜日からハリケーンに備えてバタバタと買い物に走り廻り |

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先週木曜日からハリケーンに備えてバタバタと買い物に走り廻り |
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本日<金曜日>は朝から癌専門Drの定期検診でした。 マモ無事通過の後なので気分は楽な定期検診で 寒い所為かキャンセルが多くDrオフィスは何時になく閑散としてました。 待合室では6ヶ月前に手術したばかりという抗がん剤治療中の女性が 看護婦さんの質問に答えていた。 彼女は身内が居ないので独りで手術に絶え治療に通っていると話し とても辛いのだとポロポロと涙を流し始めた。 真ん前で読書中の私、本を読んでいても矢張り気になるその方の事情。 誰かに聞いてもらうだけで”心の痛み”は少し薄れるのです。 本を膝に置いて彼女に会釈すると、 「以前は毎日泣いていて、もう泣くまいと思うのだけど、、 話すとどうしても、、ご免なさいね」と涙を拭きつつ彼女は謝った。 「泣きたい時は泣けば良いんですよ、私もそうでしたから」と私。 「そうよ、泣けば少しは気分が楽になるから泣けば良いのよ」と老齢の女性。 “癌”という名の同じ病気の不安を抱えた”同胞”です 看護婦さんが去った後も私とその老齢の女性とが彼女の話し相手、慰め役。 何を聞くにも相手の痛みが自身の痛みとしてひしひしと伝わって来る。 それぞれの症状/状態は違っても、身につまされること多く、 もらい泣きしながら彼女の心の叫びを聞いてあげた。 どうやら別の病院で別のDrが全摘手術し、その後、背中の肉で胸部を整形。 誰かに薦められて私の主治医<Dr,Greenberg>を彼女の主治医にしたという。 彼女は切り取った背中の部分が痛み日々何も出来ないと嘆く。 「手術後まだ6ヶ月でしたらまだまだ痛みはあるでしょうね。 でも月日と共に薄れると思います。リハビリなんかを Dr.Greenbergに相談なさったら」と私。 検診を終え待合室に戻って来られた彼女は 「Drに相談したらリハビリの先生を紹介してくれました」 「それに、傷口が元に戻るまで最低1年は掛かります」 と云われたと安心した笑顔を見せていた。 「コレからも泣きたい時は思いっきり泣いて 発散したほうがいいですよ。泣くことが罪でも 恥ずかしいことでもありませんからネ」と私。 「話しを聞いてくれてありがとう」と帰って行かれました。 −−ハッピーな週末を、、♪ーー きょうのBGM:Bobby Mcferrin - Don't Worry Be Happy! / 3:57<終了しました>。 この曲を初めて聴いたとき「随分ふざけた歌だなと、、」思った。 大ヒットして一時、何処へ行ってもこの間の抜けた曲が聴こえて来たものです。 聞くたびに、その日の気分でこの歌の受けとり方が違った。 悪いニュースばかりの世知辛い世の中ですもの たまには「Don't worry be happy」と軽く生きるのも必要ですね。 マモ検査のあった水曜日と違って今日は気持に余裕があった、、♡
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<好きな奈良の大仏さま> 昨日<水曜日>は夕方まで気分が谷底を彷徨っていました。 毎年2月はマモ検査と数日置いてDrのフォローアップ検査が続く。 だから毎年2月はなんとなく不安な気持で始るのが常。なのに 今年2月は深い不安感が無く比較的和やかに幕が開いたのです。 今年はあの乳癌の手術から14年目になります。 マモ検査という水曜日を前に真夜中悪夢にうなされ、 自身の悲鳴を聞いたのと同時に 「君君、、どうしたの」と主人に揺り起こされて目醒めた。 暗がりの中、時計をみると2時35分だった。 悪夢をみることは稀なこと、うつつの中でひょっとして マモ検査の結果が良く無い前兆かも、、と不安を抱いてしまった。 10時半のアポなのに地下鉄が都合よく来たので 10時ちょっとを過ぎた時間に病院へ着いてしまった。 時間前に呼ばれて、個室に入って着替えしてマモ検査室へと、、。 テクニシャンは若い女性、寒いからカリブ海にでも行きたいわねなどと 話しながら、マモ写真を全て撮り終え私はまた個室に戻った。 落ち着いて座る間もなく「もう一度撮りますので、、」と彼女。 ガッツン!と私の内で衝撃の音がした。 手術した方の右側をキツメに挟み込んで2角度から取り直した。 再び個室に戻って待っていると「すみません、もう一度」と彼女。 私の目は不安色に沈んでいたはず、 彼女が「昨年の写真と変化は無いのですが、念のために、、」 と慰めてくれる言葉は耳には優しいのですが不安な心には効果無し。 3度目を撮り終わってから 「行ったり来たりは大変なので此処で待っていて下さい」と彼女。 機械の為に低温を保つマモ検査室は冷え冷えとし ひとり待つ私の心も不安で冷え冷えと凍りついていました。 しばらくして「控え室でお待ち下さいね」と云われた。しかし、 待てど暮らせど、私のマモ専門主治医<女医>は姿を見せない。 通常は検査から結果を知らせてくれるまではほぼ5分ぐらいですが いつもより長めの15分〜20分ぐらいだったのでしょうけれど 待つ間、昨夜の悪夢がチラつき、終わり無き永い”拷問”でした。 やっと、主治医ではない女医さんが現れてサノグラフ室へ、、と云う。 毎回マモ検査の後サノグラフ検査もやりますがこの女医さんの態度に またまた不安はつのり「何か異常でも?」と訊くと 「もっと検査しなければなりません」と突き放すような返事。 ソレまでの不安はどん底へと急降下。 こんなやりとりをしている時、チラリとあの若いテクニシャンの 心配そうな顔が目に入った。<彼女も気になっていたのでしょう>。 検査室の椅子にドサリと座るのと同時にドアが少し開き その隙間からあの若いテクニシャンが囁くように 「マモは異常なしでしたよ、もう心配しないで」とそっと教えてくれた。 <テクニシャンはDrではないので結果を患者に教えることは出来ません> 暗く彷徨う精神状態の私に彼女からの朗報はまさに「地獄に仏」。 彼女の親切に”人の情け”を感じ、ふと涙がこぼれて仕舞った。 ”癌”と云う病気経験の無い方々にはこの不安感は 理屈で判断出来るとしても絶対に知りえない当人の心の動き。 心配する伴侶や家族でさえ全てを同レベルに感じることは無い。 私が生きている限りコレからも毎年2月には”拷問の時”は来る。 周りに人が居ようとも矢張り、、永遠に続く「孤独の葛藤」だな、、と。。。。 いつもより長く辛い時間を費やし、 最終的には安心してマモ検査病院を後にはしたけれど それまでの心痛を抹消したくて、暗い気持を吹き飛ばしたくて 歩道に人少ない凍てついたマディソン街を延々と歩いた。 SOHOのデービッドの店に寄って驚くべき中国事情などを聞き談笑し、 ジェニーの家庭料理をご馳走になって買い物を済ませ3時半に帰宅。 5時、心も身体もぐったりと疲れ果ててはいたけれどダンスエクササイズへ。 辛かっただけじゃなくなんだか嫌な気分が残っていたので 私の身体の限界は何処までだろうといささか”自虐的”になり いつも以上にビッシリ飛び跳ね、びっしょり汗を流したら 気分はやっと浮上した、、♪ 昨日はなんとも長〜〜い一日でした。 皆さん、いつも壮健でいて下さいね、、。
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