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前田有一氏の超映画批評が『ルパン三世』に3点をつけ、話題になっている(100点満点中)。
ちょっとうらやましい気もする。 酷評とか毒評とか、スカッと書けるといいが、諸々を想像するとなかなか…である。 ドラマの世界も意外に後れをとっていて、 この時代、そんな喋り方をするのは、まるちゃんのおばあちゃんだけだよとか、 なぜ横一列で、しかも会話ではなく呼びかけみたいに喋っちゃうかな(青春ドラマ)とか、違和感は少なくない。 12点とか言ってみたい。 深夜、突如激しい悪寒がして、押し入れからあわてて布団を出した。 しばらくして、気がつくと熱で汗だく。久しぶりに寝てばかりの週末だった。 しかし、動かないでいると、体がむくんできてこりゃえらいことだと思い、お散歩をした。 雑貨屋さんがオープンしていて、足をとめた。 「店内、値札がついていないものはすべて……」と何度もスタッフは言うのだが、デクレッシェンドして 肝心なところが聞こえない。 (店内の張り紙によると…は108円と思われる。おしゃれな100均である) そう言えば、驚くほど雪が降ったあの日の車内もそうだった。 鬼のように満員で車内の案内は見えないし、窓が曇って、どこの駅かも見えない。風景も見えない。 「遅れまして申し訳ありません。 他の路線の運行状況は お客様がご自身で携帯サイトなどでご確認いただきますようお願いいたします(そう来たか…)。 次はあ…… 次は……」 え、えぇ〜。次がどこなのか、肝心な駅名が聞こえない。 デクレッシェンド対策委員会が、できないものか思案中だ。 ゆずは相変わらずマイペースだ。 LINEで「寒い」と来たので、風邪をひいては困るから厚手の上着をちゃんと買いなさいと返信。 それから毎日のように「今日見てきた」とくるが、肝心の「購入」に関する記述がない。 本日写真が来た。 周りがダウンやネルシャツのなか、一人夏の恰好で、その後連絡がない。 たぶん、風邪をひいたのだと思う。 でも、私もひいたので、今回は何も言えず、デクレッシェンドである。 |
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ゆず@パリである。
小さいころから「パリに行きたい!」と言い続け、この夏とうとう実現した。 パリの何が彼女を魅了するのか、帰国したら聞いてみよう。 それにしても成田だというのに羽田へのアクセスを調べるし、 教授やアルバイト先の先輩に、そうとう心配されていたし、大丈夫だろうか… 芸術の都パリを意識してではないが、こんなことが気になり始めた。 例えば、譜面どおり正確に、音域広く音量のある歌を歌える人の歌が、胸に響くかと言えばそうでもない。 テクニックや身体能力がダントツで教科書通りに踊れる人の踊りが、評価されるかと言えばそうでもない。 絵画も音楽もそして文章もである。 不思議だ。 人は何に感動するのだろう。何に胸を打たれるのだろう。 こんなことを友人は言った。 踊りには「いかに生きているか」「何を伝えようとしているのか」「どんな思いがあるのか」 その人のすべてが表れるものだと。 号泣議員もLINE議員も懸命に言葉を発するけど、どうも伝わってこない。 非の打ち所のない完璧な文面もやっぱり何も伝わってこない。 伝えたい何かに「嘘」があると、完璧ななかに淀みがにじむのだろうか。 ホントはそんな風に思っていないとか、「思い」そのものがなかったり、弱かったりすると、 完璧であっても命が吹き込まれないのだろうか。 胡散臭さが見抜けてしまうこともある。 受けての経験値が、そう察するのだろうか。 第6感的によるものだろうか。 完璧じゃなくても「ちゃんと伝わる」 完璧なのに「なぜか伝わらない」 怪しいものは「なぜかわかる」 人間のこの感覚は、ちょっと驚くべき素晴らしいものだと思っている。 それが具体的に何か、うまく説明できないけど… パリでいっぱい心を動かして、 シンプルに「あ、いいな」をたくさん持ち帰ってほしいと思う。 |
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我を忘れて号泣する。
我を具体的につかめているのだろうか。 混乱するその人を見て、こちらも混乱するばかりである。 では、自分はどうだろうと考えてみる。 なんだか中途半端な自分が不安になる。 筋肉はすっかり衰え、どこかに「底力」はあるのだろうか。 その衰えをなんとかしなくてはと重い腰を上げ、バレエを始めた。 無謀である。 私の場合、バレエにもなっていない。 ユーチューブを観ていると「あら、素晴らしい!」が連呼され、 先生はすべての生徒に拍手喝采である。 そうあってほしいと思わないが、大人クラスはそういうものと、どこか思い込みがあったかもしれない。 「あと1回!」 開けてみると汗だくである。 10回の腹筋を9回でギブアップしようとしている私。 気づかれたぁ…と思いつつ、お腹をギンギン震わせながら、もう1回踏ん張る。 トゥシューズを履くなんてことは考えていないし、 できることならバーレッスンのみであってほしい。 「将来、こう回転するとか、こう飛ぶときに重要になってくる動きです」と先生が説明に実践を加える。 心のなかで「ムリムリムリ…」とつぶやき、かすかに頭が横に動く。 「そのつもりで頑張る!」と言う先生に、また見破られた気がする。 受付の優しい担当者が「先生イケメンでしょ」と声をかけてくださるが、 正直いっぱいいっぱいで、それどころではない。 何が言いたいかと言うと、最近「初めて」が続いている。 時々現場に顔を出し、記事を上げ、バレエで汗を流す。 担当は若い力ばかり。 (オバちゃんだから)適当でいいっすよ、なんてことはなく、本当にありがたい。 もちろんダメ出しだらけだ。懸命になり必死になり、そう、無我夢中になる。 その「無我」は決して「無我」ではない。 すごく具体的で実体のあるもので、 人生を実感できる「無我夢中」である。 無我夢中は、我を忘れるではなく我を知ること。 できない我を知り、できるようになりたい我を知り、そこで懸命になり一歩前に進むのだ。 |
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ある暑い昼下がり、某所にて、主婦が語り合う。
「暑いね」 「暑い、暑い…」 「なんか、ドラマのせいか、不倫とかブームみたいに言われているけど、ホントかね」 「この暑いときに、無理して彼に会いに行く元気ないね」 「会う頃には化粧が落ちてドロドロだしね」 そもそも、そんな逢瀬が流行っているなんて、聞いたことがない。 縁のあるところは、花盛りなのだろうか。 「エネルギーがいるよね」 「いるいる。交通費もバカにならないし」 「化粧品とかエステとかネイルとか、これまた出費がかさむし」 「めんどくさいなあ」 「そうなのよ」 ここで、そこにいた一斉が声をそろえる。 「めんどくさいのよ」 で、現実問題として、いくつものハードルがある話に移る。 「Lineの既読とか、メールの返信とか気になるわけでしょ。こりゃめんどくさい」 「既読の文字が小さくて見えない」 「老眼鏡を出さなきゃいけない」 「またまためんどくさい」 「白髪も頻繁にケアしなきゃ」 「さらにめんどくさい」 「この時期、晴れたら今だ!で洗濯したり、布団干したりしなくちゃね」 「逢瀬キャンセルして、洗濯だね」 「そう、洗濯優先」 「急に降るから、洗濯の日は遠出できない」 「洗濯もめんどくさいけど、こっちは仕方ない」 そんなわけでロマンチックが成立するには、相当な条件をクリアしなくてはいけなくて、 ドラクエ制覇よりも難関に思えてしまう。 だから幻想、妄想、ファンタジーとして、ドラマが存在するのかもしれない。 洗濯物が渇くまで、コーヒーを飲んでいる方がロマンチックに思えてしまう。 ほら、もう飲んじゃった。 |
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記事がアップされた。
顔はそれらしくということで三谷幸喜みたいになっているし、そもそも内容がニッチである。 美容ライターさんとか収納ライターさんとかホントに人気沸騰で、 おそらくニーズのない私に苦笑である。 人気者になりたいかと言えば、そういうわけでもなく、笑ってちょうだいが原点なのだからと納得している。 デビューが嬉しいのはもちろんだが、大丈夫か私?の方がやはり強い。 担当者には、男目線だからなあと言われ、「その通り!」と思いつつ女性目線頑張りますと宣言はしてある。 意外にゲンキンなところもある。トホホ… 仕事が終わって、家でテレビ見てた、ドラマ見てたというのがオシャレじゃないとこがあるし、ミーハーに思われるところもある。 確かに社会背景は変化しているが、たまにはドラマを見てほしいな、なんて思いで書いている。 いい作品は継いでいける。 未来の誰かが過去の作品に「そうなんだ」と発見してくれることもある。 ご興味のある方は、オールアバウト→趣味(下の方にカテゴリー欄があります)→エンタメ→ドラマと絞り込んでね。 今回は『次世代を担う注目株、イケメンバイプレイヤー特集』と 『古典的ながらドラマに重宝される名前 ゴローとミチコ』を執筆させていただいた。 この街に来て思うことは、フリー色の強い立場になって、若い皆さんが 「青山さん、こういうのいいんじゃない?」「青山さん、こういうの書いてみては?」と このオバちゃんを懸命にプロデュースしてくださることである。 これは素直に嬉しいし、おぉ、頑張ってみようかなと思ってしまう。 今までしなかったことでも… 取り急ぎのご報告ですが、とりあえず、新しいことが始まりました。 支えてくださったみなさんのおかげです。 こんな風にみなさんとつながっていなければ、ここには来なかったです。 心から感謝しています。 |





