東日本大震災

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大地震から3日目の朝です。
 
不幸中の幸いとはこの事を言うのでしょうか、私が住む山形市はほとんど地震の被害はなく、ライフラインも二日目には全て開通し、今のところ普段の生活に戻りつつあります。
 
いや、ほとんど戻って入るのですが、一番の心配は県民の足である車のガソリン不足、そして寒さ対策で必要な灯油不足、食糧不足です。
 
この地震は広い地域に渡っての揺れで東北地方ほぼ全域、そして関東地域にまで被害が及んでいます。
そのため広い地域でいろんな地震の影響受け、いろんなものが不足していますが、流通の拠点となっている仙台地域が大打撃、そして交通網の遮断、まして一番頼みの綱である首都圏までが影響を受けいろんな機制が行われている実情などを考慮すると、なかなか物資の供給がスムーズに行かず、いろんなものが不足して来る事態が予想されます・・・・
 
昨日娘の友人二人が仙台から車で我が家に避難してきました。
仙台は未だにライフラインが開通せず、停電、断水が続いています。
都市ガスもストップしているそうです。
二人は地震以来マンションに寝泊まりするのが怖く、ずっと車の中で生活していたそうです。
 
食料はほとんど消え、備蓄していたお菓子などを切り詰めて食べ、しのいでいたそうです。
 
停電のため、車から流れてくるラジオと小さい画面のワンセグ放送だけが情報源でした。
 
我が家に到着して大きな画面で見る地震の実態に驚き、絶句していました・・・・
 
故郷から離れ、たまたま仙台に赴任していた二人の親御さんはどれだけ心配しているのか?と思うと本当に私で出来る事があればと思い、大したもてなしもできませんでしたが、冷蔵庫の中にあるもので暖かいポトフを作って上げました。
 
二人か゜笑顔で「美味しい・・・」と言ってくれただけで私はなんか胸が一杯になりました・・・・
 
この二人のような人が沢山仙台の避難所で未だ不安な日々を送っている・・・・
 
つい半年前まで仙台で仕事をしていた長女の事を思いながら、いろんな思いが交錯しました。
娘は石巻、塩釜、名取、普通に仕事のエリアでした・・・
 
たまたまそこにいた・・・・・そういう人も沢山いたと思います。
 
私自身、あの地震の時は市内の繁華街を普通に自転車で走行中でした。
 
目の前にはマンションや、ホテルがそびえています。
異変を感じ道路で止まりました。
ビルの中から人が悲鳴をあげながら一斉に出てきました。
レストランで食事中の人は膝かけを手に持ったまま出て来ていました。
 
山形でこんな地震経験を経験することが無かった県民は本当に驚いたと思います。
長かった3分間・・・・・目の前のビルが揺れているのがわかりました。
わざと揺れるような構造なので当たり前なのですが、最上階にいた人は一体どんな恐怖感を味わったのでしょうか・・・・
 
信号機も、看板も揺れてました。
落ちてくることを考え、少し離れた歩道に身を寄せ、とにかく揺れが収まるのを待ちました。
 
本当に長く感じました・・・・実際3分という揺れは今までに体験した事が無い地震でした。
 
その直後から停電・・・・まだ15時と言う時間だったので不便さはさほど感じませんでしたが、まず情報源が無い!
 
携帯の緊急地震速報と地元紙のメール速報だけが頼りで、とにかく津波の恐れがあると言う事だけは私もキャッチしました。
 
帰宅後、自宅の被害はほとんどなく、我が家の台所のカップボードが耐震構造になっていたのをここで初めて知りました・・・・
 
大きな揺れでストッパーが作動し、扉がロックされており、中の食器が飛び出るのを防いでくれていました。
 
テレビも買い替えたとき、最低限の防災シールで止めてあったのでテレビも無事でした。
 
二階の本棚が20㎝ほど移動し、中の本が数冊飛び出していましたが、その他は大丈夫でした。
 
が、停電と言うことでとにかく暖房器具の確保、納戸から昔のストーブを取りだし、灯油をタンクに入れ、とりあえず最低限の温熱は確保。
あとは光源として仏壇のロウソク、アロマ用のロウソク、家中の懐中電灯を集結、そして家族がリビングに集まり、とりあえず出来るだけの準備は完了。
 
その後何度も強い余震を感じましたが、とにかく携帯ラジオの放送に耳を傾け、じっと耐えるしかありません。
 
奇跡的に水とガスは使用可能だったので、簡単な夕飯をロウソクの灯りで食べました。
 
携帯も全く繋がらず、メールも送信失敗の表示ばかりでなかなか家族と連絡が取れません。
メールは送信しましたが、相手にきちんと届いたかどうかもわからず、家族も安否を気にしていたと思います。
 
とにかく被災地はラジオ以外の情報源が全くないので、本当に不安で仕方なかったです。
 
ワンセグで映像を少しだけ見ましたが、とにかく携帯の充電が出来ないので無駄な送信は極力避け、受信のみを待つことにしました。
 
余震が怖いので布団には入らず、ソファて゜仮眠を取りながら夜が明けるのを待ちました。
 
ラジオからは悲惨な状況を伝えるニュースが随時流れ、とにかく電気が無いのがこんなに不便なのかと、改めて思い知らされました。
 
まず、固定電話も使えない。
我が家のシャッターは電動なので停電時は開かず車も使えない・・・・
 
インターネットもワイヤレスなのでパソコンも使えない・・・・
 
文明の力ほどこういう天災時は何の役にも立たない事が身を持って体験しました。
 
日ごろの準備、本当にこれが大切ですね。
事が起きてから騒いでも手遅れだと本当に思いました。
 
翌日のお昼過ぎ、我が家は電気がぱっと付き、全てのライフラインが開通しました。
何事も無かったように暖房は付き、テレビも映りました。
 
その時、見た地震を伝える映像を見て・・・・・・・唖然としました・・・・・・
 
まるでCGか?と思うような津波の映像が何度も流れ・・・・現実を付きつけられ、本当に言葉がありませんでした・・・・
 
以前観光で行った事がある素晴らしい景観スポットが無残な姿で映し出されています・・・・・
 
いつも利用していた仙台空港の変わり果てた姿・・・・
 
何も言えませんでした・・・・・
 
 
今回のこの地震、観測史上最悪のマグニチュード9・・・・信じられない自然の力・・・・
想定をはるかに超えた今回の地震のパワーは今でも日本列島を揺らしています。
 
東北地方だけか?と思っていたら、関東地域まで巻き込み、今日から関東も計画停電でかなりのパニックになっているようです。
 
そして今また福島の原発でトラブルが起こっているようで、本当に何が起こるかもうわけがわかりません。
 
被災地で未だに対した情報源も無く、家族間の安否の確認も取れないでいる人が沢山います。
 
とにかく、冷静に今何をしなくてはいけないか?だけを考え、しばらくこの危機を乗り越えて行きたいと思います。
 
 

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