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学校という所はかなり酷い教員が喝采を受ける所だと思います。そういう事は私自身の小・中学校時代を思い出せば分かっていたはずなのに、選択を誤りました。山手中学校で酷い教員が一杯いたので、余計に辞める時期を逸したのかもしれません。それ以上に、外からも誘いがあったのに、誘いの時間にわずかな遅れがあって、惜しかったと思います。
今現在、彼らと同年代の老人を見れば非常によく分かります。どうでもいい事で相手を叱責したり、見くびったりコケにして喜んでいる爺や婆が多いと思います。正々堂々と努力せずに、相手の悪口をひたすら噂で流すような糞みたいな千原敏夫タイプの爺が多いのだと思います。あいつが、私をあの中学校に引き入れたのは最初から利用し迫害する為だったのだろうと推理します。外の大学出身者だと極めてまずい事情があの男にありました。校内の無知な他の教員に自分のレベルが分かってしまうので、咬ませ犬みたいな教員が身近に欲しかったのだろうと思います。
そして今、ああいうサイコパスみたいな精神異常がいないので、毎日よく寝られます。76歳の井内とか64歳の日野とかいう爺の精神構造が千原によく似ていたと思うのですが、両方ともガツンといわせたので、気持ち良かったのです。
私が前の市町に居た頃は、よく絵を描いて展覧会に出品していました。よく新聞にも掲載されていたので、市内で知らない人はいないくらいでした。それが悔しいのか、あのキチガイは私のかつての失敗や間違いを周りに吹聴してやみませんでした。たかが個展や市長賞くらいを妬ましく思われては、馬鹿々々しい限りでした。一体何を争っているのか、実質が伴わなければ虚しいと思います。
絵画なんて人生かけて努力するほどの事でもないと後で分かってきました。才能や研さんの程度の比較や評価が極めて難しい世界です。美大・芸大くらいは、そこを出ただけで画家になれる訳ではないし、まともな絵を描くには何十年もの訓練が必要です。それなのに、大学を出ただけで、そのあと努力しない人は大勢います。数学の教員は教員であって、数学の学者ではないのと同じ理屈です。
絵を描くにはお金がかかって仕方ないし、その為に家族を貧しい境遇に置く訳にはいきません。そして、見渡せばどこもかしこも汚い画家や美術教員だらけでした。もう、どうでもよくなってきたので、結婚を期に移住する事にして今の市町に来ました。
しかし、今でも私がかつて描いた油絵を欲しがる親族が何人かいるのは救いだと思います。
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