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近年で国民の関心が強い裁判でと言えば、民主党の小沢氏とタレントの押尾学両氏の裁判でしょう。両裁判ともに一般的な良識から見ると納得できるものではないと思います。そこで、この二つの裁判の疑問点を見てみましょう。
まず、小沢氏の裁判ですが、秘書が3名も逮捕されているにも関らず、ご本人は検察が不起訴の判断をしたことを理由に民主党の代表選挙に立候補しました。なぜ、このようなことがまかり通るのか、不思議に思っている国民も多いことでしょう。
この問題、国会議員の資質を問われているともいえます。というのも、わたしたちの社会にはさまざまな規範があります。もっとも低次の規範が法令や諸規則などです。これに反すると、罰せられます。小沢氏が主張する検察が不起訴の判断をしたのだから、問題がないとの主張は、この最低次の規範に違反していないことを強調しているわけです。
しかし、わたしたにの社会には、法令などより高次の規範として、道徳があります。社会常識などもこれに含まれます。この規範に違反すると、社会的非難を受けます。ときに村八分という罰則よりも厳しい制裁を受けることもあります。
国会議員であれば、少なくともこの規範、すなわち道徳規範に従った行動をとるべきであり、一国の総理となれば、国民の模範となる人物でなければなりません。言い換えれば、道徳規範に反していても、法律に違反していないから問題がないと主張するような人物は、総理はおろか国会議員の資格さえないということです。
今回の菅改造内閣は反小沢色が強いとは思いませんが、小沢氏自身に総理や民主党代表または幹部だけでなく国会議員の資格があるとは思えません。国民が反小沢を歓迎する背景には、道徳規範を無視した小沢氏の対応にあるのではないでしょうか。
しばらくは、おそらく今後2年から3年は、小沢氏の出る幕もないでしょうから、この機会に自らの責任を認め、再出発された方が、ご本人だけでなく、民主党や国家のためになると思うのですが。
これは小沢氏に限ったことではなく、すべての国政、地方の選挙において、議員や首長として立候補する人たちのも共通するものです。
要するに、公人は法規制に反していなくとも、道徳規範を守らなければ、有権者の反発をかうということであり、有権者から反発されれば、いくら権力があろうと、いずれ公人の資格を失うということではないでしょうか。 道徳規範を守るのが、一般の社会人に求められる最低の規制なのですから・・・。 (佐藤 玲)
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