合気道通信後記

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2014.2月号

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写真は  琴平神社 どんど焼き  2014.1.15
抜刀術  本多青仁斎靖邦
 
 
大相僕ファンとしては毎場所館内がガラガラ、これは寂しいものだった。地方の場所では満員御礼の垂れ幕も出ない。2011年2月、突如表に出た八百長事件。これまで関係者が否定しつづけていただけに、ファンの失望は大きかった。あれだけ熱狂して見ていたが八百長だったというさめた目。盛り上がらない。協会関係者は観客集めに苦労していたようだ。あるときNHKのカメラの向うに三人のきれいどころに気がついた。がらがらの席でひと際目立った。何日か続いた。これも相撲復活に力を入れる関係者の演出だろうな。何とか相撲人気が戻ってくるようひそかに祈ったものだった。ところが今場所である。中日、満員札止めとなった。どうもこれは日本人のスターが生まれてきたからのようだ。前頭10枚目、遠藤である。ザンバラ髪で髷も結えない。それが身体柔らかく、動きがいい。四股の足が真っ直ぐ天井に向かう。昔は四股の名人清水川だったが、このところいなかった。日大の相撲部出身。その身体能力が15尺の土俵を見せてくれる。もう一人はエジプトの大砂嵐。大砂嵐金太郎である。イスラム教の戒律は厳しい。それが相撲の世界で生きて行くのに足かせになるのではと懸念された。豚肉は食べられない。1日5回の礼拝。それと断食である。ラマダンのある期間食事がとれない。日没の後に食事をとるという工夫でこれを乗り切った。遠藤と同じように稽古熱心、人柄もいい。もう一人は弓取り式の聡ノ富士である。技が早い。品格もある。これで最後がピシッと締まる。一連の八百長事件の暗いニュースのあと、人気が徐々に回復してきているのは、二人の幕内力士と最後閉めくくる弓取り式の演技の力に間違いない。
 
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合気道通信後記  2014.1月号

2013年も残り少なくなった。今年後半はさんざんだった。1年の残り2ヶ月前。第8回青葉武道演武大会直前。風邪の咳が止まらないので医者に行った。抗生物質の薬を大量にもらった。止まらないので3日後行くとさらに強い薬をくれた。飲むと眠れない。これは効かない、と勝手に判断して咳止めの漢方薬に切り替えた。さあ、これが体内に火をつけてしまった。何かおかしい。そこで自宅近くの前から行っている医者に駆け込んだ。歩くと呼吸困難。三歩あるいて止まって呼吸を整えて、時間をかけてたどり着く。レントゲンを撮ると肺は下のほうが真っ白。「心不全」と診断されてしまう。よく有名人の死亡記事にある言葉だ。間もなくお昼になる。天気よく太陽の光線がまぶしい。「これで終わりか」と、すぐそこにあるらしい死に向かって意外と冷静である。死はこうやって来るものなのか。「すぐ大学病院に行け」、と紹介状を書いてくれた。10月30日である。検査をして、新しい薬をくれた。動いては行けないと言われたが、車の買い替えで代車が来る日で、そうは言ってはおれない。本当は入院加療なのだが、自宅静養を主張する。するとそうしてくれた。演武会も無事終わり、12月18日、最後の診察となった。CTスキャンでも肺は回復。腸の内視鏡でのポリープ切除も成功。ほぼ元通りになったようだ。ああ、長かったな。これでひと安心。死神はどこかに行ってしまったのだ。そうしたら、その日、富士山本宮浅間神社から平成25年、富士山高齢登攀者名簿が届いていた。71歳、7月31日に私は登っている。世界遺産決定の年、70歳以上の 登攀者は1607人。最高齢は95歳。死の淵の近くまで行ってきたのだが、まだまだ、お迎えは先だと、追い返されてしまったようだ。
 
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合気道通信 2013.12月号

アメリカの駐日大使にキャロライン・ケネディさんが決った。第35代アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディーの長女。父・ケネデイが、1963年11月22日、ダラスで暗殺された時は6才。このときは日米の間でパレードが初めてテレビで中継されることになっていた。その暗殺の瞬間は日本ではリアルタイム。ドラマのようなシーンで写し出されている。私はこのときどこにいたか、である。大学1年生・早大山岳部、新雪期合宿で雪上訓練のため、立山連峰へ。最終日、立山の室道乗越からテントを徹収しスキーで降りていたのである。スキーなどやったとがない。九州の熊本では雪は降らない。スキーなど夢のようなスポーツなのだ。合宿でスキー訓練といってもスキー着脱、シールの扱い方。歩き方、緩やかな坂で滑る、という簡単なもの。それが最終日、11月22日はテントを撤収。荷物を背負ってバス停まで。これが簡単ではない。重い荷物、荒れたバス道路上を、ころんで起き上がって、をくりかえしているうちあたりは真っ暗になってしまった。2人の先輩がついている。バス停に着いたのは9時ちょっと前。最終のバスは本隊とともに行ってしまった。その日はホテル泊まり。暖かいホテルに入ると、ロビーは大勢の人。テレビの前はびっしりと。聞えてくるのは「ケネデイ暗殺」という声。ケネデイ一家と日本の関わりがキャロラインさんの駐日大使就任で大きな話題となった、私はケネデイ一家の話題になると、立山連峰と、雪国のホテルの暖かいロビーを思い出すのである。
 
 
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合気道通信 2013.11月号
 
今年の夏の合宿は10月号、11月号と2回の合気道通信特集となった。いつもと同じところなのに、子供たちの反応がすごかった。特に渓流での遊びである。がま蛙を見たつけバケツにいれて大騒ぎ、蟹をとって塩でまぶして食べておいしいという。大人は昼食の準備でてんてこまい。かまっておれない。それがよかったのかもしれない。深いところはない。清流がちょろちょろとでていて危なくはない。ここがいいと感動する。ずっといたいとおもったという全員の感想。これが日本の自然。こういところは日本いはどこにでもあったのだ。それがあっという間に消えてしまった。私の少年時代の夏休みは川でこうやって一日中過ごしたものだ。魚を捕ったりすることに飽きると、深みの方に行って泳ぐ。プールなどはない。泳ぐのは川。今の子供たちにはこういう経験が無くなっている。それだから合気道の合宿はショッキングな出来事なのだ。大人たちも、お昼は、薪を運び火をつけて食事を作らなければならない。子供たちと沢で遊んでいる訳にはいかない。時間も限られている。薪を割る、火を起こす、水を汲む、食材を切る、味付けもある。これはいい経験だ。東日本の大震災のとき、いつもは家の奥のほうで何もしないお年寄りたちが大勢の人たちの食事つくりに大活躍。かまどや大なべを駆使して大量の食べ物を次々と作っていく。便利な時代の中で生きてきた若者たちにはこれは驚くべきことだった。こういうときに自分たちは何の役にもたたたない。いろんな知識は身につけたが、肝心な何か大切なもの忘れてきたのかもしれない。お年寄りたちの生きるための強さに、驚愕し、感動したのだという。合気道合宿では子供も大人もない。行動はみな同じ。特別扱いはない。渓流で遊んでもらうのは、大人の仕事を邪魔しないようにという、配慮。炊事中の、子供たちの仕事である。大人たちの楽しそうな食事作りのイベントのシーンは、子供たちの脳裏に強く焼きついているに違いない。
 
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2013.10 合気道通信後記

 
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2013.10月号 合気道通信後記
 
 
富田常雄著「姿三四郎」は下宿していた高校時代の愛読書だった。小学生の時柔道に出会った。道半ば中学では野球に転じてしまう。柔道に未練があったのだろう、講道館柔道の創設期の物語にこころを弾ませたものだった。姿三四郎は西郷四郎がモデルの実在した人だったということに興味があった。長い空白期間があって、偶然合気道に出会った。それまで、王選手の一本足打法は合気道をやっていた荒川コーチの指導で生まれたということは知っていたが、自らやろうとは思わなかった。若くして不摂生から胃を3分の2切除。25歳。健康を取り戻そうともがいている時、新宿の合気道本部道場にたどり着いたのだ。だれかが導いてくれたのだろうと思う。これだと思った。今思うと、ここにあるのは何か大きいものによって動かされたような気がするのだ。それは合気道のルーツにある。高校時代一番興味を持った人物が西郷四郎。合気道の植芝盛平翁が学んだのが大東流合気柔術。その大東流は会津藩で育まれた。幕末、会津藩が倒されると、最後の家老・西郷頼母は藩に残された大東流の秘伝を武田惣角に授け、これからは剣術ではなくこれだ、と言い聞かせたのだという。大東流のおおもとは甲斐武田源氏。その祖である新羅三郎源義光は武芸に秀でて甲斐の国で自ら編み出した大東流を指導した。その甲斐武田が滅ぶと、江戸初代藩主の保科正之の縁で武田の家臣団は会津藩に流れる。甲斐武田の最後は大善寺である。そこは毎年夏の青葉塾道場の合宿所となっている。姿三四郎こと西郷四郎は大東流を武田惣角に託した最後の城代家老・西郷頼母の養子である。不思議な縁を感ずるのは大東流合気術を全国に広めた武田惣角がこの世を去ったのが1943年4月25日。私が生を受けたのがその前日の1943年4月24日。植芝盛平翁が亡くなったのは1969年4月26日。私はその月の19日に合気道本部の近くで結婚式をあげて、その3ヶ月後に入会している。合気道との何か不思議な縁なのだ。
 
 
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