|
25丁目の丁石から少し上がると三合目小屋があります。
地上で食べておけばよかったですね(´・∀・`) それにしても、茶屋もない、ケーブルカーもない、昔より今の方が不便という・・・。 ここで休憩。 それと、寒くても上着の中はかなり汗をかくので、ここでいったん上着を脱いで汗を拭きます。 その際汗が冷えてかなり体温が下がるので、暑い紅茶とジッポーカイロで体温回復(*´∀`*)アッタカーイ 去年の12月に練習のため大文字山に登った際、それで酷い目に遭ったので、対策はちゃんとしていました。 そういえば、有名な八甲田山の青森歩兵第5連隊の遭難では、無理な行軍でかいた汗が、外套の中で凍り付いて兵士の体温を奪ったそうです。 馬鹿にできないことですね。 さらに、登山中はのどが渇くので水もかなり飲みました。 今回は、予め冷たい水を1.5リットルと、魔法瓶に熱い紅茶500ミリリットルを確保してきました。 自販機は地上にしかないので、途中で飲み物が欲しくなってもどうしようもありませんから。 どうやら東部戦線からアルデンヌの戦いへと、戦場が変わったようです。 先は長いです。 それでも、周囲の山と同じくらいの高さまで来ています。
映画「バルジ大作戦」の前半ってこんな感じでしたね。
こんな森の中から、キングタイガー役のM47パットンがわらわら押し寄せてきてました。 徐々に、泥にも雪が混ざり始めました。
2.5キロですか・・・。
いつかアルデンヌのジオラマを作りたいと思ってますが、すごく参考になりそうな景色でした。
実際のアルデンヌの森も、針葉樹より広葉樹の方が多いんだとか。 ここを過ぎると、次の目的地である五合目小屋があるはず。
徐々に気温が下がっているので、ここまで来ると雪と泥が混ざり合い、シャーベット状になっています。 先日kunihiko123さんが、タミヤの情景テクスチャーペイントで実験されていたのを思い出します。 この感じをジオラマで出してみたいですね( ゚∀゚)アヒャ 次は五合目小屋からの予定です。 |
京都の街から
[ リスト | 詳細 ]
|
いよいよ登りますよ !
この二の鳥居が登山道のスタートですヽ(=´Д`=)ノ 山頂の愛宕神社まで4.2キロ。 高低差があるので時間も労力もかかりそうですね。 注意書き。 一番上の凍結注意の文章に注目。 「えっ? そんな状態なの(・ω・;) 」 もちろん低い山とはいえ雪の季節に登るだけあって、前もって登山用品をいくつか揃えてはいたのですが、アイゼンまでは買っていませんでした。 結局、危険というほどではありませんでしたが、歩きにくくてかなり後悔することに・・・。 登る人はマナーを守りましょう。 この日は比較的暖かい日だったのですが、山上はまだ寒いんでしょうね。 最初は、ケーブルカー跡と平行に進みます。 前方の白い服のおじいさんは、カバンすら持ってないものすごい軽装でスラスラ登ってました。(で、僕がまだ山頂に着いてすらいない頃には、もう下山していました。すげえ ! ) ライトは神社の境内にしか無いみたいです。 実際、地上から見る夜の愛宕山は真っ暗なので、夜間に登山道を移動するのは難しいでしょう。 坂の上でケーブルカーの路線跡とは離れます。 ボケ気味ですが、ここに第一橋梁が残っています。 かなり深い谷間ですね。 お助け水。 冷たい湧き水が出ています。 分教場跡。 もうちょっと平坦な場所に作ってあげてもよかったんじゃないかなぁ・・・(;´∀`) 実際、登る途中にたくさんのお地蔵さんがありました。 火燧権現跡。 壺割坂。 だから、もっと平坦な場所で( ry 写真にはあまり写っていませんが、人気のある登山道ですから、ルート全体を通じて多くの登山客とすれ違いました。 挨拶をすると、大抵返してくれるのが(・∀・)イイ!! 一文字屋跡。
確かに、清滝隧道を過ぎた時にお店がありました。 昔はここにあったんですね。 あれ? 50丁のうち20丁ということは、もう2/5も来たってことですか? 登り始めてまだ25分ぐらいしか経ってません。 まだ3合目小屋にすら着いていないので、実質的にはまだまだ半分も行っていませんね。 これが1丁ごとにあるお地蔵さん。 地上では雪は皆無でしたが、うっすらと落ち葉の上に雪が。 しかし、道は解けた雪の水分でドロドロの状態で、登山靴もすでに泥だらけです。 さながら早春の東部戦線の気分。 ちらほら見かけていたこの看板。
毎回違うことが書かれていて、結構おもしろいです(´∀`) 頼もしいぞ嵯峨消防分団( ̄∀ ̄ )
そうして25丁目に到着です。
次は近くの三合目小屋からスタートです。 |
|
京都市右京区にある標高924mの愛宕山は、比叡山と並んで有名な山です。
特に、山頂の愛宕神社は火伏せの神として古来から信仰を集めてきました。 愛宕神社のお札は、京都の家庭の台所によく貼られています。 また、戦時中まで運行していた「愛宕山鉄道」のケーブルカーの遺構が、現在でも残っていることでも知られています。 こちらのHPで詳しく紹介されています↓ 「幻の鉄道『愛宕山鉄道』を訪ねて」(http://www.geocities.jp/sawa_history/) 以前から登りたいと思っていたのですが、1月上旬にようやく行くことができました。 雪の神社はとりわけ美しいとの話なので、冬の時期に行きたかったのですよ(´∀`) うっすらと冠雪しています。 登山口のある清滝まではバスが出ていますが、便数が少なく、また路線が家から離れているのでクロスバイクで行きます。 まずは、あの麓まで行かなければいけません・・・(・A・) 〜〜〜 30分後 〜〜〜 なぜここに寄ったかというと、かつて愛宕山鉄道の嵐山駅がここにあったからです。 当時、愛宕山鉄道は嵐山駅〜清滝駅までの平坦線と、ケーブルカーの清滝川駅〜愛宕駅からなっていました。 せっかくなので、当時のルートを辿ってみようと。 この道は、かつての平坦線の線路跡をそのまま道路に改修した道路です。 電車はさっきの嵐山駅から、いくつかの駅に止まりながら清滝へと向かっていました。 これも、昔は愛宕山鉄道の鉄道用トンネルでした。 現在は、相互通行の車道です。 意外に長いトンネルで、奥で左側にカーブしています。 出たらそこはもう清滝。 昔の平坦線清滝駅は、正面左奥のあたりにありました。 現在はバスの旋回場になっていますが、乗客はここから歩いて川向こうのケーブルカーの駅へと向かっていったはずです。 きれいな川ですね(´・∀・`) 何の変哲もない石垣ですが・・・ 上の写真の石垣は、かつての駅舎の土台です。 分かりにくいですが、右の木の裏側には正面階段が残っています。 ちなみに、川の反対側にある駐車場の場所も、かつて愛宕山鉄道が運営していた清滝遊園地があったところです。 ここがホーム跡で、中心のセメント敷きの部分が線路だったところです。 愛宕山鉄道は、1929年に開業した鉄道会社です。 愛宕神社への参拝の他、遊園地やスキー場、ホテルなども設置して数万人の人が訪れる大リゾート地になりましたが、1944年に戦局悪化に伴う不要不急線指定を受けて廃止・撤去されてしまい、繁栄した観光地はわずか15年で消え去ってしまいました。 今では廃墟のみが残っています。 3番目と5番目のトンネルが崩落している他は、かろうじて原形を保っているので、かつてのケーブルカー跡を登る人も多いようです。 しかし興味はあるものの、初めての登頂で登るにはさすがに危険すぎるルートのため、今回は通常の登山道を進むことにします。 いよいよ次回は登頂開始です ! |
|
昨日は、午後から嵐山までサイクリングに行ってきました。
川で水遊びや釣りをしている人がたくさんいました(´∀`)
よくよく考えると、夜のライトアップ以外で嵐山に来たのは初めてです。
渡月橋も夜とは全然印象が違います。 取水や渡月橋の照明用電気を発電するための堰。
堰のおかげで水量が豊富です。
たくさんの観光船が行き来しています。
カワトンボが飛び交っていました。(調べたところ、ハグロトンボという名前だそうです)
メタリックブルーの胴体と黒い羽が綺麗ですが、近づくとすぐ逃げる・・・(´д`)
やっと撮影できたのがこの一枚。
渡月橋を渡って反対側にも来てみました。
手前の水路は、西高瀬川というれっきとした一級河川だそうです。
知らんかった・・・(;´∀`)
こちら側は流れの内側なので砂が積もっています。
サイダーを飲みながら休憩 !
ここら辺は街中より少し涼しい・・・気がする・・・
南に15分ほどの場所にある松尾大社にも行きました。
うはwwwもろに逆光wwwヽ(´A`)ノ
あと数ヶ月後に来たら、嵐山もココも紅葉が綺麗でしょうね(´・∀・`)
「樽うらない」とあるのは、松尾大社は酒造の神社でもあるからです。
本殿にお参りして帰りました(゚∀゚)アヒャ |
|
後半です。
次にあったのは「光の天の川」というコーナー。
竹で組んだアーチに、たくさんのLEDの天の川が流れます。
内部にはサヌカイトの澄んだ音が響いていて、夏を感じさせます。
下立売の橋。
この辺りにも、いくつかオブジェが展示してあります。
もう少しで終わりです。
中立売の橋。
最後のエリアには、小・中・高校の生徒達が作った水車があります。
実際に、これで近くのLED用の電気を発電していました。
堀川会場はここまでです。
こちらは、鴨川会場よりも展示物に力が入っていましたね。 |



