青い君と銀の笛♪

2014年も心身のストレスフリーをモットーに、、!♪

乳癌「私の場合」

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先週木曜日からハリケーンに備えてバタバタと買い物に走り廻り
そのなかで金曜日の主治医による触診検診も無事済ませました。
ハリケーンはマンハッタンを静かに通り過ぎ、緊張感が緩んだ所為か疲労を感じている。

              ーー☆ーー

いつも、検診日にはDrとの楽しい世間話もさることながら、
「癌」に関して私自身が持つ”疑問”をポンポン投げかけ、
じっくり話を聞くことにしています。
時間関係なく急がす事も無く全ての質問に丁寧な解答が帰ってくる。
癌に関して、私はウェブサイトなどで調べたりはしない。一切しない。
癌に対する意見や信仰や素人知識も聞き流す。否定はしません。

疑問に思ったことは書き留め、検診毎にアレコレと質問を浴びせかける。
常に学会に出席し、最新の学会報告を会得している主治医は
その世界の専門家であり、その為の主治医であると考えている。
私自身の状態をも熟知している主治医の知識や意見を重視し
良かれと思う方向へと自分なりの結論を出すことにしている。
手術時はまな板のコイであっても、
治療に関してはDrのお仕着せだけではなく
患者自身の意見や考えで進むことが大切かと思います。
その為には主治医との密なる情報交換が必要です。
誰の為でもありません、患者である”自分自身のため”なのです。

毎回、執拗に訊ねることは「癌にならないスベ」に関して。残念ながら
未だに「原因が解明されていない」訳ですから、確固たる答えは無い。が
決まり文句「食事はバランス良く」、強いて云うならばリンゴ栽培などの果物に使われる除虫剤など表面に付いた”化学薬品”は奇麗に落として食することも大事。


**さて、Drとの会話から、、

今年2011年の半年の間に”男性”の乳癌患者二人を手術したという
今年の男性乳癌患者二人を加えて癌専門家としていままでに
Drが手掛けた「男性乳癌患者」の合計数は8人だとのこと。


男性患者の場合はほぼ手遅れ状態が多いと云う。
その理由は『乳癌は女性の病気』と云う念い込みに依るもので
医師に相談に来る時には相当大きくなっている場合が多いとのことです。
今年の患者一人はゲンコツ大にまで発達していたらしく
リンパ腺にも転移していたとのことです。

◎Drの言葉:もし胸の当たりに固いものを感じたら放置せず
即マモ検査、癌検査を受けること。
この事を声を大にして世の男性に訴えたいと仰ってました。


◎乳癌は女性だけの病気ではない。

**男性を怖がらせるつもりは毛頭ありません。しかし男性にも
起こりえる病気なのだと云うことを頭に置いておいて欲しいのです。

注:ちまたで女性の乳癌患者は5人に一人とか3人に一人とか
恐怖をそそる馬鹿げた数字が耳に入って来ることが多いのですが、
Drに聞きますと
”現在”の統計では『女性8人に一人』の確率とのことです。
○私が告知された年<1997年>の統計は「9人に一人」でした。参考のため。

たまには軽く、、♪

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本日<金曜日>は朝から癌専門Drの定期検診でした。
マモ無事通過の後なので気分は楽な定期検診で
寒い所為かキャンセルが多くDrオフィスは何時になく閑散としてました。

待合室では6ヶ月前に手術したばかりという抗がん剤治療中の女性が
看護婦さんの質問に答えていた。
彼女は身内が居ないので独りで手術に絶え治療に通っていると話し
とても辛いのだとポロポロと涙を流し始めた。
真ん前で読書中の私、本を読んでいても矢張り気になるその方の事情。
誰かに聞いてもらうだけで”心の痛み”は少し薄れるのです。
本を膝に置いて彼女に会釈すると、
「以前は毎日泣いていて、もう泣くまいと思うのだけど、、
 話すとどうしても、、ご免なさいね」と涙を拭きつつ彼女は謝った。
「泣きたい時は泣けば良いんですよ、私もそうでしたから」と私。
「そうよ、泣けば少しは気分が楽になるから泣けば良いのよ」と老齢の女性。
“癌”という名の同じ病気の不安を抱えた”同胞”です
看護婦さんが去った後も私とその老齢の女性とが彼女の話し相手、慰め役。

何を聞くにも相手の痛みが自身の痛みとしてひしひしと伝わって来る。
それぞれの症状/状態は違っても、身につまされること多く、
もらい泣きしながら彼女の心の叫びを聞いてあげた。

どうやら別の病院で別のDrが全摘手術し、その後、背中の肉で胸部を整形。
誰かに薦められて私の主治医<Dr,Greenberg>を彼女の主治医にしたという。
彼女は切り取った背中の部分が痛み日々何も出来ないと嘆く。
「手術後まだ6ヶ月でしたらまだまだ痛みはあるでしょうね。
 でも月日と共に薄れると思います。リハビリなんかを
 Dr.Greenbergに相談なさったら」と私。

検診を終え待合室に戻って来られた彼女は
「Drに相談したらリハビリの先生を紹介してくれました」
「それに、傷口が元に戻るまで最低1年は掛かります」
と云われたと安心した笑顔を見せていた。
「コレからも泣きたい時は思いっきり泣いて
 発散したほうがいいですよ。泣くことが罪でも
 恥ずかしいことでもありませんからネ」と私。
「話しを聞いてくれてありがとう」と帰って行かれました。 


          −−ハッピーな週末を、、♪ーー


きょうのBGM:Bobby Mcferrin - Don't Worry Be Happy! / 3:57<終了しました>。

この曲を初めて聴いたとき「随分ふざけた歌だなと、、」思った。
大ヒットして一時、何処へ行ってもこの間の抜けた曲が聴こえて来たものです。
聞くたびに、その日の気分でこの歌の受けとり方が違った。
悪いニュースばかりの世知辛い世の中ですもの
たまには「Don't worry be happy」と軽く生きるのも必要ですね。

マモ検査のあった水曜日と違って今日は気持に余裕があった、、♡

悪夢と拷問。

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              <好きな奈良の大仏さま>



昨日<水曜日>は夕方まで気分が谷底を彷徨っていました。

毎年2月はマモ検査と数日置いてDrのフォローアップ検査が続く。
だから毎年2月はなんとなく不安な気持で始るのが常。なのに
今年2月は深い不安感が無く比較的和やかに幕が開いたのです。
今年はあの乳癌の手術から14年目になります。

マモ検査という水曜日を前に真夜中悪夢にうなされ、
自身の悲鳴を聞いたのと同時に
「君君、、どうしたの」と主人に揺り起こされて目醒めた。
暗がりの中、時計をみると2時35分だった。
悪夢をみることは稀なこと、うつつの中でひょっとして
マモ検査の結果が良く無い前兆かも、、と不安を抱いてしまった。

10時半のアポなのに地下鉄が都合よく来たので
10時ちょっとを過ぎた時間に病院へ着いてしまった。
時間前に呼ばれて、個室に入って着替えしてマモ検査室へと、、。
テクニシャンは若い女性、寒いからカリブ海にでも行きたいわねなどと
話しながら、マモ写真を全て撮り終え私はまた個室に戻った。
落ち着いて座る間もなく「もう一度撮りますので、、」と彼女。
ガッツン!と私の内で衝撃の音がした。

手術した方の右側をキツメに挟み込んで2角度から取り直した。
再び個室に戻って待っていると「すみません、もう一度」と彼女。
私の目は不安色に沈んでいたはず、
彼女が「昨年の写真と変化は無いのですが、念のために、、」
と慰めてくれる言葉は耳には優しいのですが不安な心には効果無し。

3度目を撮り終わってから
「行ったり来たりは大変なので此処で待っていて下さい」と彼女。
機械の為に低温を保つマモ検査室は冷え冷えとし
ひとり待つ私の心も不安で冷え冷えと凍りついていました。

しばらくして「控え室でお待ち下さいね」と云われた。しかし、
待てど暮らせど、私のマモ専門主治医<女医>は姿を見せない。
通常は検査から結果を知らせてくれるまではほぼ5分ぐらいですが
いつもより長めの15分〜20分ぐらいだったのでしょうけれど
待つ間、昨夜の悪夢がチラつき、終わり無き永い”拷問”でした。

やっと、主治医ではない女医さんが現れてサノグラフ室へ、、と云う。
毎回マモ検査の後サノグラフ検査もやりますがこの女医さんの態度に
またまた不安はつのり「何か異常でも?」と訊くと
「もっと検査しなければなりません」と突き放すような返事。
ソレまでの不安はどん底へと急降下。
こんなやりとりをしている時、チラリとあの若いテクニシャンの
心配そうな顔が目に入った。<彼女も気になっていたのでしょう>。
検査室の椅子にドサリと座るのと同時にドアが少し開き
その隙間からあの若いテクニシャンが囁くように
「マモは異常なしでしたよ、もう心配しないで」とそっと教えてくれた。
<テクニシャンはDrではないので結果を患者に教えることは出来ません>
暗く彷徨う精神状態の私に彼女からの朗報はまさに「地獄に仏」。
彼女の親切に”人の情け”を感じ、ふと涙がこぼれて仕舞った。

”癌”と云う病気経験の無い方々にはこの不安感は
理屈で判断出来るとしても絶対に知りえない当人の心の動き。
心配する伴侶や家族でさえ全てを同レベルに感じることは無い。
私が生きている限りコレからも毎年2月には”拷問の時”は来る。
周りに人が居ようとも矢張り、、永遠に続く「孤独の葛藤」だな、、と。。。。

いつもより長く辛い時間を費やし、
最終的には安心してマモ検査病院を後にはしたけれど
それまでの心痛を抹消したくて、暗い気持を吹き飛ばしたくて
歩道に人少ない凍てついたマディソン街を延々と歩いた。
SOHOのデービッドの店に寄って驚くべき中国事情などを聞き談笑し、
ジェニーの家庭料理をご馳走になって買い物を済ませ3時半に帰宅。

5時、心も身体もぐったりと疲れ果ててはいたけれどダンスエクササイズへ。
辛かっただけじゃなくなんだか嫌な気分が残っていたので
私の身体の限界は何処までだろうといささか”自虐的”になり
いつも以上にビッシリ飛び跳ね、びっしょり汗を流したら
気分はやっと浮上した、、♪
昨日はなんとも長〜〜い一日でした。

皆さん、いつも壮健でいて下さいね、、。

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名前を忘れましたが、
或るフランス人哲学者が「人生は幸福と不幸の繰り返し」、
ただし、幸福だと感じるのは人生に3度、不幸は数え切れない、、と云った。
じゃあ、私の幸福のノルマはすでに果たしたのでしょうか、、?
いやいや3度だけとは思いたくない、”おまけ”があると考えたい。

世の中には聞くのも辛いニュースが多過ぎる。
昨日も或る家族の訃報に触れて涙がながれる日となった。



実は、
その前にラスべガスから帰って来てすぐに知人の訃報を耳にした。
長く辛い癌治療の甲斐も無く彼女は逝って仕舞った。
彼女とは親しい付き合いがあった訳ではないけれど顔見知りだった。
最後に彼女と会ったのは友人のパーティー、4年ほど前だったと思う。

彼女は10年前に子宮癌から始って乳癌、そして肺癌へと転移した。
彼女の人生最後の4〜5年は治療治療の連続で身体は弱りきり
それと並行して、友人知人と交わる事を避け
家族以外の人達から遠ざかった、と友人から聞いていた。

ソレに関して友人は少し不服だったようですが、
人から遠ざかる本人の悲しい心の内を責める事は誰にも出来ない、と私は思うのです。

必死で癌と闘う彼女、転移により連続的な強い癌治療の効果も現れず
身体は弱るばかり。いかに精神が強靭であっても重なる”失望”の繰り返しでは
日々頭上に鉛色の雲ばかりがたれ込める。そういう心身の状態では
誰とも会いたくないというのは当然の成り行きかと思えます。
病気と闘っている時は”その事”だけで必死ですもの、
”心の余裕”なんてのは健康人の贅沢な寝言でしかないのです。
キツい治療で弱った身体、乗り越えられない不安ばかりの心中
気力も体力もなく、元気に暮らす人達にはなんとなく”気後れ”がして
人に会うことをためらったのではないかと思います、、。

私自身のことを話せば、、、
今のところ幸いにも癌の再発は無いけれど
父を肺癌で亡くしている事を考えれば、
身体に残った乳癌手術の傷跡と同等に癌の不安は私の脳裏から
決して消え去るものではないのです。
それとは別に
今年始めに新たに他の健康上の心配もまた浮上し
現在月一のお薬に頼っているのは周知のごとし。
その病気も矢張り父譲り、、。
父はとっくに亡くなったけれど父から受け継いだDNAは
善くも悪くも、悪くも悪くも私の中で健在なり<涙>
コレばかりは仕方が無いですね。

簡単な努力ではないけれど、気持だけはいつも元気にストレスフリー。
そして、興味の沸く事、したい事には突進して行く私。
そうでもしていないと不幸な思いに精神を占領されるのは
シャク!ですから、、、ネ。

冒頭のフランス人哲学者の弁、当たってますやん。<凸然大阪弁>

この世には健康で心配事無く、幸せ一杯の
恵まれた人人もきっと居られるのでしょうけれど、
私の知る限りでは、人が生きて行く道には不幸事が多すぎる。
それでも、
不幸に負けないように、不幸に長く心捕われないように
負けず嫌いと云われようが、意地っ張りと云われようが
負け惜しみと云われようが、まずは自分のため家族の為
気持だけでも明るく気丈夫で居ないとね、、。
病は気から、、私の場合は病はDNAからかな、、。

私は如何なる病気にも屈したくない。
だから、如何に打ち勝つか、、それだけです。
その為には、
精神だけは極楽とんぼの”よう”にす〜いすいと自由かつ健康で居たい。

実際に交友ある友人知人達や、文字で繋がるブログ仲間達。
彼等の中には現在、老齢のご両親を看護しておられる方、
家族の病気に心痛めておられる方、
私と同じく、自身の病気と闘う方、
突然の不幸に襲われた方、、
何をとっても、辛く心悲しいことが多過ぎる。
当人達にしか解りえない日々の葛藤。
宗教家じゃあるまいし、それは「試練」なんて
詰まらぬ言葉は使いたくもありません。

ただ、
辛い事が多いからこそ一生懸命その日その日を過したいですね。
出来得るならば有意義に、、、。
心が沈んでいる時は「有意義な生活」なんて奇麗ごとでしかないけれど
脈打つかぎり、沈んだモノは全ていつか浮上するしか無いのですから、、
不幸を乗り越えいつの日か暗い淵から這い上がってまたやり直し。
そういう繰り返しで皆それぞれに一生懸命に生きている。
私も受け継いでしまった欲しくもない病気に勝つために
日々叱咤激励しながら今を生きている。

フランス人哲学者がいうように
「幸福」は3つだけかも知れないけれど
精神が健康であればいつか、
小さなおまけを連れてヒョッコリひょうたん島。

少なくたって良いじゃないッ
小さくたって良いじゃないッ
その名が「幸福」というものならば
待ちますよ、いつまでもいつまでも、、。
おまけの小さな幸せを大きな幸せに感じる
その日が来るのを期待して、、☆


◎xxxさんへ、
あなたの笑顔とご家族の笑顔がふたたび
戻り来る日を、心より願っています、、♡

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NY時間本日2月2日火曜日はマモ検診だった。
まず結論から云えば「問題無し」でしたのでご安心くださ〜い。


久々に乳癌経験者としての日記ですので、チョットォと思われる方
躊躇される方はここで回れ右して、バ〜〜イバイ。またネ。



毎年ですがマモが終わって個室の控え室で
独り検査の結果報告を待つ身は「拷問」としか云えません。
そんな私に今日は「もう一度右側の写真を、、」と云われて
げんこが喉につかえ、ザザッー!と血の逆流を感じました。
再び右側<手術した側です>の写真を念入りに撮られ
苦痛と精神的軋轢とで心臓の音がドッキンドッキン!と早鐘の如くだった。
幸い良い結果報告を即知らせて下さったので拷問時間が少なくて済みました。
助手の方が「大丈夫でしたよ。心配しないで」と知らせて下さった。
「不安」に心締め付けられていた私の気持が緩んだからでしょうか
じわっと涙で目がうるんで仕舞った。

例年のことながら、検診日の2週間程前から気持がなんとなく落ち着かなくなる。
自然のこととして、癌経験のある人間でしか解り得ないであろう
なんともいたたまれない気持です。

マモの後はサノグラフィー、私は乳癌経験者ですから念には念を入れて検査します。
「全然問題無しよ」とDr<女医>に云われやっと太鼓判を押してもらった気持になる。
Dr「この瞬間はホッとするでしょう?、コレからもこの調子でね」
私「決まってマモ検診の2週間ぐらい前からどうしても気分が塞ぎます。
  私だけとは限らないのでしょうが、みんなこんな気持で此処へ来るんでしょうね」
Dr「そうよ。大丈夫よと云うとき私達もホッとするのよ」
私「そうでしょうね。嫌な報告を聞くのは衝撃ですが報告するDrもお辛いでしょうね」
Dr「いろいろ人間ドラマを見て来たから、、。貴方が元気で嬉しいわ」
私「有り難うございます」

受付待合室は広々として精神に良いのであろう柔らかいBFM音楽が流れ
大型テレビは美しい珊瑚礁に海底の生き物の様子を映し出している。
名前を呼ばれて検査施設部門のある個室の控え室へと向かう。
濃いピンクのドアの控え室が並び、淡いピンクのガウンを着て待つ。
マジソン街に位置する清潔で奇麗なマモ専門施設。
どんなに奇麗なマモ検診施設でも、決して行きたい楽しい場所ではなく
行かなければいけない場所です。
日々、個々のピンクのドアの中では悲喜こもごもの
人間模様が繰り返されているのでしょう。喜びの方が多ければ良いのになと思う。

マモで乳癌を発見された1997年から数えて今年は12年目です。
笑顔を絶やさず面白可笑しく笑うことを心掛ける日々の生活で
考えなくても私の心の隅にはどうしても消えない2文字がデン!と存在している。
癌経験者の誰もが持つ「再発への不安」という名の招かれざる居候です。

人の本心が解らないようにそんな「不安感」は表情には出ないものです。
隠している訳ではないのですよ。単に不安に押しつぶされて私自身
憂鬱な日々を送りたくないのです。そして、
周りの人達をも巻き添えにするつもりも毛頭無い。
憂鬱にしていても笑っていても1日は24時間、毎日はそれの繰り返し。
就寝時間を7時間として起きて意識を働かせている時間はたった17時間です。
楽しく過さなきゃネ、、。

それでも
周りの誰それが癌だ、、、
とか聞くといつもは形を沈めている不安がムクッ!と頭を突き出す。
誰それが再発した、、、、
なんて話しを聞くと不安がワサワサッと大きく手足を延ばす。
癌を経験した人の中には鬱病から脱し切れない人達も居るのです。
不安だけではなくそういう精神的後遺症とも闘わなくてはならない人達を考えると
不安はあるとしても12年間元気で来られて来て私は随分恵まれ幸せだと思うのです。

生きている限り癌に限らず「病魔」はいつ忍び込んでくるか誰にも判らない。
「不安」と病気への「リスク」は別問題です。
私の持つ「再発への不安」は決して消滅する訳ではないので
「さらばじゃ!」という時が来るまで一生上手く付き合って行くしか無いのです。
しかし、リスクの度合いは違っても健康な人達も病気のリスクは抱えている。
ただ、その可能性としての「不安感」は希薄か全く無い人も多いでしょう。
如何なる病気の経験者も只今闘病中の方々もそして健康な人達も
それぞれに与えられた持ち時間は公平に1日24時間。

皆さん、健康な身体は云うに及ばずですがそれなりに
「心元気」に毎日を過ごして下さいねぇ〜〜、、、。

癌関係の医者通いに忙しい2月です。
来週火曜日はお稽古のあと癌専門医との6ヶ月1度の定期検診、つまり
私がDrを質問攻めにする日なのだ、、頑張るぞぉ〜〜、、。

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