おばさんの独り言

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昨日のブログでも少し触れましたが、昨夜宮城、グランディ21で小田和正「どーも どーも」その日が来るまで・・・に行って参りました。
 
私と小田和正との出会い・・・・・
 
それは今から35年くらい前(おっと、そんなに前なんだ・・・・)まだ高校生だった私がある男子校の学際に行った時通りかかった教室から流れてきた二人のアコースティックギターと美しいハーモニーでした。
 
その頃オフコースって知りませんでしたが、今思えばその二人がとてもギターと歌が上手く、オフコースの曲のコピーを何曲も歌ってくれたので、本物のレコードが欲しくて即レコードを買いに行った思い出があります。
 
その頃音楽に目覚め、ギターをかじりだしていた私は、オフコースのスコアを楽器屋さんで買い、一生懸命にギターで練習したのですが、なんせオフコースのギター進行が難しく、とにかく習いたての女性の手で押さえるのが難しく、情けない音しか出なくてあきらめました。(笑)
 
その頃のオフコースは小田和正、鈴木康博と二人組でした。
 
二人の織りなす見事なハーモニー、そして都会的な洗練されたサウンド、今までのフォークソングとは全く違うものとして私の中に刻み込まれました。
 
 
その後洋楽にのめり込んでいった私でしたが、オフコースの曲は大好きでよく聞いていました。
 
その後オフコースは5人のバンドとなり、どんどんヒット曲も出し有名になっていき、サウンドも少しずつ変わっていきましたが、小田さんの美しい歌声は変わりませんでした。
 
テレビなどにもちょくちょく出演するようになり、みるみるうちにビックになって言った小田さん。
 
コンサートなどはチケットがなかなかとれず、実際に見る機会がありませんでしたね。
 
が、4年前かな?仙台でコンサートをする時山形新聞の片隅に先行予約の広告が出て、ダメもとで応募したら当選、その時初めて生小田和正を見る事が出来ました。
 
そして昨日が二回目のコンサートでした。
 
先日行った山下達郎山形公演に引き続きビックなアーチストのコンサートに行けて本当に幸せです
 
大きな小屋でコンサートをしない達郎とは違い、小田さんはビック会場でのコンサートをしてくれるので、沢山のファンが見る事ができます。
 
私は仙台公演しか見た事が無いので、他会場ではどうなのかわかりませんが、とにかくアリーナコンサートなのでフロアが広く、2階席まで入れると本当に豆粒のようなサイズにしか見えません。
 
前回は2階席だったので豆粒でしたが、今回はアリーナ席の花道に近い場所だったので、しょっぱなから私たちの目の前で小田さんが歌いました。
 
「あッ、近い!」と思わず興奮(笑)
 
 
それにしても小田さんの体の絞りようは凄かった。
まるで名良橋?と思っちゃいました
 
本当にすごいんですよ、もう63歳くらいですよね??
 
それなのに会場に設けられた長い花道を走る走る走る
 
 
 
こんな感じです。
 
これは昨日の画像ではありませんよ、コンサートは盗撮禁止ですから(笑)
 
昨日は上下白いパンツにシャツでした。
 
それにしてもあれだけ走って息が切れずにあの高音の美声で3時間歌い続けるというのはかなり鍛えている証拠です。
 
会場は私が若いくらい?
 
平均年齢は50代後半から60歳くらいかな?
小田さんの同年代が多かったですね。
 
私の母くらいの年齢の人も沢山いました。
 
 
 
小田和正と言えば東北大学卒業と言う事は皆さんご存知でしょう。
 
小田さんにとって仙台と言う街は本当に青春そのもの、今でもとても大事にしている街だというのがコンサートを聞いていてもものすごく伝わってきます。
 
前回のコンサートでもそうでしたが、今回は特に震災後初めのコンサートと言う事もあり、彼自身いろんな思いを抱いて臨んだようでした。
 
コンサートの途中にどう話していいのか少し戸惑いながら、「昨日のコンサートでものすごく緊張して皆さんの前に出ましたが、皆さんの顔を見て少しホッとしました。」と話しだしました。
 
仙台公演は昨日が2日目で初日は本当にいろんな思いがあり過ぎて、仙台公演が物凄く楽しみでもあり、不安もあったと話していました。
 
「震災後すぐにチャリティコンサートや、いろんな活動を行っていたアーチストは沢山いましたが、自分はものすごくしょんぼりしてしまって何も出来なかった・・・・・・
こうして1年以上たってしまいましたが、やっと仙台でコンサートが出来ました。」と正直に思いを語ってくれました。
 
私は小田さんの気持ちがよくわかります。
 
本当に仙台と言う地に住んでいた、かかわっていた人にとって今回の震災はあまりにショッキングな出来事で、しばらくは放心状態だったと思います。
 
小田さんもきっとそうだったと思いますよ。
 
でも、震災後しばらくしてやっと曲を書いたそうです。
それが今回のコンサートのサブタイトルになっている
「その日が来るまで」という曲でした。
 
そのうちリリースされるのだと思いますが、歌詞がとても心にしみわたるものでした。
 
そうそう、歌詞と言えば、コンサートの会場のいたるところにカラオケのように歌詞が出るんですよ。
 
それを見ながらファンは一緒に歌う事が出来るんですが、時々小田さんが間違える(笑)
 
それを「歌詞なんておんなじような曲何曲も書いてるんだから、似てきちゃって間違うんだよ、フッフッフ」とぼそっと呟くものだから会場は爆笑
 
 
達郎は口から生まれてきたと自分でいうくらい話しだすと止まらないタイプでしたが、小田さんはボソボソっとつぶやく感じで結構面白いことを言うんです。
 
そこがまた彼の魅力なんですけどね。
 
あれだけの美声、音楽的センス、ギター、ピアノと引きこなし、東北大、早稲田大大学院卒という立派な学歴の頭脳、不公平だと思う男性も沢山いるでしょう。
 
まあルックスは並かもしれませんが?男は中身ですよね〜(笑)
 
 
とにかく3時間、満員のファンを楽しませる彼のパフォーマンスは素晴らしいものでした。
 
そうそう、アンコールでは地元仙台で活躍している「モンキーマジック」のメンバーがサプライズ出演してくれ、これまた盛り上がりました。
 
行ってよかったな〜
 
また機会があればぜひ行きたいと思いました。
 
その時は小田さん何歳??
 
アーチストが年取れば、当然ファンも年取ります(笑)
 
 
まだまだ元気で頑張ってほしいです。お互いに頑張りましょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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今宮城県利府町にいます

モンテの試合はのワンセグでチラチラ見ており、バズの個人技による一点を守りきり、勝ったことは知ってます。
帰宅してきちんと録画見てからまた記事にしようと思ってます(笑)

これからグランディ21でコンサートです

小田和正、オフコースの時から好きなアーチストです。

モンテが勝利したので、目一杯楽しみたいと思ってます
昨日の京都祇園で起きた事故は本当にショッキングでしたね・・・・・・
 
ここ数年京都三昧だった私は、この通りを何度横断したか・・・・
 
テレビに映し出された映像を見て、こんな大惨事にいつどこで巻き込まれるかわからない恐怖に顔が青ざめました。
 
朝から北朝鮮のミサイルの話題ばかりしていたワイドショーが、この事故の一報からがらっと話題が変わり、次から次へと衝撃的な映像が中継で流れました。
 
今の京都は本当に桜が綺麗で、この事故現場からわずかなところにある丸山公園などは特に花見客でにぎわうところです。
 
京都でも一年中で最も観光客が多い時期でもあるので、あの時間帯本当に沢山の人が歩いていたと思われます。
 
河原町通りは大通りですが、南北に走る道路は細い道が多く、この事故車が突っ切った道路も本当に細い道です。
 
そんなところを猛スピードで突っ切る車があるわけがないと歩行者は思いながら歩いているので、事故に合われた人は本当に何が起こったかわからない状態だったと思います。
 
 
仕事から帰宅してこのニュースを見た次女はもっと驚いていました。
 
テレビにかじりつき、つい先日まで住んでいた京都の街での悲劇に大きなショックを受けていました。
 
事故を起こしたた加害者についていろんな事がわかってきたようですね・・・・
 
でも、お亡くなりになった人達はもう帰ってきません・・・・・
 
はっきりした事はわかりませんが、事前に阻止できた事故のようなので本当に残念でなりません・・・
何度も何度も繰り返されるこういった事故・・・・
 
周りの人達の心づかいがもう少し行きとどいていれば・・・・
 
亡くなった方のご冥福、そして怪我をされた人の早い回復をお祈りします・・・・
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昨夜、山形県民会館で「山下達郎」のコンサートがありました。
 
彼自身は山形が約2年ぶりと言う事でしたが、前回はチケットが取れずに行けませんでした。
 
今回はなんとか先行予約で取れ、すごーく久しぶりに達郎に酔いしれてきました。
 
 
達郎が初めて山形にコンサートに来たのは今から30年近く前の事、彼もまだ20代で若かった・・・・
 
そうなんです、私そのコンサートに行ってるんですよね
 
私が社会人になり、山形に戻ってきた頃のお話です。
 
あの頃の達郎は本当に垢抜けしたサウンドで、どんどんファンを増やしていました。
 
学生時代は邦楽なんて馬鹿にして(笑)聞いていなかった私が、達郎をはじめ、今でもミュージシャンとして、プロデューサーとして活躍しているアーチスト達の出現により、邦楽を聞くようになったのもこのころです。
 
ニューミュージックというジャンルが生まれ、歌謡曲や、四畳半ソングと言われていたフォークソングとは違った毛色の音楽が生まれてきたのもこのころです。
 
音楽番組も沢山ありましたが、達郎はテレビには出ないアーティストだったので、コンサートに行くかレコード(あの頃は)買うしか手段が無かったんですよね。
 
出す曲、出す曲がヒットし、おなじみのナンバーも沢山あります。
 
最近また、番組やCMとタイアップした曲が何曲かあるので、新しいファンも増えたようですが、なんと言っても私たちくらいの年齢層のファンが圧倒的に多い!
 
 あの頃のサウンドと言えば、ベースギターのチョッパー奏法に、シャカシャカと奏でるギターのストローク・・・・
 
うーん、たまりません、もう体はノリノリ、手拍子に足ならしで、気分は私も20代〜♪
 
 
昨日は18:30開演、終わったのがもう22時を過ぎていました。
 
達郎と言えば音楽はもちろんですが、しゃべりも面白い(^^♪
 
結構毒舌で風刺を交えながら、今現在の話題の話をします。
 
私も彼のコンサートは久しぶりだったんですが、彼自身も1990年代から2000年前半はほとんどコンサートをやらなかったんですね。
 
CDが売れなくなり、なかなかミュージシャンも厳しい世の中になって来た、自分は元々ライブ中心のアーチストだから、原点に戻りまた3年前くらいからコンサートをするようになったと話していました。
 
山形県民会館はキャパが1500人弱、古くて狭くて、全国でも酷い会館の一つのようですが、このくらいの規模が自分は好きだとも話していました。
 
ただ、昔の作りなので椅子は狭いし、なんと言ってもステージが幅も奥行きも無く、舞台セットが乗らない・・・・
 
ユーミンは山形に来ないのではなく、来れないんだ!と説明していました。(笑)
 
 
ただ、一つだけいいところがあり、それは音響がいいという事だそうです。
 
 
最近観客動員数を稼げるアーチストは皆アリーナやドームツアーをしたがり、会館でのコンサートをやらないけど、自分はあえてこだわりでこういう狭い小屋でやり続けたいと言って、ファンから大声援を受けていました。
 
 
最近の曲から懐かしいナンバーも盛り込まれ、歌って歌って、しゃべってしゃべっての3時間半・・・・・
 
「高気圧ガール」ならぬ、私を含め「更年期ガール」が沢山駆けつけた会場はもう熱気で凄かったです。
 
達郎も来年は還暦なんですってね〜
 
ファンも年取ったわけですよ(笑)
 
平均年齢は50代でしょうか?
 
来年は還暦ツアーと題し?また全国を回るそうです。
 
今日は福島県いわきでコンサート、今月から来月に欠けて東北を中心に、北海道とかも行きながら最後は沖縄でツアーは終わるそうです。
 
本当は宮城にも行きたかったそうですが、予定していた会場の復旧工事が間に合わず、今回は実現出来なかったようですが、
「自分は音楽を通して震災の復興に協力したいと思っているが、全ての人に力を与えるような事は出来ない。
ただ、自分のコンサートに来ている人達へ自分の思いを精一杯注ぐことが復興への力になればと思って毎回全力で歌っている」と話していました。
 
 
今日のいわきでのコンサートは特に力が入るのではないでしょうか?
 
 
昨日のコンサートにも宮城からかなりのファンが駆けつけていたようですよ。
 
みんな出来ることから始めよう!ですね。
 
そんなわけで昨日はご機嫌な一日でした。
 
 
 
昨日は4月2日、土日が休日の企業の入社式が各社で行われたようですね。
 
その模様が各局のニュースで取り上げられていました。
 
山形の場合まずは県庁の様子が報道され、吉村知事の講話が紹介され、今年入庁した新社会人達の顔が画面に流れていました。
 
その後は県内のいろんな企業の入社式が紹介されていましたが、たまたま見ていた局で次女の会社の様子が流れ、次女のドアップの顔がいきなり写りぶっ飛びました(笑)
 
 
インタビューは逃げたそうですが、座って話を聞いている場面はさすがに逃げるわけにいかず、すごーく近くでカメラマンがいるな・・・・と思っていたそうですが、ニュース映像で流れたよとはなしたら、「変な顔してなかった?」と聞いてきたので、まあそれなりに・・・・と言っておきました。(笑)
 
 
今年の新入社員のタイプはは「奇跡の一本松型」と言われているそうで
 
新社会人の特徴として
①困難な就活を乗り越えてきた
②就業観が見えたボランティア活動をした人が多い
        
「想定外」の事態を乗り越える力がある
 
と分析されているそうです。
 
確かに今年の新入社員はリーマンショックに加え、震災の影響をもろに受け、本当に厳しい就活を経験しています。
 
とくに東北の被災地の学生は就活だけでなく、日々の生活さえもままならぬ環境に身を置いていた人達が多く、未だにその状況はよくなっていない人達も沢山います。
 
あれだけの災害を経験してきた彼らは、これからの日本という国を支えて行く上で、頼もしい力となってくれるものと信じているし、大いに期待したいと思っています。
 
故郷に帰ってくるつもりが無かった人達が、震災で傷ついている故郷に戻り、力になりたい!と思って地元の企業に就職した学生も沢山います。
 
本当に頼もしいですよね、心からエールを送りたいと思います。

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