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ニュースから
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ジャーナリスト、キャスター、アンカー、そのあたりは以前からあるにせよ、 シンクタンク、アナリスト、カタカナ仕事は増える一方でそこに基準はない。 名乗る側と認知する側との信頼関係によるということだろうか。 職業には志があった。 世の中をよくしよう、人々に喜んでもらおう、何かしら決心があった。 職業には誇りがあった。職業人として恥じないように努めようとする覚悟があった。 まっとうしようとする思いがあった。 しかし「職業の名前」は誇りを失い、「肩書きの名前」になびいている気がする。 肩書きの優劣と肩書きの数を競うばかりだ。 職業は仕事ではなく肩書き、そこに歪なブランド要素を勝手に付加し続けている。 以前書いた「誰でもコメンテーター」を初め、テレビ以外の名刺にもその傾向は強化された。 何の仕事をしているかではなく、 どんな風に権力を発揮できるかを測るバロメーターとして、名刺は肩書きを上書きし続ける。 何が言いたいかというと、 そんな職業意識だから「身勝手」や「無責任」が簡単に放り出されているのではないかということ、 古い名刺は捨て肩書きを刷りなおせばいいというインスタントな流動性が 判断されることなく当然視されているのではないかということである。 さて、背中を洗うために彼は登場した。 しかし、手がグルグル回りちっともうまく洗えない。 で、彼はお風呂のマスコットとしてしばらく存在していたのだが、気がつくとこんな風になっていた。 確かにグルグル巻きにした彼をグイっと握ってゴシゴシした方が使いやすそうだし、
彼も仕事がしやすそうである。 |
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