SSSからDプロまで系譜

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    特別背任容疑で春日電機の元社長ら3人逮捕

< 2011年1月12日 10:58 >
 
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 東証2部に上場していた産業機器メーカー「春日電機」の元社長らが、返済の見込みがないのに別の会社に5億5000万円を貸し付け、同社に損害を与えたとして、警視庁は12日、元社長らを逮捕した。

 会社法の特別背任の疑いで逮捕されたのは、春日電機の元社長・篠原猛容疑者と元役員・佐藤将容疑者ら3人。警視庁によると、篠原容疑者らは08年6月頃、篠原容疑者が実質的に経営する電子機器開発会社に対し、返済能力がないと知りながら5億5000万円を貸し付けて春日電機に損害を与えた疑いが持たれている。

 篠原容疑者は株を買い集めて経営権を奪う「乗っ取り屋」として知られ、春日電機の株を買い集めて08年6月に社長に就任していた。
 
 
  この記事をみて「ざまーみろ」と思うのと同時に「あの時」の悔しさが込み上げてきた。80年代のこの春日電機で起こった「正社員」であったにも関わらず「契約社員」として契約書を押捺しなければならなかった、栗田氏が押捺を拒否して正社員を認めろと主張して「解雇」された。
 当時、この争議を「複雑」にしたのは春日電機労組内の権力闘争だ。当時、は社会党系が労組執行部を握っていた。K氏の「正社員から契約社員に変更」されたのを問題にしたのは「弱小新左翼政党」だったが、途中から共産党系が組合執行部から排除されたから「ユニオンショップ」制度からもれたのは組合も「聴覚障害者だから」といってあいまいにしてきたことを組合執行部批判として内部で展開していた。さらに聴覚障害者団体の支援者の指導的立場にいた人は共産党嫌いであった。しかし、聴覚障害者団体から精力的に支援したのは「新左翼系」活動家ばかりであったから、圧倒的多数をしめていた聴覚障害者団体にいた共産党系活動家は「冷ややかに」「無視」することで支援を抵抗していた。
 当時、労働争議のイロハもわからなかったから共産党系労組の主導で争議は始まった。彼らの指導のままに手足として動いた。「解雇」後は団交ではなく「仮処分」裁判として闘われ、途中で共産党系労組と一部指導的立場の支持者が裁判官の和解勧告に同調して「和解」案を主張した。
 この指導的立場の輩は支持者が「徹底的に闘うべきだ」という発言を封じるために、さかんに「当該の主張に従え」を繰り返していた。当該には「もう勝てない」ということで「和解」案を呑めと恫喝をかけていた。
 しかし、当該が出した結論は「最後まで闘いたい」「金をもらうために闘ったのではない」「正社員を契約社員に変更した会社を許せない。これは聴覚障害者差別だ」と主張して「和解案」を拒否した。
 そのために支援者のほとんどが争議を離れた。支援労組・障害者団体もはなれた。確かに裁判は負けた。しかし、最後まで闘った当該と仲間達は晴れやかな気持ちになった。ここまで闘った争議は聴覚障害者運動にはないからだ。そして第二、第三の「K氏」「労働争議」を闘うと誓い合った。これが私の労働争議の原点だ。その当時の人事課の部長?だったのが、今回逮捕された佐藤某である。

K氏労働争議

○全員逃げたらお終いだよ!

K氏支える会でS争団連の仲間とT争団連の争議に支援に行った。この会社

は小さな印刷会社で従業員は4人と社長夫婦だけの零細企業の「典型」だっ

た。その4人の中にろう者Aさんがいた。待遇改善のために組合を作ったら全

員解雇され、社長は会社を「多額の借金のため」「偽装倒産」させて「逃げ

て」しまって「行方不明」になった。これは聞いた話だが「代理人と称する

人」に交渉したら、渋谷のサテンに呼ばれ行くと「やくざやさん」が居てすご

まれたらしい。

 「代理人」が会社事務所を「占拠」していたので、その留守番役のチンピラ

を排除(叩き出したが正確かな?)して、組合が占拠したら「代理人」は警察

官数人を引き連れて再度会社を乗っ取り占拠するために来た。その中にひと際

目立つ「私はやくざです」と主張している服装の御仁がいた。

 彼が自称「代理人」の男で「俺は安藤組の千葉○○だ!○○○○だ!事務所

から出て行け!」と怒鳴っていた。しかし、それに「だからなんだ!そんなの

知らないよ!」と答えると彼は「キョトン」としていた。そこで威勢がいいか

ら殴りかかるのかと思って構えたら、何もしないで警察官の後ろに隠れてしま

った。そして、警察官に事務所を明け渡すように説得させた。根性のない奴だ

った。結果的には警察介入で事務所はまた乗っ取られてしまった。

 小学校から「やくざ映画」を良く見たていたから本当は知っているが、他の

支援者は知らなかった。安藤組や安藤昇の映画は何回か見たことがある。後で

その千葉なる人物が言った「○○○・」が本当かどうかヒマしてたから本で調

べたら、安藤組が日本郵船?の株買占め事件で、あのホテルニュージャパンの

横井秀樹をピストルで襲撃した時の「鉄砲玉」の男であった。彼は数年刑務所

に入っていたらしい。そんな昔の話を持ち出して脅かそうとしても恐さが伝わ

らないよ!そして安藤組など「やくざ映画」でしか見たことがないから知る

か!せめて「菱形!」と言ったほうが映画好きの人はもちろん、世間一般にも

わかるかもしれないが、関東では「菱形」は少ないから無理だろう。それに彼

は派手な服装で若作りをしてはいても「ジジー」だった。安藤組員は敗戦後、

大卒がインテリと言われていた時代にインテリが多かったらしいが、組解散後

は組長の安東昇は「俳優」に転向したし、組員は事業を起こして転身したもの

がのが多かった。みんな変わり身の早い奴ばかりだ。彼の出所後には組がなく

なっていたのかもしれない。千葉なる男はうまく立ち回れなかったのか、自称

「総会屋」をしていたが、どこまで本当かどうかはわからない。

 さて、その争議は失踪した社長をさがすことから始まったが、どうやら彼が

どこかにかくまっているらしい。争議団にはそんなに調査能力はないが、どう

も彼の事務所にいるらしいとはわかったが・・・争議の「当該」が一人来なく

なった。しかたないなーと思っていたら、ろう者Aさんが実家の京都に家族と

一緒に帰省した。AさんはM区M手話サークルにも顔を出していてサークルの

人気者だった。しかし、いっこうに争議の場に顔を出さなくなった。そしてA

さんも争議を辞めて職安を通して別の会社に就職してしまった。それ以来M区

M手話サークルにも顔を出さなくなった。「根性なし!」K氏を見習えよ!と

思っていたら残りの二人も争議を辞めてしまった。「当該」も生活があるから

再就職することもあるだろうが、それでも資本に対する怒りがあれば争議は成

り立つだろうに辞めることはないだろう!そして誰もいなくなった。まったく

中途半端な争議の幕切れだった。
 

K氏労働争議 ケータイ投稿記事

イメージ 1

○和解案に対するK氏の判断

会社側の和解案(150万?で円満退社)がその時に当該K氏に提示されて

いたかどうかはもう定かではありませんが、それで妥協するならばK氏は臨時

契約社員のままのほうが年収としてはあったはずでした。しかし、K氏は会社

のろう者に対する対応に怒りを持っていましたから押捺を拒否して労働争議の

道を選びました。だから「和解」など納得ができるはずがありません。H以外

の「支える会」メンバーは誰もがそう思っていたはずです。。

 そしてHが最後に決断を迫った時、K氏は「せっかくここまで闘ってきたか

ら判決がでるまで徹底的に闘いたい」と表明しました。そこで「当該K氏の判

断に従う」という当たり前の事を全員にだめ押しをして「支える会」メンバー

を「牽制」したつもりのHの目論見が崩れました。それ以来HはもとよりM・

EはK氏の出した答えに不満で会議にも来ませんでした。それ以来K氏は健聴

者に「騙されている」などの「噂」が出ましたが、この経過を知っているY氏

を始めとするろう者・「支える会」メンバーは気にも留めず、K氏自身が誰に

も気兼ねなく自由に言える当たり前の雰囲気ができました。しかし、Hは今で

は全○○の東京事務所の○○らしいから「こりゃ!だめだ!」どんな人選して

いるんだ!共産党支持者の皆さん!頑張ってよ!

 また同時に「和解」を進めたKも怒って支援労組の共産党支持労組の中心メ

ンバーの支援はそのままでそれ以降何もしませんでした。しかたなく、K氏は

S争議団を辞め、共に闘ってくれるS争団連に加盟して「新たに」闘うことに

なりました。

 このS争団連は労働争議の「猛者」ばかりで、個々の争議闘争に参加すると

学ぶことが多くありました。S争団連の中心メンバー?はS区の手話講習会に

通い手話を覚える姿勢を見せてくれました。

 このSと同じT争団連に労働組合を作った為に偽装倒産をして従業員を解雇

者されたもの中にろう者がいましたから支援に行きました。

K氏労働争議 ケータイ投稿記事

イメージ 1

○支援の「分裂」にK氏の選択

 当該K氏を含め「支える会」のメンバーはまったく労働争議をやった経験が

ありませんでした。S争議団に労働争議のイロハを教えてもらいました。それ

でK氏がK電機で働く意思があるということを会社にも会社の労働者にも見せ

て支持を広めて行く事が必要だと言われ、社前抗議行動にK氏が立つ事になり

ました。それにはK氏は欠かさず毎日のように社前の抗議行動をしていまし

た。支援の労働者も半日休暇を取りK氏と同行して闘いました。初めのうちは

S争議団からもきていましたが、そこの参加はだんだんと少なくなり、「支え

る会」が単独でK氏と共に社前抗議行動に参加しました。この社前抗議行動に

は「K学生懇談会」の学生が献身的に参加してくれたので助かりました。

 1986年「人間やめるもんか」パンフを発行して、その前後に裁判長から

和解したらどうかと「斡旋」されました。それでK氏はどうするべきか判断を

せまられました。すると、この争議を始めに手がけたM・E・Hがこぞって長

期化を嫌い「和解」すべきだと主張し始めました。それには「支える会」メン

バーは誰も逆らえずにいました。その案に「反論」しようものならHに「ろう

者の苦しみを理解していない」と「糾弾」されましたから誰も沈黙していまし

た。さらに、始めから支持していたS争議団の中心的なKも「和解」を支持し

てK氏を強く説得し「K氏は労働運動をわからない」「どこかでひかなければ

ならないだの」言い出したので、ますます「支える会」メンバーは何も言えな

くなりました。

 M・E・Hは労働争議の長期化を嫌っただけではなく、ろう運動内にある労

働争議へのアレルギー的な反発に耐えられなかったかもしれません。しかし、

今から思えば「解雇撤回」など建前でしかなかったのではと思います。また労

働者が会社と「闘っても」勝てないと思ったかもしれません。しょせん非共産

党で思想性のない人たちには五年間支持するのが限界なのかもしれません。し

かし、労組は共産党支持で長期化する労働争議を闘っていた「つわもの」ばか

りでしたから、「支える会」では「まさか」という気持ちがありました。彼ら

もまた建前だけの「解雇撤回」を言っていたのです。彼らの闘いは長期化して

いるのにK氏労働争議だけは「和解」に応じるべきだという「整合性」や「判

断」もK氏には充分に伝えてはいませんでした。彼らの通訳は「支える会」の

メンバーがしましたから、ただただ「恫喝」だけの説得でした。

 いよいよK氏も含め「支える会」としてどうするかの判断をしなくてはなら

なくなりました。その会議にはH・EまたはHのみが参加したか定かではあり

ませんが、Hが「恫喝」してK氏に決断を迫っていました。H以外のメンバー

は自分の判断が出せなくなっていましたので全員が「当該K氏の判断に従う」

と当たり前のことしか言えなくなりました。それしかHの恫喝からは答えがあ

りませんでした。最後に当該K氏の判断を全員が見守りました。

K氏労働争議 ケータイ投稿記事

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○K氏労働争議「人間やめるもんか」より


K氏の決意表明

 1974年1月8日、三鷹市内の春日電機に入社、当時からろうあ者の私は正社員として扱われ、5年

間勤め続けていました。それから、1979年2月8日、突然会社より臨時契約書の押印を強要され、私

はろうあ者の妻と子供二人を抱いて今後の生活の不安を考えて仕方なくしぶしぶ押しました。

 私たち障害者、パートタイマー、臨時員が最低の身分にされた理由は、合理化です。また、会社は労働

者管理を強化し、賃金差別・労働条件の悪化等を進めようとしています。そして最近、社内ではこの様な

排除と抑圧の現状を容認し、拡大していこうとする動きさえ露骨に出てきているのです。

 一方、私たちの労働保障の法律であるはずの「身体障害者雇用促進法」も充分まもられておらず、むし

ろ、そのあいまいさの為に会社の怠慢を許すものとなっています。こういう現状に対して私は心から怒り

を覚えるものです。私たちに対する差別の中でも能力主義に基づく、それは労働現場から、ろうあ者を含

めた障害者を排除、抑圧するという実態があると思います。ですから、春日電機に不当解雇を撤回させ、

職場復帰をめざして必ず勝利するまで闘争を続けることを決意します。


○東京の「はなつまみもの」と言われた「支える会」

 K氏労働争議の資料が家を探さなければないので詳細は忘れましたが、K氏労働争議が全日ろう連の機

関紙に載り全国的な支援と関心を寄せる人が沢山出てきました。それで九州の大分?熊本?の東レだがの

会社の「合理化」で大量解雇になった中にろう者が含まれていたので連帯したいと連絡がありました。そ

こで支える会総会?で九州から来た解雇されたろう者が挨拶してもらい、感動的な総会が勝ち取られまし

た。

 そこに同行していた総評オルグの活動家がいました。彼と少し話しをしているなかで、九州の各ろう協

会は支援しているのか、全通研・手話サークル(全通研は運動団体ではなく、研究団体だからそのような

労働争議は支援しないそうで、手話サークルは民主的な団体だから各サークルの自主性にまかせるそうら

しです)はどうかという話になりました。

すると彼は小声で

  X−「K氏労働争議を九州のろう協会の人たちは支援しないのか?」

  M−「K氏労働争議には東京のろう運動のはなつまみものが支援しているからしない」

  X−「そんな鼻つまみものがいるから支援しないというのはおかしのではないか?支援のあり方とし

て間違っているのではないか。それなら俺が東京に行った時に、そいつらを批判してやる」

という話をしてきたが「支える会にそのような人は誰か知っているか?いるなら教えて欲しい」と聞いて

きました。私は即座に「そんなことを言っているのは日共支持者のMだろう!」「それは私の事だよ。い

や支える会全員のことをいっているよ!」「ここで支援している労組は全部が共産党支持派ばかりじゃな

いか。社会党支持といえるのは〇労組と全金本山だけじゃないか(この労組が当時の社会党支持かどうか

はわかりません。非共産党というだけです。)」「はなつまみものがいるから支援しないという論理がど

こで通用するんだ。支える会だったら何処でろう者の誰かが解雇されても支援にいくよ」とまくし立てま

した。私は彼にK氏労働争議が起こった契機(K氏が臨時契約書にサインを迫られた時の手話通訳をした

のがMでした)に手話通訳者としてのあり方を問われたのがMであることを話しました。彼はそれをまっ

たく聞いていませんでした。東京の実情を騙されて教えられてきていました。彼とは翌日の三里塚闘争で

会いました。


 東京から長崎に帰ったMさん!今は長崎にもいないと風の噂で聞きます。70年代あなたは東京の手話

を学ぶ仲間の「憧れ」でした。○○会ではみんなあなたのようになりたいと一生懸命学んでいました。こ

れ以上その「憧れの姿」を壊さないで下さい。でも今度会ったらぶん殴るぞ!

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