ニュースから

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

イメージ 1

 
 関係者筋という話の出所にについて、私は勘違いをしていたかもしれない。
 筋=側近、あるいは筋=要職者だと想像を膨らませていた。

 「N氏と(政策では対極の)Y師は極秘で密会したという関係者筋の証言もあるようです」と
 落ち着いた声が言った。
 この時点で極秘じゃない、けっこう多くが聞いちゃったぞと思うのだが、
 こんな大事なこと、要職者があっさり言うだろうか。

 例えば
 記者「今、誰かこの料亭に入りましたよね。ご覧になりました?」
 通行人A「あぁ〜、コソコソしてたから密会かもしれないな。テレビで見た人だよ、なんだほれ…」
 この場合、『関係者筋による密会』説がニュースを飾るのか?

 例えば
 秘書の面接を終え、甲斐さんに決定した直後「甲斐さんで行こう」の声を聞いていた人がいたら
 記者「さっき、ここを通りましたよね。何か言ってましたか?」
 通行人B「あぁ、あぁ、甲斐さんとかなんとか」
 記者「おぉぉ〜〜間もなくか」
 『関係者筋による解散』説がまたまたニュースを飾るのか?
 
 関係者筋のコメントをアナウンサーは政治家っぽい話し方で読み、
 視聴者の「いかにも」を誘導するが、
 それはマヤカシかもしれないと、ブログの関係者筋(誰だ?)は語っていた。 

 
 少し少しと咲きはじめ美しいとは、青山本人の言葉である。
 
 

 
 ジャーナリスト、キャスター、アンカー、そのあたりは以前からあるにせよ、
 シンクタンク、アナリスト、カタカナ仕事は増える一方でそこに基準はない。
 名乗る側と認知する側との信頼関係によるということだろうか。

 職業には志があった。
 世の中をよくしよう、人々に喜んでもらおう、何かしら決心があった。
 職業には誇りがあった。職業人として恥じないように努めようとする覚悟があった。
 まっとうしようとする思いがあった。

 しかし「職業の名前」は誇りを失い、「肩書きの名前」になびいている気がする。
 肩書きの優劣と肩書きの数を競うばかりだ。
 職業は仕事ではなく肩書き、そこに歪なブランド要素を勝手に付加し続けている。
 以前書いた「誰でもコメンテーター」を初め、テレビ以外の名刺にもその傾向は強化された。
 何の仕事をしているかではなく、
 どんな風に権力を発揮できるかを測るバロメーターとして、名刺は肩書きを上書きし続ける。
 
 何が言いたいかというと、
 そんな職業意識だから「身勝手」や「無責任」が簡単に放り出されているのではないかということ、
 古い名刺は捨て肩書きを刷りなおせばいいというインスタントな流動性が
 判断されることなく当然視されているのではないかということである。
 
 さて、背中を洗うために彼は登場した。

 
イメージ 1


 しかし、手がグルグル回りちっともうまく洗えない。
 で、彼はお風呂のマスコットとしてしばらく存在していたのだが、気がつくとこんな風になっていた。
 
 
イメージ 2


 確かにグルグル巻きにした彼をグイっと握ってゴシゴシした方が使いやすそうだし、
 彼も仕事がしやすそうである。
 
 

イメージ 1

 
 具体的に何をどうすればいいのかわからない。
 なぜわからないかと言うと、全てはリンクしているからだ。

 大阪の事件では、罪の意識にさいなまれない人間の存在に言葉を失った。
 小学生が運転し保護された事件では、車に対する認識の欠如に驚かされた。

 社会は地球温暖化防止を特集し、メタボだ歩こうと警鐘を鳴らす。
 しかし、車の営業利益が下方修正されると一面トップとなる。
 車がこけると日本は揺らぐ。

 車が潤うと日本は活気付く。
 売り上げが世界一になったと誇らしげに一面を飾る。
 そこで道路をつくり、観光地には店舗が増える。
 お金と人は確かに流れ、世界遺産はマナーの悪さに泣くことになる。

 車は必要だ。
 命を助け守るために救急車や消防車は走る。薬を届ける。
 しかし救急車が走ったのに、悲劇がまた起こった。
 
 車を愛している人間にとっても、そうでない人間にとっても、今の車社会は心地がよくない。
 一部を場当たり的に調整しても、何の解決にもならない。
 車社会が未熟なまま、システムを全てリンクさせてしまったからだ。

 成熟した車社会には成熟した社会が必要で、成熟した精神が基盤となる。
 「ちょっとくらい飲んでも」とか「(免許はないが)ちょっとだけなら運転しても」の未熟な精神に
 運転する資格はないということだ。

 それでもなお、全体像としての矛盾の連鎖に、どこから手を付けていいのかわからない。
 複雑すぎる矛盾の連鎖に目を瞑っているようで、自分自身が腹立たしい。
 
 
 
 
 
 

 
 
 

 

手順、紛糾

イメージ 1

 
 紛糾する事態はたいてい手順を問題としている。

 委員会、石井一の質問で紛糾。
 紛糾すると委員長のところに何人もの代表が集まり事態の整理に乗り出す…という手順。
 これが何度も繰り返された。
 次の質問者が「先(石井氏)の内容は予算になんら関係ない、いかがなものか」と延々主張。
 その主張も予算になんら関係はない。
 
 こんなことを書こうと下書きしていたのだが、それを消してしまい15日更新ができなかった。
 なんて手順が悪いのだろう。
 自分に紛糾である。

 夕方、アイドル結婚会見の手順が悪かったらしい。
 マスコミ側が質問できなかったということだが、
 そこよりも「妊娠しているので休業するが、すぐに戻ってくるのでポイしないで」と
 涙で語ったことに違和感がある。
 さらに、夕方のニュースでこんなことがメインになる手順
 夕飯をつくりながらそれを見てしまった私の手順
 そんなことを書いている青山の手順、どれもに紛糾である。
 
 東大ゴーフルを頂き、「あら、この春(入学されたの)?」と聞くことになる。
 この手順こそ見習わなくては…
 それにしても「本題」に費やせないのは、この国の傾向らしい。
 

 

未来が降りそそぐ場所

イメージ 1

 
 王監督の言葉を聞きながら、涙したのは若者たちだった。
 嬉しくて、ちょっと安心した。
 偉大な記録はあるけれど偉大な人はそういない、そんなことをイチローが言った。
 感謝と感動にあふれた涙をこぼしながら、若い瞳に映っていたのは未来だ。

 香山リカは情報過多の時代だと言った。
 情報はなぜ必要なのだろう。
 例えばよりよい選択するため、適正な判断をするための材料としてということだが、
 過剰な情報は「悲観」を増幅し「絶望」に絶対性を付加する。
 判断という「力」が崩壊し、閉ざされた感覚は命の選択に直結する危うさを帯びる。
 事件は後を絶たない。
 
 昨日、王監督の言葉に人生の地図記号を見つけた人もいる。
 出合っているはずの地図記号に気づかないままの人もいる。
 
 未来が降りそそぐ場所はある。
 過剰な情報が過酷な現実を告げるだけの時代に、
 未来が降りそそぐ場所を見つける力を
 未来が降りそそぐ場所へと歩く力を
 自分に打ち勝ち、自分を乗り越える力を育てる方法を考えているのだが。

 ネギの生命力にも地図記号は見えるはずだ。
 
 

  
 


 

 

 
 


 
 




 
 
 
 

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.
青山あおい
青山あおい
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事