全日本合気道演武大会

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

イメージ 1

第55回全日本合気道演武大会

第55回全日本合気道演武大会。5月27日、日本武道館。青葉塾道場は今回で連続41回の出場となる。道場創設3年目、でいきなり日本武道館のデビューだった。青葉台からあの時は電車で行ったような気がするが定かではない。準備期間がひと月足らず。何も出来ないまま、あっという間に終った。それからこの全日本合気道演武大会を目標に1年前から取り組んだ。今回も「親子演武」なかなかよかった。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
http://www.ningenkobo.com/aikidou

6月の無料体験
 木曜稽古会 6月8日   6時30分から
 土曜稽古会 6月10日   6時から

事務局
TEL 045-902-1808
info@ningenkobo.com
    
平成29年5月30日

この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1

本多青仁斎靖邦 至道無難より

全日本合気道演武大会

5月27日、晴れた。全日本合気道演武大会、日本武道館で始まって40年。盛大になった。外国からの外人演武。ツアーでやってきたんだろう。合気道の海外でのひろまりは何なのか。相撲も両国の国技館には外国から大勢やって来ている。日本人こそ日本人を取り戻せ。

田安門 武の礎や 五月空     無得庵是空

写真 日本武道館 41回目の演武会 菩提亭写多・撮影
平成29年5月29日
至道無難 山波平九朗
  


  

この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1

第9回全日本合気道演武大会

合気会に入会したのは昭和44年8月だった。4月に植芝盛平先生が亡くなっている。その年の全日本合気道演武大会は第7回。秋にあったようだが、気がつかなかった。日比谷公会堂だった。2年後、まだ白帯、第9回大会に出ているのだ。一瞬だったが、ライトがまぶしかったこと覚えている。28歳。その時の写真は何処かへ行ってしまったが、何枚か写したものが残っている。この写真はその中の一枚である。

本多青仁斎靖邦のひとりごと  より
http://www.ningenkobo.com/aikidou


第55回全日本合気道演武大会の前(2017.5.23)の記録



この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1

全日本合気道演武大会は日比谷公会堂が会場だった。道場を開設して2年目。昭和51年(1976年5月)、第14回全日本合気道演武大会をみんなで見に行った。翌年、第15回全日本合気道演武大会から日本武道館で開催されるとはつゆ知らずである。来年はここに出ようと誓い合ったものだった。そのころの写真が出てきた。植芝吉祥丸先生の演武が撮ってある。これは貴重な写真だ。もっと撮ってればよかった。この1枚だけである。その前、第9回大会に本部道場有志の演武に出ている。昭和47年だから入って間もない頃。確かまだ白帯だった。日比谷公会堂の舞台に立ったのだ。勿論生まれて初めてだった。ここでは社会党書記長浅沼稲次郎事件(1960年10月12日)が起きている。17歳の少年、山口二矢が壇上に上がって刺した。私もその時17歳だったので鮮明に記憶に残っている。そこに立っているのだ、と妙な感慨があった。日比谷公会堂での全日本合気道演武大会は、第14回、昭和51年(1976年)、その時が最後だった。翌年、日本武道館が会場になる。道場開設3周年記念の年だ。4月に記念演武会を終えたら、本部から第15回全日本合気道演武大会に出よ、という連絡が入ったのだった。あれ、不思議、願いがかなったのだ。思いは神様に通じるものである。さあ、日本武道館、だ。これは大変、準備期間が1ヶ月もない。

青葉塾道場

TEL 045-902-1808 
平成28年8月2日


第54回全日本合気道演武大会によせて

揺るぎなき 武の殿堂や 五月果つ   無得庵是空







この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1

平成28年5月28日(土)

青葉塾道場は日本武道館で演武会が始まって40回連続の
出場です。

演武会の映像は
青葉塾道場ホームページをどうぞ

お問い合わせ
TEL 045-902-1808 


体験はいつでもどうぞ。お待ちします。


この記事に

開く コメント(0)

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.


みんなの更新記事