|
6トン戦車のジオラマの舞台は、1940年に勃発したタイ・仏領インドシナ戦争です。
しかし、皆さんあまり聞いたことのない戦いだと思います。
そこで、タイ・仏領インドシナ戦争と当時の両軍について簡単に説明することにしました。
●タイ・仏領インドシナ戦争について
詳細な内容はwikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E9%A0%98%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%8A%E7%B4%9B%E4%BA%89こちらの記事名は「タイ・フランス領インドシナ紛争」。英語版記事の方がより詳しい。)に書かれていますので、ここでは簡単に述べるにとどめます。
タイ・仏領インドシナ戦争(Franco-Thai War)は、1940年11月23日にタイと隣国の仏領インドシナとの間で勃発した戦いです。
当時、タイは東南アジアで唯一の独立国として存在していました。
19世紀後半のラーマ5世によるチャクリー改革など、一連の近代化改革を成し遂げたことや、タイを、西隣の英領マレー半島と、東隣の仏領インドシナとの緩衝地帯とするなどの巧みな外交で、その独立を保持していたわけです。
タイは、以前からフランス領インドシナのラオスの主権と、カンボジアのバッタンバン・シエムリアプという2つの州の返還を求めていたのですが、1940年にフランスがドイツに降伏したことでヴィシー政府が成立、さらにその後日本軍が北部仏印に進駐してきました。
フランス本国が混乱していることや、友好国の日本軍が進駐したことで、それらの返還要求を出しにくくなると予想されたことから、当時軍事政権を敷いていたタカ派のピブン首相は、タイ軍にフランス領インドシナへの侵攻を指示しました。
こうして始まったのが、タイ・仏領インドシナ戦争です。
ピブン首相
空戦では、タイ軍のマーチン139WS(B-10爆撃機のタイ輸出版)や97式軽爆撃機がハノイなどを空襲したり、仏印側のモラーヌ・ソルニエMS406とタイ側のホーク75N(P-36のタイ輸出版)が空中戦をしたりしましたが、直接的な損害はほぼ同じぐらいでした。
ただし、タイ側は夜間空襲で20機以上を地上撃破されたので、タイ側が不利だったと言ってもいいでしょう。
海戦では、コーチャン島沖海戦で索敵能力と練度に劣るタイ艦隊が惨敗し、旗艦の海防戦艦「トンブリ」、水雷艇「ソンクラ」と「チョンブリ」が沈没するなど大きな被害を受けました。
ちなみに、軽巡洋艦「ラモット・ピケ」以下フランス艦隊は損害らしい損害を受けませんでした。
陸戦では、当初戦力数で勝るタイ側が有利に戦況を進めていましたが、やがてフランス軍の反撃で進撃が停滞し、徐々に押し戻され始めました。
こうしてタイ側が不利になってゆくと、日本が仲介してきました。
その結果、1941年5月8日に講和条約である東京条約が結ばれて戦いは集結しました。
この条約で、タイ側は要求していた領土をほぼ認められたため、一応の開戦目的は達成することができました。
しかしながら、この後でタイは枢軸側として第二次大戦に参戦したので、1945年の日本の敗戦とともに領土を返還することになります。
タイはこの戦いで戦勝国であると主張しており、首都バンコクに戦勝記念塔が建設されています。
この塔の銅像は、今回のフィギュア製作の参考資料の一つになりました。
|
1/35 6トン戦車
[ リスト | 詳細 ]
|
完成写真です ヽ(=´Д`=)ノ
全体写真。
タイトルはシンプルなものにしました。
光沢紙に印刷してから、厚紙に貼り付けて切り出し取り付けました。
年末に間に合えばよかったのですが・・・(´・ω・`)ショボーン
スミコンのロゴも同様に作っています。
ミラージュのロゴは、キットの箱から直接切り取ったものです。
大木は、フラワーアレンジメント用の紙巻き針金を束ねてからモデリングペーストを盛りつけた幹に、フォーリッジ・クラスターをゴム系ボンドで貼り付けました。
所々、ジョーフィックスの根っこを付けています。
滝は、京都のボークスで見つけた鉄道模型用の水表現用塗料を塗ってみました。
植物は、紙造りのジャングルパックとシダ、ジョーフィックスのジャングルブッシュ、ドライフラワーで。
ジャングルパック付属の雑草を植えればもっと密度が出たんでしょうが、根気も時間もないので妥協(;^▽^)
濱口「獲ったど〜 ! 」
フィギュアは真鍮線を通してしっかり固定しています。
放棄された戦車帽がワンポイント。 川を渡ってくる戦車。
水面はクリスタルレジンを使いたかったものの、費用の面で断念。
ちょっと波が大げさすぎたか???
「ウォータージェット推進の6トン戦車です」ということにしておこうかな( ゚∀゚)アヒャ
ダイソーの壁補修材を流して硬化させてから、アクリルガッシュを混ぜたグロスポリメディウムを塗ります。
気泡混じりの水は、重曹とグロスポリメディウムを水で緩く溶いたものを混ざり合うように塗りました。
(これは戦車の足回りにも塗っています) 最後に、水面全体にエナメルのクリアーを筆塗り。
こぼれ落ちる水は、脱脂綿にクリアーを筆塗りしたもの。
周囲の地面にもクリアーを塗っています。
以上で、タイ王国陸軍の6トン戦車完成です(*´∀`*)
住友たかひろ様、遅れてごめんなさい〜。 |
|
塗装が完了した戦車の様子です。
●6トン戦車
基本塗装はラッカー。
細部塗装・チッピングはタミヤアクリルやアクリルガッシュ、タミヤエナメルで。
スーパークリアーつや消しを吹いた後に、金属部に鉛筆粉を擦りつけたり消火器に金色を塗ったりしました。
足回りは水に濡れた感じを出すために、エナメルのクリアーを筆塗りしています。
砲塔のラウンデルは、いつものタトゥーシールで作りました。
ラウンデルは式典時のみのようですが、いいアクセントになるので採用。
後から気づきましたが、どうやら陸軍のラウンデルは外側の赤がないようです(・ω・;)
ライトはくり抜いて、ウェーブのHアイズをはめ込みました。
車体ナンバーは手書き。
実車写真を見ながら、タイ文字で「๑๑๐๗(1107)」と書いています。
排気管の錆は、アクリルガッシュで塗ると簡単でリアルです。
OVMの柄は、アクリルガッシュで塗ってから濃く溶いた油彩の焦げ茶で塗るとそれっぽくなります。
●AMR-UE
塗装自体は同様。
ただし、足回りはアクリルガッシュで汚したところ明るすぎたので、ガンダムマーカーでトーンを落としました。
機銃、起動輪やキャタは鉛筆粉で金属感を。
塗装の終わったフィギュアと小物類。
歩兵その1。
アクリルガッシュで塗ってから、油彩でウォッシングとスミ入れ。
スーパークリアーつや消しを吹いてから、ボタンや徽章の金色を塗りました。
シャベルや小銃、モ式小銃用銃剣には鉛筆粉を擦りつけています。
日本製から輸入されたモ式小銃用銃剣は、モーゼル用の銃剣と30年式銃剣を足して2で割ったような形状をしていました。
歩兵その2。
それにしても重そうな装備です。
歩兵その3。
自作したマドセンもなかなかいい感じ。
スマイルがステキ( ゚∀゚)アヒャ
操縦手。
塗装したら、モンゴルのおっさんから土建屋のおっさんに変化しました(^д^;)
戦車長。
上半身だけなので比較的楽です。
小物類も出来た。
去年はここまできて時間がなくなった
\(^o^)/オワタ |
|
久しぶりに、スミコンの6トン戦車の続きです。
完成直前で同窓会に出席するために香川に帰らなければならなかったので、結局年末に間に合わなかった・・・(´Д`;)
普段より余裕は持たせていたつもりですが、それでもレイアウトなど4時間ほど足りませんでした。 〆切破りが常態化している・・・正直ヤバイ。
最終的に昨日完成しました^ ^ ;
とりあえず、作業の経過を。
塗装前のベースの状況。
スタイロフォームの上に、ウッドフォルモで地面を作っています。
奥の崖と仏像の台座は、石粉粘土とモデリングペーストで。
手前には、砂が多い土をまいてから水溶きボンドで固定しています。
仏像の周辺。
小川を作るので、バークチップと水槽用の小石を使って岩場を作りました。
モデリングペーストを少し盛った上に、パセリをまぶしてコケを表現しています。(コケは仏像にも施しています)
本物のジャングルでは、植物に由来する腐葉土や泥炭が何重にも堆積しているそうなので、そのイメージで作りました。
ジャングルの部分には、腐葉土の多い園芸用の土をまいています。
その上に、紅茶ガラ(最近弟がダージリンティーをよく飲んでいるので、茶葉を捨てずに乾燥しておきました)とスタティックグラスをまきました。 こっちはフィギュアと小物( ゚Д゚)
歩兵その1。
当時のタイ兵は1934年型野戦服という軍服だったとのこと。
ベースキットとの大きな違いは、ゲートル巻きになっていることと詰め襟になっていることです。
さらに、ボタンも7つに増やしてしています。
細かな装備類は不明な点もあったので、バンコクにある戦勝記念塔の銅像を参考にしたり、推測で作っているものもあります(・ω・) 持っている小銃は、タミヤのKar98Kです。
タイ軍の正式小銃は46式と66式のシャム・モーゼルでしたが、日本からモ式小銃(ドイツから輸入したり、中国で捕獲・生産したモーゼル小銃)を輸入していたそうなので、今回はモ式小銃II型として使用。
タミヤのを使う理由は、単に付属のGen2のを使うのがもったいなかったから^ ^ ;
歩兵その2。
捕獲したフランス国旗を掲げて、一番のポイントになるフィギュア。
国旗自体は伸ばしたエポパテで作っています。
内部に真鍮線を埋め込んで強度を確保。
軽機関銃の弾薬箱はプラ板の箱組み。
首から小銃を下げているのは、こうすると装備の重量バランスがとれて行軍しやすくなるので当時国を問わず広く行われていた方法です。
余談ですが、とうとうエポパテを硬化前に造形するスキルを身につけましたよ∩( ・ω・)∩バンジャーイ !
先を尖らせた竹串を水で濡らして使う方法が、自分には一番しっくりきました。 調子に乗って、頭髪なども作りました。
歩兵その3。
軽機関銃手なので、66式軽機関銃(マドセン軽機関銃)を持っています。
当時のタイ兵たち。 マドセン軽機関銃は、タミヤの車載用MG34とイタレリのブレン軽機関銃を組み合わせてスクラッチ。
マドセン軽機関銃は、1896年に開発された軽機関銃です。
マイナーですが、1902年にデンマーク陸軍に採用されて以来現代まで使用され続けた隠れた名銃の一つです。
小国を中心に多くの国で採用され、ドイツ軍も第一次大戦・第二次大戦で本銃を使用しています。
何と、ブラジルの警察では7.62mmNATO弾仕様のマドセンが2008年まで現役だったそうです。
ズベズダの戦車兵。
何だかモンゴルの遊牧民のおっさんみたいになった(;´∀`)
戦車長はヘッドを交換。
本物の戦車兵たち。
手前の3人は歩兵の将校用制服だそうです。
どういう使い分けだったのかはよく分かりません。 小物のほとんどは、去年の静岡ホビーショーのタミヤブースで入手したルノーUEのパーツ。
タイ兵のアドリアンヘルメットも同様です。
余ったパテで、フランスパンとリンゴを。
シャンパンはランナーから。
(フランスだからと安直だったかもしれません^ ^ ; ) |
|
kunihiko123さんに教えてもらった「はらドーナッツ」の京都河原町店に行ってきました(´∀`)
今回買ったのは、はらドーナッツ・チョコ・名前は忘れましたがフォンダンがかかったやつの3種類。
あっさりしていて非常に(*゚д゚*)ウマー
教えてくださってありがとうございます !
ここのところ、合同ゼミの打ち合わせでちょっと忙しかったり・・・。
本番まであまり時間がないというのに、詳細などがなかなか伝えてもらえなかったりでみんな困ってます。
そもそも「今年は例年と違って勝敗はつけません」なんて重要なことすら、2日前まで連絡がないとかどうなっているのかと・・・。
ホントに大丈夫かよ・・・(;´Д`)
話は変わりますが、夏休みにゼミの友人が半月ほどインド旅行に行ったそうで、実際に見聞した生のインドの情報を教えてくれて非常に興味深かったです。
思えば海外に行ったのは10年以上前にアメリカに行ったきり。
海外に行きたい〜(・ω・)
他にも、現在アメリカに留学中している共通の友人が、ひょっとすると現地に定住して日本に帰らないかもしれないとも聞きました。
向こうの生活や大学での研究が楽しいからだそうですが、彼は彼なりに新しい世界を開拓しているのだなぁと、羨ましい反面少し寂しかったり。
久しぶりに、スミコン用の6トン戦車を進めました。
40cm×30cmのコルクボードに、6cm幅のアガチス材で立ち上げを作りました。
スタイロフォームで地面の大まかな地形を作り嵌め込んでいます。
インドシナのジャングルをイメージして、仏教遺跡を登場させたいと思いました。
ダイソーの置物売り場で見つけた仏様の頭像を使おうと思っています。
バカでかいスタイロフォームを削り込むのは、なかなか骨が折れました。
厚みがありすぎてスチロールカッターのニクロム線では切れず、地道にカッターで削ったりライターで炙ったりしてなんとか整形しました(・ω・;)
戦車兵も作り始めました。
戦車長のヘッドはホーネットのものです。
胴体の首をドリルで彫り込んでから、真鍮線を打ったうえで取り付けています。
ただイモ付けしただけではボロッと取れかねませんので・・・^ ^ ;
戦車帽は他では見かけない形なので、パテで自作することになります。
操縦手。
こっちはほとんど見えないので、ほぼズベズダのキットのままです。
下半身は、高さ稼ぎと塗装の持ち手を兼ねてスタイロフォームの切れ端に接着しています。
乗せるとこんな感じです。
天井をつけると暗くてあまり見えません。 |




