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七段位に列せられる

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2009.1.11

本部道場鏡開き式典

にて七段位に推薦される。


合気道通信 1月号

通信後記より

年明け早々、1月11日、本部道場の鏡開きで、七段位に推挙されることになった。本部道場入門は40年前の昭和44年8月である。1年前、大病を患い体重48キロのガリガリになって、自信喪失。何かせねばとさまよっているところに初対面の人に、「合気道やりませんか?」と誘われた。「やります。すぐに連れてって欲しい」と即答したのに、意外や意外、とまどったような表情なのだ。だいぶたって、7月20日だった。早朝6時、新宿伊勢丹前の角筈という都電の乗り場で待ち合わせた。本部道場は若松町にある。早稲田大学の近く。山岳部のトレーニングのマラソンコースだった。入部体験の1年生、ゆっくり走ってきて、いきなり若松町までの坂をダッシュさせられた時は、あれはもう死ぬかと思った。その地獄の坂道を、電車を降りて、昔を思い出しながら本部まで歩いた。事務室におられた腰の低い穏やかな顔つきのかたが、見学に来たことを告げると、ニコニコしながら応対してくれた。朝一番の稽古は6時半。それを畳の外の板張りで待っていたら、さっきの応対してくれた優しい笑顔の方が正面にやってきた。植芝吉祥丸先生だった。武道家然とした武張った様子はなく、淡々と技の模範を示され、道場内を丁寧にまわって一人一人声をかけながら指導をされる。「あ、これだな。この合気道をずっと続けよう」とすぐに決めた。帰り際、入門の手続きをしようとすると、その紹介してくれた人が、「7月はあと10日もないんだから、区切りのいい8月1日にしなさい」、といって事務所の人に8月入会と決めてしまった。一年前の8月に倒れて、その一年後に合気道に挑戦するというのも、心機一転のスタートにはいいだろうと私も了承した。どうも後で聞くとその方は私に合気道を勧めておきながら、実際、まだやってなくて、あわてて入門したんだそうである。私が、「やります」といったときのあの戸惑っていた顔つきはそういうことだったのだ。40年前、植芝盛平翁が3ヶ月前に亡くなられた大きな節目の年だった。紹介者は稲越薫さん。私より10歳年上。この方と、二代目道主、植芝吉祥丸との出会いで、合気道という武術にめぐり合い、体力を回復し、健康を取り戻せたのである。人生は本当に不思議なものだ。40年後、私が七段になるというのも運命というのなら、何と人生はすばらしいんだろうと、出会いに感謝しながら、そう思う

合気道青葉塾道場
http://www.ningenkobo.com/aikidou

あおばタイムズ
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