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掲載したような新聞記事にある事件は悲惨で哀れ極まりない。ただ、家族を殺傷した尊属殺害事件としてしか理解されないなら、問題の本質を大きく見誤ると思います。容疑者は、只家族をどのように殺害したかだけで裁かられるのです。そこには、彼を職場で苛めた者に対する究明は全くなされる事がありません。殺害した事は罪であるけれど、その遠因を作っている職場の不合理は全く正される事は無いのです。彼が判決を受けて罪に復するにしても何か釈然としない感じがすると思います。彼は職場の同僚に対して犯罪をおかしておればせめても慰めを得た事でしょう。
この事件の内側と実情を痛い程に理解する事が出来ます。私も今をさる30年以上前同じような苦痛に苛まれた事がありました。上げればキリが無いのですが、閉鎖的な社会では、よく苛めがあります。仮に被害者を学校教員Aとします。
1 Aの出身学校をつきとめ皆で嘲笑する。
2 Aの勤務用の椅子に不具合な物をあてがう。
3 Aと話をしないよう教員や生徒に言いくるめる。
4 会合にAを呼ばない。
5 Aの兄の欠点をあげつらう。
6 Aに大事な仕事をさせない。
7 Aが休んだ時は学級に入ってAの悪口ばかり言う。
8 人前でAを罵倒する。
そして、Aもある事件を起こしてしまうのですが、本来、傷害未遂事件を運よく事故で済まされます。
それだけの事があってもAは定年まで無事に勤め上げました。また、どれだけ悪口を言われようが生徒がAに千原敏男が悪口を言っていると情報を伝えていたし、教員の中にも千原敏男があんな事を言っているとAに教えていました。学校を変わっても、私が展覧会で活躍するものだから、まだ悪口を言っていると聞いたので、あほらしくなって管外に転出したのです。アホか基地外みたいな人間を相手にするわけにはいきません。
彼らは何故そういう苛めをするのでしょうか。それは努力せずに自分には無い物を欲しがる浅ましい気持ちがあるからではないか、と思います。他の人や若い者に与えられるべき物を自分の物に吸収したいと思う気持ちがあるのだと思います。相手を貶めれれば貶めた分だけ相対的な自分の価値が上がるとでも思っているのでしょう。
まあ、ただ爺はもう80歳を超えてコンピューターも使えないだろうという旧態依然の古い人間だと思うので、ここを見る事も無いと思います。
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