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脱小沢、反小沢、親小沢…躍る活字が多様化する。
小沢一派、小沢チームはなんとなくわかるにしても、小沢系ってなんだろう。
そのうち、小沢系枝野派とか、新小沢なんていうのも登場して、
何がなんだかわからなくなりそうである。
大人だからと言い聞かせながら、迷いをひたすらかき消しながら、
いつしかココロもかき消してしまったのだろうか。
ロックは音楽のジャンルじゃなく生き方だ。
ココロにそう刻んだ時代があった。
世知辛さに体当たりし、理不尽に拳を見せ、長いものになびくことなく、
不確かな未来から、確かなものを手繰り寄せようと必死だった。
青臭くて何が悪い、貫いてやるんだと、何度もココロは上書きを続けた。
譲ることをしなかったココロに嘘はなかった。
哀しみも喜びも熱狂も夢中も、生きてるんだと全身で実感した。
大人になって、夢と希望の主語を置き換えた。
引きずっているボロボロと、刺さったままのガラスに目を瞑り、
痛くないと鈍感を装い、切なくないと乾かすことが、大人だと刷りこんできた。
声を出すことなく、歌うこと叫ぶことに背を向けて、それを大人と呼んできた。
6月、政治にロックを見た。
6月、サッカーもロックであってほしい。
再生の切り札はロックかもしれない。
ロックはアウトレイジじゃなく、愛だ。
嘘を繕いココロを封印することが愛じゃない。
笑うことで、全てををおおうことが愛じゃない。
誤魔化しの上書きはいつか破綻してしまう。
夢と希望を取り戻せ。
譲れないココロを取り戻せ。
自分を愛すココロを取り戻せ。
6月、やがてロックが始まる。
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四季のうた
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心に、ヘタッピ季節風が吹くと、シアワセと思う心がヘタッピになる。
ヘタッピ季節風は、臆病だけを運んでくる。
優越感や見下しはシアワセとは呼ばない。
「シアワセとは呼ばないシアワセっぽさ」は、あらゆるところに充満している。
『NO NO そうじゃないんだ!』より『YES YES それでいいんだ!』と歌ってみよう。
シアワセと思う心が取り戻せるから。
ヘタッピ季節風は、
「そんなことを思うなんて、おこがましいね」と耳打ちしてくるだろう。
でも、大丈夫。
シアワセと思う君の心は、もうヘタッピじゃない。
空に見とれた君の心はシアワセをちゃんと映してる。
足早に歩く人たちに追い越されながら、
空にみとれている自分に気づく。
空の青さをシアワセだと思う。
生きることを続けてみようと思う。
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僕も頑張るから、君も頑張れ、そしていつか夢をかなえよう。
日本中で約束が交わされる季節、それが桜の季節なのかもしれない。
君が旅立つその日、どんな言葉をかけようか、どんな約束をしようか、ずっと考えていた。
ちょっとカッコいいことを言わなくちゃと、ずっと考えていた。
でも、結局何も言えなかった。
少し前、約束はしないことに決めた。
その日から、気がつくと『名もなき詩』を口ずさんでいた。
18歳の君は、未来に向かう君自身と約束をするべきだと思った。
自分と約束するには、
自分に正直でなくちゃいけない。
自分の未来を信じる力がなくちゃいけない。
その日、涙を止めることができなかった。
お赤飯をおにぎりにしながら、涙を止めることができなかった。
サクラ咲く樹の下で、
君は何度も親指を立ててハンドサインを見せてくれた。
サクラ咲く樹を見上げながら、
涙がこぼれないように見上げながら、
サクラ咲く樹の下で、
君は自分に約束した未来に向かった。
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