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お姉ちゃんの将来の夢は看護士さんになることです。これは私の願いでもあります。
つい最近の事ですが、学校の道徳の時間で先生が、同じ市内で原因不明の病気で亡くなった14歳の中学生の
話をされました。
そのお話を聞いたお姉ちゃんは、学校では泣きたいのを我慢して聞いていたそうです。
家に帰ってから『可哀想。』と言って泣きました。そうして暫く泣いた後に、まだ泣きながらこう言いました。
『こんなに弱くて看護士さんになれるのかな?』
『重い障害の残る子や、病気で死んでしまう小さな子もいるのに、いつも泣いとらんならん・・・。』
私はこう答えました。
『お母さんはチビが生まれてからずっと考えとったことがある。
良く世間じゃ患者さんの立場に立って看護するとか言うけど、お母さんはそれも大事だと思うけど、患者さんや障
害のある人の家族や、兄弟姉妹の心のケアの出来る看護士さんが居たらいい、と思っとった。
身近に難病の人や障害者がいるあんたには、そういう看護士さんになってほしいと思っとる。
あんたなら絶対になれるはず。』
とても良い看護士さんは大勢いらっしゃいます。
でも、試しに相談してみても患者優先だし、所詮自分の身内に難病や障害者がおられない方が大半なので、わ
かってもらえず、綺麗事で終わります。
かえって虚しさが募ります。
でも幼いころから重い障害のあるチビを見続けているお姉ちゃんが看護士さんになれば・・・。
きっと相手の立場に立てるはず。そういう看護士さんになってほしいのです。
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22日の登校日は無事にやり過ごすことが出来ました。
学校に向かう車の中では、一応ビニール袋を握り締めていました。
学校の校門が近付いたらオエッとはなりましたが、吐くこともなく無事に着きました。
すぐにプールなので、着替えになりますが、ちょっぴり涙を出しながらもなんとか着替えを終えました。
先生から『何かあったらすぐに電話しますので、お母さんはもう帰ってもらってもいいですよ。』
と言われたので、お言葉に甘えて家路につきました。
家の用事をしながら今も電話がかかるか、と思いながら過ごしていましたが、そうしているうちにお迎えの時間が
やってきて、なんの連絡もなかったので、なんとか吐かずに学校にいたようです。
お迎えに行くとニコニコ笑顔で待っていて、なんとか一山越えたようです。
先生は、『これで一山越えたようなので、徐々に元のペースに戻ってくれたらいいですよね。』と言ってくれていま
す。まさしくその通りだと思います。
とりあえず一山越えましたが、その内にまた別の山がやってくるかもしれません。
聞こえずしゃべれず、知能は1歳程度のチビは、誰かに相談する術がないので、心の成長を受け入れていくには
自分の力で克服していくしかないのです。
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今日はチビの8歳のお誕生日です。誕生日プレゼントは大好きな色鉛筆の24色セット。
プレゼントとケーキを買いに行き、アイスを食べて帰った後は、大好きな色鉛筆でずーっと、何やら色の重ね塗
りをして色のグラデーションを楽しんでいました。
様子を見てみるとちゃんと色の配色を考えているようです。
今の家に引っ越してきた時はまだ2歳で、歩くのもおぼつかなかったのに。色鉛筆で遊ぶようになるなんて。
最近は言葉を話せないチビは、自分に注意を向けてもらうために、腕に噛みついたりするようになりました。
もっと極端な時は吐いたりします。嬉しい時などに吐くようになってしまいました。
今、夏休み中なので登校日の日は、学校の校門近くになると嬉しさのあまり感情が高ぶり思いっきり吐きます。
登校日のたびに玄関でも吐いてしまい、保健室に行き、少し落ち着いてから教室に行き、夏休み中の宿題等の
プリントを貰ってそのままとんぼ帰りの繰り返しです。
本人は学校は大好きなので、朝はいそいそと学校のリュックを担ぎ、車に乗り込みます。
それなのに吐いてしまうのでとても困っています。
学校は水遊びやお誕生会等、とても楽しい事が一杯なので感極まってしまうようです。
明日は登校日です。
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昨日今日と少し涼しくなってきましたね。
午前中はクーラー無しでも過ごせるようになったので体も少し休まるような気がします。
夏休みもいよいよ後半にさしかかりましたが、他の方たちはどんなところに子供達を遊びに連れて行ってるので
しょうか。
私は今年前半の病気のせいで、体調が思わしくなくてなかなか遠出してあげられませんでした。
なので近場の植物園などに行って、なんとかしのぎました〜。
アザミ?とても綺麗でした 何かわかりません
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今日チビ達は学校で、今年初めてのプールに入りました。チビ達の支援学校のプールは室内にあります。
他の支援学校もそうなのかな?ちょっとわかりませんが。
3時に迎えに行って、そのまま夕飯の買い物に近くのジャスコまで行きました。
そこで私が保育園の時からの友達で、幼馴染の友達に5年ぶりくらいに会いました。本当に久しぶりです。
実は私は当時、自分の事やチビの事で精いっぱいで、周りの友達には何も言わずにいきなり引っ越ししてしま
い、子供も転校させてしまい、誰とも連絡を取っていなかったのでした。
でも私は1人の友達だけに事情を話してあったので、その子が随分たってから仲間内で話したそうです。
それで彼女達は、私が元気にしているかとっても心配していたらしく、今日久しぶりに会い、とても安心していま
した。本当にごめんなさい。当時の私は普通の精神状態ではなかったのです。
離婚や子供の障害などで、もうパンパンの状態だったのでした。
その心配してくれていた彼女には、筋肉が徐々に委縮していく、難病の子どもがいます。
『最近は学校も休みがちになってきた。』と、とても寂しそうでした。
随分前にも書きましたが、心臓の手術をすれば治るし、普通の子どもとして暮らせる子のお母さんに
『障害あっても生きとるからいいのか。』と言われ傷付いた友達の話がありますが、手術をしようが薬を飲もうが
治らない子もいるのに・・・・・・。ただ死に近づいていく姿を、その最後の日まで見続けなければならないのに。
障害のある子を残していかなければならない親がいるのに。
本当の辛さをわからない人は、随分驕った言葉を吐くものです。
最後にお互いに『もう、怒ったり泣いたりする余裕なんてないよね。笑っているしかないね。』と言って別れまし
た。
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