爺さんの時事放言

世の中の出来事をマスコミとは違った視点で語っていきます。

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 知人の教員から気になる話を聞いたことがあります。
 かれは、職員会議に何か提案しても一人でも反対があると否決されてしまうため、何も決まらない、と言うのです。一見したところ、いわゆる全会一致を議決の原則としているように思われます。
 会議に提出された議案などが全会一致で採択された、と聞くとなんとなく安心してしまいます。参加者全員が賛成したのだから、きっと良い案に違いないと考えてしまうからです。
 ところが、これとはまったく逆の考え方を持っている人たちもいます。「全会一致は否決」を原則にしている人たちです。実は、後者の方が正しい考えなのです。
 キューバ危機の頃のアメリカで、キューバに拘束されたアメリカ人などを救出する作戦を作成し、会議にかけられました。当該作戦は会議参加者全員の賛成により採択され、実行されました。そして、結果は見事に失敗に終わりました。その原因は、当該作戦の盲点を誰も気づかなかったことです。参加者のすべてが賛成したことで十分に審議されることもなかったのでしょう。全会一致の落とし穴に陥ってしまったと言えます。

 会議に案件が提出されると賛否両論あるのが一般的です。賛成する者は当該案件の長所を示し効果を強調します。反対者はその短所を指摘し損失を主張します。賛成者が多数の場合でも、両者が議論することにより、反対者の発言により当該案件の短所が明らかにされ、修正され、あるいは短所が出現した場合の対策を検討されます。たとえこのようなことがなくとも、会議参加者に当該案件の短所を認識させることができますから、短所が出現した場合の心構えはできます。
 このように、反対意見は当該案件のチェック機能を果たしています。少数意見の尊重とよく言いますが、この言葉には、このようなチェック機能があることを含んでいるものと考えられます。そして、「全会一致は否決」もまた、全会一致の落とし穴に警戒するよう戒めているものと考えます。
 したがって、もし会議での提案に参加者全員が賛成した場合は、採決を保留し、後日あらためて討議することを私はお勧めします。この際、全会一致の危険を説明し、参加者の半数以上を指定し、次回の会議においては反対意見を述べるよう指示しておくことで、この落とし穴に陥る危険を回避できると思います。

 ところで、全会一致を原則とすることと、全会一致を否決することでは、基本的な考え方に大きな違いがあります。両者は相反するものではなく、まったく別次元のものと考えた方が良いように思います。
 職員会議で誰か一人でも反対すれば決まらない、このような集団は重要な問題を含んでいます。しかも、教育者であるかれらがこれに気づいていない点でより深刻と言えるでしょう。
 問題の第一は、熱意や責任の希薄です。
 業務を改善すべく提案がなされる。それがどのようなものであれ賛否両論があるのが一般的です。そこで、参加者すべてに学校を良くしたいという熱意があり、責任を感じていれば、両者は十分に議論し、より良い提案にすべく努力するものです。なのに、反対者がいるからとすぐに否決するようでは、参加者に熱意も責任感もないというしかありません。
 また、反対意見がタテマエ論の場合はさらに深刻な状態を生みます。なぜならば、タテマエ論に勝てる本音論はないからです。本音論は現実社会を前提とします。これに対し、タテマエ論は理想論です。現実論と理想論が意見を戦わせれば、いずれが勝利するかは言及するまでもないでしょう。この結果、現実に即したいかなる提案も理想論によって否決されますから、何も決まらないことになってしまいます。

 問題の第二は、参加者に幼児性が見られることです。こんなことを言っては失礼とは思いますが、かれらの現実社会への認識度は、中学生レベルと言うしかありません。
 現実社会にBESTの方策はありません。そこにあるのはBETTERなまのです。これは集団などを運営する者であれば誰でも理解していることです。
 たとえば、問題解決の方策をとる場合、いくつかの案を提出し、それぞれの案について、問題解決にどれだけ貢献できるか、経費などの面において受け入れることができるものか、実現可能なものか
、など比較検討し、もっとも良い案を採用します。採択された案は、提案された中でもっともBETTERなものであり、BESTではありません。
 換言すれば、いかなる提案にも長所と短所があるということです。長所ばかりの案など存在しないと言うことです。したがって、短所に目を向ければ反対することになるわけです。全会一致でないと決まらない、これはBESTの方策でないと採択しないし、実行もしないということです。まさに理想主義であり、現実社会に足をつけているとは言えません。
 精神状態が正常に発達している子どもであれば、中学校を卒業する頃には現実社会に足をつけた判断ができるようになります。これができないようでは、たとえ年齢をどれだけ重ねていようと、中学生レベルとしか考えられません。

 問題の第三は、集団の未熟を露呈しているだけでなく、成熟する可能性をも否定していることです。
 タテマエ論が飛び交う会議では、始まる前から結論が見えてしまいますから参加者は真剣に考えることはありません。考えないから成長もありません。また、発言する者もタテマエ論が正論と思い込んでいますから、現実問題に対応した解決策が論じられることもなく、理想論だけになってしまいます。結局、無駄に時間を過ごしているだけです。
 本音で議論してこそ現実社会に適応した解決策を見出すことができるのであり、参加者の成長をうながします。また、特異な価値観や認識などの持ち主も自身の特異性に気づくことができ、みずからの力でこれを解消するように慣れます。参加者すべてが共通した土俵で問題解決に取り組むことができるものです。
 一方、方策がBETTERであるからこそ、より良い方策を求めようとする活動が集団の中に生まれ、これがその活力源になります。これがBESTとするのは現状で満足することを意味し、進歩の芽を摘むんでしまいます。現実社会にBESTはない。これこそが進歩の源です。

 問題の第4は、このような考えには、いじめなどを生む要因に共通する心理があることです。
 全快一致を貫くには、2つの方法しかありません。1つは反対者がいれば否決することです。他の一つは、反対者を除外することです。
 子どもたちの仲良しグループに見られる現象が後者です。グループの多数意見に反対する者を仲間はずれにします。仲良しグループの中で起きるいじめの主要な要因でもあります。
 子どもたちは、これをよく知っていますから、グループの他のメンバーと異なる態度をとらないよう細心の注意を払います。この結果、誰かが何かをしようと提案すれば、事の善悪よりも仲間はずれにされることを恐れ、深く考えることなく賛同します。たとえ、それがたった一人の考えであっても、言い出されれば、互い他のメンバーの本心を推し量ることができず、賛同することになってしまいます。よく聞けば反対が多数意見であってもグループの意思として採択されてしまいます。
 子どもが集団で万引きや窃盗、暴力行為にはしる背景にこのような要因があることを忘れてはならないと考えます。
 おとなの会議であっても、同様のことが起こる危険性を含んでいます。提案に反対意見を持っている者が、気が弱いなどの理由により弱い立場にあることを自覚している場合、他の参加者の視線や態度を気にし、反対意見を述べることなく賛同することがあります。そして、これが繰り返されると、何も考えずに多数意見に同調する態度が身についてしまうのです。仲間はずれを恐れ善悪さえ判断しない子どもと共通する心理がここにあります。

 冒頭に示した職員会議で何も決まらない背景には、リーダーの能力不足の他に現実社会を直視できない教員の姿があるようです。
 子どもたちのためにも、職員会議での全会一致の原則がまかり通っている学校が特異な例であることをただ願うだけです。
 

 

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