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沖縄戦から62年、本集会で私たちウチナーンチュ労働者とヤマトンチュー
労働者は新たな団結を勝ち取った。
私たちのある者は自ら沖縄から本土にわたり、労働者として生き、闘った。私
たちのある者は在本土沖縄出身者として、本土で生まれ育った。そして労働者
として生き、闘ってきた。
私たちのある者はヤマトンチューの労働者として沖縄の闘い、ウチナーンチュ
の闘いに触れ、共に闘ってきた。
資本家階級ー帝国主義者たちは絶えずウチナーンチュとヤマトンチューの間
に差別ー被差別の関係を作り出し、分断しようとする。しかし、私たちは共に
労働者階級の一員であることを理解し、闘いの実践を通じて団結と連帯を作り
出してきた。そしてこの道を通してのみ私たちは一つの階級になれることを確
認した。
沖縄戦は戦前の階級決戦に日本の労働者階級が敗れた帰結だった。階級性を
失った日本の労働者は日本軍として侵略戦争を担った。沖縄県民に銃を向け
「集団自決」すら強いた。
戦後革命期においては天皇ヒロヒトら支配階級は沖縄をアメリカ帝国主義に
売り渡した。一方で徳田球一ら日本共産党指導部は「沖縄の独立を祝うメッセ
ージ」を発して分断を促し、あまつさえ2・1ゼネストを自ら潰した。憲法9
条は沖縄売り渡しと一体だった。日米安保体制と沖縄米軍支配のもとで戦後体
制が確立した。
69年2・4ゼネストと71年5・19,11,11ゼネストの主力は全軍
労だった。労働者の団結の力が基地を止めたのだ。その最先頭に「労働者は死
んではならない。死すべきは基地だ」と叫ぶ牧港支部青年部の姿があった。本
土では総評指導部の裏切りを突き破って反戦派労働者が69年10−11月、
71年11月の実力決起した。その隊列に今なお無実の罪で無期懲役の獄にあ
る星野文昭さんがいた。沖縄返還協定ーペテン的「復帰」という差別・分断攻
撃を打ち砕いて沖縄ー本土労働者階級は歴史的合流を果たした。
72年5・15〜90年代前半にかけても労働者階級は支配階級と闘い抜い
た中曽根政権による国鉄分割・民営化ー総評解体の攻撃に対して動労千葉はス
トライキで闘った。そして三里塚・北富士の闘いをはじめ反戦闘争を中心で担
った。沖縄では教育労働者が「日の丸・君が代」強制攻撃と闘った。その基盤
の上に知花昌一氏の87年沖縄国体における「日の丸」焼き捨て決起があっ
た。
米兵による少女暴行事件を契機に95年10・21の10万人県民大会で沖
縄の闘いが大爆発した。大田知事や反戦地主の闘いを労働組合の戦闘的労働者
が支えた。今日、安倍ー御手洗ら支配階級は連合や全労連の体制内労働運動、
仲井真県知事や島袋・名護市長ら沖縄の支配階級と一体で沖縄の闘いを潰そう
としている。最も激しい攻防として辺野古の闘いと歴史教科書をめぐる闘いが
ある。
私たちが進むべき道は明らかだ。階級的労働運動ー労働者階級が資本家階級
を打倒する運動ーによって差別・分断攻撃を打ち破ることだ。沖縄は「日本革
命の火薬庫」である。その炸薬は労働者だ。私たちは本土と沖縄をつなぐ導火
線となり、闘いを爆発させる雷管となろう。自らの職場闘争を軸に沖縄ー本土
を結ぶ闘いをつくりだそう。
沖縄闘争は国際連帯への限りない可能性を秘めている。沖縄は、日米両帝国
主義がアジア支配をかけて激突する焦点であるがゆえに「軍事植民地」の現実
を強制されてきた。沖縄ー本土の労働者階級が沖縄を奪還するならば、両帝国
主義のアジア軍事支配は破綻する。イラクーアフガニスタン侵略戦争や米軍の
世界戦略に決定的な打撃を与えられる。
こうした歴史的使命が自覚し、私たちは社会の主人公である労働者階級とし
ての誇りも高く、新たな闘いに向けて前進しよう。すでに「ロスト・ジェネレ
ーション」の青年労働者の闘いが時代を切り開きつつある。階級的労働運動と
国際連帯の最大の団結の場である11月労働者集会に1万人の仲間を集めよう
う。
以下、決議する。
一、ウチナーンチュ・ヤマトンチューは団結しよう。
階級的労働運動の力で戦争、改憲を止め、沖縄を奪り還そう。
一、辺野古への新たな米軍基地建設を絶対に阻止する。
一、歴史教科者からの日本軍による「集団自決」強要の記述削除を撤回させ
る。
2007年6月23日参加者一同
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