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久々にフィアットの工作を進めました。
照準器がどうしようもないものだったので、真鍮パイプで自作しました。
上のがキットのものです。
何じゃこりゃ(´Д`;) ?
キットで欠品だった風防も、塩ビ板で。
後ろのは失敗作です^ ^ ;
複葉機の張線には、主翼に穴を開けて糸を通す「貫通法」と小さなヒートンを埋め込んで結びつける「ヒートン法」の二つの方法があるようです。
今回はヒートン法を選択し、主翼の支柱に張線用のヒートンを取り付けました。
銅線をピンバイスに巻きつけて作りました。
フレッチアは張線が少ないので助かります(´∀`)
機首の稲妻形の支柱は、分厚かったのと整形中に破損したので、プラ板で作り直し。
ステップを真鍮線で追加。
フラップのワイヤーなどをディティールアップ。
組み上がりました !
イタ機らしい端正なフォルムです。
支柱と上下の主翼が合わなくて苦労しましたが、組み上がるとなかなかいい感じですね。
微妙に翼が平行になっていないのはご愛敬(;^▽^)
尾翼の張線はヒートン式と貫通式の折衷の予定。
風防はセロテープでマスキングしています。
塗装後、照準器にハンブロールのクリアフィクスを付けてレンズを表現するつもりです。
実機の映像です。
照準器は伸縮式になってるんですね。
塗装はたぶん期末試験後になりそう( ゚∀゚)アヒャ
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1/48 CR.32 戦闘機
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前回でっち上げたコックピットの塗装を(´∀`)
イタ機の機内色って何色か知らなかったんですが、ググってみるとどうやら明るいグリーンのようです。 機内の桁はシルバーで。
計器板はそれらしくメーターの文字と針を書き込みました。
操縦席周りも、塗装するとそれっぽくなってくれたので一安心(*´ー`*)ーЭ
いかがでせうか ?
左右を貼り合わせてパテ盛り。
まあこのぐらいなら十分じゃないかと |
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中性洗剤で洗ってからフレッチアの工作を・・・(゚∀゚)アヒャ
まずは機体の大げさなマイナスネジのモールドを削ってから、それらしく打ち直し。
ヒケてるところもパテ埋めしてペーパーがけ。
翼端もうすうす攻撃(´∀`)
付属のフィギュアは使わないので、コックピットを作る必要があります。
資料を参考に大幅に簡略化して自作しました( ´∀`)σσ
あくまでそれっぽく・・・。
機体に組み込んだらこんな感じ。
計器板はキットの物を使用。
開口部は小さいので十分でしょう。
シートベルトもただマスキングテープを貼っただけですが、塗装すりゃバレないって !
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SMERというのは、チェコにあるおもちゃメーカーです。
ココのプラモデル部門は、古今東西のプラモデルの金型を買い集めて生産しています。
同社のキットは全般的に安いんですが、中身は玉石混合です。
Mig-17(エアフィックスのOEM。凹モールドでパーツも精密な傑作)やエレールのOEMであるフランス機(ポテーズ540やLeo451などの貴重なフランス機キット)などのよいキットもあれば、旧メリット社製品など1950年代〜1960年代の本当に古いキットもあります。
けれどもなぜか惹かれるものがあって、僕は同社のキットをいくつか持っています。
今回、ボークスに取り寄せてもらったフィアットCR.32 フレッチア。
戦前から第二次世界大戦にかけて使用されたイタリアの複葉戦闘機です。
青いキャラメル箱を開けると、出てきたのはご覧のようなパーツ。
太いランナーやバリが目立つ古いキットです。
う〜ん、典型的SMERだな〜┐(´ー`)┌
検品したら、風防が入っていませんでした。
まあ単純な形なので自作は簡単でしょう。
こういうイロモノキットに萌えるようになったら末期。
僕はもう手遅れです・・・(;^▽^)
毎回マイナーキットばかり買うんで、店員さんに顔覚えられていました・・・。 元はArtiplastというメーカーのもので、1/48との表記ですが実際は1/50だそうです。
翼端は少し厚いので、削って薄くするべきですね。
羽布張り表現は悪くないです(´∀`)
意外にも、パネルラインはなかなかに繊細な凹モールド( 'o')
ぶつぶつリベットとの組み合わせがいい感じです。 強いて言うならば、点検パネル ? のマイナスネジが大げさなので、ここを修正したら化けそうな予感・・・・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・ワクワク
コックピットはさすがに再現されていません。偶然にもコックピットの資料を持っていたので、それらしく作るつもりです。
フィギュアは、パイロットの代わりに宇宙人が入っているので、無しで作るか適当なのを見繕いましょう(^д^;)
デカールはイタリア空軍とスペイン内乱のものが各一種。
よさそうですが今回は使いません。
今回は中華民国仕様で作ってみようかと思います(=゚ω゚)
1933年に16機(24機説もあり)が輸入されました。
この機体は初期型で、機首の7.7mm機銃がブレダ製からイギリスのヴィッカース製に換装されていました。
しかしながら、その後国民党はアメリカ製カーチス・ホークⅢやボーイング P-26 ピーシューターなどの機体をより好んだこと、燃料のガソリンに添加するアルコールやベンゼンの輸入が困難になったことなどで、1936年時点で可動機は6機に減少しました。
1937年の第二次上海事変で活躍したものの、翌年の南京陥落までに全機が失われています。 |
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